当然のようにツンデレしてますが何やらちょっと様子が……?
あー、早くイチャイチャラブラブさせたいなぁ……。
復讐に燃える親指姫が間違った努力を続けること十数日。
結局というか予想通りというか、どれだけ頑張っても空回りするばかりでジャックを辱めることはできなかった。もちろんその間もジャックは好き好き連呼してきて大いに親指姫を辱めてきた。
『おはよう、親指姫』と朝っぱらから皆の前でキスするのはもちろん、親指姫が出かけようとするとジャックもついてきて『僕も一緒に行って良いかな?』と問答無用で手を握ってきたりして。
幸か不幸か二人きりになることがあるともっと酷い。突然後ろから抱き付いてきて耳元で『大好きだよ、親指姫』と囁いてきたり、正面から親指姫を抱きしめて『親指姫は本当に可愛いなぁ』と頭を撫でたりしてやりたい放題。もちろんどれだけ嫌がり怒る様子を見せようとジェノサイドしていた時に決めてしまったルールを頑なに破らずにだ。白雪姫並みにいっそ呆れ返るほど素直な奴である。
そしてそんなジャックとは真逆に親指姫は呆れ返るほど天邪鬼であった。結局その十数日でも一度も好意を伝えられていないのだから。
もしかするとずっとこのままヤキモキした日々が続くのではないだろうか。ジャックに想いを伝えたくとも素直に伝えられず、触れ合いたくとも素直に触れ合えず。
そんな不安を抱いていた折に、事件は起きた。
「……で? 何か言うことは?」
「ご、ごめん。また心配させちゃったよね……」
自室のベッドで横になるジャックを見下ろし、軽い怒りを込めて尋ねる。乾いた笑いを浮かべて答えるジャックの表情はだいぶ血の気が抜けて青くなっていた。理由は恐怖や寒さによるものではなく、単純に血が足りていないせい。
要するにジャックはまた無理をして貧血でぶっ倒れたのだ。さすがに前のようにとんでもない大怪我を負って死の一歩手前まで追い込まれたわけではなく単純にメアリガンの使い過ぎが原因なものの、それでも自分の身体を省みない行為だ。
どれだけ諭しても絶対ジャックが改めないことは知っているし前に比べればマシな方だが、仮にも親指姫は恋人だ。たっぷり説教して罰を与える権利は十分にある。
「べ、別に貧血で倒れた程度で心配なんかしてないっつーの! 私が言ってんのはまた倒れるくらい無茶したことよ!」
「ご、ごめん。もうちょっとなら平気かな、って思って……」
青白い顔で素直に謝ってくるものの、当然改める気などないはずだ。説教で改まるなら親指姫だって苦労しない。
「全く……泣いた時慰めたいとか何とか言ってたのが聞いて呆れるっての。そもそも慰めることだってできてなかったじゃない……」
「あ……もしかして親指姫、泣くほど心配してくれたの……?」
「だ、だから心配なんてしてないわよ! それに泣いてなんか無いし!」
(……あー、もうっ! 本当は心配してたのに! 目から汗が出るくらい心配してたってのに!)
恥ずかしさからお約束のように否定してしまうものの、実は涙目で慌てふためき動揺しまくった親指姫だ。もちろん救護室に運ばれたジャックが目を覚ますまで片時も離れず傍で見守っていたし、もちろん目を覚ましたら照れ隠しに色々言ってから逃げてしまった。しっかり顔を合わせたのはある程度ジャックが回復して部屋に戻ることを許可され、実際に戻っていたついさっきだ。
「まあ、あんたがそういう馬鹿やる奴だってのは最初から分かってたわよ。けど、だからって簡単に許したりしないわよ! 何をされたって今回ばっかりは丸め込まれないんだから!」
最近はもう照れ隠しに怒ってもキスされたり抱きしめられたりして丸め込まれ、正気に戻ってまた照れ隠しを行うという救いようの無いループに陥っている。だが今回ばかりは丸め込まれるわけにはいかない。
「別に丸め込んだりしてるつもりはないんだけどな……じゃあ、何をしたら許してくれるの?」
「罰として今から明日の夜までずっと部屋のベッドで大人しくしてなさい! 一歩だって出るの禁止よ!」
「ええっ!? 明日の夜まで!? ていうかそれって実質明後日の朝までだよね!?」
親指姫がベッドを指し示し高らかに言い放つと、途端に身体を起して驚愕を露にするジャック。一日と少しの間ベッドから出られないのはかなり辛い仕打ちだろう。その間体調が悪くて動けないならともかく、ジャックはただの貧血だ。おまけに体質上貧血からの回復は相当早いので今日中にも全快するに違いない。
「安心しなさい。食事くらいは運んできてやるし、トイレならベッドから出て良いわ」
「あ、ありがとう……でも、さすがに明日の夜までは長すぎるんじゃないかな……?」
「ん? 何か文句ある? まさか恋人を心配させた罰に文句なんてあるわけないわよね?」
「な、何もないです……」
にっこり笑いかけながら尋ねるとジャックはちょっと引きつった笑顔で頷いた。ちゃんと身の程と自分の立場をわきまえているようで何よりだ。
そう思って感心したものの、何を考えているのか引きつった笑みを嬉しそうなものへと変えていた。
「親指姫、やっぱり僕のこと心配してくれてたんだね。不謹慎だけど言ってくれて嬉しいよ」
「は、はぁ!? わ、私そんなこと言って――」
反射的に否定しようとするものの、実際に口を滑らせ言ってしまったことに気付き言葉が途切れる。
普段ならここは照れ隠しに頑なに事実を否定する場面。言っていない、気のせい、耳でもおかしいんじゃないか。ジャックもきっとそんな反応を予想していただろうし、親指姫としてもそう反応する方が楽だった。
「……そ、そうよ! 泣くほど心配してたわよ! だから大人しく罰を受けなさい!」
「……え?」
だが親指姫は肯定した。羞恥心を堪えて、素直に心配していた事実を認めた。
すでに口を滑らせていたこととはいえさすがに予想外だったらしく、ジャックは唖然とした様子でこちらを見つめている。まるで自分の耳を疑っているような表情で。
「お、親指姫……? 今、もしかして心配してたって……言った……?」
「……っ! と、とにかく私は皆にもあんたのこと伝えてくるから、あんたはそこでじっとしてなさい! その間に歩き回ったらぶっ飛ばして救護室に逆戻りさせるからね!」
「そ、それは嫌だなぁ……うん。大人しくしてるよ」
ジャックの追及と言ってしまった恥ずかしさに耐えられず、親指姫はすぐさま部屋から逃げ出した。
そして閉めた扉に背中を預け、胸に手を当て暴れまわる鼓動を必死に押さえ込む。
(言った!? さっき言ったわよね、私!? あー、素直に言えて嬉しいけど無茶苦茶恥ずかしい……!)
ただの相手の身を案じる短い言葉でも、それをジャックに面と向かって口に出来たのは親指姫にとっては途轍もなく大きな躍進であった。普段なら言おうと思っても絶対に否定してしまったに違いない。勇気と覚悟が足りないせいで。
(……けど、この程度で恥ずかしがってたらダメよ! やっとチャンスが来たんだから!)
だが今回はとある理由で胸の中には十分な勇気と覚悟が満ちていた。そして親指姫はこの機を逃すつもりは無かった。たぶんこの機を逃せば一生素直になれないまま終わりそうだから。
(待ってなさい、ジャック! 絶対……絶対あんたに好きだって言ってやるんだから!)
そんな考えるだけでも恥ずかしい決意を胸に抱きながら、親指姫は廊下を駆けていった。ジャックを明日の夜まで部屋に幽閉することを、皆に伝えるために。
(やっぱり聞き間違いじゃないよね? 口を滑らせたわけでもなさそうだし……)
親指姫が去ってからというもの、ジャックはそのことばかり考えていた。
確かにあの時、聞き間違いでなければ間違いなく親指姫は口にしたのだ。ジャックのことが心配だった。しかも泣くほど心配した、と。
親指姫が根っからの天邪鬼なのは最初から分かっているし受け入れているので、正直さっきの言葉はあまりにも意外で実感が薄かった。ジャックが死にかけていた時にはこれ以上ないほど弱々しくその身を案じる想いを口にしていたものの、あの時はだいぶ感情的になっていたのが原因だ。
少なくとも今の親指姫の精神状態とは似ても似つかないはず。それなのに一体何故あんなに素直にジャックの身を案じてくれたのか。
(一回口を滑らせたんだからもう言っちゃえ、みたいな感じなのかな? でもそれにしたって……ん?)
他にすることもないので頭を悩ませていると、不意に部屋の扉がノックもなく開けられた。視線をやるとそこには顔だけ覗かせてこちらを睨む可愛らしい恋人の姿があったが、ジャックが大人しくしているのを見るとその表情を微笑みに緩めてくれた。
「へぇ、ちゃんとベッドにいるわね。言いつけは守ってるみたいじゃない。感心したわ」
「もちろん。心配しなくても親指姫との約束だからそう簡単に破ったりはしないよ」
「あー、あんたはそういう馬鹿正直な奴だったか。つまんない奴ね、全く」
(な、何で約束を守ってるのに呆れられるんだろう……)
やはり理不尽だがそれは今に始まったことではない。ルールを守って呆れられるどころかたっぷり怒られたのはまだ記憶に新しい。その後たっぷりねっとりキスされたので余計に記憶に残っている。
「もう皆には僕のこと伝えてきたの? アリスと赤ずきんさんあたりは何か言ってなかった?」
「アリスは完全に回復するまで大人しくさせてって言ってたわ。赤姉は……い、イチャイチャするのはほどほどに、って言ってたわね。全く、何勘違いしてんだか……」
(イチャイチャかぁ……親指姫とそんなことできるようになったら嬉しいんだけどなぁ……)
大体予想通りの答えと、予想通りの頬を赤らめる反応に苦笑してしまうジャック。
確かに赤ずきんの発言は勘違いも良いところだ。これは恋人を心配させた罰を受けているだけだし、そもそもジャックには親指姫とイチャイチャした記憶など無い。こちらから多少強引に迫れば少しの間は大人しく受け入れてくれるが、すぐに恥じらいと照れ臭さを思い出して手酷く拒まれてしまうのだ。少なくとも一方的な触れ合いではイチャイチャとは言えないだろう。
「……じゃあ最後に確認するけどもうやり残したことはない? 無いなら明日の夜までもう二度と床を踏めないから、悔いが残らないようにしときなさい」
「ど、どうしてもう二度とこの世の土を踏ませないみたいな言い方してるの……? でも大丈夫だよ。心配かけたことは部屋に戻る時に皆にも謝っておいたし、僕がその罰で部屋に閉じ込められることは親指姫が皆に言ってくれたからね」
「じゃあ今から罰の始まりだからね。ちゃんとベッドで大人しくしてなさいよ?」
「うん、分かったよ」
ベッドから出られないのならできるのは精々読書くらいだ。しかし恋愛に関する本を読んでいることを知られるのが何だか恥ずかしいし、まだちょっと回復しきってないので身体はだるい。
なのでジャックは再び横になると首元までシーツを上げ、大人しく眠ることにして目蓋を閉じた。
(………………あれ?)
しかしガタガタという物音が聞こえてきて目を開ける。視線をやると親指姫が机から椅子を引っ張ってきて、何故かベッドの傍に置いていた。
そして当たり前のように腰かけ、腕と足を組んでじっとジャックに視線を向けてくる。おまけにそれっきり動こうとしない。まるでジャックをベッドから逃がさないため監視しているかのように。
「ちょ、ちょっと待って、親指姫? もしかしてずっとここで僕を見張ってるつもりなの?」
「そ、そうよ。私がずっとここで見張ってればあんたもベッドから出られないでしょ? それに見張ってないとちゃんとずっとベッドにいたか分かんないじゃない」
「それはもっともだけど……別にそこまでしなくても約束は守るよ?」
(ていうかこれ、罰じゃなくてご褒美じゃないかな……?)
ずっと見張るということは当然親指姫もずっとこの場にいなければならない。つまりジャックとずっと二人きりだ。恋人と二人きりでいられる時間は全く苦ではないし、むしろ幸せな心暖まる時間だ。ベッドから出られないことを差引いてもおつりがきてしまうほどに。
「あんたに拒否権はないのよ。良いからそこで大人しくしてなさい」
「う、うん……」
何故か頬を赤らめて命令する親指姫に頷くジャック。受け入れる理由はあれど拒否する理由はどこにもない。恋人と二人きりで過ごせるならむしろ願ったり叶ったりだ。
(……もしかして親指姫も二人きりで過ごしたいからこんな罰にしたのかな?)
ジェノサイド化した親指姫が語った想いの丈と、ずっと見張っているという話で顔を赤らめている状況。そこに天邪鬼な性格が加われば自然とそんな答えが出てきた。一緒にいたくても何か理由をつけないと恥ずかしくて一緒にいられない、ということなのかもしれない。
(ていうか親指姫、こんな近くでそんな座り方しないで欲しいな……パンツが見えそうで全然落ち着けないよ……)
太股半ばまでの短いスカートだというのに、すぐ傍で足を組んで座っているものだからその奥が見えてしまいそうでドキドキする。間近で見ると微かに太股へ食い込むソックスの境目もなかなか心臓に悪い。
おまけに親指姫も二人きりということを意識しているらしく、視線を彷徨わせて若干頬を赤くしている。それがまた見られて恥ずかしがっているように思えてどうにも居心地が悪い。かといってパンツが見えそうだと指摘することもできず、微妙な沈黙に支配されるジャックの部屋であった。
「……そうだ! ごめん、親指姫。やっぱりやり残したことがあったよ」
しかしそこで天啓が舞い降りる。スカートの奥を見てしまわないようにさり気なく身体を起こし、ジャックはそれを伝えた。
「はぁ? 今更何だってのよ。まあ聞いてやるから一応言ってみなさい」
「何だかんだで僕ダンジョンから帰ってきて格好そのままなんだよね。このままじゃ少し臭いし汚れてるんじゃないかな?」
「あー、そういえばあんたちょっと汗臭いわね……」
「……っ!」
ジャックの頬近くまで顔を寄せ、くんくんと軽く匂いを嗅ぎそんな感想を零す親指姫。その顔があまりにも近かったので何だか頬にキスされたように思えてちょっとドキっとしてしまった。
いつも大胆に攻めている癖に純情に過ぎる反応かもしれないがこれは仕方ない。何せまだ普段の親指姫からキスをしてもらったことは一度も無いのだから。
「う、うん。だからこのままじゃ親指姫も不快なだけだろうし、できればシャワーを浴びてきたいんだけど――」
「――良いわよ。その後ぶっ飛ばされて救護室戻りでも構わないならね?」
「……ごめん。大人しくしてるよ」
にっこりと可愛らしい笑顔で否定されてしまえばそれ以上何も言うことはできなかった。せめて目も笑っていたなら笑顔を見られた嬉しさを感じられたかもしれないのだが。
とりあえず目の毒なものが見えたりしないよう、ジャックは先ほどとは少し位置を変えて横になった。
「大体あんた男でしょ? そんなに自分の身体の匂いなんて気になるわけ?」
「それは気になるよ。だって親指姫がすぐ隣にいるんだから。大好きな女の子に臭いとか言われたくないからね」
「っ! だ、だから、あんたはまたそんな風に恥ずかしげも無く……」
(……あれ? 何かいつもと反応が違うような……?)
普段なら好きと言われた親指姫は照れ隠しに顔を赤くして怒りを示すところだ。なのに今はどちらかと言えば寂しげというか悲しげな感じで苦い顔をしている。普段と違うことを言った覚えは無いので何故そんな反応をされるのか分からなかった。
「……ちょっと待ってなさい!」
「え? あ、うん……」
しかしそんな反応をされたのも束の間。いつも通りの赤ら顔で席を立ち、風呂もある洗面所の方へ向かっていく親指姫。トイレに行くとしてもどうしてわざわざ待っていろと声をかけるのだろう。
不思議に思って待っていると親指姫はすぐに戻ってきた。ただしその手にお湯が並々と注がれた桶とタオルを持って。
「あれ? 親指姫、それ……」
「……正直あんたが臭うと見張ってる私も気分悪くなるしね。か、身体を拭くくらいならやってあげなくもないわよ?」
「えぇっ!? も、もしかして親指姫がやるつもりなの?」
「そ、そうよ! 何か文句でもある!?」
有無を言わせぬ赤い表情で口にして、桶を半ば叩きつけるような勢いで床に置く親指姫。当然ながらお湯がちょっと零れて床が濡れてしまった。せめてもうちょっと優しく置いて欲しかった。
「も、文句は無いけど別に君にやってもらわなくて大丈夫だよ。具合が悪いわけじゃないから自分でやれるし……」
「そ、それでもあんたは大人しくしてないといけないでしょ! 特別に私がやってやるから服脱ぎなさい! 上も下も全部よ!」
「え、ええっ!? 下は別に脱がなくても良いよね!?」
乱暴にシーツを剥がれてしまい、その勢いでズボンまで持っていかれそうに思えて咄嗟に押さえるジャック。百歩譲って身体を拭いてもらうのは良いとしても裸に剥かれるのは勘弁してもらいたい。
「良いから脱げっての! 逆らったらぶっ殺すわよ!」
「ま、待って親指姫!? あ! 無理やり脱がそうとしないで!」
何やら自暴自棄になった感じの親指姫に無理やり服を脱がされそうになり、ジャックは何とか抵抗しながら説得を試みるのだった。
最終的には衣服を全部剥がれたら裸になってしまうことを伝えるとようやく沈静化してくれた。真っ赤になった表情からするとそんなことにも気が付かずジャックの衣服を全て剥ごうとしていたらしい。何だか今日の親指姫は危なっかしいくらい大胆だ。
「ほら、こっちに背中向けなさい」
「う、うん……」
指示に従い、上を脱いで素肌を晒した背中を向ける。すると暖かく湿った感触が肌に触れ、撫でるように動いていった。
最終的に脱ぐのは上だけで妥協してもらったものの、今は少し血が足りないとはいえ身体自体は健康だ。そんな状態で女の子に身体を拭いてもらうなどジャックとしてもちょっと不安だった。その女の子が可愛くて大好きな恋人であるからこそ、余計にである。
「……あ、あんた、意外と背中広いわね」
「え? そ、そうかな……」
ゴシゴシとジャックの背中を丁寧に拭きながらそんな感想を零す親指姫、居心地の悪さに短い相槌を打つジャック。
(やっぱりこれ全然罰じゃないよね。嬉しいけど何か申し訳ないや……)
一人寂しく部屋のベッドで過ごす罰を想像していた身としては、恋人と二人きりで過ごしあまつさえ身体を拭いてもらっているという状況はあまりにも至れり尽くせりの状況だ。この様子だと食事時にはあーんとかもしてもらえるような気がしてしまう。罰の悪さと今の親指姫の妙な積極性も相まって変に落ち着けない。
「……な、何か喋りなさいよ。気まずいでしょ」
そしてやはり向こうも気まずいらしい。沈黙に耐え切れないのか恥ずかしそうな口調でそんな指示を飛ばしてきた。
「何かって言われても……あ、そうだ。親指姫、良かったら明後日にでもデートしようよ? デートって言っても手を握って街を歩くくらいになりそうだけどさ」
「はぁっ!? で、デートって、あんた……!」
ちょうど以前から思っていたことを口にすると、途端に背後から裏返りそうなほど狼狽した声が上がる。後ろを見なくてもその顔が真っ赤に染まっているであろうことは手に取るように分かった。
「嫌なら別にその辺の散歩でも良いよ? 僕はただ親指姫と手を繋いで外を歩きたいだけだからね」
「だ、だから人前で手を繋ぐのは……! その……うぅ……!」
(……あれ、まただ。禁止とか嫌とか言わなくなった……)
またしても普段とは異なる反応を示す親指姫。
本心ではそういうことをしたがっているのは勿論知っているが、普段なら照れ隠しに怒って否定する所だ。なのに否定もせずに唸ると黙り込んでしまった。
(どうしたのかな、今日の親指姫……)
謎の積極性に普段と異なる反応。心配させたのはジャックの方だが、今度は逆にこちらが心配になってきてしまった。やはり何か心境の変化でもあったのだろうか。
「……あんたがどうしてもって言うなら、散歩くらいなら付き合ってやるわよ? ほら、腕上げなさい」
「そっか。じゃあ僕、どうしても親指姫と散歩したいな」
「そ、そこまで言うならしょうがないわね。なら明後日を楽しみにしてなさい?」
お決まりのかけあいの末、散歩の約束を取り付けることに成功するジャック。親指姫がこんな言い方をする時は決まって自分も同じことをしたいと思っている時だ。それを恥ずかしくて口にできないだけで。
(本当に親指姫は素直じゃないなぁ。でもそこも可愛く思ってるどうしようもない僕がいる……)
しかしジャックはそんなところさえも愛らしく思っている。照れ隠しに怒る姿も、恥ずかしがる姿も可愛らしくて堪らない。親指姫自身は素直になれないことをだいぶ気にしているものの、そんなことはすでにジャックにとっては些細な問題だ。
もっとも、せめて一回くらいは親指姫の口から好きという言葉を聞きたいのだが。
「で、でも勝手に手握ったら怒るからね! あと人がいる所で握るものダメよ!」
「あははっ。怒られてもお仕置きされても良いから握っちゃおうかな?」
「何でそこまでして私と手を握りたいのよ……あんたやっぱりマゾ?」
「ち、違うよ! 親指姫のことが好きだから手を握ったりしたいだけで、別に苛められて喜んだりする趣味は無いよ!」
すごく失礼な誤解をされたので必死に否定するジャック。別に怒られたりなじられたりすること自体が嬉しいわけではなく、親指姫が可愛いから普通に受け入れられるのだ。間違ってもマゾではない。というか親指姫だってマゾの恋人は勘弁して欲しいはず。
「……あー、もうっ! 何であんたは! 何でなのよ!」
「い、痛っ!? 痛いよ親指姫! ど、どうして怒るの!?」
しかし何故かキレた親指姫に乾布摩擦染みた力で背中を擦られてしまう。まさかジャックがマゾだった方が嬉しかったのだろうか。本当に今日の親指姫の行動には謎が多かった。
「――さ、これで身体も綺麗になったし満足でしょ?」
「うん。ありがとう、親指姫。これでだいぶスッキリしたよ」
約十数分後。上半身だけとはいえ身体を綺麗にしてもらったジャックはだいぶスッキリした心地であった。途中で何故か力の限り背中を擦られたりしたせいでちょっとヒリヒリするが、これくらいは照れ隠しで慣れているので問題なしだ。
「ふ、ふん。礼を言われるほどのことはしてないわよ。感謝されたって別に嬉しくないんだからね」
(そんな風に言うってことはやっぱり嬉しいんだよね。顔を赤くして照れてて可愛いなぁ……)
頬を赤らめそっぽを向く恋人の姿に、自然と心暖まる想いを抱くジャック。やはり至れり尽くせりの状況でこんなに可愛い親指姫の姿も見られるなら、ベッドから出られないのは間違っても罰ではない。
「それで? あんたまだしたいこととかして欲しいこととかある? もう思い残すこと無いならさっさと寝なさい」
「あははっ。何か永眠させようとしてるみたいな言い方だね、それ」
言い方のおかしさに思わず笑い、思い残しがないか考えてみる。
その間に親指姫は身体を拭くのに使ったタオルや桶を片付けると、再びすぐ傍の椅子に腰掛けていた。まるでここからもずっと見張り続けるかのように。
「……ねえ、親指姫。もしかして僕が眠るまでずっと傍で見張ってるつもりだったりする?」
「ふん。私がそんな甘ちゃんだと思ってんの? あんたが狸寝入りして私が出て行った後に出歩くかもしれないじゃない。ずっとここで見張ってるわよ」
「ええっ!? 一晩中見張ってるつもりなの!?」
まさかと思って尋ねると、あろうことか一晩中見張り続けるという予想を上回る答えが返って来た。それはちょっと見張り続ける親指姫の身体が心配になってきてしまう。
「そ、そうよ! 何か文句でもある!?」
「も、文句は無いけど……」
(罰とか見張るとか言ってるけど、これってもう付きっきりの看病だよね……)
薄々気付いていたが今さっきの発言で確定した。たぶん親指姫はまだジャックが回復しきっていないから心配なのだろう。
しかし心配だから付きっきりで看病したい、などということが言えるわけも無く、罰を与えて見張る形にするしかなかったというところか。そうでもなければわざわざ身体を拭いてくれたり、二十四時間付きっきりなどという発想は出てこないはずだ。もう一周回って愛しくなるほどの天邪鬼加減である。
「文句も思い残しも無いならさっさと寝なさい。灯りくらいは消してやるから」
「ま、待って、親指姫。じゃあ……一つお願いしたいことがあるんだけど、良いかな?」
「内容聞いてみないと分かんないわよ。良いから言ってみなさい」
促され口を開こうとするものの、これはさすがにジャックでも言うのに躊躇いがあるというか、変な勘違いをされそうで気が引ける。
しかし言わないわけにもいかず、なるべく勘違いさせないように心がけて口を開いた。
「その……もし親指姫が嫌じゃないなら……僕、親指姫と一緒に寝たいなって……」
「っ!!? は、はぁ!? わ、私と、ね、ね、寝るって……!?」
「あ!? そ、添い寝のことだからね!? どうせ一晩中僕を見張ってるつもりなら親指姫もベッドの中にいた方が寒くないかなって思って!」
やはり未だかつて無いくらい顔を真っ赤に染め上げられたため、早口で誤解を解き真意を説明する。
一瞬呆気に取られた感じの表情をされたものの、すぐさまその頬の赤みは別種のものへと変わっていった。恥じらいから怒りへと。
「だったら最初から添い寝して欲しいって言いなさいよ! 紛らわしい言い方すんじゃないわよ全く!」
「ご、ごめん……それで、ダメかな……?」
「……だ、ダメに決まってんでしょ! 添い寝とか言って本当は何されるか分かったもんじゃないわ!」
意外にもちょっと迷ったらしく、親指姫は少しだけ間を空けて答えた。予想通りの答えとはいえ、あまり信用されていないように思えて残念だった。
「そう、だよね……ごめん。じゃあ忘れてくれて良いよ。だけどこのお願いを聞いてもらえないなら、せめて毛布とかに包まって自分の身体を冷やさないようにして欲しいな。女の子は身体を冷やしちゃいけないし、親指姫が風邪を引いちゃうかもしれないって考えるだけで心配だから……」
「っ……」
なのでベッドから一枚シーツを剥いで半ば押し付ける感じで差し出す。本当なら横になってちゃんと暖まって欲しいが、それを断られたならせめてこれだけは何が何でも受け入れてもらう。付きっきりで看病してくれるのは嬉しいものの、それが原因で親指姫が身体を壊したらきっとジャックは自分を許せない。
何やら赤くなったまま苦虫を噛み潰したような顔しながらも、親指姫は素直にシーツを受け取ってくれた。
「それじゃあ、おやすみ。親指姫」
「っ――!」
そしてベッドから身を乗り出し、おやすみのキスも強引に受け取らせる。途端に赤みを増していく可愛らしい面差しに一度微笑みを零してしまってから、再びベッドに横になろうとした。
しかしその動きの最中、唐突に上着を掴まれ引き止められる。親指姫にしてはかなり控えめな摘むような感じで。
「親指姫、どうしたの?」
「っ、うぅ……!」
疑問に思って尋ねてみるものの、何やら居心地悪そうに視線を彷徨わせてばかり。それでも何かを口にしようと頑張っているのは確かだったので、ジャックはそれまでじっと親指姫の言葉を待った。
「な……何もしないって、本当に約束できるなら……添い寝くらい、してやっても良いわよ!?」
やがてまるで一世一代の発言でもするかのように、親指姫はぎゅっと目蓋を閉じて力いっぱい言い放った。顔はもう暗闇なら光って見えるんじゃないかと思えるくらい真っ赤だった。
「え……ほ、本当に?」
「う、嘘つく必要なんてないでしょ! で、でも、私はまだ寝る前にやることがあるから、添い寝して欲しいならこのまま眠らず待ってなさい!」
「う、うん。じゃあ、待ってるよ……」
予想外の答えに呆気に取られたジャックは投げ返されたシーツを受け取ると、逃げるように部屋から走り出て行く親指姫の姿を見送る。しかし意識を取り戻すにはかなりの時間を要してしまった。
(し、してくれるんだ、添い寝……)
仮に親指姫が本心では添い寝をしたがっていたとしても、正直望みはほぼゼロだと思っていた。悲観的になっているわけではなく、交際を始めて未だに一度も好きの一言も言われていないのだから当然だ。
やはり親指姫には何か劇的な心境の変化があったに違いない。考えられるとすればそれはジャックがまた無理をして倒れたことくらいだが、その程度で本当にここまで変わるものだろうか。
親指姫が戻ってくるまで、ジャックはいつまでもそんなことを考えて時間を潰すのだった。
自室に戻った親指姫は即座にその場にうずくまり、火が出そうなほどに熱い顔を両手で覆い悶え始めた。
理由は単純。恥ずかしさと緊張からだ。
たぶん酷く寂しそうな顔をしたジャックの姿を見たせいなのだろう。そんな顔をさせてしまった罪悪感と、胸の中で溢れる決意と覚悟が勢いで添い寝を了承させてしまったのだ。おまけにこれ以上ないほど気遣われて優しくされ、とどめにキスまでされては親指姫でも拒む方が難しい。
この調子なら今夜にでも本当に言ってやりたいことを伝えられそうだが、ちょっと方向がずれて行き過ぎてしまった気がしていた。
(ぜ、絶対手は出されないのよね? ジャックはちゃんと約束守るタイプだし、絶対よね!?)
ジャックはただの添い寝と言っていた。何もしないという約束もしてくれた。馬鹿正直に親指姫の決めたルールを守る律儀で素直なジャックだ。少なくとも自分の意思で変なことをしたりはしないはず。
(で、でも、もしもあいつが我慢できなくなったりしたら……!?)
しかしジャックもやはり男。親指姫の裸を見た時も死にかけの癖にだいぶドキドキしていたし、復讐を果たすためにベッドへ潜り込もうとした時には下着姿を見て明らかに顔を赤くしていた。
つまりはジャックにとって貧相な親指姫の身体も間違いなく守備範囲なのだ。それならいくらジャックでも理性を失ってケダモノに変貌する可能性も十分にある。
(……あ! 何だ心配いらないじゃない! 未だにジャックに好きの一言も言えない私が素直に受け入れられるはずないし!)
しかしそこに気付いて即座に平常心を取り戻す。恋人に好意の一つも伝えられない根っからの天邪鬼が最高レベルの恥ずかしさを伴う行為を受け入れられるわけもない。
本当はジャックにならそんなことをされても構わないと思ってはいるが、親指姫が心の中でどう思っていようとも半ば勝手に口や身体が動いて拒否と抵抗をしてくれるだろう。だから心配はいらない。
(……け、けど、あいつ意外に大胆で積極的だし、もし強引に迫ってきたら……!?)
心配はいらないと思ったが新たな不安要素が浮かび、またしても混乱と羞恥に見舞われてしまう。
そう、ジャックは大人しい顔をしている癖にびっくりするほど大胆で積極的だ。いくらジェノサイド化した親指姫に命令されたからとはいえ、人前だろうと親指姫の前だろうと愛情表現に全く躊躇いを見せない。しかも命令どおり親指姫が嫌がっても怒っても関係無くだ。
そんなジャックが最大級の愛情表現を行うことを決めたとしたなら、当然強引に迫ってくるに違いない。キスやハグ程度でも丸め込まれてしまいがちな親指姫だ。正直絶対に拒否できるという自信は無かった。
(や、やっぱり万が一のために下着選んどくべき!? 子供っぽいのとか見られたら恥ずかしさで死ねるわよ!?)
なのであくまでも万が一の事態に備えるため、タンス目掛けてダッシュし引き出しごと衣服と下着を引っ張り出す。しかしそこで親指姫は気付いた。
(ちょ、ちょっと待った! ジャックは子供っぽい下着の方が好きだとか無いわよね!? もしくはエロイのが好きとか!?)
見られても恥ずかしくない下着を選ぶのはもちろん、ジャックの好みも考えなくてはならない。しかしその好みが分からない。親指姫のような子供っぽい身体つきで興奮するジャックなら、下着も子供っぽいものの方が好みなのかもしれない。あるいは逆に扇情的な大人っぽいものの方が好みということもあり得る。
残念ながら親指姫が所持している下着は簡素なものから可愛いものくらいで、大人っぽいものはそもそも持っていない。今更買いに行くこともできないのでこうなったら大人っぽいものは候補から外すしかない。
(ああっ、その前にシャワー念入りに浴びて身体綺麗にしないと駄目じゃない! あと髪もしっかり梳かすべきよね!? あ、髪型はどうすんの!? 今のままなら寝やすい髪型だし私っぽいからこのまま行くとして、そういうことされた時は下ろすべき!? それともこのまま!? そこんところどうなのよ!?)
下着を選ぶのも大事だがまず身を清めて整えることも大事だと気付き、すぐさまシャワーの準備に走る。
タオルを引っつかんで洗面所に入ったり、そのタオルが実はベッドシーツだったことに気付いて戻しに行ったりと、正直親指姫はだいぶ混乱していた。こんなに何が何だか分からない思いをしたのは初めてなくらいだ。
「あーもうっ! 何で添い寝の一言でこんなに踊らされてんのよ!? 本当にジャックは大馬鹿野郎ね!」
混乱のあまり理不尽な怒りをここにいないジャックにぶつけ、親指姫はまずは身を清めることに専念した。大馬鹿野郎と罵りつつも、実際は何をされたって構わないくらいにその大馬鹿野郎のことが好きだから。
何やら怪しげな雰囲気に。果たして次回はどうなることか……。
まあエッチなゲームなら次は間違いなく告白からのエッチになりますが、これは一応R18じゃありませんしね。普通はそんな展開を書こうとはしないはず。でも私はR18も書いているロリコンなので絶対無いとは言い切れないという……果たして読んでいる方はどっちだと考えるんでしょうかね……。