ジャック×親指姫   作:サイエンティスト

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 一章最後のお話。ついにカップルが成立する……?
 ちなみにゲームで最初に迎えたエンディングは当然の如く親指姫エンドです。もちろんその前に七、八回くらいバッドエンド迎えましたが……。



告白

「はぁ……はぁ……! あ、危なかった……白雪がいなかったら捕まってたわね……」

 

 ジャックの追跡から何とか逃れて自室へと戻り、荒く乱れた呼吸を整える親指姫。さっきのジャックは偶然遭遇したかのような反応をしていたが、実際の所はなるべくしてなった遭遇だ。何せ親指姫は直前まで赤ずきんの部屋の扉に張り付いていたのだから。

 張り付いていた理由はもちろん、中で二人がどんな話をしているのか気になったから。赤ずきんに仲良く手を引かれて部屋に入っていくジャックの姿を見れば、誰だって会話の内容が気になって当然だ。当然親指姫も気になってしまったのだ。

 そんなわけで扉に耳を当てて二人の会話を聞いていると、逃げるタイミングを逃して遭遇してしまった、という間抜けな話である。 

 

「全く……ジャックの奴本当にしつこいわね……」

 

 あくまでも冷たい身体を暖めてやるためにジャックと裸で抱き合った日から五日間。その間ジャックは親指姫の姿を見かけるといつも追いかけてくるようになってしまった。理由はさっき赤ずきんとの会話を盗み聞きしたのでやっと分かった。どうやらジャックは自分が馬鹿でふざけたことを言った事実をちゃんと謝りたいらしい。

 しかし親指姫としては話もしたくないので逃げるしかなかった。そもそもできれば顔も合わせたくない。このままでは状況が一向に好転しないのは分かっているが、どうしても顔を合わせたくない。

 どうにもならない現状に一つ溜息をついたところで、部屋の扉が静かにノックされた。まさかジャックが訪ねてきたのだろうかと親指姫は身構える。

 

「だ、誰よ?」

「私です、姉様。白雪です。入ってもよろしいですか?」

「ああ、白雪……開いてるから入って良いわよ」

 

 ジャックではなかったことに対して安堵し、素直で可愛い妹を招き入れる。さすがにあれだけ唐突に意味不明な命令をされても従ってしまうのはちょっとどうかと思ったが、今回はその行き過ぎた素直さに助けられた。

 

「失礼します、姉様。あの……お話してもよろしいですか? ジャックさんのことで……」

「じゃ、ジャックのこと? 何よ、白雪?」

 

 入ってきた白雪姫に突然ジャックの話題を突きつけられ、驚きに一瞬声が裏返りそうになる。何とか平静を装い答える親指姫だが、強がりはそこまでだった。

 

「ええと、その、親指姉様……もしかしてジャックさんに何か恥ずかしいことをされてしまったんですか……?」

「な、は、恥ずかしいこと……!?」

 

 途端にあの時あったことを全て思い出し、自分の顔が熱くなっていくのを感じながらもどうしようもできない親指姫。

 色々仕方の無い理由があったとはいえ、ジャックと裸で抱き合ったり、ばっちり裸を見られたり。そして自分でもびっくりするほど弱々しく泣きながら、ジャックが大切だから死んで欲しくないと切なくお願いしてしまったこと。

 それらを実際に経験した時はジャックが半ば死にかけていたりしたせいで感じた羞恥は薄めだったものの、すっかり回復した今やもう羞恥心は絶好調だ。ジャックと顔を合わせたら顔から火が出てその火で焼け死にそうなくらい恥ずかしい。ジャックを避けている理由の半分はそれだ。

 

「ね、姉様、お顔が真っ赤です! やっぱりアリスさんの言っていたことは本当なんですか!? ジャックさんに無理やりエッチなことをされたんですか!?」

「な、何よそれ!? そんなあいつに無理やりエッチなことなんて、されて……されて……」

(……き、キスはそんなにエッチなことじゃないわよね? 無理やりされたってわけでもないし……)

 

 とんでもないことを言う白雪姫に否定しようと口を開いた親指姫だが、自然と言葉は途切れていってしまった。少し判断に悩んでしまったからだ。

 とはいえ親指姫の思考が読めるわけも無い白雪姫には、思い当たる節があって言葉を切ったようにしか見えなかったに違いない。

 

「ど、どうして口ごもるんですか、姉様!? や、やっぱり、ジャックさんに……!」

「だ、だから違うっての! そもそもキスなんてそれほどエッチなことじゃないじゃ――!?」

 

 言いかけて咄嗟に口を塞ぐが、少し遅かった。

 畳み掛ける羞恥心への攻撃に冷静さを保つことができず、ついつい口を滑らせてしまった。聞き逃しはせずにばっちり言葉を耳にしたらしい白雪姫はより一層顔を赤くして驚愕を露にしている。

 

「ええっ!? じゃ、ジャックさんにキスされてしまったんですか!?」

「い、今の忘れなさい白雪! 命令よ!」

「む、無理です姉様! さすがに白雪でもそんな衝撃的なこと忘れられません!」

「だったら私が忘れさせてやるから頭出しなさい! 大丈夫よ、ちょっと強くぶん殴るだけで済むから!」

「ひゃぁ!? そ、そんなことよりも姉様! ジャックさんにキスされたということはジャックさんとお付き合いを始めたということですね! おめでとうございます!」

 

 まずは組み敷いて帽子を剥ごうと考えたあたりで、白雪姫がほんの少しだけ引きつった笑みで手を叩いて祝福してくれた。まだ祝福されるような結果にはなっていないというのに。

 

「べ、別に私たちは恋人になったわけじゃないわよ! ていうか、告白とかはされてないし……」

「えっ? ということはジャックさん、告白も無しに姉様にキスしてしまったんですか? ジャックさん、そんなに大胆な方だったんですね……!」

「大胆っていうかただの馬鹿よ、あいつ! 人の話聞かないし、うら若き乙女の唇を奪っておいて謝罪の一つも無いとかありえないっつーの!」

 

 そう、あれはただの馬鹿である。自分の命を賭けてでも他者を助けようとする凄まじい馬鹿。そして何を言ってもそれを止めようとしないとびっきりの馬鹿だ。だからこそ親指姫はあの時分からず屋の死にたがりに愛想を尽かし、もう言葉を交わす気にもなれなかったのだ。

 だがそれは頭に血が上っていた状態のこと。今は自分がどれだけ無茶苦茶なことを言っていたかちゃんと親指姫も理解しているので、もうそのことでジャックに怒りを抱いてなどいない。大切な人が死んでしまうかもしれないという危険に直面すれば親指姫だって同じ事をするし、いつまでも根に持って責めていても仕方ないことだ。まぁだからといって全面的に認めるわけではないのだが。

 

「……あの、姉様。もしかしてジャックさんはそれを謝罪するために姉様と話をしたがっているんじゃないでしょうか?」

「わ、分かってるわよ、そんなこと……」

 

 勢いに任せて言い放ったものの、ついさっき赤ずきんとの会話を盗み聞きしたのでジャックが謝罪のために親指姫を追い回していることは分かっている。何があったか知らない赤ずきんには話せなかっただけで、キスに関しても謝るつもりに違いない。少なくともジャックは許しも得ずに女の子にキスしておいて謝罪の一つもしない、などという人間ではない。

 

「じゃあどうしてジャックさんから逃げているんですか? やっぱりジャックさんが言っていた通り、もう顔も見たくないくらいにジャックさんのことを嫌いになってしまったんですか……?」

「え? あいつ、そんなこと言ってたわけ?」

「はい、凄く辛そうな顔をして言ってました。突然キスしてしまうくらい姉様のことが大好きなジャックさんからすると、姉様に避けられるのはきっと凄く苦しいことのはずです……」

「ジャック……」

 

 あまりにも意外な白雪姫の言葉に、しばし羞恥も忘れて呆然としてしまう。

 親指姫がジャックを避けているのは羞恥心からであって、怒っているからとか嫌いになったからとかいう理由ではない。

 だが親指姫の心情を知ることのできないジャックにとっては、顔も合わせず言葉も交わさず徹底的に避けられているという事実しかないのだ。おまけに最後に交わした言葉は分からず屋の死にたがりへの罵声なのだから、もう嫌われたと考えても無理も無いだろう。

 本当はむしろ――

 

「ねえ、白雪……ジャックは本当に、私のこと好きだと思う?」

「はい、もちろんです! 何とも思っていない人にキスしたりはしないと思います。姉様は……ジャックさんのことは、好きじゃないんですか?」

「私は……私、は……」

 

 ジャックが酷く傷ついているということを知ったせいだろうか。もう反射的に否定をしたり、誤魔化したりする気にはなれなかった。

 それにここにいるのはジャックではなく白雪姫一人だけ。

 どうせキスされたことを知られてしまったのだから、もうぶっちゃけたって良いだろう。

 妹の前でも口に出来ないような言葉を――本人に言えるわけもないのだから。

 

「……あぁ、そうよ! 私はジャックのこと、大好きよ!」

 

 なので半ば自棄になった親指姫はついに本音を口にした。これにはさすがの白雪姫も口元を押さえ、目を丸くして驚いている。

 そう、親指姫はジャックのことが大好きだ。

 勘違いだったとはいえ一度はジャックを失った痛みを味わい、その上二度目は勘違いではなく本当に失いそうになった。その時に感じた途轍もない絶望や胸が張り裂けそうな悲しみが親指姫に気付かせた。自分が抱いていたジャックへの気持ちを。

 喪失感の大きさは裏を返せばそれだけ失ったものの存在が大きかったということ。ジャックを失った苦しみを抱えて生きるのは嫌だと感じた親指姫は、本当は自分がどれだけジャックのことが好きで一緒にいたいのかをたっぷり思い知らされてしまったのだ。とりあえずもっと笑顔を見ていたいとか、もっと声を聞いていたいとかいう微笑ましい感じで終わる想いではなかった。

 ジャックを避けていた理由のもう半分はその想いの強さ故にである。顔を合わせたらジャックへの想いで心の中がヤバイことになって、そんな想いを感じている自分が恥ずかしくなってしまうからだ。

 

「……今の誰かに喋ったら承知しないわよ、白雪! この秘密は墓場まで持っていきなさい! 持ってけないならここが墓場よ!」

 

 本音を語って多少すっきりしつつも恥ずかしさ全開の親指姫は、決して口外しないように釘を刺してから白雪姫の身体を部屋の外へと押し出すのだった。

 

「わ、分かりました、姉様! でも、そうだったんですか。姉様が顔を合わせられなかったのは恥ずかしかったからなんですね!」

「あっさり見抜いてんじゃないっての! 良いからもうさっさと出て行きなさい!」

「で、でも姉様! せっかく両想いなのにどうして――姉様!? 姉様ぁ!」

 

 しかし何やら瞳を輝かせて戻ってくるので、もう一度叩き出してしっかりと扉を閉めた。

 色恋の話がよほど気になるのだろうか。白雪姫は扉をノックして呼びかけしばらく粘っていたものの、やがて諦めたらしくノックと呼びかけは聞こえなくなった。

 

「はぁ……両想いなら苦労しないっての、全く……」

 

 再び一人になった部屋でベッドに座りこみ、重い溜息をつく。

 しっかり自分の気持ちに気付いた親指姫は自分が今何を望んでいるのかもちゃんと分かっている。できることならジャックと恋人になって、いっぱいキスして、いっぱい触れ合って――という具合だ。いっそ清々しいほど恥ずかしい願いである。

 だがそれを実現するには告白というとんでもなく難易度も恥ずかしさも高い行為をクリアしなければならず、それを乗り越えたとしても今度はジャックに受け入れてもらえるかという大問題が待ち受けている。たぶん嫌われてはいないことは分かるものの、異性として好かれているかどうかは正直自信はなかった。

 何せジャックの周りには何人も女の子がいるし、みんな親指姫よりも素直で親指姫よりも女の子らしい外見の子たちだ。それらの筆頭が自分の妹たちだというのが死ぬほど解せないが、要はもっと素直で可愛い子たちがいっぱいいる。

 そんな環境にいるジャックがいくら本気の告白をされたとはいえ、素直ではない上に女の子らしい身体つきもしていない親指姫のことを受け入れてくれるのだろうか。それを考えると恥じらいを抜きにしても勇気が出てこなかった。

 

(け、けど、あの時のジャックの反応思い出すと、わりと……)

 

 親指姫の裸を見た時のジャックの反応。女らしくない身体のはずなのに、ジャックは綺麗という感想を口にしていた。それに裸で抱き合っていたので死に体の癖に随分とドキドキしていたのも分かっている。少なくともちゃんと異性として認識されているのは間違いない。

 それに親指姫に避けられて辛そうにしているということは、少なからず好意を寄せられているのだろう。どうでも良い奴や嫌いな奴に避けられたって辛くはならない。

 だとすれば馬鹿でお人よしで皆に優しいジャックなら、親指姫が本気の気持ちをぶつければ受け入れてくれるかもしれない。

 その上幸運なことにジャックは許可もしていないのに親指姫の唇を奪うという、女の子に暴行を働くに等しい罪を犯しているのだ。あれが泣き止ませるためのものだったということくらいは涙を止められなかった親指姫本人が一番良く分かっているが、本来なら牢獄エリアにぶちこまれるべき大罪だ。

 あるいは、しっかり責任を取るべき大罪。

 

「……そうね、くよくよ悩んでても仕方ないわ! あいつにちゃんと責任取ってもらうんだから!」

 

 ついに勝利の道が見えた親指姫は迷いを振り払い立ち上がった。ジャックだからこそ嫌われていないなら受け入れてもらえるはずだし、駄目ならキスのことを引き合いに出して責任を取らせれば良い。かなり卑怯だが素直になれない親指姫にはこれくらいがちょうど良い。

 正直なところいい加減この逃走生活にも疲れてきたし、そのせいで強まっていくジャックと触れ合いたい気持ちに気が狂いそうになってきたところだ。早くあの馬鹿面をじっと目にしながら、なよなよした声を心行くまで聞きたい。もう自分でもびっくりするくらいジャックに夢中であった。

 

「待ってなさいよ、ジャック! 今夜あんたを私のもんにしてやるわ!」

 

 自分の願いに自分で顔を真っ赤にしながらも、親指姫は今夜決着をつけることを心に決めるのだった。妹には自分の気持ちを教えることができたとはいえ、本人への告白という心の中を全て曝け出す素直さの極致にある行為を、対極にいる自分が本番でできるかどうかはなるべく考えないようにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれ、こんな時間に誰だろう?)

 

 ジャックがそろそろベッドに入って休もうかと考えていると、不意に部屋の扉がノックされた。こんな遅い時間に一体誰が訪ねてきたのだろう。不思議に思いながらもジャックは扉を開けた。

 

「――って親指姫!?」

 

 そしてそこにいた人物に驚愕し、目を丸くした。

 何と五日間努力しても捕まえることができなかった、高い逃走能力と謎の隠遁能力を持つ親指姫が自ら訪ねてきてくれたのだ。一瞬捕まえてふんじばらなければ、と考えてしまったのは赤ずきんの影響か。

 

「……ちょっと邪魔するわよ。あんたにどうしても言っておきたいことがあるから」

「そ、そうなんだ。良かった、僕も親指姫に話したいことがあるんだ」

 

 部屋に上がることを薦める前に上がってくる親指姫に対し、笑いかけながらも逃がさないように扉を閉めるジャック。妙に思いつめた表情をしているので何を言われるのかちょっと怖いが、自分から訪ねてきてくれたのは好都合だ。

 

「そ、それもちゃんと聞いてやるから、まず先に私の話を聞きなさい!」

「う、うん。それじゃあ、言っておきたいことって何かな?」

「え、っと……あ、そ、その……ほら、アレよ……! ああぁぁ……もうっ……!」

 

 しばらくジャックに向けて苦々しい視線を向けたり困惑気味の視線をむけたり忙しそうな親指姫だが、やがて羞恥に耐えかねたようにこちらに背を向けてしまった。

 

(やっぱりアリスたちの言う通り怒ってはいないみたいだ。何だか凄く恥ずかしそうだし……)

 

 やはりアリスたちの言っていた通りだったらしい。親指姫は別に怒りや嫌悪を見せてはいない。さっきのは機嫌が悪そうな反応だったが、どちらかと言えばいつも通りの親指姫で何らおかしいところは無い。本人は否定するものの照れ隠しで怒ったりすることもジャックは知っている。

 

「えっと……良かったら、僕が先に話しても良いかな?」

「す、すぐに終わる話なら良いわよ! 先に聞いてやるからさっさと済ませなさい!」

 

 相変わらずこちらに背を向けたまま恥ずかしそうに言い放つ親指姫。

 できればしっかり目を合わせて話したいが無理やりこちらに顔を向かせれば殴られるだけだろうし、下手をすると機嫌を損ねて出て行ってしまうかもしれない。せっかく自分からジャックの下に飛び込んできてくれたのだから、わざわざ逃がすような真似をするのは愚かなことだ。

 仕方ないのでこのまま伝えることにしたジャックは一つ深呼吸して呼吸を整え、口を開いた。

 

「えっと……一応聞いておくけど、親指姫はまだ怒ってるのかな? 僕がその、馬鹿なことを言って君を泣かせたことで……」

「べ、別にあんたに泣かされたわけじゃないっての! それに、あの時怒ってたのは頭に血が上ってたせいよ。あんたがそういうこと平気でする馬鹿だってのは前から知ってたし、今更これ以上見損なったりしないわよ」

「そっか、良かった……」

(……あれ? これ以上見損なわないってことは最初から見損なってるってこと……?)

 

 何だか親指姫にどんな目で見られてるのか少し気になったが、許可も得ずにキスしてしまったことはまだ謝罪していないので最低と思われていても仕方ない。まぁそもそも謝罪できなかったのは親指姫が逃げてしまうせいなのだが。

 

「そういえばまだ謝れてなかったから謝るよ。ごめん、親指姫……その、勝手に君にキスなんかして……」

「い、一体どうしてキスなんかしてきたか正直に言いなさい! 言っとくけど私は、その……ファーストキスだったんだからね! 変な理由だったらただじゃ済まさないわよ!」

(あ、やっぱりファーストキスだったんだ……)

 

 一瞬顔だけ振り返ってこちら睨みつけてくるものの、すぐにそっぽを向いてしまう親指姫。やはり初めてのキスだったらしい。一応ジャックも初めてだったが男のファーストキスなど何の価値もないだろう。

 女の子にとって大切なファーストキスを奪った理由は、泣きじゃくる親指姫を何としてでも泣き止ませたかったからだ。そしてもう一つ、大切で伝えたい理由から。

 緊張に早鐘の如く脈打つ鼓動をはっきりと感じながら、ジャックはゆっくりと口を開いた。

 

「理由は、どうしても君を泣き止ませたかったからなんだけど……やっぱり、君のことが好きだからっていう理由が一番かな……」

「……え?」

 

 一体どんな理由だと思っていたのか親指姫は唖然とした様子で振り返ってくる。だがいまいちジャックが口にした言葉の意味を理解していない感じだ。やはりもっと分かりやすく口にして伝えなければ駄目だ。

 

「その……僕は、親指姫のことが好きなんだ。友達とか仲間とかの好きじゃなくて、一人の女の子としての親指姫が、好きなんだ……」

「っ……」

 

 なので意を決してはっきりと、勘違いのしようもなく気持ちを伝えた。

 この五日間親指姫を追い回したのは謝罪のためだが、本当は自分の気持ちを伝えるためでもあった。

 あの時初めて見た、親指姫の触れたら壊れてしまいそうなほどに儚く弱々しい姿。いつもの気の強い親指姫とは違う、守ってあげたくなるあの姿。不運というべきか幸運というべきか、ジャックはその時の変わりように心を奪われてしまったのだ。それこそ泣き止ませるための方法にキスを選んで、身の程知らずにも自分がすぐ傍で支えて守ってあげたいと思ってしまうほどに。

 

「だから、もしも親指姫が僕のことを嫌ってなくて、キスのことも許してくれるなら……その、僕と付き合って欲しいんだ……!」

 

 今度はしっかりと意味を理解したらしい親指姫が顔を赤くして絶句しているところへ、ちょっと裏返りそうになった声で最後の言葉を続けて告白を終わらせた。キスした五日後に告白とは順番も時間もおかしいがこれは仕方ない。

 

「……あ、あんた、それ本気で言ってる?」

「こ、こんなこと冗談で言えるわけないよ! 本当に親指姫のことが好きだから、その、恋人になりたいんだ。それに恋人になれれば、また君を泣かせてしまった時すぐに慰めて支えてあげられるから……」

 

 呆然とした感じで尋ねてくる親指姫に真面目に答えを返すジャック。

 本当はもう二度と泣かせたりしないように、と言いたいところなのだがそれは約束できないので口にはできなかった。特に好きになってしまった親指姫を助けるためなら絶対にやると断言できる。そしてそれを口にすれば間違いなく怒られる。

 

「よ、よくそんな恥ずかしげも無く好きとか言えるわね……」

「は、恥ずかしくないってわけじゃないよ。でも、僕が親指姫のことを好きなのは事実だからね……」

 

 恥ずかしいがちゃんと伝えたい。もし逆の立場ならその気持ちを言葉にして何度も伝えてもらいたいからだ。

 たった今、親指姫に自分も好きだという返事を返してもらいたいように。

 

「えっと、その……できれば答えを、聞かせ欲しいなって思ったり……」

「す、すぐに答えられるわけないでしょうが! 考えるからちょっとそこで待ってなさい!」

「う、うん……!」

 

 速攻で断られはしなかったことに安堵して、まだ返事を聞いてもいないのに微笑みながら頷いてしまう。

 物事をはっきり言うタイプの親指姫が考える時間を求めるということは、少なくとも嫌われてはいないということだ。顔を合わせた瞬間心底嫌そうな顔で『うげっ』といわれたジャックとしては、もうその事実だけでも嬉しかった。

 

(だ、だけど断られたらどうしよう……絶対顔を合わせるたびに気まずくなるよね……?)

 

 しかしそれはそれとして返事は気になる。きっと真剣に悩んでいくれているのであろう親指姫の後姿を目にしながら、ジャックは不安な思いでその時を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(こ、これは予想外だわ……!)

 

 なるべく平静を装い背を向けた親指姫は、胸の内で喜びと興奮に暴れまわる心臓の鼓動を必死に抑えこんでいた。

 まさか告白するという一世一代の決心を胸に秘め、断られたなら脅迫も辞さない心構えで向かったら逆に告白されるとは。

 おまけに責任を取る形とかではなく、純粋な好意からの告白で両想いだと分かったのだから正直舞い上がりそうな所だ。少し考える時間が欲しいと言って背中を向けたのも、本当は抑えらない頬の緩みを見られたくないからである。実際の所は素直に何でもできるなら一も二も無く頷いて抱きつき、いっぱいキスしたいくらいに嬉しい。しかしそんな死ぬほど恥ずかしいことができるわけがない。だからここは喜びを抑え、冷静に振る舞わなければならない場面だ。

 

(お、落ち着きなさい、私! ここで喜んで頷いたりしたらダメよ! こういうのは最初の対応で上限関係が決まるんだから!)

 

 それにここで親指姫がジャックへの好意を露にして頷いたら後々の恋人関係に響く。ジャックから告白してきた以上、今の上下関係はこちらが優位。もしも親指姫が下になってしまったならジャックに良いように扱われる恋人関係になってしまうかもしれないのだから。

 何度か深呼吸して心臓の鼓動を収め、必死に笑みを消し去ってから親指姫は振り向いた。そしてなるべく興味なさそうな感じで、務めて平静を装い口を開く。

 

「ま、まぁ、私はあんたのこと……嫌いじゃ、ないし……どうしてもって言うなら、その……特別に、付き合ってやっても良いわよ……」

「ほ、本当に!? 良かった……!」

(何でこんな偉そうな答えでそんなに嬉しそうにしてんのよ、あんたは!)

 

 そんな超上から目線のオーケーでも心底嬉しそうな笑顔を浮かべるジャック。こんなオーケーで喜ばれると自分がどれだけ好かれているかを思い知らされ、せっかく引き締めた頬が緩みそうになってしまう。

 

「べ、別に私もあんたのことが好きだからとかじゃないわよ!? 私を慰めるってことはあんた絶対懲りずにまた馬鹿やるでしょ! そのせいであんたが死んだりしないよう傍で見張るためなんだから! 勘違いしないでよね!」

 

 なので気合を入れるためにもう一度厳しく偉そうに言ってみる。ただしジャックがまた懲りずに同じ事をやらかすのも、傍で見張りたいのも本当のことだ

 

「そ、そっか……本当は、親指姫も僕のことが好きだったらなって、思ったんだけど……」

(あ……)

 

 だがさすがのジャックも好きではないと言われてショックだったらしい。嬉しそうだった笑みに微かに悲しみが混ざっている。

 自分でも素直じゃないと分かっている親指姫だが、こんな時くらいは素直になるべきなのかもしれない。今でこそほとんど恥ずかしげも無く好きだとか言っているが、ジャックだって自分のことが好きかどうかも分からない相手に告白するのはかなりの勇気を必要としたに違いない。だというのにジャックは正面から素直に好意をぶつけてきてくれた。

 やはり少しはその勇気と誠意に応えてあげるべきだ。そもそも親指姫は告白と脅迫をするためにここへ来たのだから、ジャックの気持ちが分かった以上躊躇う必要はないはず。

 なので親指姫は一つ深呼吸をすると、勇気を振り絞って口を開いた。

 

「付き合ってやっても良いけど、条件があるわ! あんたが私を想ってるってこと、ちゃんと証明してみせなさい!」

 

 だがどうしても恥ずかしくて言えず、照れ隠しにそんなことを言ってしまう。

 何で素直に自分も好き、という短い言葉すら口にできないのか。偉そうにふんぞり返りながらも親指姫はちょっと泣きたい気分でジャックに指を突きつけた。

 

「しょ、証明って言われても……どうやって?」

「そ、それくらい自分で考えなさいよ! ど、どんな方法でも良いから、証明してみなさい! どんな方法でも良いから!」

 

 それだけ言い切り、親指姫は腕を組んで顔を上向け瞳を閉じる。これが今の親指姫にできる精一杯の愛情表現だった。

 もっともジャックが気付いてくれなければ愛情表現どころか偉そうに見下しているに過ぎない姿だが。

 

「どんな方法でも……? あ、もしかして……」

 

 そんな声を耳にして片目を開けて確認してみると、ちょっと顔を赤くして親指姫の唇あたりに視線を向けるジャックの姿がそこにあった。どうやらちゃんと気付いたらしい。

 安堵した親指姫はすぐさま瞳を閉じ、高鳴る胸の鼓動と頬の熱さを堪えるのだった。

 

「えっと、じゃあ……」

「っ……!」

 

 ジャックの手が両肩に置かれた感触に驚き、反射的に身体を震わせてしまう。

 初めての時はあまりにも唐突だったので、実は記念すべきファーストキスの感触や実感は良く覚えていない。つまり今回のキスがある意味初めてなのだ。さすがに平静を保とうしても緊張は抑えられなかった。

 

「き、キス、するよ? 親指姫……」

 

 不思議と若干上ずった声で尋ねてくるジャック。

 死にかけで自分が服を着ていないことにも気付けないほど感覚の無かったジャックだ。きっと親指姫と同じく感触も実感もあまり沸かなかったのだろう。

 となると二人ともある意味初めてのキス。口が裂けても言えないがジャックの初めてのキスの相手が自分で嬉しい親指姫であった。

 

「んっ――」

 

 そして、唇が重ねられる。驚愕のあまり一瞬呼吸が止まり、心臓がびくっと跳ね上がる。

 だがそれらは一瞬のことで、すぐに胸の内は暖かな幸せで満たされていった。ジャックと自分が唇を重ねあっているという事実に。ジャックに初めてのキスを奪われたという事実に。

 幸福に酔う親指姫はいつしか恥じらいを忘れ、自然と縋るような形でジャックのシャツの胸元を掴んで口付けに浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……ジャック……」

 

 もう少し深めのキスをしたい。もっと親指姫の唇を深くまで味わいたい。そんな欲求が胸の内で鎌首をもたげ舌が疼いたあたりで、ジャックは何とか口付けを終えた。

 

(な、何か癖になりそうな感じだな、キスって……)

 

 しっかりと感覚のある状態で行った好きな女の子との口付けはかなり刺激が強いものだった。噛み応えがありそうな適度な柔らかさに、舌を走らせてみたくなる滑らかさ。親指姫が零す切ない吐息も相まって、時間も忘れてひたすら耽りたくなる癖になりそうな感触だ。

 ただ幼い容姿の親指姫とキスしている背徳感は結構なものだったので、ちょっとだけ複雑な気分でもあった。まぁこれは恋人として過ごす中で徐々に慣れていくしかない。

 

「えっと……じゃあ、これで僕らは恋人になったってことで良いのかな……?」

「え……わ、わっ!?」

 

 気づいた時には腕の中で夢心地の表情を浮かべていた親指姫だが、話しかけると顔を真っ赤にして飛び退ってしまった。恥じらいからの反応であることは分かっていたのでとても可愛く思えて笑ってしまうジャックだった。

 

「い、言っとくけど、私の恋人になったからって何でもして良いって思ったら大間違いよ! あんまり変なことしたらぶっ飛ばすから覚悟しときなさい!」

(あははっ。何かいつも以上に可愛く思えるなぁ……)

 

 取り繕うように瞳を鋭くして、いつもの雰囲気で語りかけてくる親指姫。ただしやっぱり顔は真っ赤だ。そんな親指姫の様子がどうしようもなく可愛く思えてしまうのは、やはり惚れた弱みというものなのだろうか。

 

「うん、分かってるよ。でも具体的にどの辺から変なことになるのか聞いても良いかな? キスしたり手を繋いだりするのは変なことじゃないよね?」

 

 親指姫なら恥じらいや照れ臭さのあまりそれらを禁止することもありえそうだ。さすがに先ほど口付けの魅力を知ってしまった以上、完全に禁止されるのは辛い。

 

「き、キスとか、手を繋ぐとか……!? そ、そうね。そういうのは……えーっと……そ、そういうのはまた明日決めましょ!」

 

 視線を彷徨わせたり俯いたり首を振ったり忙しそうにしていた親指姫は、最終的に全てを明日に丸投げした。

 たぶん好きだと言われたいり告白を受けたりキスをされたりで今日はもういっぱいっぱいなのだろう。何か言いたいことがあるから部屋に訪ねてきていたはずだというのに、もうそのことは頭に無い様子だ。

 

「きょ、今日はもう遅いし私はそろそろ部屋に戻るわ! おやすみ、ジャック!」

「あ、うん。おやすみなさい、親指姫――」

 

 脱兎の如く駆け出し、部屋から出て行こうと扉のノブに手をかける親指姫。その背中へおやすみの言葉を投げかけた次の瞬間――

 

「きゃあ!?」

「うぬおぉ!?」

「え……?」

「は……?」

 

 扉が勢い良く開き、二名の少女が部屋に倒れこんできた。

 白雪姫とハーメルンが、まるでずっと張り付いていた扉が突然開けられたかのような形で。考えるまでも無く聞き耳を立てていたのは明白だった。ご丁寧にその手には盗み聞きに使っていたであろうコップまで握られている。

 しかも倒れた二人の向こうにはあろうことか血式少女たち全員の姿。意外にもかぐや姫やグレーテルの姿まである。とりあえずこんなところで発揮して欲しくない団結力であった。

 

「おっと、ヤバイ! 逃げるよ、皆!」

「ふふっ。おめでとう、ジャック。想いが通じたわね」

「ねーねー、もしかしてじゃっくたちこどもつくるのー!?」

「お、お待ちなさいなラプラプ! それはたぶん、えーと……まだまだ先の話ですわ!」

「……ん……親指姉様、おめでと……!」

「羨ましいですね~、私もジャックみたいな僕が欲しいです~」

「なかなか興味深いやりとりだったわ。あなたたちの関係や性格がこれからどのように変化していくのか、じっくり観察させてもらうわね」

 

 ジャックと親指姫が視線を向けた瞬間、皆すぐさま蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。ただし瞳を輝かせて部屋に入ってこようとしたラプンツェルはシンデレラに抱えられて。

 

(一瞬で皆いなくなっちゃった。もしかして血式少女って皆逃げたり隠れたりするのが得意なのかな……?)

 

 素晴らしい団結力に逃走能力。何だか盗み聞きされていた気恥ずかしさも忘れて思わず感心してしまうジャックだった。

 

「わあぁぁ!? ま、待ってください皆さん!」

「ま、待てぇ! ワレを置き去りにするなぁ!」

 

 しかし倒れこんできた二名だけは逃げ遅れた上に扉を閉められ、ほぼ見捨てられる形で置き去りにされていた。必死に手を伸ばし皆を呼ぶ姿が哀愁を誘う。

 

「……盗み聞きなんて良い度胸してるわねー、あんたら……ちょーっと私の部屋に来なさい?」

 

 そして青筋を浮かべて震え、引きつった笑顔で二人を見下ろす親指姫の姿が恐怖を誘う。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 出来心だったんです許してください姉様ー!」

「わ、ワレは絶対に屈っしはせぬぞ! ワレは、ワレは……ワレを助けろジャックー!」

「……ごめんね、二人とも。僕、そういうことしたら親指姫に怒られるから……」

 

 可哀想なので何とか助けてあげたかったのだが、さすがのジャックもこんな自業自得な場面で命を賭けてまで二人を助けるほどお人よしではなかった。決して今の親指姫の前に割って入るのが恐ろしいからではない。決して。

 

「じゃ、じゃあ、おやすみなさい、親指姫……また明日ね?」

「……お、おやすみ、ジャック。また、明日……」

 

 改めておやすみの言葉をかけると、親指姫は頬を染めて答えてから部屋を出て行った。逃げ遅れた二人を引きずって。

 めでたく恋仲になれて嬉しさに胸が躍るジャックだったが、実は不安もある。それは親指姫の自分に対する本当の気持ち。

 

(親指姫のアレって、照れ隠し……だったり、するのかな……)

 

 嫌いじゃないから特別に付き合ってあげる、という言葉。それを口にした時の親指姫の様子はいつも通りの照れ隠しに見えた。照れ隠しや恥ずかしさでキツイことを言ったり真逆のことを言ったりするのが親指姫なので、もしかしたら向こうも実はジャックのことが好きで両想いなのかもしれない。

 ただそれはさすがに自惚れが過ぎる気がしていまいち確証が持てなかった。とても大切に想われていることはちゃんと理解しているが、それが異性としての好意に繋がるかはまた別の話だ。

 

(どっちにしろ頑張るしかないよね……うん。親指姫に好きになってもらえるよう、明日から頑張ろう!)

 

 どちらにせよ今よりも好きになってもらえるように、男としても恋人としても努力するべきだ。もしかしたらグレーテルなら男女関係に関する書物を持っているかもしれないので、後で貸してもらえないか聞いてみよう。

 そんな決意を胸に抱きながら、ジャックはベッドに入ってこれからの日々に大いなる期待と微かな不安を寄せるのだった。

 

「助けてくださいジャックさぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「何でもするからワレを助けてくれジャックゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

 

 遠ざかっていく助けを求める声と断末魔の叫びは、なるべく聞かないようにして。

 

 

 





 一章終了。出歯亀は基本。やっとカップルになりました。しかしこの後すぐさまイチャラブバカップルになれるわけもなく……二章はそんなお話です。ちなみに章が変わるごとにイチャラブ度は一段階ずつ上がっていく予定。
 2発売まで約二ヶ月半。そこまでに完結できるかなぁ……。

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