ジャック×親指姫   作:サイエンティスト

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 久方ぶりの親指姫のお話。例の如く二部構成です。
 今更なことですが視点がジャックに行ったり親指姫に行ったりする時は、どっち視点の方が面白いかなどを考えて選んでいます。
 あと全然関係ない話ですが笑顔で毒を吐くキャラとか大好きです。見た目優しげなのに中身鬼畜なキャラとかも。




鬼畜な微笑み(前編)

 

「ん、うぅ……」

 

 朝、親指姫は肌寒さを感じて目を覚ました。同時にまだ不鮮明な意識の中でそれを疑問に思った。

 昨晩は珍しくジャックに襲われたり求められたりしなかったので、ネグリジェはしっかり着込んでいて裸ではない。シーツも寝相で蹴り飛ばしたりすることもなく、ちゃんと肩までかかっている。ならば何故目を覚ましてしまうほど肌寒いのだろうか。

 

「おはよ、ジャック……って、あれ? どこ行ったのよ、ジャック?」

 

 理由はすぐに分かった。本来なら親指姫が目を覚ますまで隣にいるはずのジャックがいないのだ。いつも寝る時はお互いを抱き枕にして、互いの温もりを感じながら心地良い眠りについているのに。

 愛と幸せを感じさせてくれる温もりが隣に無いこと。それが肌寒さで目覚めてしまった原因だった。

 

「トイレにでも行ってんのかしら――って、嘘!? もうこんな時間!?」

 

 何気なく時間を確認した所、いつもならもうとっくに起きているはずの時間を大幅に過ぎていた。しかも十分や二十分という可愛いレベルではない。

 同棲が始まってからというもの、大抵ジャックが起してくれるので最近は起床時間など気にしていなかった。どうやらそのせいでいつの間にか一人では起きられない身体になってしまったらしい。

 

「まさかあいつ、私を置いて一人で朝ごはん食べに行ったとか!?」

 

 こんな時間になっても親指姫を起さず、その姿も無いのならそう考えるのが妥当だ。当然親指姫もそう考え、ジャックへの怒りがふつふつと沸きあがってきたのだが――

 

「……そんなわけないか。私が起きるまでじっと寝顔を眺めてるような奴だしね」

 

 ――今までの朝の様子を思い出すと怒りはあっさり消え去ってしまい、代わりに微かな羞恥と大きな喜びに胸の中が満たされる。

 ジャックは時間になったら親指姫を起してくれるが、それまでは寝顔を眺めて楽しむという趣味を持っているのだ。本人曰く親指姫の寝顔は可愛くて眺めていると幸せになれるから、とのこと。

 そんな奴が眠る親指姫を置いて一人で朝食を食べに行くなどという最低な所業に走るだろうか。いや、それは絶対にありえない。

 

「――あ、おはよう親指姫。今日はずいぶん寝坊したね?」

「じゃ、ジャック!? あんた今までどこ行ってたのよ!?」

 

 ありえないと思っていたからこそ、その時部屋に入ってきたジャックに全力で詰め寄った。

 無論責めているわけではなく、純粋に不安と心配からだ。親指姫のことが大好きで大好きで堪らないジャックが、無防備に眠る親指姫を置いてまで部屋を出て行ったのだ。余程の理由が無ければそんなことは絶対にしない。

 果たしてその理由とは――

 

「ああ、食堂で朝ごはん食べてきたところだよ?」

「……は?」

 

 ――聞き間違いでなければ、その絶対にありえない理由であった。

 

「……何? 寝てる私を無視して一人で食堂行ったってこと?」

「うん。だってお腹が減ってたし、親指姫はぐっすり眠ってたから起すのが面倒だったから」

「め、面倒……?」

 

 念のためもう一度尋ねてみた所、更にとんでもない答えが返ってくる。

 聞き間違いでないのなら、今ジャックは愛する少女を眠りから覚ますことが面倒だとぬかした。おまけに自分の最愛の少女よりも自身の空腹を優先するかのような言葉までも。それも親指姫が大好きなにっこり笑顔で。

 

「……ジャック? あんた、ジャックなのよね?」

「もちろん僕は僕だよ。一体他の誰に見えるって言うのさ、親指姫?」

 

 不安になって尋ねると、返ってきたのは普段どおりのジャックの微笑み。

 ジャックを誰よりも愛する親指姫が見間違えるはずは無い。となると今目の前にいるのは間違いなく本物のジャックだ。

 

「そ、そうよね! てことはさっきのは聞き間違いね! あーもう、本当びっくりしたわ……」

 

 目の前のジャックが本物である以上、先ほど聞いた台詞はただの聞き間違いであることが確定した。

 何故なら親指姫の愛するジャックはあんなことは言わない。そして目の前のジャックは本物。だから発言の方が嘘。微塵も隙の無い完璧な三段論法に親指姫は心の底から安堵を覚えた。

 

「……おはよ、ジャック!」

 

 そしてとりあえず日課であるおはようのキスを行うため、ジャックの胸へと飛び込み両肩に手を添え待機する。

 決して親指姫が異様に小さいと認めるわけではないが、それなりの身長差があるためお互いに向き合い立った状態だと爪先立ちでもジャックの唇に届かないのだ。なのでこの場合はジャックが屈んでくれるのを待つ必要がある。そのため親指姫はジャックを見上げつつ待っているのだが――

 

「……ジャック?」

 

 いつまで経ってもジャックは屈んでくれなかった。

 一体どうしたのか。疑問に思い首を傾げながら見上げる先で、ジャックはにっこり微笑むと――

 

「僕はキスして良いなんて言ってないよ、親指姫。僕とキスしたかったら可愛くお願いしてくれないと一生させてあげないからね?」

 

 ――またもそんな、本物のジャックなら言わないことを口にした。

 

「あ……あ……あ……!」

 

 本物のジャックがまたしてもあり得ないことを口にしたため、混乱のあまり後退りしてしまう親指姫。

 目の前の人物は親指姫の愛するジャック。それは間違いない。

 そして口にしたどこか鬼畜染みた台詞。残念ながらこれも現実だ。認めることを頑なに心が拒否するがもう認めるしかない。

 ではこの二つが同時に存在する原因は何か。親指姫のことが大好きで大好きでもの凄く愛しているジャックが、優しいジャックらしくない意地が悪く鬼畜染みた台詞を口にする理由とは何か。思い浮かぶ理由は一つしかなかった。

 

「赤姉えぇぇぇぇぇぇぇぇ!! グータラ姫えぇぇぇぇぇぇぇ!! あとアリスうぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 犯人達の名を叫びながら、親指姫は着の身着のまま食堂に向かい駆け出した。

 罰ゲームと称して親指姫とジャックの面白おかしい姿を眺めたい愉快犯二人と、新たに加わった嫉妬犯とも言うべき存在の名を叫びながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたら私のジャックに一体何したのよ!? 何か無茶苦茶変になってんだけど!?」

 

 愛しいジャックを変えた犯人達を前にし、親指姫は激情のままテーブルを叩いて詰問する。

 すでに朝食の時間をだいぶ回っていたものの、食堂にはまるで親指姫を待ち構えるように三人が揃っていた。赤ずきんとかぐや姫の愉快犯ペア、そしてジャックと親指姫がイチャつくことを快く思っていないアリスだ。

 他には白雪姫とグレーテルもこの場にいるが、まず間違いなく原因なのは赤ずきんたち三人だ。

 

「あ、あの、親指姉様。まずは身だしなみを整えてきてからの方が良いんじゃないでしょうか? 姉様、パジャマ姿のままですよ?」

「そんなことはどうでも良いのよ! そんなことよりジャックのこと!」

 

 白雪姫の提案は一旦脇に置き、赤ずきんたち三人の方を睨みつける。

 当然のことながら赤ずきんとかぐや姫はいつものニヤニヤ笑い。アリスに至っては何ら悪びれもしない涼しい顔をしている。どちらが一番ムカつくかと言われれば悩んでしまいそうな反応だ。

 

「ちゃんと説明はするよ。とりあえずこれが罰ゲームだってことは理解してるよね、親指?」

「それくらいの察しはついてるわよ! でもどうしてジャックがこんなおかしくなってんの、ってこと!」

 

 罰ゲームを受ける理由は分かっているのでそこは問題ない。少し前までは血みどろのヤキモチのせいで探索中のイチャイチャは自然と気乗りしなくなり、結果的に控えることができていた。そのためしばらくは罰ゲームを科されることもなかった。

 ただしそれは一時のこと。ヤキモチから解放された今は完全に元通りになってしまい、結局赤ずきんたちからアウトという判定を下されてしまったのだ。その時アリスの瞳に浮かんでいた感情は自分が今まで抱いていた感情だからこそ忘れられない。

 

「おかしいだなんて酷いなぁ。僕はいつも通りだよ?」

 

 言い放ち指を突きつけた先には、本人が言う通りいつも通りのジャックの姿。

 おかしくなっているという罵倒に近い言葉を浴びせられながらも苦笑するその姿は、親指姫から見ても自分の愛するジャックそのものだ。

 

「……ジャック、キスして良い?」

「うん。お願いしますって可愛く言い直してくれたら良いよ?」

「どこがいつも通りよ!? あんたそういうキャラじゃないでしょ!?」

 

 ただしそれは外面の話。本来なら了解などいらないはずの触れ合いにさえ、そんなジャックらしからぬ台詞を笑顔で返してくる。これがいつも通りなわけがなかった。

 

「あはははっ、こりゃ傑作だね! さすがアリス、良い提案してくれるよ!」

「やっぱあんたのせいね、アリス! 私のジャックに一体何してくれたのよ!?」

 

 お腹を抱えて笑う赤ずきんの言葉に真犯人を理解し、アリスに鋭く視線を向ける親指姫。怒りのままに睨みつけても涼しい顔は一向に崩さなかったが、『私の』という言葉を耳にした時は若干眉が動いていた。理由は今更考える必要も無いことだ。

 

「私はあなたと過ごすジャックの姿を見て常々こう思っていたの。ジャックは優しすぎるからたまには真逆の人間になってみても良いのではないかしら、と。はっきり言って素直になれなかった頃のあなたと過ごすジャックの姿を見るのはとても辛いものがあったわ。ジャックはあれだけひたむきに好意を示していたのに、あなたは酷い言葉や仕打ちばかりで……」

「っ、く……!」

 

 何か言い返したかったし否定もしたかったが、悲しいかな全て事実なのでぐうの音も出ない。実際親指姫もジャックはちょっとくらいなら反対側に傾いても良いのではないかと思っていた。

 もちろん優しさは美徳だし、ジャックの好きなところの一つだ。それに素直になれなかった頃の親指姫の仕打ちや言動に健気に耐えながらも、ひたむきに愛情表現を繰り返してくれたのも優しさあってのことだ。そう思うのは立場が逆だったなら絶対親指姫はいつかキレていたからである。それくらい自分は天邪鬼な言動と行動を繰り返していた。

 だからそう、もしジャックが鬼畜染みた性格に傾くのならそれはきっと良いことなのかもしれない。今では素直にイチャイチャできるようになったとはいえ、以前までは照れ隠しその他でキツく当たっていたのだからそのツケは払うべきだろう。

 

「い、言いたいことは、分かったわよ。じゃあもう一つ聞くけど、ジャックは演技してるってことで良いのよね? 本当にああいうこと考えてるってわけじゃ……ないわよね?」

「え、えっと……」

 

 不安に思いながら視線を向けると、困ったような顔を見せるジャック。

 答えに詰まるのは実は心の中では考えていたからなのか。それとも――

 

「――いえいえ、演技ではありませんよ~? それでは面白みに欠けるので少々催眠術をかけさせて頂きました~」

「は、はあっ!? 催眠術!?」

 

 そんなかぐや姫の悪びれもしない言葉に、親指姫は不安が吹っ飛ぶほどの驚愕を覚えてしまった。てっきり無理やり演技させているくらいかと思っていたらまさかの人権無視の外道な手法だった。

 

「ちょっと! あんたら本当に私のジャックに何してくれてんのよ!?」

「だから催眠術よ。催眠状態を引き起こさせる技術、またはその研究。強制的に睡眠時に近い状態へ引き入れ、暗示をかけて潜在的な記憶を呼び覚ましたり行動や性格に様々な影響を与えること」

「定義を聞いてんじゃないっての! てかあんたがやったわね、グレーテル!? 早くジャックを元に戻しなさい!」

 

 何の根拠も無いが一番そういったものに精通していそうな雰囲気を持つのはグレーテルくらいだ。故に親指姫は詰め寄って言い放つものの、返ってきたのは見慣れたゾッとするような微笑みだけだった。

 

「あら、何故? これは罰ゲームなのだから私があなたに従う義理は無いはずよ」

「そ、それはそうだけど! 何も催眠術なんて使わなくたって良いでしょうが! せっかく私の色に染まってきてるジャックの性格を勝手に変えんじゃないわよ! ていうか元に戻せんのよね、これ!?」

 

 言い放つとアリスの眉がまたしても不快気に動くが、そんなことは関係ない。ジャックの性格が若干親指姫に染まってきているのは事実だ。

 催眠術には詳しくないので良く分からないが、グレーテルの説明とジャックの様子から判断する限り色々なことができるのだろう。詳しくない故に不安で堪らない。無理やり演技させるくらいならともかく、まさか無理やり内面を変えるという手法で鬼畜に変貌させるとは思ってもいなかった。

 

「もちろん戻せるわ。だけどその方法を知っているのは私だけ。本当は今晩まで元に戻してはいけないことになっているのだけれど、ある条件を飲んでくれるなら個人的に取引しても構わないわ」

「ちょ、グレーテル!?」

「う、裏切るのですか~?」

 

 グレーテルの提案に対し、赤ずきんとかぐや姫が動揺を露にする。

 この二人とグレーテルでは行動理念が根本的に異なるのだから裏切りだって起こるだろう。前者はジャックと親指姫をからかい面白おかしい時を過ごしたい、というふざけたイタズラ心から。後者はジャックと親指姫から恋愛や男女関係に関する知識を得たいという、貪欲な好奇心から。根本的に求めているものが違うのだから、罰ゲームに協力的でも途中で道を違えることは不思議ではない。

 もちろん向こうの連携が崩れること自体は喜ばしいのだが、残念ながら親指姫はぬか喜びであると最初から分かっていた。貪欲で恥じらいの無い好奇心を持つグレーテルが求める条件など容易に想像がつく。

 

「……条件って何よ? 何となく想像つくけど言ってみなさい」

「何も難しいことではないわ。一度で良いからあなたとジャックが性行為に励む所を――」

「――却下よ!」

「……そう。交渉決裂ね」

 

 想像通りの答えをばっさり切り捨ててやると、目に見えて落ち込んだ様子を見せるグレーテル。

 ジャックとの関係はだいぶ深い所まで皆に知られているものの、それはあくまでも事故による結果だ。決して意図して広めたわけではないし、できることなら話したくない話題である。皆同性でもさすがに親指姫だってその手の話題は恥ずかしい。

 

「ま、まあ諦めて今日一日はこの鬼畜なジャックと過ごしなよ。それさえ守ればデートしようがイチャつこうがあんたたちの自由だ。なーに、どんなに鬼畜に堕ちたってジャックはジャックさ!」

「他人事だと思って面白がってんじゃないわよ、赤姉!」

 

 グレーテルの裏切りが未遂に終わったせいか、赤ずきんは再び嫌らしい笑顔を取り戻していた。もちろんかぐや姫も同様だ。

 

「だって他人事ですし~。いずれにせよそなたは大人しく罰ゲームを受ける他にありません。ジャックを元に戻す方法を知っているのは、催眠術を実行したグレーテルだけですからね~」

「ま、このジャックがどうしても嫌だっていうなら別の催眠術でもかけてもらおうか? 例えば、ジャックがアリスをあんたと同じくらい大好きになるようにとかさ」

「はぁっ!? ちょ、そんなの認めないわよ!? こいつは私のもんなんだからね!」

 

 赤ずきんの馬鹿げた提案に対し、親指姫はジャックの腕を引っ張って権利を声高に主張する。

 先ほどまでならここでアリスが仏頂面を保ちつつも僅かに眉を寄せたりする場面だ。しかも先ほどまでとは異なり、言葉だけでなくジャックの片腕を抱くようにして密着しているのだから余計にイラっと来るものがあるだろう。ただし、今回はそういった反応は見られなかった。

 

「な、何故私なのかしら……いえ、別に私は、構わないのだけれど……」

(何構わないとかすかしてんのよ! あんた本当は超乗り気でしょ!?)

 

 代わりに赤ずきんの提案に対して、頬を染めつつ満更でもない表情をしていた。鈍いジャックの手前、口に出してツッコミを入れられないのが何とももどかしい。

 本当に催眠術でそこまでのことができるのかは分からないが、アリスのそんな反応を見たからにはできると考えて行動した方が賢明だ。万が一ジャックの愛情をアリスに向けられたら確実にそのまま流れで行く所まで行ってしまう。それだけは絶対に避けなければ。

 

「わ、分かったわよ! このままで良いから絶対他に余計なことすんじゃないわよ!」

 

 酷く納得行かないものの、親指姫はこの罰ゲームを受け入れるのだった。

 こんな鬼畜染みたジャックと一日過ごすという、拷問にも似た罰ゲームを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、いただきます……」

「ん……いただきます……」

 

 気分は最悪な状態で席に着き、とりあえず朝食を食べることにした親指姫。隣では眠り姫が同様に食前の挨拶を口にしている。

 一旦部屋に戻って身だしなみを整えてきたせいか時間は更に遅くなり、ちょうど起きて来た眠り姫と共に朝食を摂ることとなった。それ自体は何の問題も無いのだが、すでに朝食を摂った癖に食堂に居座る野次馬がいるのが問題だ。具体的には赤ずきん、かぐや姫、アリス、グレーテルの四人。可愛い妹である白雪姫と眠り姫、そして愛するジャック以外にはさっさとこの場から立ち去って欲しい親指姫であった。

 

「うん、ゆっくり食べると良いよ。それじゃあ僕はちょっと外にでも行ってくるから」

「ぶっ!? ちょ、ま、待ちなさい! あんたはずっと私の隣にいなさい!」

 

 その願いが変な風に通じたのか、あろうことかジャックが席を立とうとする。当然親指姫は縋り付くようにして引き止めた。

 

「えっ、どうして?」

「ど、どうしてって……」

 

 返ってきたのはムカつくことに穢れの無い瞳。どうやら本当に引き止める理由が分からないらしい。

 

(不安だからに決まってんでしょ!? 今のあんたから目を離したら何するか分かったもんじゃないわ!)

 

 なので心の中で教えてやる。口に出さないのは今のジャックに対しては逆効果になるかもしれないからだ。

 こんな鬼畜なジャックにその辺を一人で歩かせることなどできるわけがなかった。演技なら問題は無かったのだが、催眠術で性格やら何やらを変えられているのが問題だ。普段のジャックなら浮気なんてしないと固く信じているものの、ぶっちゃけ今のジャックは信用できない。最低でもアリスと二人きりにさせることだけは全力で阻止しなくては。

 

「どうしてもよ! あんたは私の恋人なんだからたまには言うこと聞きなさい!」

「そんなこと言われても、僕はいっつも君の言うこと聞いてるじゃないか。それに僕が君に何か命令したことなんて全然無いよね? だからここは君が僕の言うことを聞くべきなんじゃないかな?」

「ぐっ……ジャックの癖に生意気言うわね……」

 

 いつも二つ返事でほぼ何でも聞いてくれるジャックなのに、今日に限ってはこの反応。やはり催眠術とやらは相当根深く影響を及ぼしているのだろう。こうなるとますます目を離すわけには行かない。例え恥をかくことになろうとも。

 

「と、とにかく私の言うこと聞きなさい! 今のあんたから目を離すことはできないわ! 聞けないって言うなら、言うなら……も、もうあんたに抱かれてやんないわよ!」

「っ……!」

 

 この捨て身の発言に対し、驚愕や羞恥に息を呑む音が幾つか聞こえる。

 何人かは面白がる顔を崩さなかったり、興味深そうに笑っていたり、眠そうにしていたりで表情にあまり変化の無いのがいたものの、程度に差はあれしっかり頬を染めている者も何人かいた。

 一人は白雪姫、一人はアリス、そしてもう一人は――何とジャックであった。

 

(こいつ顔赤くなってんじゃない。やっぱ中身はちゃんとジャックのままってこと……?)

 

 あっさり流したり鼻で笑い飛ばしたりするかと思いきや、まさかの普段どおりの反応だ。てっきり芯まで鬼畜に染まっているのかと考えていた親指姫としては心底意外な反応だった。

 もしかすると今のジャックはただ単に鬼畜に変えられたのではなく、ジャック自身の性格に鬼畜さをプラスされた形なのかもしれない。それならこの反応も納得だ。

 

「へ、へぇ、そんなこと言って良いんだ? だったら僕はもうずっとキスさせてあげないよ?」

「はっ。残念だったわね、ジャック。それで耐えられないのはあんたも同じでしょ? どっちにしろケダモノなあんたの方が先に音をあげるのは分かってんのよ!」

 

 赤くなったまま気丈にも言い返してくるジャックに対し、見下すように笑いかけてやる。

 確かにキスできないのは辛いが、ケダモノなジャックより先に音を上げるということだけは絶対にない。だからこそ親指姫は動揺も無く言い返すことができた。さすがに反論できないようで、これには鬼畜なジャックも苦虫を噛み潰したような表情で口を閉ざしてしまっていた。

 

(ま、鬼畜になったって根っこは優しいジャックってことね! あんたにはやっぱりそういうのは似合わないっての!)

 

 ジャック自身の性格が残っているのなら鬼畜になどなりきれるわけもない。優しすぎるジャックが正反対の人間になるなど所詮は無理な話だったのだ。本人も良く理解したのか、やがて酷く悔しげな表情で俯いた。

 

「……うん、さすがは親指姫。僕のことを良く分かってるね。確かに僕は一日も君とキスできないなんて耐えられないよ」

「素直なあんたは大好きよ、ジャック。だから今謝れば後でいっぱいキスしてやっても良いわよ?」

 

 自ら敗北を認めたジャックに対し、そしてこの状況を作り出し周りで眺めている奴らに対し、勝ち誇った笑みを向ける親指姫。

 何にせよジャックは催眠術を受けても親指姫に夢中なことに変わりは無いらしい。つまりそこを上手く攻めれば今のジャックでも手玉に取ることができるはず。ずっと傍で目を光らせて適宜脅せば浮気など絶対考えないだろう。これなら罰ゲーム中も安心だ。

 

「ううん、必要ないよ。僕は代わりの子にキスするから」

「……あ? 今、何てった?」

 

 故に、親指姫は顔を上げたジャックのふざけた台詞に耳を疑った。

 

「だから代わりの子にキスするって。それなら一日くらいは我慢できるからね」

(こ、こいつ……!)

 

 ご丁寧にもう一度説明してくれたジャックに対し、心の中で怒りが燃え上がる。なるほど確かに鬼畜さがプラスされているだけのことはある。まさかジャックがこんなふざけた台詞を口にするとは思ってもいなかった。

 しかしこれは苦し紛れの反撃に違いない。だからこそ親指姫は余裕を崩さないように落ち着いて答えた。

 

「ふ、ふん! 私以外に誰があんたなんかとキスするっていうのよ? い、言っとくけどそんな奴探したってどこにもいないんだからね!」

 

 そして罰ゲームを提案した奴らから全力で目を逸らす。

 さすがに赤ずきんはやらないだろうが、他の三人なら案外普通に受け入れてしまいそうだからだ。具体的には以前わざわざ親指姫の部屋の前でジャックを誘惑した泥棒猫二人と、すでに降した恋敵。まあ先の二人は下僕欲しさ、及び純粋な知的好奇心などからのものであるが。

 

「そっか、いないんだ。じゃあしょうがないね。僕の立場を利用して言うこと聞かせちゃおう」

「……はい?」

 

 しかしジャックの視線はその三人には向けられなかった。向けられていたのは親指姫の隣、微笑ましそうにこちらを眺めていた妹の一人――

 

「……ネム、おいで?」

「は、はああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 ――眠り姫だった。

 

「ん……分かった……」

「ちょっ!? ど、どこ座ってんのよネム!?」

 

 衝撃と混乱に頭の整理が追いつかない中、眠り姫は素直に席を立ってジャックの下へと向かう。そして隣の席に座るのかと思いきや、あろうことか親指姫の指定席であるジャックの膝へと座った。

 なお、妹の大胆な行動に驚きを隠せない親指姫であったが、一番驚いているのは隣の席に招いたのに何故か膝に座られているジャックであった。またしても顔を赤くして戸惑っているあたり、やはりジャック自身の性格は残っているらしい。

 

「えっと……ど、どうして膝に座るの?」

「ん……ダメ……?」

「うーん……ま、まあ、良いや。君は僕の可愛い妹だからこれくらいは構わないよ?」

「えへへ……可愛い、妹……」

「なぁ……!?」

 

 そしてプラスされた鬼畜な性格が、あろうことかその状況を許容させる。何と膝に座らせた眠り姫を降ろす素振りなど微塵も見せず、むしろその頭を撫でて可愛がるという度し難い真似までしてくれた。まるで普段親指姫を可愛がってくれる時と同じように。

 可愛い妹に罪は無いものの、この光景にはさすがの親指姫も心底イラっときた。なるほどアリスはいつもこんな気持ちでイチャつく自分たちを見ているらしい。

 

「うん、君は僕の可愛い妹だよ。だからお兄さんの僕の言うこと、何でも聞いてくれるよね?」

「ん……ん……」

 

 表面上は人当たりの良い笑顔で尋ねるジャックに、こくこくと頷く眠り姫。果たして可愛い妹は状況を理解した上で頷いているのだろうか。

 

「じゃあ親指姫の代わりに君にキスしても良いかな? 親指姫、僕に意地悪してキスさせてくれないんだ」

「優しく、してくれるなら……良いよ……?」

「ちょっ、ネム!?」

 

 あろうことか眠り姫はジャックのお願いをあっさりと承諾。これには親指姫だけでなく、お願いしたジャック本人も驚きを隠せていなかった。まさか頷くとは思っていなかったのか、若干戸惑い気味だし頬も赤い。

 

「か、考え直しなさい、ネム! このままじゃこのゲス野郎にこんな馬鹿みたいな遊びでファーストキス奪われるわよ!?」

「あははっ。ゲス野郎呼ばわりはさすがに今の僕でもグサっと来たなぁ……」

 

 何やら本気で傷ついたような声音でジャックが何か言っているが、今はそんなことはどうでもいい。

 当人が状況を理解しているのかどうかは不明だが、このままでは可愛い妹のファーストキスが奪われてしまう。姉として、そしてこのゲス野郎の恋人として、そんな事態は絶対に見過ごせない。

 大体眠り姫だってこんな馬鹿げた遊びの最中にジャックにファーストキスを奪われるのは本望ではないはずだ。

 

「んー……兄様なら、本望……」

「ネムうぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

 とか思っていたら本人の口から本望と言われてしまった。しかもぽっと頬を染めて可愛らしく。冗談、と取るにはちょっと可愛らしすぎる反応だ。

 なおジャックにとっても予想外の答えだったようで、必死に笑みを保ってはいるもののその顔は真っ赤に染まっていた。

 

「そ、そうなんだ……じゃあ、キスしても良いよね?」

「ちょっと!? あんた本気でこの子のファーストキスを奪うつもり!? そんなことして責任取れるわけ!?」

「責任かぁ……良いよ? ネムはどうやって僕に責任取って欲しい?」

「……ん……姉妹丼……?」

「ネムうぅぅぅぅぅぅっ!!?」

 

 そんな答えにまたしても悲痛な叫びを上げてしまう。

 もしかするとこの場で一番警戒しなければいけないのは真っ赤になっている鬼畜なジャックではなく、僅かに頬を染めただけでさらりと凄いことを口にする眠り姫の方ではなかろうか。

 

「あ、あははっ……うん。き、君が望むならそういう方法で責任を取ってあげるよ……?」

「ま、待ちなさい! 分かった! 分かったわよ! 言うこと聞けば良いんでしょ!? 一人で出かけたいなら勝手にどこへでも行きなさいよ!」

 

 このままだと本当に妹のファーストキスが奪われそうというか、捧げられそうな気がしたので親指姫はやむなく許可を出した。

 さすがにこんなくだらない遊びで可愛い妹のファーストキスを失くさせるわけにはいかない。それに何より、ジャックが自分以外の女にキスするなんて許せない。今はちょっと催眠術をかけられて心底不快なゲス野郎に成り下がっているが、こんな奴でもジャックは親指姫のものなのだ。

 

「うん、素直な親指姫は大好きだよ? それじゃあ僕は販売所に行ってくるね。言っておくけど、朝ごはんはちゃんと残さず食べないとダメだよ?」

「ぐっ……わ、分かってるわよ! 残さず食べれば良いんでしょ!?」

「うん。ゆっくり食べると良いよ、親指姫。それじゃあ」

 

 そう言って眠り姫を膝から降ろすと、表面上は爽やかな笑顔を浮かべて去っていくジャック。

 すぐさま後を追いかけたい所だが、生憎と朝食を残すと言う手は未然に封じられてしまった。万が一にも妹のファーストキスが奪われたりしないよう、今の親指姫はどんな命令にも愚直に従うほかに無かった。だが希望が全て失われたわけではない。

 

「……白雪! 一生のお願い! ジャックについてって!」

「えっ? し、白雪がですか?」

 

 もう一人の可愛い妹、白雪姫。この子ならきっと味方になってくれるはず。そう思った親指姫は必死に身を乗り出し、先ほどのやり取りのせいか頬が赤い白雪姫の手を取ってお願いした。

 

「えっと……別にジャックさんお一人でも問題ないと思いますよ?」

「あんたさっきの光景見てなかったの!? あいつネムにまで手を出そうとしたのよ!? 一人で街中歩かせるなんて危ない真似できると思う!? できるわけないじゃない!」

 

 一体今まで何を見聞きしていたのか、白雪姫は未だジャックを信じているらしい。目の前で自分たちの可愛い妹が唇を奪われかけていたというのに、まだジャックのことを信じられるとは何と心優しい子なのだろうか。

 ちなみにこの場で誰よりもジャックと深い関係であり愛し合っている親指姫だが、先ほどのやりとりで信頼は完璧に砕け散った。見た目はジャックで根っこもジャックのままでも、催眠術を受けた今のジャックは鬼畜で卑劣な人間の屑だ。何をやらかしてもおかしくない。

 

「いい、白雪!? あいつが何か危ないことしそうだったら口に毒リンゴ突っ込んででも止めなさい! 返事は!?」

「は、はい! 分かりました、姉様!」

 

 肩を掴んでがくがくと揺さぶりながらたたみかけるように言い放つと、頷いた白雪姫は慌てて席を立ちジャックの後を追いかけていった。

 これで一安心、と思いたいところだが事はそう単純ではない。尾行する白雪姫が万が一ジャックに見つかったらどうなるか。眠り姫の唇を奪おうとしたジャックなのだから、同じ妹である白雪姫を待ち受ける結末も同じはずだ。

 ただ親指姫のお願いとはいえジャックを尾行し見張っている以上、白雪姫はジャックから見れば兄を裏切った妹だ。もしかすると待ち受ける仕打ちはもっと凄いものかもしれない。大切な妹の純潔のためにも、一刻も早く朝食を完食して追いかけなければ。

 

「……ていうかネム、あんた本当にジャックにキスされても良いわけ?」

 

 しかしどうしても気になることがあったので、その前に大切な妹の一人に尋ねてみる。本人はすでに席に戻り、何事も無かったかのようにもくもくと食事を再開していた。

 

「ん……良いよ……」

 

 そして投げかけた疑問に対する答えは、ごく当たり前のこととでも言うような微笑みと共に返してくる。

 まあジャックが非常に好ましい人物なのは皆知っているはずなので、誰に好意を持たれていたとしても親指姫は驚きこそすれ不思議には思わない。何といっても泣きたいくらいの天邪鬼だった親指姫が惚れてしまい、素直になってイチャイチャラブラブしてしまうくらいの魅力的な相手だ。それなら自分と似た所があるであろう妹が好意を持つのはむしろ当然と言えるかもしれない。

 

(でも……まさか可愛い妹の一人が要注意人物だったなんて、結構ショックだわ……)

 

 ただしそれを簡単に受け入れられるかどうかは別問題。甚大なショックを受けた親指姫はしばし愕然としてしまった。

 とはいえすぐに愕然としている場合ではないことを思い出し、もうそのショックすらも糧に変えて自棄食い染みた速さで朝食を平らげ始めた。先ほどからずっと自分を見てニヤニヤ笑う奴らのことは、極力視界に入れないようにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……兄様ー! 待ってください、兄様ー!」

 

 罪悪感やら後悔やらで重い歩みを呼び止める声が背後から聞こえ、ジャックは振り返る。ぱたぱたと駆けて来るのは白雪姫だった。

 

「どうしたの、白雪ひ――し、白雪?」

 

 自分の下まで駆けてきたところで声をかけ、呼び方を間違えたので一応言い直す。白雪姫は眠り姫ほど呼び方に執着はしないものの、こう呼んだ方が喜んでくれるからだ。まあジャックとしては未だに呼び慣れないのだが。

 

「すみません、兄様。親指姉様に今の兄様を見張るように言われたので、白雪がご一緒します」

「ああ、うん。それはそうだよね。自分の妹の一人にあんなことしようとした奴、放っておけるわけないもんね……」

 

 当然といえば当然の対応にジャックは思わず肩を落としてしまう。

 確かにだいぶ危ないことをやらかそうとしたのは認めるが、まさかここまで警戒されるとは思ってもいなかった。やはり親指姫は今のジャックが信用ならないらしい。

 

「で、でも、兄様を疑っているわけではないですから元気を出してください! 親指姉様は今の兄様を催眠術にかかっている状態だと思っているんですから!」

「うん。だから余計に気にしちゃうんだけどね。本当にかかってるわけじゃないのに、あんな真似しちゃったし……」

 

 慰めてくれる白雪姫の言葉が余計にジャックの心を抉ってくる。

 実はジャックは催眠術など受けていない。効かなかったとかそういうわけではなく、そもそも最初から受けていないのだ。皆の口から出たかかった云々の話は、ジャックが演技をしていることを親指姫に悟らせないためのものである。先入観を与えておけば多少は演技が下手でも疑われないはず、とは罰ゲームの詳細を聞かせられた時にグレーテルが語った言葉だ。

 

「に、兄様は悪くありません! これは兄様への罰ゲームなんですから、仕方ないんです!」

「うん。それもあるから余計に気にしちゃうんだ。だってこれって本当は僕への罰ゲームだから、親指姫にはまた別の罰ゲームがあるってことだし……」

 

 傍から見ると親指姫への罰ゲームにしか思えないだろうが、実際にはこれはジャックへの罰ゲームだ。親指姫相手にどれだけ鬼畜に振る舞えるかを試すという、何とも悪趣味な罰ゲーム。ちなみに実は素であることを見抜かれたら追加の罰ゲームがあるという悪夢のような厳しさだ。

 なお、この罰の提案者は驚くことにアリスであった。何でもせっかくの機会だから普段とは逆にジャックが親指姫に対して高圧的に振る舞い、色々な命令をして従わせてみれば良い、とのことだ。

 アリス自身はジャックに対して罰を与えるつもりが欠片も無いように思えたのだが、それだけだと罰にはならないと判断されたのだろう。見抜かれたら追加の罰というルールが赤ずきんの手によって加えられてしまったわけである。

 

(だからなるべく意地悪しなくて済むように離れたんだけど、あの様子じゃ食べ終わった途端に追いかけてきそうだなぁ……)

 

 しっかりバレないように演技さえしていれば必ずしも一緒にいる必要はない。そんなルールもあったのでなるべく親指姫から離れることにしたのだが、あの様子ではきっとすぐに追いかけてくるはずだ。

 たぶん今のジャックは目を離してはいけないくらい危ない奴だと思われているに違いない。妹の一人の唇を奪いかけていたというのに、もう一人の妹を見張りに寄越したのがその証拠だ。

 仕方ないこととはいえ愛する親指姫にそこまで疑われている事実に、無性に寂しさを覚えてしまうジャックであった。

 

「そ、そういえば兄様! 白雪、一つとっても気になることがあるんです! お聞きしても良いですか!?」

 

 何度慰めてもジャックが更に沈んでしまうせいか、唐突に話題を変える白雪姫。その優しさに触れてジャックも何とか平静を取り戻すことができた。

 

「良いよ。何が聞きたいの?」

「その、さっきはどうしてネムちゃんを呼んだんですか? 妹ということなら、白雪でも良かったはずですけど……」

「ああ、うん。何となく眠り姫の方が平気そうだなって思ったからなんだけど……ちょっと予想以上、だったな……」

 

 隣に座るよう促したはずなのに何故か膝に座られたし、キスして良いか尋ねても抵抗は微塵も無かった。挙句に責任の取り方に姉妹丼とか口にする豪胆ぶり。元々ちょっと不思議なところがある眠り姫だが、もしかするとかなりの大物なのかもしれない。

 

「きっとネムちゃんも兄様に甘えたかったんだと思います。ネムちゃん、あれで結構甘えん坊さんなところがありますから」

「そうなんだ。やっぱり姉妹なだけあって似てる所もあるんだね。まあ、似てない所の方が多い気もするけど……」

 

 具体的にどこがどう似ていないのかを口にするのはさすがに止めておいた。親指姫の名誉のため、という理由もあるが一番は我が身可愛さからだ。

 万が一親指姫の耳に入ったらジャックは後でキツイお仕置きをされかねない。

 

「……あれ? じゃあ、もしかして白雪も結構甘えん坊な所があったりするのかな?」

「え!? えっと、それは……そのぅ……」

 

 不意に思いついた疑問を口にすると、白雪姫は途端に赤くなって言いにくそうに俯いてしまう。

 どうやらこの三姉妹、甘えん坊なところは皆同じらしい。何とも微笑ましくて可愛らしい三姉妹だ。

 

「あははっ。そっか、白雪も甘えん坊なんだ。じゃあ僕で良ければ甘えたって良いよ?」

「えっ、良いんですか!? 白雪も兄様に甘えてしまっても!」

(あ、予想外に食いつかれた)

 

 冗談半分でそんなことを口にしたのだが、返ってきたのは途轍もなく嬉しそうな反応。やはりこの三姉妹は例外なく甘えん坊らしい。

 何にせよ言ったことの責任は取るべきだ。鬼畜に振舞わないといけないのは親指姫に対してのみで、別に白雪姫たちは含まれていない。

 

「うん。僕は一応君たちのお兄さんだからね。ただ親指姫は結構ヤキモチ焼きだから、機嫌を損ねない程度にしてくれると助かるよ」

「わ、分かりました。それじゃあ、その……えいっ!」

 

 決意漲る表情で頷いた白雪姫は、次の瞬間可愛らしいかけ声と共に行動を起した。ジャックの左手に自らの右手を重ねるという、何のことは無いただの手繋ぎを。

 

「……これで良いの?」

「はい! 兄様と仲良く手を繋いでお散歩です!」

 

 実は以前からやりたかったことなのか、白雪姫は非常に満足気な笑みを浮かべてぎゅっと手を握ってくる。

 考えてみればいつも親指姫とイチャイチャするばかりで、白雪姫や眠り姫と兄妹のスキンシップをしたことは少なめだった。元々かなり早い段階でジャックを兄と認めてくれた二人なので、もしかすると兄妹のスキンシップにちょっとした憧れがあったのかもしれない。

 

「そっか。うん、じゃあ今度は眠り姫も誘って一緒にお散歩しようか?」

「はい! ネムちゃんも喜ぶと思います、兄様!」

 

 それなら応えてあげるのは当然のことだ。親指姫の望みを叶えるのはもちろんだが、妹たちの望みもできる限り叶えてあげるのが良いお兄さんというものだろう。

 なので今度は眠り姫も誘って仲良く散歩することを約束しつつ、ジャックは白雪姫と手を繋いで販売所への道を歩き始めた。

 

(でも……今の僕がこんな風に女の子と手を繋いでる所を見たら、親指姫は何て思うのかな……?)

 

 ただし、頭の大部分はやはり親指姫のことで埋め尽くされていた。

 催眠術を受けて鬼畜な性格に変貌を遂げたと思われているジャックが、妹の一人と手を繋いで仲良く歩いている。おまけにそのちょっと前にはもう一人の妹にキスしかけたのだから、絶対何か怪しく思われて責められるのは目に見えている。

 この罰ゲームが終わりを迎えて真実を伝えた時、果たして親指姫はジャックを許してくれるのだろうか。万が一にも演技だと疑われないようまだまだ意地悪をしなければならない事実も相まって、今から不安で不安で胃が痛いジャックであった。

 

 

 

 

 

 

 





 表面上は鬼畜に振舞いながらも心の中では大いに罪悪感を感じているジャック。後編では更に過激なことに……?
 個人的に眠り姫はわりと大物だと思っています。ドラマCDでラプンツェルに子供の作り方を聞かれた時、伏字が入るほどの直球で答えていましたし。あの時の親指姉様の反応が好きなので今回二回叫ばせました。反省はしていません。
 次回はたぶんジャック×赤姉の方です。あ、でもそろそろ親指姉様のジェノサイドエッチとかも書きたいなぁ……。

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