2は最初から重い話になるのは予想できていたので良いとして、恋獄塔が思いのほかイチャイチャしなかった上に速攻で終わってしまったのが残念。まあ親指姫の体操服姿がとても良かったのでそのあたりは満足です。ナイスブルマ!
その日、親指姫は仲間たちを探して居住スペース内を歩いていた。急に依頼が入って探索に向かう必要が出たため、何人か手分けして皆を呼び集めていたのだ。まあ別に誰が誰を探して集めるかというのは決まっていないものの、自分たちの関係を考えれば親指姫がジャックを探すことは当然と言って差し支えない。
なので親指姫は主にジャックを探して歩いていた。ただし探索地でのイチャイチャが禁止されている上に行ってしまえばペナルティが課せられるため、見つけたら部屋に引っ張って行って僅かな時間でも二人きりでイチャイチャする予定である。そうでもしなければきっと我慢できないからだ。
(あーあ、私って本当にあいつに夢中ね……)
そんなジャックと触れ合いたい気持ちを抑えられない自分にほとほと呆れる親指姫。
しかし羞恥心から素直に想いを伝えられなかった頃と違って幸せいっぱいだし、夢中になっているのは自分だけではなく向こうも同じ。お互いに愛し合っていて関係も極めて良好なのだから何も問題は無しだ。あるとすれば精々ジャックが大人しそうな顔してかなりのケダモノなことくらいか。
「じゃっくー、はやくはやくー!」
「こ、声大きいよ、ラプンツェル。お願いだからもうちょっと静かにしてね……」
(ん? 今のジャックと……ラプンツェル?)
不意に廊下の片隅の方から声が聞こえてきたため、足を止めてそちらに目を向ける。
人の姿は見えなかったが代わりに積まれた資材の裏に人影が見えた。どうやら二人はそこにいるらしい。
(あいつ見当たらないと思ったら恋人放って子供と何やってんのかしら……しかも何でこんな隠れてるみたいにこそこそしてんの?)
何にせよ二人見つけたなら働いた方に違いない。ジャックを部屋に引っ張っていって時間ギリギリまでイチャイチャしたって文句は言われないはず。
親指姫は二人がいると思しき物陰へと足を向け――
「ねーねーじゃっく、ほんとにいっぱいなめていいのー!?」
「い、良いけど舐めるだけだよ? 痛いから齧るのはダメだからね?」
(――って本当に何やってんのよ、あいつは!?)
そして聞こえてきた会話の内容に動揺し転びかけた。たぶん歩き出していたら確実にすっ転んでいたに違いない。
(ま、まさか……まさか……!)
舐めるだの齧るのはダメだの、怪しさ満点の会話。一瞬お菓子か飴をあげているのかと思ったものの、痛いからダメということはそれは食べ物ではなくジャックの身体の一部に違いない。しかも物陰でこそこそ隠れて、ジャックはどこか焦りのある声音で、ラプンツェルは何も分かっていない感じの声音で。
そしてジャックは見た目に反してかなりのケダモノ。おまけにラプンツェルは親指姫と同じジャック好みの女の子。だとすればナニをしているのかなど容易に想像がついてしまう。
「ジャックっ! あんた私というものがありながらよりにもよってラプンツェルと――」
「じゃっくのち、おいしー!」
「あ、親指姫。変なとこ見つかっちゃったね……」
「えっと……何やってんの?」
危機感に駆られて物陰に飛び込んだ親指姫が見たのは、困った顔をして左手を差し出しているジャックと、その左手の平をペロペロと舐めているラプンツェル。
想像とはだいぶ異なる光景に虚を突かれたものの、胸の中には困惑ではなく大きな安堵が広がっていた。少なくとも自分が心底恐れたような光景ではなかったから。
「ラプンツェルに僕の血をあげてるんだ。ちょっと穢れが溜まってるみたいだったから」
「あ、ああ、そういうことね……」
よくよく見るとジャックの手の平は赤く濡れている。
ジャックの血液は血式少女の穢れを浄化する特別な血液。舐めさせている理由としては至極まともな答えだ。
「でも何で直にあげてんの? 別に舐めさせなくてもメアリガン使えば良いじゃない」
「メアリガンはちょうどハルさんにメンテナンスしてもらってるから今は手元に無いんだ。さすがに直にあげるのはどうかと思ったけど、ラプンツェルは気にしないって言ってくれたからこの方法でね」
「そ、そう……」
気になった血をあげる方法に関しても至極まともな答えが返ってくる。確かに直にあげるのはどうかと思うが、コップか何かに搾り出してそれを飲ませるというのもかなり猟奇的な気がするし洗うのも大変だろう。
やっていることもその方法も納得できため、胸の内に浮かんだ疑問は全て解決した。
「……それだけ、なのよね?」
「え? それだけって、何が?」
「わ、分かんないなら気にしなくて良いわ!」
まだ残っていた不安もジャックの意味を理解していない表情により払拭される。
ただし怪しい方向の勘違いをしてしまった恥ずかしい事実に顔が熱くなり、ジャックの人間性を疑ったことに対して若干胸が痛んだ。とはいえアレは勘違いされても仕方ないやりとりだったはず。決して親指姫の思考がぶっ飛んでいたわけではなく。
「……ていうかあんた、直に血をやってるってことはもしかして自分で傷つけたんじゃないでしょうね?」
「あ、えっと……それは……」
不意に気がついたことを指摘すると、途端にジャックの表情は罪の意識に染まっていく。
恐らく物陰に隠れてやっていたのはその事実を知られたくなかったからなのだろう。いくら血をあげるためとはいえ自分の身体を傷つける行為だ。そんなことをしたと知ればアリスあたりは特に怒るに違いないし、もちろん親指姫だって怒る。
「まあ今回は大目にみてあげるわ。終わったら治してやるからすぐ見せなさい。結構な傷つけたんでしょ?」
ただし今回だけは許してやることにした。しっかり自分でも罪悪感を覚えている様子だし、何より親指姫が恐れたことをしているわけではなかったから。
とはいえもしも自傷に対して悪びれた様子もなかったり、親指姫という者がありながらラプンツェルに不埒な行為を働いていたのなら容赦なくぶっ飛ばしていただろうが。
「うん。ありがと――痛たたっ! か、齧らないでってばラプンツェル!」
「おいしー!」
優しさに溢れた寛大な対応に安堵の吐息をついたかと思うと、傷口に噛み付かれたらしく痛みに飛び上がるジャック。そして邪気の無い笑顔でジャックの手の平に顔を寄せ、その血をペロペロ舐めるラプンツェル。
「……っ」
何故だろうか。親指姫が心配したようなことは何一つ無いのに、その光景を見ていると胸の中にもやもやとした気持ちが溢れてくるのを止められなかった。ぎゅっと胸が締め付けられて、二人の間に割って入って怒り出したくなるような気持ちが。
「気が利くな、ジャック! 礼を言うぞ!」
「どういたしまして。僕が力になれるのはこれくらいだからね」
自らの血液をメアリガンによって射出し、ハーメルンの穢れを浄化したジャックはそう笑いかける。
今日も今日とて依頼を受けてダンジョン探索の真っ最中だ。さすがにメルヒェンとの戦いは避けられないため必然的にジャックの出番も多くなる。今回の探索では今のを含めて計三回メアリガンを用いていた。とはいえある程度間を置いて三回なので今の所体調は問題ない。なので他に浄化が必要な少女はいないか視線を向けて確認するジャックだったが――
(――あれ?)
一人、様子のおかしい少女を見つけた。その少女は愛しい愛しい親指姫だ。
別に穢れが溜まっているというわけではない。瞳は落ち着きのある深い翠で淀みも何も見えない。というかハーメルンの前に浄化したばかりなので当然といえば当然だ。
ただ何故か胸の内に湧き上がる感情を必死に抑え込んでいるかのような、非情にもどかしさ溢れる表情をしていた。まるで今すぐやりたいことがあるのにそれを必死に堪えているかのような表情を。
「……親指姫、大丈夫?」
「え? あ、ああ、私は平気よ?」
気持ちは分かるのでちょっと心配になって声をかけるも、返ってきたのは間違いなく嘘。本当は甘えん坊でジャック大好きな親指姫が平気でいられるわけがない。
しかし自分が甘えん坊なことだけは皆の前でも隠している親指姫だ。しっかり平静を装い返事を返してくるどころか、むしろ逆にこちらの体調を気遣う瞳を向けてきた。
「それよりジャック、あんたこそそんなに血使って大丈夫なの? 今のでもう三回目よね?」
「時間を置いて三回だからそんなに負担じゃないよ。大丈夫だから心配しないで、親指姫」
優しく笑いかけて顔色の良さをアピールし、しっかり安心させてあげる。
しかしこの手のことに関しては信用が無いのか、親指姫はジャックの顔を間近からじっくりと見上げてきた。もっとも今回は本当に体調は問題ないので、見た目の様子から嘘や虚勢には取られなかったらしい。見上げてくる不安げな表情に一瞬安堵の笑みが広がり、すぐに嗜めるような若干キツイものへと変化する。
「なら良いわ。でもあんまり無茶すんじゃないわよ?」
「うん。あんまり無茶すると君に凄く怒られるからね。でもまあ、怒った親指姫も可愛いからたまには怒られたいかな?」
「――っ! そ……そう……」
冗談めかしてそんなことを言うも、特に返事らしい返事は返ってこなかった。親指姫は赤い顔で一瞬目を見張って何か言いかけたものの、それを飲み込んでただ頷いただけ。『怒られたいとか、あんたやっぱマゾ?』的な言葉も無ければ、『だったら二度と私に怒られたくないくらいのお仕置きしてやるわ!』的な言葉も無い。
それだけならまだしも頷きに続く言葉も無く、必然的に会話はここで途切れてしまった。
「……え……それ、だけ……?」
「親指姉様もジャックさんもいつものかけあいはどうしたんですか? もっとお互いに愛を囁いたりはしないんですか?」
そのせいで眠り姫と白雪姫に心配される。どうやらジャックたち本人だけでなく、他の皆にとっても今の会話はイチャイチャしているとは判定されなかったらしい。
「ふぅむ……これはもしや、二人の関係が冷めたということですか~?」
「んなわけないっつーの! 私とジャックは相変わらずラブラブよ! 探索中だから控えてるだけだっての!」
ニヤリと笑うかぐや姫に対し、親指姫が歯を剥いて断言する。
ちなみにラブラブなのは本当のことであり、探索中に控えようとしているのも本当のこと。少なくともジャックにとっては親指姫との関係は極めて良好で悪い所は何も無い。
「……ちっ」
(い、今どこかから舌打ちが聞こえたような……)
しかし何も無いことが気に食わなかったのだろうか。どこかからそれを極めて残念がるような舌打ちの音が聞こえた気がした。ただあくまでも聞こえた気がしただけであったため、何となく音の出所を探るのは止めておいた。きっと空耳に違いない。
「へー、もう自分たちで何とかできるようになったんだ。さすがは大人の女だね、親指?」
「と、当然よ! 私はこの場の誰よりも大人なんだから!」
「親指姫、そういうこと声高に言うの止めようよ……」
赤ずきんとかぐや姫のニヤニヤ笑いを向けられ、控えめに提言するジャック。
今現在周りにいるのは全員女の子なので、そういった話題が始まると肩身が狭いのはジャックただ一人である。まあ話題に出してからかってくるのはこの二人くらいなのだが。
「そ、それにしても不思議ですわね。罰ゲームは全くの逆効果でしたのに、イチャイチャを控えるようになってしまうだなんて……」
「ふふっ、きっとジャックへの罰ゲームが効果的だったのね。あの時のジャックは耳の先まで赤くなって羞恥を露にしていたもの。もちろん付け耳の方ではないけれど」
「あ、あはは……確かにあれは堪えたなぁ……」
気を遣ってくれたのか話題を変えてくれるシンデレラ。そして容赦なくジャックの心の傷を抉りに来るグレーテル。
猫耳を手に入れる代償としてジャックも親指姫と同じ罰ゲームを受けたのだが、あれは死ぬほど恥ずかしい体験であった。特に印象的だったのはお腹を抱えて笑い転げた赤ずきんの姿、それと義妹二人の汚れなき純真な笑顔と可愛いという褒め言葉である。
(まあ、その場限りだったけど……)
しかし得たものは大きかったので今や単なる笑い話に過ぎない。手に入れた猫耳は存分に活用して大いに楽しんでいるので、とりあえずジャックも親指姫も懲りていないことは確かだ。つい先日は鈴つきの首輪が仲間入りしたばかりである。
「何にせよ自制できるのならもう罰ゲームを受ける必要は無くなったということね。良かったわね、ジャック」
「そうだね。これでもう恥ずかしい思いをしなくて良いから安心だよ」
何にせよこれで怪しげな罰ゲームを強制されることはないし、安全に探索を行うこともできるはず。アリスに慰めを受け、ジャックはほっと胸を撫で下ろした。アリスの声が聞こえたのはさっき空耳が聞こえた方向だった気がすることは些細な問題だろう。
「でも……何だろ、この気持ち。何か目の前でイチャイチャしなくなったらなったで酷く物足りない気がするんだ……」
「奇遇ですね、わらわも同じ気持ちです……」
(だ、だいぶ毒されちゃってるなぁ……赤ずきんさんにかぐや姫……)
しかし二人の精神を微妙に毒してしまった罪悪感に苛まれ、あまり穏やかな心地にはなれなかった。くらら同様、この二人も目の前でイチャイチャするジャックと親指姫という刺激の中毒になっているらしい。やはり申し訳ないとしか言いようがない。
なのでその罪悪感を忘れるべく、ジャックは親指姫へと視線を向けた。愛する少女の可愛らしい面差しを眺めていれば胸の中は幸せな気持ちで満たされ、罪悪感などどこかへ行ってしまうからだ。
(あれ……親指姫、どうしたんだろう?)
しかし今、愛する少女の面差しは何やら曇っていた。先ほどと同じ何か胸の内の感情を堪えるように複雑そうに眉を顰め、じっとある方向を見つめている。気になったジャックが視線を辿ってみると――
「わーい! じゃっくのち、おいしー!」
「や、やめりょ! こそばゆいではにゃいか! ははははは!」
そこにあったのはじゃれあうラプンツェルとハーメルンという何の変哲も無い微笑ましい光景。まあ片やジャックの血液に塗れていて、片やそれを舐め取っているというのがおかしいと言えばおかしい光景か。
(うーん……あんな風に仲良く僕とイチャイチャしたい、って思ってるのかな?)
頑張ってその衝動を堪えているなら、目の前であんな睦まじい触れ合いをされるのはなかなかに辛いことのはず。あんな表情をしている理由も納得だ。
ジャックも同じ気持ちなので慰めてあげたいところだが、うっかりイチャイチャしてしまいかねないため声をかけるのは得策ではない。ここは心を鬼にしなければ。
(……うん。部屋に帰ったらいっぱい甘えさせてあげよう!)
なのでジャックは後でいっぱい甘やかしてあげることを心に決め、この場では我慢しておいた。親指姫が頑張って堪えているのだから、自分だって頑張って堪えなければ。
「うー……!」
(あ、凄くもどかしそう……)
しかし感じている辛さはジャックの比ではないらしい。親指姫はいてもたってもいられないという表情で唸り声を上げている。
そしてその視線はやはりじゃれあうハーメルンとラプンツェルに向けられていた。
ジャックの血を舐めるラプンツェルと、舐められてくすぐったそうにしているハーメルンに。
「ふぅ、今日も無事に終わって良かった。血もそんなに使わなかったから体調もだいぶ良いや」
無事に探索を終え、二人で愛の巣――もとい部屋に帰ってきたジャック。
今回はメアリガンを使う機会がさほど無かったため、立ちくらみや眩暈などの貧血気味の症状が起きることもなく健康そのものだ。
「あ、さっきも言ったけどもちろん嘘じゃないよ。嘘ついたり無理したりすると君に怒られちゃうしね?」
なので体調の良さを示すため、後から部屋に入ってきた親指姫に元気良く笑いかける。
何だかんだでやっぱりジャックのことを愛していて身を案じている親指姫だ。虚勢でも何でもなく本当に元気だと分かればまるで自分のことのように喜んでくれる。とはいえ嘘をついたり無理をしたりしないのは当然のことだと嗜めつつなのだが。
(って……あれ?)
しかし、今回は嗜めることもなければ喜んでもくれなかった。というよりそもそもジャックの話が耳に入っていないらしい。何やら眉を寄せて俯き思い悩んでいる様子だ。ちょうど探索中に何度か見た、何かを必死に堪えるようなちょっと苦しげな表情で。
「親指姫、どうしたの? さっきからずっとそんな顔して……」
「ジャック……ちょっとそこ、座ってくんない?」
「え? う、うん……」
心配になって声をかけると返ってきたのは脈絡の無いお願い。
多少面食らったがここは大人しく従いベッドに腰を下ろした。何か悩みがあるなら長い話になるかもしれないし、探索帰りでお互いに疲れている。話をするから座ってしようということなのだろう。
「それで親指姫、一体どうし――っ!?」
お互いベッドに腰を下ろした所で再び話を切り出すジャックだが、今度は物理的に言葉を遮られた。膝に身を乗り出してきた親指姫の柔らかい唇に、自らの唇に蓋をされて。
「んっ……ちゅ……ジャック……」
おまけに重なった唇の隙間から小さな舌先が潜り込んできて、絡みつくように動きながら唾液を強引に奪い取っていく。そんな深い口付けにジャックは戸惑いと困惑を覚えて固まり、されるがままになってしまった。
別にこの手のキスは初めてではないし、もっと凄いことだっていっぱいしている。しかし親指姫がここまで唐突に熱烈なキスをしてきたのは初めてのことだった。そしてキスの激しさも何やらおかしい。お互いの愛情を確かめるようにゆっくりと交わすのではなく、向こうがほぼ一方的にジャックの唇を喰らっているに等しいキスだ。
先ほどの深く思い悩んだ表情からの激しく貪るような口付け。さすがにこの流れでは何も考えずに受け入れることはできない。ジャックは身を任せたい誘惑に何とか抗い、親指姫の唇を遠ざけた。
「……一体どうしたの、親指姫? 突然こんなキスしてくるなんて」
「い、良いじゃない別に! さっきまでずっと我慢してたんだから!」
「ああ、そっか。そういえば親指姫、探索中はイチャイチャしないように我慢してたんだもんね」
お約束のように真っ赤になった表情を目にして、その事実を思い出す。
今日の探索中には赤ずきんたちにイチャイチャ認定される発言や行為が一切無かったのだ。結構な甘えん坊でジャック大好きな親指姫なのに。
何度か見かけた複雑な表情はジャックに甘えたりイチャイチャしたいという気持ちを必死に押し殺していたものなのだろう。そして押し殺す必要が無くなった今、我慢していた分も相まってちょっと収まりがつきそうに無いというところか。そうでもなければいくら親指姫でもいきなりあんなに深いキスをかましてくるわけがない。
「そうよ! ずっと我慢してたんだからこれくらいイチャイチャしたって良いじゃない!」
「い、良いけど、できればもう少し控えめにしてくれないかな? こんなキスいっぱいされたら我慢できなくなっちゃうよ……」
ジャックも男なのでこんなに可愛らしい少女に抱きつかれながらディープなキスをされまくれば理性を保つのは難しい。おまけにこの少女は大好きな恋人で、欲望を抑える必要は無いと言ってくれたのだから。
しかし今の親指姫は探索中に我慢していたイチャイチャをしたいだけであって、ジャックと違いそういうことを求めているわけではないはず。故にその求めに応じるために、欲望に従うわけにはいかない。
「それならそれで良いからいっぱいキスさせなさい! 私だって、我慢できないわよ……」
「そ、そんなこと言われても……」
皆が寝静まった頃ならともかく、今は探索から帰ってきたばかり。さすがにそんな時間からアレソレするのはちょっと抵抗があるし、誰かが部屋を訪ねて来るかもしれないことを考えると落ち着かない。
なのでどうやってこの場を切り抜けるべきか悩むジャックだったが――
「あーっ、もう良いわよ! させないなら無理やりしてやるわ!」
「うわぁっ!?」
――痺れを切らした親指姫が胸に飛び込んできて、半ば押し倒される形でベッドに背中から倒れこんでしまった。
「ん……っ……ふぁ……!」
そしてまたしても唇を奪われ、深めのキスをされてしまう。
その激しさはやはり先ほどと同じ貪るような一方的なもの。これではジャックとイチャイチャすることが目的ではなく、ジャックとキスすることが目的としか思えない。それもただのキスではなく、唾液を奪うかなり卑猥なキス。本当にイチャイチャしたいだけなら他にもっと穏やかな愛情表現はたくさんあるはずだというのに。
「――ジャック、親指姫。中にいるのかしら?」
「っ!?」
妙に大胆に唇を奪われている最中、部屋の扉がノックされグレーテルの声が向こう側から聞こえた。親指姫は弾かれたかの如く真っ赤な顔で身を起すが、起しただけでジャックの身体の上からは退いてくれなかった。
「ぐ、グレーテル!? どうしたの!?」
「あなたに用があるのよ、ジャック。入っても良いかしら?」
「え、えっと、今ちょっと散らかってるから! 入らない方が良いよ!」
「大丈夫、そのくらい私は気にしないわ。失礼するわね――あら」
「わぁっ!? 勝手に入ってきてるし!」
遠慮なく扉を開けて部屋に踏み入ってきたグレーテルが、ベッドの上で組み敷かれる形になっているジャックとその上の親指姫を見てほんの僅かに目を見開く。といっても驚きではなく好奇心を刺激された反応なのがグレーテルらしい。
「……お邪魔だったようね。ここは出直すのが一般的なのかしら」
「良いからとっとと用件済ませなさい! 出直してもう一度邪魔されたら堪ったもんじゃないわ!」
特に動じた様子も無いグレーテルに対し、恥じらいに真っ赤に染まりながらも気丈に言い放つ親指姫。相手が相手だからなのか、それともイチャイチャしたい気持ちを抑えていた反動か。どちらにせよグレーテルが出て行ったら続きを始めたいらしい。
「それもそうね。ジャック、頼まれていた本を持ってきたわ」
「わ、わざわざ持ってきてくれたんだね、ありがとう……えっと、その辺に置いといてくれるかな……?」
「分かったわ。それじゃあここに置いておくわね」
親指姫に押し倒されているので本を受け取りに行く事ができないため、適当な場所に置いてもらう。やはり動じた様子の無いグレーテルは部屋中央のテーブルに本を置くと、そのまま踵を返して部屋を出て行こうとする。
「……ところで今から性交渉を始めるのなら見学しても良いかしら?」
「ええっ!? け、見学って……!」
「良いわけないっつーの! 用が済んだらとっとと出て行きなさい!」
「そう……残念ね……」
しかしその最中に振り返って突拍子も無い提案をしてきて、親指姫にあっさり一蹴されていた。グレーテルらしいといえばらしいが、好奇心や知識欲にも限度というものがある。
断られたせいかグレーテルは気落ちした様子で部屋を出て行った。そして部屋に残されたのはジャックと親指姫のみ。妙に積極的かつ大胆にキスをねだってくる親指姫と二人っきりだ。
「えっと……今みたいに誰かが訪ねて来るかもしれないから、その……今はやめておこう? 後でならキスでも何でも、君がして欲しいこといっぱいしてあげるから」
そう提案すると共に右手を伸ばし、優しく頭を撫でてあげる。
かなり深いものとはいえただ単にキスがしたいだけの親指姫でも、途中で水を注されたくは無いはず。こう言えばきっと我慢してくれるに違いない。
そう思っていたのだが――
「……お、親指姫?」
ジャックは嫌な予感に見舞われ、控えめにその名を呼んだ。
何故なら頭を撫でていた手は拒否を示すようにがっしり掴まれ、こちらを見下ろす翠の瞳には並々ならぬ決意が宿っていたから。その決意がどちらかといえば自棄という表現が近い気もしたので余計に。
「……別に良いじゃない! どうせ私たちがそういう関係だってことは皆知ってるんだし、今更何の問題も無いわよ!」
「っ――!」
予感は見事的中し、ジャックの唇はまたしても奪われてしまった。もちろん先ほどと同様、奪われたのは唇だけではない。むしろそちらが本命とでも言わんばかりに、唾液が吸い上げられていく。
(ほ、本当に親指姫は一体どうしたんだ!?)
親指姫は甘えん坊だしイチャつきたがりなのでキスをねだられることは珍しくないものの、これは明らかにおかしい。甘く幸せな触れ合いではなく、卑猥で本能に訴えかける触れ合いばかりを望むとは。イチャイチャしたい気持ちを抑えていた反動だとしてもここまで激しくなってしまうものなのだろうか。もしかするとそれ以外の何かが親指姫を突き動かしているのではないだろうか。
「ちゅ……あんたは……んっ……私の、もんなんだから……」
(う、うぅ……もうダメだ……)
しかしそんな疑問はすぐに頭の中から薄れていき、ジャックは欲望に飲まれてケダモノになってしまうのだった。
あまりにも卑猥な口付けの嵐と、何故か独占欲を露にした親指姫の可愛らしさのせいで。
何か様子がおかしい親指姫。まあ聡い人なら理由は簡単に分かるはず。
次回は何かもの凄い猟奇的なお話になりそうです。まあ原作が元々血みどろだし問題ないかな……。