猫プレイの後編。
どうしてこうなったとしか言いようが無いお話。何かかなり不憫というか極めて気の毒な方がいるような気がしますが些細な問題だと思います。
親指姫を辱めから守るため、赤ずきんを脅迫して自室での食事を半ば無理やり認めさせたジャック。そこまでした理由は親指姫に床を這い蹲るなどという惨い仕打ちをさせたくないからであり、同時に今の可愛らしい姿を他の男に見られたくないからでもある。
とはいえせっかく正気を疑うようなお願いをせずとも猫真似してくれている絶好の機会。あわよくばこの可愛らしい子猫と二人きりで濃厚な甘い一時を過ごして存分に楽しみたかった。楽しみたかったのだが――
「本当に素直に罰ゲームを受けていますね~。ほらほら、遊んであげますよ親指姫~?」
「ウウゥゥゥゥ……!」
(まあこうなるよね。一応罰ゲームなんだし……)
――残念ながら二人きりにはさせてもらえなかった。
さすがに血式少女全員ではないが、何人かは食堂でなくジャックたちの部屋で一緒に昼食を取ることにしたらしい。何人かというのは赤ずきんに加えて、一人目は袖の中から取り出した扇子を猫じゃらしの如く揺らして親指姫をからかうかぐや姫。
「親指姉様、とっても可愛いです!」
「ん……にゃあにゃあ……!」
「まるで本物としか思えない鳴き声ね。猫以外にも動物の鳴き真似はできるのかしら?」
可愛い子猫の姿を目にして悪意無く純真に笑う義妹二人と、鳴き声の再現性に感心するグレーテル。
そして――
「……フッ」
「フシャーッ!!」
(い、今鼻で笑ったよね、アリス……)
何故か嘲るような笑いを浮かべたアリスだ。さすがにこの反応には親指姫も威嚇の声を上げていた。やはりこの二人は仲が悪いというか、妙にお互い目の敵にしている節がある。前はそうでもなかったはずなのだが。
「ふふふ、久しぶりに愉快な気分です~。やはり親指姫はこうして顔を赤くしている方が似合っていますよ~?」
「か、かぐや姫、あんまりからかわないであげてよ……」
ぎくしゃくしていた頃のジャックたちの関係を面白がっていたかぐや姫だ。これ以上ないほどからかえる状況なせいか、今は珍しく活き活きとした微笑みさえ浮かべている。もちろん当然の如く赤ずきんも同じ表情だ。
「そうだよかぐや、止めときな。さもないとあたしがさっきされたみたいにジャックに脅されるよ。僕の血が欲しいなら跪いて大人しく従え、ってさ」
「なっ!? じゃ、ジャックが本当にそのような鬼畜な言葉をかけたのですか~? よりにもよって赤ずきんに……」
「よりにもよってとはどういう意味さ。言っとくけど本当だよ。こいつは親指を守るためについに鬼畜な本性を現してあたしを脅迫したんだ。ずっと前から怪しいと思ってたけどやっぱりだったよ」
「きょ、脅迫ですか……!?」
赤ずきんの発言に白雪姫が目を丸くして、他の皆は心底驚いたような顔でジャックに視線を向けてくる。グレーテルでさえちょっと意外そうだ。
とはいえ弱みに付け込んで脅すというあまりにも最低な所業を行ったのだから無理も無い。しかも実はこの場にいる少女たち全員に適用可能な脅しだからこそ余計に。
「ジャック、本当にあなたは赤ずきんさんを脅迫したの?」
「う、うん。脅迫したのは事実だよ。でもそこまで酷い言い方はしてないからね。意味は……大体合ってるけど……」
「ふぅん。愛する親指姫を守るためならジャックも鬼になる、ということかしら。これが愛の力というものなのね」
やはり意外そうにしているアリスとグレーテル。
親指姫から『人畜無害そうな顔してる癖に』とか『大人しい顔して』とか良く言われているジャックだ。もしかするとアリスたちも同じように思っていて、そのせいで驚きが大きかったのかもしれない。
「そりゃあ親指姫を守るためならね。でも……こんなことするなんてさすがに幻滅したかな……?」
自分でも最低な脅しだということは理解していた。親指姫はむしろ嬉しそうな反応を見せてくれたが、それは脅しそのものとは無関係な守られる側だったからだろう。傍から見れば軽蔑される類の脅しなのは間違いない。
なので幻滅されるかもしれないとひっそり怯えていたジャックだが、どうも要らぬ心配だったらしい。
「いいえ。愛する人を守るためにあえて非道を行う……素敵だわ、ジャック」
「はい! 親指姉様のためにそこまでするジャックさん、カッコイイです……!」(←素が出てる。白雪姫はたまに言っちゃうけど本人が気付いていないとか?)
「ん……ダークヒーロー……!」
アリスと白雪姫、そして眠り姫は笑顔を浮かべ、むしろ褒め称えるかのようにジャックの行為を肯定してくれた。無論残りの三名中二名は面白くなさそうに眉を寄せていたが。
「あ、あははっ。言いすぎだよ、そんなの……ほら、冷めない内にお昼にしよう? いただきます」
「あ、そうですね。じゃあ白雪もいただきます」
嬉しさに緩む頬を誤魔化すため、率先して昼食を摂り始める。
皆もそれに続いて食前の挨拶を口にし、箸やスプーンといった食べるための道具を手に取っていく。ジャックたちは人なのだから道具を使って食事を取るのは当たり前だ。
「何をしているんですか、親指姫~? 猫が箸やスプーンを用いて食事をするわけがありません。今のそなたは猫なのですから、それ相応の食事の摂り方をしていただきませんと~?」
「にゃ……!」
ただし、今は猫としての振る舞いを強制されている親指姫は別らしい。箸を手にしようとした途端、かぐや姫にニヤニヤ笑われながら指摘されていた。
「……それ相応の……食事の、取り方……?」
「も、もしかして……犬食い、ですか?」
「にゃにゃあっ!?」
首を傾げて考える三女、それを引継ぎ頬を染めながら口にする次女、そして真っ赤になって怒りを露にする長女。どうやら三姉妹はそこまで酷い罰ゲームだとは思ってもいなかったらしい。
(まあ僕は何となくそんなこともあるかなとは思ってたけどね。赤ずきんさんなんて床に這い蹲らせようとしてたし……)
しかしジャックはある程度予想していたので特に驚きは無かった。
赤ずきんと同じくジャックたちがぎくしゃくしていた頃はニヤニヤ笑っていたかぐや姫なのだから、からかえる時にからかわないなどという勿体無いことはしないはずだ。むしろ驚いたのは床に這い蹲れと命じられた張本人がこれを予想していなかったらしいところだ。
「その通りです~。さあ親指姫、食事をするのなら犬のように頭を垂れて情けない姿を晒してください~」
「そ、そんなのさすがに酷すぎます! 親指姉様が可哀想です!」
すぐさま反対してくれるのは白雪姫。女の子、それも自分のお姉さんに犬食いなどというはしたない真似をさせるのは嫌なのだろう。もちろんジャックだって同じ気持ちだ。
「はい、親指姫。あーんして?」
「にゃ……?」
だからこそ予め対応策を考えていた。しかし親指姫は予想していなかったのか、目の前に摘んで持って行った食べ物に目を丸くしていた。
猫が道具を使って食事するのは確かにおかしいが人の手で食べさせてもらう分には問題ない。元々ジャックは親指姫の飼い主とか言われていたのでこれを行う権利も十分にあるはずだ。
「猫の親指姫が自分で道具を使って食べるのは無しでも、僕がご飯をあげたりするのはありだよね? 君たちは僕のこと親指姫の飼い主って言ってたんだしさ」
「え……そ、それは~……」
にっこり笑いかけながら尋ねるとかぐや姫は若干戸惑いを見せる。どうやらこちらもこの対策は予想していなかったらしい。
ただし一度対応策を目にした赤ずきんは別。さして驚いた様子も無く、むしろ軽蔑を瞳に浮かべてジャックを睨んできた。
「やめときな、かぐや! 従わないと鬼畜な命令されて仕返しされるよ!」
「そ、そこまではしないってば……はい、親指姫。口開けて?」
まだまだ脅迫を根に持っているらしい赤ずきんの睨みに背中を向け、再び親指姫の目の前に箸を持っていく。
実はジャックの手で食べさせてもらうのが結構嬉しいのだろう。その頬を目に見えて緩ませ、雛鳥の如く小さな口を開けた。
「にゃー……ん」
可愛らしい声を上げる口の中へと箸を進ませ、小さな舌の上に摘んでいたものを落とす。すると小さな口は閉じられて何度か頬が僅かに揺れ動き、最後に喉が上下する。
「おいしい?」
「にゃー!」
そこで感想を尋ねると返って来たのは満面の笑みに元気な鳴き声。
食事も美味しくてジャックに食べさせてもらっている事実も嬉しいらしい。少なくとも猫真似を強制されているにしてはだいぶご機嫌な表情であった。
「良かった。じゃあ次に食べたいものがあったら言ってね? はい、あーん」
「にゃー、にゃにゃにゃ」
「ん? どうしたの、親指姫?」
再び食べさせてあげようとしたところ、親指姫は首を横に振りながらジャックの服を引っ張ってきた。さすがに言葉無しでは言いたいことを上手く伝えられないためか普段よりも行動が若干大袈裟だ。とはいえ今の親指姫は人の名前を呼ぶことも許されていないので引っ張って気を引いたりするしかない。
「にゃあ、にゃあ」
そして鳴きながらジャックの分の料理を指差し、今度はジャック自身を指差してくる。別のものを食べさせて欲しいなら自分の分を指差すはずなので真意は別のはずだ。たぶんこれは――
「えっと……僕もちゃんと食べろってことかな?」
「にゃあ!」
予想を口にすると『そうよ!』とでも言いた気な笑みで頷いてくれる。親指姫に食べさせることにかまけて自分の食事を疎かにするな、ということらしい。
「うん、分かった。じゃあ僕も……あ、箸はそのままでも良いよね? 僕たちはもう数え切れないくらいキスしてきたんだからさ?」
「にゃにゃっ」
一応尋ねてみると『仕方ないわね、特別よ?』的な小生意気な笑みが返ってくる。
気のせいかもしれないが親指姫はむしろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。まあ一番楽しんでいるのはもしかするとジャック自身なのかもしれない。
「はい、あーんして?」
「にゃー……」
罰ゲームを受けている心地は毛ほども感じないまま、親指姫と共に食事を続けていく。とりあえず今の親指姫は猫だが食事を待つ様子は完璧に雛鳥だった。
むしろジャックはとても幸せな心地だし、親指姫もどことなく楽しそうだ。傍から見ればお互いとても充実した食事風景に見えることだろう。見ている人の内心は別として。
「……これは何ですか~? わらわたちへの罰ゲームですか~?」
「親指も満更でも無さそうだし、ジャックはジャックで嬉しそうだし……こいつらむしろ罰ゲームを楽しんでるよ……」
その傍から見ている人たちのかぐや姫と赤ずきんは心底げんなりしていて、食事が進まないか手を止めて溜息をついている。食欲が失せたのならそれはたぶんジャックたちのせいなのだろう。
「ふふふ、ジャックさんも姉様も幸せそうな顔をしてます」
「ん……ラブラブ……!」
対象的に心底微笑ましそうにしているのは義妹二人。親指姫にも引けを取らないほど幸せいっぱいの眩しい笑みを浮かべ、ずっと触れ合うジャックたちを眺めている。ただこちらはこちらで眺めるのに夢中なせいか食事の手が止まっているのだが。
「アリス、箸が今にも折れそうな音を立てているのだけれど何故そんなに力を込めているのかしら」
「……何でもないわ」
(あ、またアリスを怒らせちゃった……)
たった二人、普通に食事を進めているように見えたアリスとグレーテルだが、アリスの方はかなり面白く無さそうな顔をしていた。先ほどのはジャックの中ではイチャイチャに分類されるほどのものではないが、傍から見ればイチャイチャしているように見えたのかもしれない。
(でもこうするしかないんだ。ごめん、アリス……)
しかし親指姫に犬食いさせるわけにもいかないのでこうして食べさせてあげるしかない。
赤ずきんとかぐや姫に対しては特に何も感じないものの、アリスに対しては罪悪感を感じながらジャックは食事を続けていった。多少機嫌が悪そうなのに何故か自分へ怒りが向けられていないため、余計に罪の意識を覚えながら。
「あ、ジャックさん。頬っぺたにソースがついちゃってますよ?」
「え、本当? どこかな?」
不意に白雪姫に指摘され、頬を触って確かめるジャック。
しかし指には何もついていなかった。となると反対の方だろう。今度はそっちを触って確かめようとしたジャックだが――
「――にゃっ」
「わぁっ!?」
「きゃっ……!」
一声鳴いた親指姫に、ぺろりと反対側の頬を舐められた。
食事中と思って油断していたのか皆が不意打ちに目を剥いていた。驚きの声を零したのはジャックと白雪姫だけなものの、代わりに何やら細い木材が圧し折れる音がとある少女の手から聞こえてきた。
「親指姉様……大胆です……!」
「……ん……ジャックより、大胆……!」
「ふ、二人の言う通りだよ。本当に親指姫って凄く大胆になったよね。びっくりしたなぁ……」
「にゃにゃー!」
頬の火照りと胸の高鳴りを感じながら語りかけると、『どうよ!』と威張る感じの小生意気な笑みが返ってくる。以前はこんなに大胆ではなかったどころか、照れ臭さで好意を素直に表すこともできていなかったというのに。やはり色々あったせいで一回りも二回りも強くなったのだろう。
「あははっ、何か誇らしげだ。とってくれてありがとう、親指姫」
「にゃー!」
「あれ、どうしたの? 急に膝枕なんて……」
お礼に頭を撫でてあげようと思ったのだが、親指姫は唐突に身体をカーペットの上に投げ出してジャックの膝に頭を乗せてきた。皆の前では二人きりの時ほど甘えてこないはずなのに、隠す様子も無くむしろ見せ付けるように。
ただし下からジャックを見上げる形なのにどことなく偉そうな表情で腕まで組んで。これは甘えているというよりも踏ん反り返っているという表現のほうが近いかもしれない。
「……もしかして、この状態で食べさせて欲しいの?」
「にゃっ!」
その言葉に膝の上で肯定と思しき鳴き声が上がる。
やはり親指姫は今の状況を利用しているらしい。猫なら膝に乗ったり擦り寄ったりしてくるのはおかしくないし、食べさせてもらうのもおかしくない。元々甘えん坊で二人きりなら躊躇い無く甘えてくるので、完璧な猫を演じつつそれに乗じて皆の前でジャックに甘えているのかもしれない。
「もう、幾らなんでも行儀悪いからダメだよ親指姫?」
しかし仮にも食事中、しかも皆の前でこれは行儀が悪すぎる。なので膝から降ろそうとしたのだが――
「にゃあー……にゃあー……!」
「う……」
耳にしているだけで酷く胸が痛んでくる切ない鳴き声を零されてしまう。
ただし切ないのは鳴き声だけで、本人の顔はかなり得意げ。猫の切ない鳴き真似だけでジャックの心を従えることができると思っているかのように。過剰と言っても良いくらい鳴き真似に自信があるらしい。
「……こ、今回だけだからね?」
「にゃーっ!」
まあその自信は思い上がりではなかった。胸の痛みに逆らえなかったため、膝枕したまま食べさせてあげることにした。
ジャックが親指姫のお尻に敷かれているというかぐや姫の指摘は案外正しかったのかもしれない。したり顔で笑う親指姫の笑みを見下ろしながら、ジャックはそう思った。
「あーっ、もう良い! もうたくさんだ! 今回の罰ゲームはもう終わりで良いよ!」
「これならまだ普段のイチャつきを見ていた方が幾分マシです~」
その瞬間、赤ずきんが半ばキレ気味に罰ゲームの終了を宣言した。しかもかぐや姫もその言葉に賛同を示す。一番面白がっていたどころかむしろ自分たちが楽しむためにこんな罰ゲームを提案したというのに、だ。
「え……もう終わりなの? まだ始まったばっかりなのに……」
あまりにも唐突かつ早すぎる終了宣言。罰ゲームが終わること自体は喜ばしいものの、ジャックの胸の中にはむしろ悲しみが満ちていた。せっかく子猫と戯れる幸せな時間を過ごしていたのに、それを奪われる形になってしまったから。
「ジャック……悲しそう……」
「白雪、ジャックさんの気持ちが分かります。今の親指姉様、何だかとっても甘えん坊で本当の子猫みたいに可愛いですから」
「うん、その通りだよ。でも親指姫は喋れなくて辛いだろうから、これで終わりならその方が良いよね……」
名残惜しさからまだ膝枕している親指姫の頭を撫でる。皆の前でも気兼ねなく甘えることができる状況を逃すのは少し惜しいのだろうか。手の平の下で同じように残念そうな顔をしていた。
「赤ずきんさん、本当にもう終わりで良いの?」
「ああ、もう良いよ。罰ゲームなのにあんたらいつもよりも余計にイチャイチャしてんじゃないか。罰ゲームはまた別のを考え直すことにするよ……」
「……だってさ、親指姫?」
膝の上の子猫に向かって笑いかけると、次の瞬間子猫は飛び起きて猫耳を外した。そして現れたのは清々しさ全開の笑みを浮かべたいつもの親指姫だ。
「はー! これでやっと好きなだけ喋れるってもんよ! そんなわけで今一番言いたいこと、ここで言わせてもらうわ!」
そして声高に宣言する。赤ずきんたちへの文句だろうかと考えたジャックだったが、その視線は何とこっちに向けられた。早々見られないくらいに嬉しそうな、興奮気味の笑顔と共に。
「――カッコ良かったわよ、ジャック! 赤姉を脅すなんてあんたも結構やるじゃない! 惚れ直したわ!」
「あはははっ。ありがとう、親指姫。君も惚れ直しちゃうくらい可愛かったよ。何だか終わっちゃうのが少し残念なくらいにね……」
「あ、あんたもずいぶん物好きな奴ね。全く……」
ジャックの発言に頬を染めて戸惑う親指姫。
さっきは襲いかかりたくなるくらい可愛いと言ってしまったのだから戸惑うのも仕方ない。むしろ軽蔑されたり罵られたりはしなかっただけマシな反応だ。というかちょっと可愛い。
「暗い顔してんじゃないわよ。ほら、ご褒美に今度は私が食べさせてあげるわ! 口開けなさい、ジャック!」
そして今度はニッコリ笑いながらあーんのお返しをしてくれる。ジャックが自分のために赤ずきんを脅してくれた事実が本当に喜ばしいらしい。脅迫という悪行を働いた男に惚れ直すとは、親指姫は案外悪い男が好きなのかもしれない。
「はぁ……あたし食堂に行くよ。ここにいると半分も食べてないのに胸焼けしそうだ……」
「ではわらわもご一緒します。甘味の一つも口にしていないのに高血糖になってしまいそうです……」
ついにイチャラブ加減に耐え切れなくなったのか、赤ずきんたちは満腹で苦しそうな表情を浮かべて部屋を出て行った。去り際に見た二人のお昼は半分以上残っていたのでそういうことだろう。それに元々この罰ゲームで以前のような面白おかしい光景が見られると思っていたらしい二人だ。見られないと分かった以上この場に留まる意味は無い。
というか赤ずきんたちによるとジャックたちは普段以上にイチャイチャしているように見えたらしいので、むしろ普段よりも苦痛に感じる光景なのかもしれない。これくらい二人きりなら別に珍しくも無いのだが。
「僕らそんなにイチャイチャしてるように見えたのかな?」
「んー、どうだろ……あんたたちはどう思う?」
「はい! とってもイチャイチャしていました!」
「ん……見てて胸が、暖かくなる……!」
「そうね。定義が分からないから何とも言えないけれど、唇や舌を用いた肉体的接触をしていたからイチャイチャしていた、ということにさせてもらうわ」
親指姫に意見を求められた結果、妹二人とグレーテルが肯定を示す。妹二人はとても幸せそうな眩い笑みで、グレーテルは口元にうっすら微笑みを浮かべて。まあグレーテルの微笑みには妹たちとは違う色が浮かんでいる気がするが。
「……そうね。とてもイチャイチャしていたと思うわ。少なくとも以前までのあなたなら考えられないほどの触れ合いよ」
(ああっ、またアリスが機嫌悪そうに……!)
そして最後の一人であるアリスも肯定を示したものの、同時に声をかけるのを躊躇いたくなるほど剣呑な雰囲気を漂わせていた。やはり目の前でイチャイチャされるのはとても気に障るらしい。
「ま、あんたたちにはそう見えるかもね。それにしてもあの二人、罰ゲームにかこつけて色々酷いことしたりさせたりしてくれたわね……ジャック、私ちょっと追いかけてくるわ! 文句の一つも言ってやんないと気が済まないっつーの!」
「あ、うん。いってらっしゃい」
這い蹲れや犬食いしろと命じられたことが余程屈辱だったのだろう。まだ食事の途中だというのに親指姫は二人を追いかけて部屋から出て行ってしまった。しかし今はこちらの方が都合が良い。
元々ジャックは赤ずきんあたりには親指姫の飼い主と言われていたが、ついさっきまでは間違いなく飼い主であり親指姫はそのペットだった。当然ペットの不始末は飼い主の責任だし、悪気は無いのだがどちらかと言えば飼い主であるジャックも一緒になって不始末をしでかしている。
「えっと……ごめんね、アリス。今も最近も、何だか僕たちのせいで凄く不快な思いをさせてるみたいで……」
なので一番不快な思いをさせているはずのアリスに頭を下げて謝罪した。
できれば頭を下げてがっつり謝罪している姿は親指姫に見せたくなかったので好都合だった。別に頭を下げる姿を見られるのが恥ずかしいわけではなく、親指姫の気持ちの問題だ。惚れ直すくらいにカッコイイと思った男がすぐに頭を下げてがっつり謝罪し始める姿を見せるのはちょっと残酷な仕打ちである。もちろんジャックはそんなにカッコイイ男ではないのですぐに現実を思い知るだろうが、少しくらいは夢に浸らせてあげても良いはずだ。
「謝る必要なんてないわ、ジャック。私は不快な思いなんてしていないもの」
「でもアリス、僕が親指姫と楽しく過ごしてると何だか不愉快そうだから……」
特に気にした様子もなく優しい微笑みで答えてくれるものの、つい先ほどは声をかけるのも躊躇うほどに剣呑な雰囲気を漂わせていたのだ。さすがにちょっと鵜呑みにはできなかった。
「そんなことはないわ。あなたが幸せそうにしていると私も心が暖かくなってきて幸せな気持ちになれるもの。だからあなたは今まで通りに過ごして良いのよ、ジャック?」
「そ、そうなんだ。ありがとう、アリス……」
しかし鵜呑みにできずとも本当に嬉しそうな微笑みで答えられては頷かざるを得ない。それと僅かな緊張と胸の高鳴りを気付かせないためにも。
(何かちょっと勘違いしちゃいそうだったなぁ、アリスの今の言い方……)
ジャックが幸せそうにしている姿を見るとアリスも幸せだと言われたせいで、まるでアリスがジャックに想いを寄せてくれているかのように勘違いしそうになってしまったのだ。誰だって仲の良い相手が幸せそうにしていれば自分も幸せを感じるのは当然のことだというのに。
もしかすると色恋の真っ只中にいるせいでその辺の話題には多少敏感になっているのかもしれない。あまり変な勘違いをすると失礼になるかもしれないので次からは気をつけよう。そう心に決めるジャックであった。
「ただ……親指姫がこれみよがしに見せ付けてくることが少し……」
「ご、ごめんね。僕からそれとなく言っておくよ……」
そしてちょっとはイチャイチャするのを控えるようにしよう。それも心に決めつつ、ジャックは深く深く頭を下げて謝った。そこには親指姫が惚れ直してくれたカッコイイジャックの姿は、残念ながら欠片も残っていなかった。
「……赤姉! ちょっと!」
食堂へ向かう赤ずきんの後姿を見つけた親指姫は早速走り寄って声をかけた。同時に出て行って目的地も同じなので隣には当然かぐや姫の姿もある。だが親指姫が用があるのは赤ずきんだけだ。
「何だよ、親指? あたし誰かさんたちのせいで疲れたんだ。文句あるなら後にしてよ……」
煩わしそうというか、本当に酷く疲れきった表情で振り向かれる。どうやらジャックと親指姫のイチャイチャ加減は皆には刺激が強すぎるらしい。
「す、すぐ済む話よ。これのこと、なんだけど……」
かぐや姫も加わった二人分のいぶかしむ視線を受けながらそれを差し出す。先ほどまで身に付けるのを強制されていたにっくき猫耳を。
この猫耳は赤ずきんが解放地区の露店で買ったものであり、親指姫のものではない。何でも親指姫に似合いそうだという理由で少し前に衝動買いしたらしく、前々からこういう遊びか罰ゲームを考えていたらしい。親指姫たちのためと謳っているし尤もな理由もちゃんとあるが、この戒めの罰ゲームも事実は自分たちが楽しむための遊びに過ぎなかったようだ。
なので罰ゲーム当初、親指姫は後で絶対に文句を言ってやると心に決めていた。この猫耳も全力でぶん投げて返す予定だった。それも当然。このアイテムは自分にあまりにも屈辱的で惨たらしい仕打ちをもたらしたものだからだ。
「これ……貰って良い……?」
しかしそれは屈辱と羞恥しか感じられなかった罰ゲームが始まった辺りの話。今は憎いどころかむしろ感謝の気持ちさえ抱いていた。
何故ならこれのおかげでジャックにお姫様抱っこしてもらえたし、これのおかげで親指姫を守るために赤ずきんを脅迫するジャックという信じ難くも超カッコイイ姿を目にすることができた。おまけに猫の演技にかこつけて皆の前で甘える事もできた。
ぶん投げて返すことなどできない。むしろこれは手元において置きたい。罰ゲームが終わった今、親指姫はそんな真逆の気持ちを抱いていたのだ。
「……ははーん?」
「……ほほーぅ?」
「う……」
しかし赤ずきんとかぐや姫はその奥の気持ちを見抜いているようだ。そうでもなければ酷く疲れきっていた顔が楽しそうなニヤニヤ笑いに変貌するはずが無いし、背筋に悪寒が走るわけも無かった。
「良いよ、譲ってやるよ。元々あんたに似合いそうだと思って買ったんだからね」
「ありがと赤姉じゃあそういうことで!」
「あっ、逃げるな! ただでとは言ってないよ!」
「ちっ……!」
許しを得た瞬間走り去ろうとしたが、一瞬早く件の猫耳を掴まれ引き止められてしまう。引っ張り合いで勝てるわけがないので潔く猫耳を手放し、覚悟を決めた。
「……なら条件は何よ? い、言っておくけどジャックは渡さないからね!」
「あー、はいはい。あんたの男に手は出さないから安心しなよ。少なくともあたしたちは、だけどね?」
「ぅ……」
含みのある笑みを浮かべつつ猫耳を確保する赤ずきんに、自然と眉を寄せてしまう。親指姫の不安の種までばっちり見透かされているらしい。
「さーて、どうしようか。かぐやは何か良いアイデアある?」
「そうですね~。さしあたっては――」
意見を求められたかぐや姫はしばし悩む様子を見せた後に口を開く。
その口から飛び出てきた提案は意外にも親指姫とジャックのプライベートを暴き立てるものではなく、親指姫を辱めるものでもなかった。そして何よりも、親指姫自身が面白そうだと感じる提案であった。
「――というのはいかがでしょうか~?」
「……ナイスアイデアだ! ジャックにはもうちょっと痛い目を見てもらわなきゃね!」
そして親指姫自身がそう思ったのだから赤ずきんが思わないわけもない。さも愉快そうな笑みを浮かべ、ジャックへの復讐心を露にしていた。やられたらやりかえす。仕返しは倍返し、というところか。
「というわけで親指、これが交換条件だよ。さあ、どうする?」
「そんなんで良いならむしろ望む所よ。私はジャックとは違うしね?」
「なら契約成立だ! ちゃんとジャックに伝えておきなよ、親指!」
お互いに契約成立の握手を交わした後、親指姫は猫耳を受け取った。ジャックに大いなる幸せと、束の間の悪夢を見せてやるために。
その日の夜、ジャックはいつも通りの夜を迎えいつも通りにシャワーを浴びていた。
罰ゲームが提案者によってすぐさま打ち切られたのでそこからはいつもと変わらない平穏な時間であった。部屋で二人きりでイチャイチャしたり、皆の前で二人で仲良く触れ合ったりと、いつもと変わらない平穏な時間。
ただし今夜はいつもと一つだけ違うものがあった。
「……にゃー」
「……え?」
それは洗面所から出たジャックを、何故かまた猫の真似をしている親指姫が迎えたこと。ベッドの上に座り込み、罰ゲームはとうの昔に終わったはずなのに頭にはしっかり猫耳を装着し、本物の猫のような鳴き声を上げて。
「ど、どうしたの、親指姫? もう罰ゲームは終わったのに……」
可愛らしさに癒されつつ歩み寄り、隣に腰かけて尋ねる。
また話すことを禁じられたりしているのなら答えることはできないが、少なくとも肯定と否定の簡単な質問なら受け答え可能だ。
「もしかしてまた赤ずきんさんに罰ゲームやらされてるの?」
「にゃにゃあ……」
首を横に振り否定を示す親指姫。
それでは何故また猫の真似などしているのか。次なる質問を考えようとしたジャックだが、不意に一つの予想が浮かんだ。できればそうであって欲しいという、願望染みた予想が。
「……僕のため、だったりする?」
「……にゃあ」
恥じらいに頬を染めながらも、嬉しいことに親指姫は頷いて肯定を示してくれた。
たぶん『終わっちゃうのが残念』という言葉を覚えていてくれたのだろう。そして軽蔑するでも呆れるでもなく、ジャックを喜ばせるために再び猫真似をしてくれたのだ。罰ゲームではなく、自分の意思で。ジャックのために。
「そっか……じゃあ、本当に猫みたいに可愛がっても良いんだよね?」
「にゃー」
語りかけるとやはり肯定を示される。
こんなに健気な想いを無下にすることなどできないし、やはり途轍もなく可愛い。なのでジャックは親指姫の想いに甘えることにした。どうせ向こうも甘えてくるのだから。
「……おいで、親指姫?」
「……にゃぁ!」
腕を広げて呼びかけると、可愛い子猫は胸に飛び込んできた。自分も心から楽しんでいるような、幸せいっぱいの笑顔を浮かべて。
「あははっ。猫になっても変わらず甘えん坊だね。よしよし、良い子良い子」
「にゃああぁぁぁ……」
胸に頬擦りしてくる愛らしい様を楽しんだ後、その頭を優しく撫でてあげる。本物の猫ではないので喉をゴロゴロ鳴らしたりはしなかったものの、代わりにその唇からは至福の吐息が零れていた。
(ああ、本当に可愛いなぁ。でも……やってることはいつもと変わらない気がするなぁ……)
可愛さはいつもとは段違いだが、触れ合い自体はいつもとほぼ変化がなかった。親指姫が甘えてくるのも抱きついてくるのも、ジャックが頭を撫でたり抱きしめたりするのもいつも通り。
「にゃあにゃあ!」
「わあっ!? く、くすぐったいよぉ! 親指姫……!」
しかし油断した所で頬をペロペロ舐められ、何とも言えぬむず痒さにおかしな声を出してしまう。舐められる場所が首筋に近いので余計にこそばゆい。というかちょっと変な気分を催してしまいそうな感覚であった。
「にゃー……」
「うん、どうしたの?」
不意に舐めるのを止め、腕の中からどことなく切ない瞳で見上げてくる。何かをねだるような甘ったるい声を零しながら。
その瞳はジャックの瞳に向けられていたが、やがてもう少し下の方へ移った。要するに唇だ。
「あ、もしかしてキスして欲しいのかな?」
「にゃぁ」
「うーん……猫とキスっていうのは衛生的にどうかと思うなぁ」
「にゃーにゃー!」
現実的な言葉をかけると腕の中の子猫は怒ったような顔をして軽めの猫パンチを繰り出してくる。もちろん痛くも痒くもない、ただただ愛らしいだけの所作であった。
「あははっ。冗談だよ、冗談――」
愛らしさに自然と微笑みを零してから、抗議の鳴き声が上がるその唇を塞ぐ。そして解きほぐすように唇を重ねあい、お互いに柔らかな感触を堪能していく。
「ん……にゃ……ぁ……」
その合間に隙間から零れるのは、鳴き真似と喘ぎが混ざり合った不思議な吐息。それはとても可愛らしい声。
もちろん声だけではなく姿も可愛らしい。頭の上には猫耳が生えているし、尻尾代わりの赤いツインテールが二本も揺れている。そして装いは生地が薄く露出度高めのネグリジェ。眺めているだけで心が暖かくなり幸せな気分になれるほど可愛らしい姿だ。
だが今ジャックの胸を高鳴らせているのは幸せな気持ちではない。それは皆の手前ずっと我慢していた邪な気持ち。本当は罰ゲーム当初の親指姫の姿を見た時からずっと思っていた気持ち。
「……ねえ、親指姫」
「にゃー?」
「良く考えると猫が服を着てるなんておかしいよね? だ、だから……脱がせても、良いかな?」
「――っ!」
この死ぬほど可愛らしい子猫を抱きたい。ただ腕を回してぎゅっと抱きしめることではなく、もう一つの意味の方で。それがずっと抱いていた邪な気持ちだ。
かなり特殊なエッチへのお誘いをしてしまったせいだろう。親指姫は真っ赤になって目を見開いていた。
(軽蔑されるだろうなぁ……でももう我慢できないよ、こんなの。親指姫がこんなに可愛いのが悪いんだ……)
軽蔑されたくはないので必死に堪えていたのだが、こんなに可愛らしい様を目にした上、唇の感触と悩ましい鳴き声に襲われてしまえばもう無理だった。
それにどうせ我慢してもしなくても同じだ。どうせ赤ずきんの屈辱的な質問に答えさせられたせいで、ジャックの邪な気持ちはすでに親指姫も知っているはずなのだから。
(……あれ、ちょっと待って。親指姫は知ってるはずだよね? 知ってるし僕がケダモノだってことも知ってるのに、僕のためにこんな格好で鳴きながら甘えてきてるってこと……?)
諦めに似た思考の最中、不意にその事実を思い出す。
今の親指姫に襲いかかりたいかどうかという質問にジャックは間違いなく肯定を示した。それを親指姫は隣どころか身体にしがみついた状態で聞いていた。そしてジャックがケダモノかどうかは親指姫自身が毎晩のように味わい理解しているはずだ。
にも関わらずジャックのためと言いながらこんな可愛らしい格好で可愛い鳴き真似をしてくれる。それは何故か。
(……そっか。最初からそれも受け入れてくれる気だったんだ)
決まっている。最初からそれも想定済みだったのだ。元々万が一のことを考えて色々な準備をしてくれた過去のある親指姫だ。これくらいのことは最初から織り込み済みだったのだろう。
「……にゃあ」
その証拠に親指姫は真意を尋ねることも嫌がることもなく、ただ一言猫の鳴き声を上げて頷いてくれた。酷く恥ずかしそうにしているものの、間違いなく首を縦に振って。
「ありがとう、親指姫。それに、ごめんね……こんな危ない奴が恋人で……」
「にゃーにゃー!」
特殊な性癖を受け入れてくれたお礼と最低な恋人としての謝罪を同時に行う。腕の中で上がったのは『全くだわ!』や『本当に最悪よ!』的な不快感の滲む声音の鳴き声。
だがジャックは悲しみや罪悪感に胸が痛んだりすることはなかった。何故なら腕の中の子猫は、そんなどうしようもないジャックへの愛しさを微笑みとして表わしていたから。
「……愛してるよ、親指姫」
「……にゃあ、にゃにゃにゃー!」
お返しに愛を囁きもう一度口付けると、腕の中の子猫は満面の笑みで一声鳴く。
やはり猫語は理解できないので何を言っているかは分からないものの、今回だけはその鳴き声の意味が確信を持ってはっきりと理解できた。それは間違いなく『私も愛してるわよ!』というジャックへの愛を表わす鳴き声であった。
何だこいつら……。
今回はいつも以上に書くことが思い浮かばなかったので定例の感想の催促を。感想をよろしくお願いします。か、勘違いしないでよね! 別にあんたからの感想が欲しいわけじゃないんだから!