ここからだいぶ不憫な状態の親指姫。ツンデレ娘の内心やいかに。
こういうすれ違いやもどかしい感じの展開は大好物です。というかニヤニヤできる展開は全部大好物です。
「ま、まあ、こんなところかしらね!」
最後の一文字を書き込んだ親指姫が得意げに笑い、ルールを書き込んだ用紙を見直して何故か即座に眉を寄せる。
何だかんだで全て決まり終えるまでには一、二時間くらいはかかってしまった。理由としては他愛の無い話を交えてしまい度々脱線したことと、その都度親指姫が顔を赤くして反応を楽しんだジャックが怒られるというセットを繰り返してしまったせいだ。親指姫が顔を赤くした回数は最早数え切れないほどである。
(いっぱい怒られたけど楽しかったな。ずっと親指姫の隣にいられたし)
それでもずっと肩を寄せ合って語らっていたのだから、ジャックとしてはとても充実した時間であった。ただその幸せが顔に出てしまい、笑うなと怒られたのは言うまでもない。しかしその反応すら愛しく思ってしまうのだからやはりジャックはもう完璧に親指姫の虜だ。
「それで……あんた、この内容に何か文句ある?」
「ううん、特に何も無いよ。親指姫が決めたルールだからね」
自分の立場を考えると何か文句があったとしてもケチはつけられない。というか思ったよりも緩めのルールになったので文句らしい文句は本当に無かった。
「本当に何も無いわけ!? い、言っとくけど、一度決めたらしばらく変更はしないからね!?」
「うん。本当に無いよ。それにしばらくってことはまた決め直す機会はあるみたいだからね」
「っ……じゃあもうこれで決定するわよ。よく読んで覚えときなさい」
何故かちょっと鬼気迫る感じで最後の確認を迫ってきた親指姫に頷き、恋人同士の触れあいルールが記された用紙を受け取る。よく読めとは言われたものの、その必要があるほどルールは細かくも無ければ多くも無い。どちらかと言えばかなり大雑把で不出来だ。
キスは一日に二回まで。手を繋いだり頭を撫でたりするのは親指姫の機嫌次第。抱きしめるのは絶対ダメ。
ルールは大体こんな感じの探せば幾つも穴が見つかりそうな曖昧なもので、後はその全てに人前では厳禁という注意がついているくらいだ。キスも禁止されるかと思っていたので拍子抜けするほど緩めのルールであった。あるいは親指姫が好きすぎてジャックの感覚が麻痺しているのかもしれないが。
「……そ、それで、あんた今日はこれから何か用事でもある?」
「あ。ごめんね、親指姫。できれば早く済ませたい用事があるから、もう行くよ」
もっと親指姫と一緒にいたいが、とても大切な用事だ。
なのでちゃんと断ってから立ち上がるジャックだったが、どうやらお気に召さない答えを返してしまったらしい。親指姫はご機嫌斜めな感じで睨み上げてきた。その様子も可愛いので危うく笑いそうになったものの、今回は何とか我慢した。
「い、いきなり恋人を放ってどっか行くとかどんな用事よ。言っとくけど私と付き合いたいなら隠し事とか無しだからね!」
「うん、分かった。でも用事って言っても隠すようなことじゃないよ。白雪姫と眠り姫に話をしに行くだけだから」
「ああ、さっき言ってたアレね……」
大切な用事と分かってくれたらしく、親指姫も納得したような顔で頷く。
ジャックとしてはできれば二人への話は早めに済ませておきたかった。親指姫と心置きなく過ごすためにも、心配なことは早めに解決しておくに限る。
「いいって言ったのにあんた律儀な奴ねー……何なら私もついてこうか?」
「ううん、大丈夫だよ。それよりも親指姫、改めてこれからよろしくね?」
お姉さんである親指姫がその場にいては二人も話しにくいことくらいあるかもしれない。なのでジャックは優しく断りを入れ、改めて恋人としての挨拶をしておいた。
「っ――!?」
もちろん言葉だけでなく、キスも交えた挨拶を。
「――だ、だから、あんたはまた突然こういうこと……!」
真っ赤な顔で後退り、口に手を当てる親指姫。
見る限りでは困惑と恥じらいが浮かんでいるだけで嫌がってはいないようだ。まあジャックにキスされるのが嫌なら最初からキスは禁止されていたに違いない。
「キスは一日二回まで。今のはその分の一回を使ったキスだから問題ないはずだよね?」
「わ、分かってるわよ! 今日キスできるのはあと一回だからね! 泣いても笑ってもあと一回!」
「うん。ちゃんとルールは守るから安心してよ、親指姫」
「全く……あんた本当に分かってんの?」
真っ赤な顔で指摘してくるのが可愛いので微笑みを隠せずにいると、やはりご機嫌斜めな表情をされてしまった。
「……で? その最後の一回ってあんたいつする気なわけ?」
「えっと……親指姫さえ良いなら、おやすみの挨拶の時にさせて欲しいな。一日二回しかできないならおはようとおやすみの時にすると一日が幸せになりそうだよね」
おはようのキスで一日の始めを幸せなものにして、おやすみのキスで幸せな気分のまま眠りにつく。許された回数が一日二回だけならこれ以上にベストなタイミングは無いはずだ。
「ふ、ふーん……おはようと、おやすみに……」
(あれ、今ちょっと笑った……?)
親指姫も良い考えだと思ったのか、ちょっとだけ態度から棘が引いていた。ほんの少しだけ嬉しそうに頬が緩んだように見えたのは気のせいだろうか。
「……ま、まあキスしたがってるのはあんたの方だから、いつにするかはあんたの自由よね。好きにすれば?」
「うん、ありがとう。じゃあまた後でね、親指姫」
「あ……そ、そうね。また後できなさい」
おやすみのキスを許可されたことに対してお礼をしつつ、ジャックは親指姫の部屋を後にするのだった。去り際にどことなく寂しそうにしている親指姫の姿を目にして、もうちょっとだけ一緒にいて欲しかったのだろうかという都合の良いことを考えながら。
目の前で扉が完全に閉まりきった瞬間、親指姫はその場に突っ伏した。
(何なのよこのふざけたルール!? しかもあいつもあいつで何納得してんの!? 私ならこんなルール突きつけられたら絶対キレるっての!)
そして自分の失態と天邪鬼加減を呪いながら、八つ当たり気味に床に拳を打ち付ける。
自分で決めておいて何だが、親指姫はあんなルールでは全然納得できなかった。一日たった二回のキスなどふざけているとしか思えないし、手を繋ぐことや頭を撫でることが親指姫の機嫌次第など偉そうにもほどがある。しかも恋人同士のように抱き合うことが全面禁止では、もう友達や仲間といった関係に毛が生えた程度の関係にしかなっていない。これでは本当に恋仲と呼称して良いのかすら疑わしい。
親指姫としては本当はジャックとたっぷりキスしたいし、手を繋いで仲良くお出かけしたり、ぎゅっと抱きしめてもらいながら頭を撫でてもらいたいと思っている。要するに本当はいっぱいやりたかったことをルールとして制限・禁止してしまったのだ。自分でも分かっていたが素直でないにも限度がある。
(ていうか……そもそも嫌いじゃないから特別に付き合ってやってる、って思われてんのよね……)
ジャックから告白された時、主導権や体裁を考えて返事をしてしまったのもまずかった。
本当はジャックのことが好きで好きで堪らないのに、あんな心底偉そうで生意気な返事を返してしまうとは一体何を考えているのか。元々素直に好意を表すことさえ難しい性格だというのにあんなことを言ってしまえば、本当の想いを伝えるどころか前言を撤回することすらできそうにない。そのせいで本当にしたいことやして欲しいことも伝えられない。
唯一の望みは意外と大胆だったジャックがルールを破って色々してくれるかもしれないことくらいだが、たぶん特別に付き合ってもらっている身だと勘違いしているはずなので絶対ルールを破ったりはしないだろう。ルールは破るためにあるというのに。
「これじゃ何のために恋人になったのか全然分かんない……はぁ……」
嘆いてみるが問題になっているのはジャックではなく自分の方だ。自分が素直になれば全て解決する問題だ。
それが分かっていてもどうにもできない自分の心に、親指姫は絶望的な心地で溜息をつくのだった。
『――うわぁ!? ぐ、グレーテル!? いつからそこにいたの!? かぐや姫まで!?』
「……っ!?」
その時部屋の外からジャックの声が聞こえてきたので、親指姫は慌てて立ち上がった。そして何故か自分でも意識しない内に扉に張り付き、耳を当てて会話を探ろうとしてしまう。これでは昨日の白雪姫たちと何ら変わりない。
(こ、これはジャックがあの紙を見せたりしないか心配だからよ! 別にジャックが私のことを話すのを聞きたいわけじゃないんだからね!)
自分に自分で言い訳をしつつ、更に強く耳を当てて音を拾おうと試みる。扉のすぐ外で話しているようなので内容ははっきりと聞き取れそうだ。
『つい今しがた。あなたが親指姫の部屋の前で一枚の用紙を手に立ち尽くしていたから気になったの。あなたさえ良ければ是非ともその内容を拝見させてもらいたいわね』
『はい~、是非とも拝見させてください』
『……うん。見せるから挟み撃ちするのはやめてもらえないかな?』
(何逃げ道塞いでんのよ! あんたら絶対無理やりにでも見る気だったでしょ!?)
ジャックの困りきった声で何となく状況が想像できてしまう。さしずめ前門のグレーテル、後門のかぐや姫というところか。どっちが前でどっちが後ろなのかはともかく、ジャックにとっては強行突破などできない布陣だ。
『ありがとう。拝見するわ』
『……こんなルールを守ってまで自ら進んで親指姫の下僕になるなんて、本当にジャックは物好きですね~。もしかして苛められたい欲求でもあるんですか~?』
『げ、下僕になった覚えは無いんだけどな……』
(そうよ、言ってやりなさい! 僕は親指姫の恋人だ、って!)
別に親指姫は下僕としてジャックを受け入れたわけではないし、ジャックには恋人であって欲しい。そしてジャックは親指姫の恋人だという事実を皆にたっぷりと知らしめて欲しい。色々偉そうなことを言ったり何だりしているがそれが本音の親指姫だ。
『恋の奴隷、という言葉もありますからね~。親指姫の虜になった時点で、そなたは立派な下僕と化してしまったのだとわらわは思います』
『……まあ僕から告白したんだから、本当にそうなのかもしれないね。惚れた方が負けって言葉もあるし』
(納得してんじゃないわよ! 惚れた方が負けなら私も負けで引き分けだっつーの!)
いっそ清々しい口調で自ら下僕だと認めるジャック。告白した方が下僕になってしまうのなら、本当は下僕になるはずだったのは親指姫の方だ。告白するためにジャックの下を訪れたのに結局勇気が出なかったため気持ちを伝えられず、結果として逆に告白されてしまっただけなのだから。
というか勇気の強さで負けてしまったあたり、引き分けではなく親指姫の完全敗北かもしれない。
『ふぅむ……どうでしょうか~? 今からでも主人をわらわに変えませんか~? わらわもそなたは嫌いではありませんし、ツンデレ加減が磨きを増している親指姫よりはよっぽど可愛がってあげますよ~?』
『えぇっ!?』
(ちょっ!? 何私の恋人盗ろうとしてんのよ、グータラ姫!? ふざけんじゃないわよこの泥棒猫!)
まさかの恋人を奪い下僕にする発言。それもよりにもよって親指姫の部屋の前で。本気なのだとしたら良い度胸である。
今すぐ飛び出したくなる怒りを抑えるために、親指姫は歯軋りしつつ扉を引っかくのだった。
『あ……えっと、それはちょっと……』
『……そなたはどう思いますか~?』
『ええ、そうね。別に私は下僕に興味は無いのだけれど、恋人同士の触れ合いには少し興味を惹かれるわ。触れ合うことによってどのような感情が生じるか、それが二人の関係性や性格にどのような影響を与えるか。それを知るためには私が恋人を作って実際に体験してみるのが一番かもしれないわね』
『そうですか~。ちょうどここにジャックという適材の男がおりますよ~?』
(はぁ!? ジャックは私のもんなのよ!? 手出したらぶっ飛ばすわよ!?)
まさかの二匹目の泥棒猫登場。しかもジャックへの好意からではなく研究対象への興味からだというのがまた許せない。
今すぐ飛び出していってジャックは私のものだと叫びたかったが、未だ本当の気持ちさえ伝えられていない親指姫にそんな芸当ができるわけもなかった。
『あら、好都合ね。どうかしら、ジャック。親指姫は触れ合いをだいぶ制限しているようだけれど、私と恋人になるのならこの協定で制限されているような行為とその回数に制限は設けないわ』
『つまり好きなだけ不埒な行為を働ける、ということですね~。男にはとても魅力的な条件でしょう~』
『え、えっと……その……』
(っ……! わ、私だって本当はそれくらいさせたって良いわよ! でも、そんなの言えるわけないでしょ! 何であんたらそんなはっきり言えんの!?)
正直恥じらいを抜きにすれば、ジャックにならそんな不埒な行為をされても良いと思っている。しかしついさっきふざけたルールを作ってしまったばかりの親指姫がそんなことを言えるわけも無い。
もしかしたらジャックはキスすらまともにさせてくれない親指姫に愛想を尽かして二人の提案に乗ってしまうのではないだろうか。ごくりと息を飲んだ親指姫はジャックの言葉を一言も聞き逃すまいと耳を澄ませた。
『……気持ちは嬉しいけど、僕は親指姫のことが大好きだから恋人になったんだ。だから、その……他の女の子にどんなに良い条件を出されたって、僕は親指姫の恋人のままでいるよ。親指姫が僕のことを恋人にしてくれている間はね』
(っ! ジャック……あんた、本当にこんな私が好きなのね……)
ジャックが穏やかに口にした言葉は、疑ったことが恥ずかしくなるほどの親指姫への揺ぎ無い好意であった。
こんなに女としての魅力にも素直さにも縁遠い親指姫をそこまで想ってくれているとは。あまりの嬉しさと恥ずかしさにいても立ってもいられず悶えてしまう。今すぐ出て行ってキスして好意を伝えたいのにそれができない自分が非常にもどかしかった。
『そうですか~……ところでジャック、そなたは愛人には興味はありませんか~?』
『あ、愛人……!?』
(いい加減にしろってのグータラ姫ぇぇぇぇ!)
もしやこいつら親指姫が盗み聞きしていることを知っていてからかっているのではないだろうか。
そんな疑いを抱きながらも盗み聞きを続け、やはり飛び出せない親指姫であった。
(あんなにからかわれて大丈夫だったのかな、親指姫……)
やっとグレーテルとかぐや姫のわざとらしい誘惑から解放されたジャックは、扉の向こうで聞き耳を立てていたであろう親指姫のことを考えていた。
本人は盗み聞きしているつもりだったのかもしれないが、何やら色々と小さな物音が扉のすぐ向こうから聞こえてきていたのでバレバレであった。そのせいで二人があからさまにジャックを誘惑するという露骨なからかいが始まってしまったのだ。グレーテルの方はいつも通りの薄い笑みなのでともかくとして、かぐや姫の方は終始ニヤニヤしていたのは言うまでも無い。
心配だったので様子を確かめに戻ろうかと思ったものの、部屋を出たばかりで用事も済ませずに戻るのも不自然だ。なのでとりあえず当初の用事を済ませるために、まずは白雪姫と眠り姫の姿を探して歩いていた。
「あ、良かった。二人とも一緒にいたんだね。白雪姫、眠り姫」
すると廊下で並んで歩く二人の姿を見かけたので、ジャックは声をかけて二人に歩み寄る。
「ひっ!? ごめんなさいごめんなさい! 白雪、良い子になりますから許してくださいジャックさん!」
「ええっ!? どうして僕を見ただけでそんなに怯えるの!?」
その途端、顔を青くしてうずくまる白雪姫。無論そんなに怯えられるようなことをした覚えは全く無かった。
(あ……もしかして親指姫が怒ってたから、僕も怒ってると思ってるのかな?)
思いつくのは精々それくらいであった。しかしこれほどの反応を示すとは本当に親指姫はどんなおしおきをしたのだろうか。
「昨日のことなら僕は怒ってなんかいないよ、白雪姫。ただちょっと二人と話をしたいだけなんだ」
「ほ、本当ですか、ジャックさん……?」
「う、うん。本当だよ」
震えながら涙目で見上げてくる白雪姫の手を取り、立ち上がらせる。可愛らしさにちょっとドキッとしてしまったが、これは多分浮気とかそういう類のものではないはずだ。だから背筋に寒気が走ったのは気のせいに違いない。
「そ、そうですか。安心しました……それで白雪たちにどんなお話でしょうか?」
「んー……?」
ほっと一息ついていつもの調子を取り戻した白雪姫と、その隣で眠そうにしていた眠り姫が首を傾げる。
どんな風に切り出すべきか少し悩んだが、やはりこういうことは濁さずそのまま尋ねるべきだろう。二人がどんな反応と答えを示すか緊張しながらもジャックは口を開いた。
「その、二人はどう思ってるのかな? 僕が君たちのお姉さんと付き合うこと……反対してたりするのかな……?」
「え? 姉様とのお付き合いについてですか?」
「んー……どう思う……?」
(……あれ? 思いのほか反応薄いや)
とても大事な話のはずなのに、きょとんという言葉が相応しい感じの表情を浮かべている白雪姫と眠り姫。むしろどうしてそんなことを聞かれるのかとでも言いた気であった。
「反対なんてしていませんよ? むしろ白雪はジャックさんと姉様はとってもお似合いだと思います! だってりょ――あ! いえ、何でもありません!」
「……ボクも、そう思う……! それにジャックなら、きっと姉様を幸せにしてくれる……!」
白雪姫が一瞬だけ顔を青くしたことを除けば、二人とも笑って祝福してくれた。一点の曇りも無い、信頼溢れる笑みで。
(良かった、二人が認めてくれて……でも白雪姫、さっき何を言いかけたんだろう?)
親指姫の言う通り、どうもジャックの心配は最初から杞憂だったらしい。幾ら穏やかな性格の二人でも少しはキツイことを言うかもしれないとドキドキしていたので、ジャックは内心で胸を撫で下ろした。
「はい! だからジャックさん、姉様のことをよろしくお願いします!」
「……ん……よろしく……!」
「うん、任せて。僕にできる限りのことをして、親指姫を幸せにしてみせるよ」
ぺこりと頭さえ下げる二人に頷き、はっきりと答える。
今は特別に付き合ってもらっている立場なのでそんなことを言えた義理ではないのかもしれないが、その気持ちは本物なのだから。できればずっと、親指姫を守って支えていきたい。分不相応で力不足だとしても、自分にできるかぎりのことをして。
「ん……? んー……?」
「あれ? どうしたの、眠り姫。僕の顔に何かついてる?」
不意に頭を上げた眠り姫にじっと顔を見つめられ、頬を触って確かめてみるジャック。しかし何かついてるとしたらさっきまでずっと一緒にいた親指姫が気付いているはずだ。それならどうしてこんなに見つめられているのだろうか。
「……もしかして、眠り姫は僕に何か言っておきたいことがあるの?」
「え? そうなの、ネムちゃん?」
「んー……親指姉様……ジャック……恋人……?」
(な、何かもの凄く真剣に考え込んでる……一体何を言われるんだろう……)
白雪姫と二人で尋ねるも、何やら眠り姫は首を捻って考え込むばかりだ。やはり親指姫との関係について言っておきたいことがあるに違いない。
再び緊張を催し息を呑むジャックの前で、ついに眠り姫は口を開いた。
「ジャックが、姉様の恋人なら……ジャックはボクたちの、兄様……?」
「ええっ!? に、兄様!?」
「っ!? ネムちゃん……!」
そしてその口から紡がれた予想外の言葉に、白雪姫共々目を見開いて固まってしまう。
確かにこのまま親指姫との関係が順調に進んでいけば、ジャックが二人の義兄に当たる存在になるということは分かる。しかし幾ら何でも気が早すぎる。交際を始めた翌日に兄様呼ばわりではちょっと反応に困る。
「白雪、そこには思い至りませんでした……! ジャックさん! 今日から白雪たちはジャックさんのこと、ジャック兄様と呼びます! ジャック兄様!」
(あれ!? 白雪姫も乗り気!?)
「ん……! 兄様……ジャック兄様……!」
「ちょ、ちょっと待って二人とも! 反対しろとは言わないから、ここはせめてお姉さんが取られたことにほんの少しで良いから怒ったりするべきなんじゃないかな!?」
何故か瞳を輝かせている白雪姫と、嬉しそうに微笑む眠り姫が何度も兄様兄様と繰り返す。親指姫との交際を認めてもらおうと思って話にきたら、祝福されたどころか兄としてすら受け入れられた不思議な展開だ。正直ちょっと急展開過ぎてついていけなかった。
「反対なんてしません! ジャック兄様も白雪のことは白雪と、ネムちゃんのことはネムと呼んでください!」
「兄様……ジャック兄様……!」
(どうしよう……恋人が出来たと思ったら妹が二人も出来るなんて……!)
挙句こちらにも呼び方の変更を薦められる。どうやら本当にジャックが兄で構わないらしい。
「い、一旦落ち着いて二人とも! いくら何でもそれは気が早いっていうか、ありえないっていうか……!」
「え? どうしてありえないんですか、兄様……?」
「……兄様……姉様とは、遊び……?」
ジャックの言葉に悲しげな表情を浮かべる義妹二人。早速当たり前のように呼称を変えているあたり妙に適応力が高い。
「あ、遊びなんかじゃないよ! 本当に好きなんだ! でも二人とも聞いてたから知ってるはずだよね。親指姫は、僕のこと……」
「んー……」
盗み聞きしていたからこそ先を知っている眠り姫の笑顔がたちまち曇っていく。
ジャックは確かに告白をして受け入れてもらえたものの、それは好意によるものではない。『ジャックが馬鹿をして死なないように見張るため』であり、『嫌いではない』から付き合ってくれているのだ。
(あれが照れ隠しなら良いんだけどなぁ……)
もしかしたらそれらはいつもの照れ隠しによる真逆の言葉かもしれないが、実際に親指姫の言う馬鹿なことをして死にかけたジャックだ。本当は好かれている、などと考えるのは自惚れが過ぎる。
だから実際に二人の義兄となれるかどうかは未知数だ。親指姫に好いてもらえなければ、そもそも恋人でいられるかどうかも怪しい。もしかしたらその内振られてしまうかもしれない。
白雪姫もそれが分かったらしく笑顔を曇らせ俯くが、不意に何かを決意したかのような毅然とした瞳で顔を上げた。そしてジャックの瞳を真っ直ぐに覗き込んでくる。
「……大丈夫です、ジャックさん! 白雪は知ってます! これは本当は秘密なんですけど、姉様はあんなことを言ってましたが……本当はとっても――あ」
「白雪姫、どうしたの……?」
何か言いかけた白雪姫の視線がジャックの背後へと向き、そのまま固まってしまう。気になってその視線を辿り振り向くと――
「……白雪ぃ、私言ったわよねぇ? 秘密は墓場まで持って行けって。持ってけないならどうなるか、そっちはちゃんと覚えてるかしら?」
(あ、これ昨日の夜と同じだ……)
そこには真っ赤な顔でプルプルと震え、こめかみに青筋を立てた愛しい恋人の姿。詳しいことは分からないが、白雪姫が親指姫の秘密を暴露しかけたために逆鱗に触れたということだけは何となく分かった。
とりあえずジャックはゆっくりと足音を立てて歩いてくる恋人のために道を開け、眠り姫と一緒に壁際へ避難するのだった。
「……ジャック、ちょっと白雪借りてくわよ」
「あ……あ……! に、兄様っ! 助けてくださいジャック兄様ぁー!」
「……ごめんね、白雪姫」
「に、兄様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
必死に助けを求めてくる義妹の姿に正直かなり胸が痛んだが、やはり二人の間に割って入る勇気は無かった。できるのは眠り姫と一緒に顔を背け、現実から目を逸らすことだけだった。親指姫にしっかりと捕らえられ、引きずられていく白雪姫の悲鳴が聞こえてこなくなるまで。
「親指姫、もしかして心配してついてきてくれたのかな? 僕が眠り姫たちに交際のことを話しに行くって言ったから……」
「……あるいは、兄様のことが大好きで……片時も、離れたくなかった……?」
「それなら嬉しいんだけど……あと、できたらその兄様っていうのはやめてもらえないかな?」
「ん……やだ……」
にっこりと笑って断固拒否する姿勢を見せる眠り姫。やはり兄様という呼び方が気に入ってしまったらしい。
「じゃ、じゃあ、せめて僕と眠り姫たちだけの時にしてくれないかな? さすがに皆の前でそんな風に呼ばれたらまた赤ずきんさんあたりにからかわれちゃうだろうし。特に親指姫がね……」
さっき親指姫の顔が真っ赤なのは何か秘密をバラされそうになったこともあるだろうが、たぶん兄様兄様と連呼する二人の話を聞いていたからでもあるのだろう。二人がジャックをそう呼ぶだけでいちいち顔を赤くしていたら、それこそ先ほどのグレーテルとかぐや姫にやられたようにからかわれるに違いない。
「………………」
「……眠り姫? 聞いてる?」
しかし眠り姫は全くの無反応で何も答えてくれなかった。というか聞いてはいるし、しっかり目を開けてジャックを見ているのに口を開こうとしない。
(あ、これってもしかして……)
何となく意思を察したジャックは仕方無しに口を開き、ちょっとした恥ずかしさに頬を掻きつつ言い直した。
「僕と……ネム、たち……だけの時に、してくれないかな……?」
「ん、分かった……兄様……!」
今度こそ眠り姫は口を開き、ジャックの言葉に頷くのだった。
心底嬉しそうに微笑みながら、やはり兄様という呼称を口にして。
一応断っておきますと別に白雪姫が嫌いなわけじゃないです。何か展開的にこうなってしまったというか、何というか……。
今回はあとがきに書くことがほとんどないのでどうせなら文字埋めに感想の催促を。ご感想お願いします。あと誰かジャック×赤ずきんをお願いします。