ジャック×親指姫   作:サイエンティスト

8 / 24
 ツンデレ親指姫の本気が垣間見えるお話。2章最後のお話。
 正直やりすぎた感が否めませんがこれでも控えた方です。読んだ人がニヤニヤできるお話になっていれば良いなぁ……。




覚醒、親指姫

 親指姫におやすみのキスをしてから部屋に戻り、ベッドに入ったジャック。意識が落ちるまで考えているのは今夜も親指姫のことだ。

 

(やっぱり一日二回のキスじゃ物足りないなぁ……)

 

 最初の頃はあんなルールでも別に良いかと思っていたジャックだが、意外と堪え性が無かったのか七日も経った今では物足りなくて堪らなくなっていた。

 本当はもっと何度もキスしたいし、手を繋いで仲良く散歩とかもしてみたい。そしてもし親指姫が許してくれるなら、その身体を膝に乗せて後ろからぎゅっと抱きしめてみたい。親指姫としてみたい触れあいはいっぱいあるのだ。

 

(でも仕方ないか。あの親指姫が恋人になってくれたんだから、今はそれで我慢するしかないよね……)

 

 親指姫はあくまでも『馬鹿なことをして死なないか見張るため』に、ジャックのことが『嫌いではない』から付き合ってくれている。照れ隠しによるものなのかもしれないが真実を知る術はジャックにはない。

 分かるのは一日に二回までとはいえキスを受け入れてくれる程度には好かれている、ということくらいだ。しかしそれがどの程度の好意なのかは男であるジャックには分からない。それにキスすると親指姫は大抵頬を染めてむっとした表情をするので、本当はあんまり快く思っていないのかもしれない。告白の時は幸せそうにしていた気もするが、あれはたぶんキスに慣れていなかったからだろう。

 いずれにせよ今のジャックがするべきなのは不満を零すことではない。親指姫に好かれるような男になることである。そのために明日もグレーテルから借りた恋愛指南の本で勉強あるのみだ。

 ジャックはまどろんでいく意識の中、明日も頑張ろうと心に決めた。

 

「――ジャアアァァァァァァァックウウゥゥゥゥゥゥッ!」

「うわああぁぁっ!? な、何!? 誰!? どうしたの!?」

 

 瞬間、誰かがジャックの名を叫びながらいきなり部屋の扉を開け放った。あまりの驚きに飛び上がり一瞬で眠気が吹き飛んでしまう。

 一体誰なのかと目を向けるものの、部屋が真っ暗な上に廊下からの逆光、更には謎のピンク色の光でシルエットすら分からない。そもそもこんな夜更けにあんなテンションで訪ねてくる知り合いに心当たりもない。しかし声にはどこか聞き覚えがある。

 疑問に思いつつ部屋の灯りを付けると、その人物の姿がはっきりと瞳に映りこんだ。あまりにも予想外な人物の姿が。

 

「お、親指姫!? 何でこんな時間に――って、えぇ!?」

 

 その人物が恋人である親指姫であったことにも驚いたが、その姿にも驚いた。

 何故なら赤かったはずの親指姫の髪は色が抜け落ちたかのように真っ白に変化していたからだ。しかもツインテールを形作るリボンは揺らめくピンク色という謎の素材と化している。

 極めつけはその瞳。落ち着いた深緑の大きな瞳は妖しいピンク色に輝いていた。

 

(何でこんなところでジェノサイド化してるの、親指姫!?)

 

 わけの分からない状況に頭の中が疑問で埋め尽されるジャック。

 百歩譲ってこんな真夜中にジャックの部屋を訪れているのは良いとしても、ジェノサイド化している意味が分からない。まさかジャックを退治しにきたというわけでもないだろう。たぶん。きっと。

 

「え、えっと……親指、姫……? ど、どうしたの……?」

「あはっ、あはははっ……! ジャックゥゥゥ……!」

 

 刺激しないよう控えめに尋ねてみると、親指姫はちょっとイッちゃった感じの笑顔を浮かべてジャックにピンク色の瞳を向けてきた。そして一歩、また一歩とゆっくり歩み寄ってくる。

 

(どうしよう。僕の恋人、死ぬほど怖い……)

 

 正直その怖さはブラッドスケルター化した時と良い勝負だった。あっちは理性が残っていないので仕方ないとして、こっちは理性が残っているのにコレである。あの時は殺意と狂気に満ち溢れた視線を向けられても一歩も退かなかったジャックだが、今はちょっと腰が抜けてベッドから出られなかった。

 やがて親指姫がベッドの脇まで辿り着き、爛々とピンクに輝く瞳で見下ろしてくる。やはりその表情は狂気とまではいかないものの、強い興奮と衝動に突き動かされている危ない笑みであった。

 

「お、親指姫……? えっと、その……ごめん、なさい……」

 

 わけも分からないがとりあえず謝罪してみる。考えられる中でもっともベストな対処を選んだ結果だ。

 しかし謝罪は正解ではなかったらしい。親指姫は笑みをそのままに緊張と恐怖に固まるジャックの両肩をがっしりと掴んできた。決して逃がさないとでもいうように、力強く。

 

(……うん。せめて一目で良いから地上の世界を見たかったな……)

 

 どうやらジャックの物語はここまでのようだ。一体どこで選択を誤ったのか。しかし今更考えても後悔してもすでに後の祭り。

 ジャックは潔く覚悟を決め、目蓋を深く閉じるのだった。

 

「――っ!?」

 

 ――その瞬間、唇に柔らかな感触が押し当てられた。反射的に目蓋を開けると、あろうことか親指姫にキスされていた。

 しかも一日二回行っているただ唇を触れ合わせるだけのキスではない。

 啄ばむように唇同士を食み、その感触を存分に味わう一歩先へ進んだキス。それを親指姫から一方的にされていた。

 

「は、あぁっ……! これよ、これっ……! あんたとのキス、やっぱり最っ高だわ……!」

(……え? あれ、今キスされ……え?)

 

 口付けを止め、至福の笑みと吐息を零す親指姫。そして混乱して何が何だか分からないジャック。

 いつもならキスの後は不機嫌そうな表情をする親指姫だが、今はまるで正反対。今まで我慢していたやりたかったことをついに実行できたかのように、これでもかというほど満足気だった。

 

「でもこんなんじゃ全然足りないわ……! ジャック――!」

「――ん、んぅっ!?」

 

 止んだのも束の間、再開される口付け。

 しかも今度は親指姫がベッドに上がってきた。上半身を起していたジャックを半ば押し倒す形で、馬乗りになって。何だかちょっとした既視感を覚える状態だが今のジャックには懐かしむことができるほど心の余裕は無かった。

 

(ど、どういうこと!? 何で親指姫こんなに大胆にキスしてくるの!? でも唇柔らかくて気持ち良い……!)

 

 一心不乱といった様子で何度も唇を甘く食んでくる恋人の様子と、その瑞々しい唇の感触に困惑するので精一杯であった。

 

「ちょ、ちょっと待って! い、一体、どうしたのさ……親指姫……?」

 

 何とか口付けを止めてもらい、身体を起すジャック。

 とりあえずジャックを退治しに来たわけではないことだけは分かったが、相変わらず真意はさっぱりだった。主にジェノサイド化していることが。

 

「どうしたもこうしたもないっての! あんたが死ぬほど大好きだからキスしたいの! ほら、もっと続けるわよ。あんたも私といっぱいキスしたいでしょ?」

「え……し、死ぬほど大好きって……ええっ!? そ、そうだったの!?」

 

 今までずっと悩んでいたことの答えをあっさり返され、ジャックは先刻以上の衝撃を受けた。まさか予想は自惚れでは無く事実だったとは。しかし何故親指姫がこんなに素直に本音を吐露したのか。

 

(あっ、そうか。もしかしてジェノサイド化してるから、なのかな……?)

 

 ジェノサイド化した血式少女たちは性格や気分が劇的に変化する。完璧に傾向を把握しているわけではないが、親指姫の場合は言うことにも為すことにも容赦が無くなる感じだ。

 つまり今の親指姫は自分の気持ちさえも容赦無く口にして、自分のやりたいことすらも容赦なく為す状態なのだろう。いつもはその容赦のなさがメルヒェンに攻撃として向けられているので今回のような事態は初めてだった。

 

「やっぱ気付いてなかったのね、あんた。いい? あんたに聞かせてやるためにわざわざこんなことしたんだから耳かっぽじってよーく聞きなさい!」

「う、うん……」

「嫌いじゃないから特別に付き合ってあげるとか言うのは全部嘘よ! 私はあんたのこと大好き! 告白されて踊りだしそうなくらい嬉しかったわ! 言っとくけどあの時あんたが告白してこなかったら、私から告白して脅迫してでもあんたを私のものにするはずだったんだからね! 私に色々しやがったんだから責任取れ、って!」

「あ……そ、そうなんだ……」

 

 こっちも踊りだしたくなるくらい嬉しいことを言ってくれているが、親指姫は妖しくピンク色に光る瞳でジャックを睨みつけているのでちょっと怖い。まあこれはジェノサイド化による変化の一つである暴力性の付加なので悪気はないはずなのだが。

 

「じゃあ、僕と君は両想いだったってことなんだね……」

「そうよ! あんたと私は両思い。死ぬほど愛し合ってるラブラブのカップルよ!」

 

 恥ずかしげも無くそんなことを高らかに口にする親指姫。どうも本当に自分の気持ちを容赦なく口にしているようだ。

 それに親指姫の言葉から察するとジェノサイド化したのは自分の本当の気持ちを伝えるため。自分のためにそこまでしてくれる親指姫の想いに、ジャックは心から幸せを覚えるのだった。

 

「そっか……良かった。親指姫も僕のこと、好きだったんだ……」

「生憎と普段は素直に言ってやれないから今言ってやるわ、ジャック! 私はあんたのこと好き! 好き! 大好きよジャック! 一生私の隣にいなさい!」

(何か今プロポーズされたような……気のせいだよね?)

 

 きつい表情を微かに緩めた親指姫が、ジャックの瞳を正面から覗きこみながら何度も好意を口にする。勢い余ってプロポーズされた気もするがそれはひとまず置いておく。

 

「うん。僕も君の事大好きだよ、親指姫……」

「あははははっ! 嬉しいわ、ジャック! これでやっと私たちは本当の恋人になれたってわけね!」

 

 普段なら照れ隠しに怒ったり軽い暴力を振るってきたりする親指姫も、今は満面の笑みを浮かべて喜んでいる。自分の気持ちを包み隠さず伝え、互いに想い合う本当の恋人になれたことを。無論その喜びはジャックも同じだ。

 ただ欲を言うならジェノサイド化した親指姫ではなく、元のままの親指姫から気持ちを聞きたかった。しかし本当はここまでジャックに好意を寄せてくれていたのだから、あまり多くを望むのはあまりにも贅沢だ。今は互いの気持ちが通じ合い両想いの恋人となれたことで十分だった。

 

「……で、それはそれとして」

「うわぁ!?」

 

 しかし幸せに浸っていたジャックは突如胸倉を掴み上げられた。

 

「あんた何で馬鹿正直に一日二回だけのキスとかで納得してんのよ! あんた男でしょうが! ルールなんてもん無視してあの時みたいに私を押し倒して滅茶苦茶にしなさいよ! あの時みたいに!」

「ええっ!? 僕そんなことした覚えないよ!? それにルール決めたのは親指姫だよね!?」

 

 そしてがくがくと揺さぶられながら理不尽な怒りと身に覚えのない過去をぶつけられる。押し倒していたのはどちらかと言うと親指姫の方だし、ジャックがやったのは唇を触れ合わせるキスだけだ。やはりジェノサイド化している親指姫はいつも以上に理不尽であった。

 

「私が素直じゃないのはあんただって知ってんでしょうが! 一日二回だけで満足できるわけないっての! 最低でも千や二千はして来なさい!」

「それってほとんど一日中キスしてるよね!? 本当にそんなにキスして欲しいの!?」

「決まってんでしょ! あんたのこと大好きなんだからそんな一日だって過ごしたいわよ! それともあんたは興味ないわけ!?」

「そ、それは……きょ、興味は、あるかな……」

 

 キスの魅力を知ってしまった今となっては正直興味がある。しかし一日中大好きな恋人とキスなどしていたら正気を保っていられるか自信はなかった。ジャックも一応男なのだから。

 

「だったら今度やろうじゃない! 水も食料も用意して部屋から一歩も出ないでキス三昧の一日を過ごすわよ! もちろん水と食料は口移しね!」

「あはは……う、うん。そうだね……」

 

 そんなジャックの不安をよそに、ニコニコ笑顔でかなりハードな触れあいを約束する親指姫。ジェノサイド化が解けた時、果たして親指姫は自らの言葉と行動による羞恥心に耐えられるのだろうか。さすがにまた徹底的に避けられるのは勘弁して欲しい。

 

「あ、ぁ……っ! ヤバイ、考えてたらまたキスしたくなってきた……! ジャックっ!」

「ん、んっ――!」

 

 そしてまたしても押し倒され、三度始まるキスの嵐。本当に親指姫はジャックのことが好きで好きで堪らないらしい。

 もちろん好きで好きで堪らないのはジャックも同じ。さっきまでは状況が飲み込めずに混乱していたが、今はもうすっかり理解できた。

 

「ふぁ……ジャックぅ……」

「はぁ……親指、姫……」

 

 だからジャックも口付けに答えた。甘く噛み付いてくる親指姫の唇を唇で噛み返し、何度も何度も触れ合わせて。

 こんなキスは初めてなので加減は上手く分からなかったが、それはお互いに同じこと。親指姫の方も触れ合う程度から噛み付くくらいの力強さを行ったり来たりしている。積極的に口付けてくるわりにはぎこちない可愛らしいキスだ。

 だがそんなキスでもジャックはとても幸せな気持ちだった。何せ一日二回しかキスさせてくれなかった親指姫が、自分からこんなにもいっぱいキスしてくれているのだから。こんなにいっぱいキスしてくれるほど、自分を想ってくれているのだから。

 その喜びと湧き上がる愛しさに突き動かされるまま、自分に覆い被さっている親指姫の背中に手を回し――

 

「わ、わぁ……!」

(――えっ!? い、今のって、もしかして……!?)

 

 ――抱きしめようとしたところで凍りついた。開け放たれたままの扉の方から届いた、小さいが間違いようの無い感嘆の声を耳にして。

 

(うわっ、やっぱり!)

 

 親指姫にがっちり顔を固定されてキスされているので瞳だけを何とかそちらに向けると、そこには予想通りというか案の定というか、とにかくそんな光景が広がっていた。要するに全開の扉から顔だけを出してこちらを覗く血式少女たちの姿である。何人か足りないがそれでも六人はいる。

 

「はぁ――! お、親指姫! 見てる! 皆そこから覗いてるよ!?」

「なっ!? 覗いてる……ですって!?」

 

 何とか口付けの隙を見つけてそれを伝えると、不機嫌極まるという表情で皆に視線を向ける親指姫。

 ジェノサイド化した上での怒りのこもった鋭い眼光。これにはさしもの赤ずきんでさえもびくっと身体を震わせていた。なお、白雪姫とハーメルンは今にも倒れそうなくらい顔面蒼白になった。

 

「や、ヤバイ! 早く逃げ――」

「――そんなとこからちらちら覗いてないでもっと近くで見てなさい! こいつが私のものだってことたっぷり見せ付けてやるから!」

「えぇっ!? 追い返さないの!?」

「うーん……あたしもそう返されるとは思ってなかったな。どうすれば良いんだろ……」

 

 まさかの発言に戦慄を禁じえないジャック。いつもの親指姫なら絶対追い返すはずなのに逆に見せ付ける気だとは。赤ずきんでさえちょっと困惑気味だ。

 

(もしかして、今までも本当は見せ付けたかったのかな? 恥ずかしくてできなかっただけで……)

 

 だとするとその照れ隠しによってトラウマを植えつけられたような白雪姫とハーメルンは気の毒としか言いようがない。いや、一番気の毒なのはこれから親指姫にたっぷりキスされる様を間近で赤ずきんたちに観察されるジャックの方か。

 

「そう。ではお言葉に甘えてもっと近くで観察させてもらうわ」

 

 戦慄や困惑をよそに、一番に特等席に陣取るのはやはりグレーテル。頬を赤くする様子など微塵もなく、探究心溢れる知的な表情をしていた。

 

「観察しないでグレーテル! 見ててもあんまり面白くないよ!?」

「そうかしら? 接吻というものは知識としては知っているけれど、間近で見るのは初めてだからとても興味深いわ。できれば他の接吻も見てみたいものね」

「他の接吻、ね……良いわ、やってやろうじゃない! そこでじっくり見物してなさい!」

「ちょっ!? 親指ひ――っ!?」

 

 煽られた親指姫はニヤリと笑うと、またしてもジャックの唇を奪う。それだけならまだ良かったが、今回は更にもう一歩踏み込んだキスであった。何故なら暖かく湿った感触を持つ何かが、唇の隙間を通して口の中へと挿し込まれたから。

 

(こ、コレって……! 親指姫の、し、舌……!?)

 

 あまりにも予想外の展開に目を丸くして固まるしかないジャックと、そんなジャックの口の中へ挿し込んだ舌を蠢かせ咥内を弄る親指姫。

 本当なら親指姫とここまで深いキスができたことを喜びたいところであったが、すぐ傍でグレーテルに、離れた所で赤ずきんたちにがっつり見られているせいでそれどころではなかった。

 

「ん、んぅっ……!?」

「んっ……ちゅ……ジャックぅ……っ、あ……!」

 

 しかしその混乱も徐々にキスの魔力に飲み込まれていく。唇の隙間から零れる親指姫の色っぽい喘ぎもまたその要因だ。完全に飲まれてしまう前に抜け出そうと頑張りはするものの、相手はジェノサイド化した血式少女。どう頑張っても膂力では敵わなかった。

 

(あ……も、もうダメだ……)

 

 舌を弄る刺激的な感覚に脳髄が蕩けていき、次第に抵抗する意思が奪われていく。その内ジャックは考えることすらできなくなり、されるがままに深い口付けを受け続けるのだった。

 

「あー……や、やっぱ二人の邪魔しちゃいけないよね! あたしは先におさらばするよ!」

「わ、わわわっ!? ま、待ってください赤姉様! 白雪もついて行きます!」

「……ま、まぁ、両想いなら私が邪魔をする理由はないわね。ジャック、幸せにね?」

「お、お嬢! ワレもお供するぞ! お嬢のお供をする使命を果たさなければならぬだけで、決して恥じらいに敗北したわけではないじょ! ……ぞ!」

 

 唾液や舌が触れ合う卑猥な水音を立てながらのディープキスを目の前で繰り広げられ、居心地の悪さに耐えられなくなったのだろう。さすがの赤ずきんも顔を赤くして一目散に逃げ出していった。それに続いて同じく真っ赤な白雪姫も逃げ出し、アリスとハーメルンも続いていく。

 

「お、お待ちになってくださいな、皆さん!? あ……」

 

 残った内の一人であるシンデレラも頬を染めて逃げ出そうとしていたが、一人やっかいな人物が残っていることにちゃんと気付いていたらしい。情熱的な口付けを見せ付ける親指姫から視線をそらしつつ、グレーテルの下へと近づいていった。

 

「ほ、ほら、あなたも行きますわよ!」

「あら、何故? 親指姫は見て良いと言っていたのに」

「えーと、それは、その……ジャックさんは見られるのを嫌がっているようですから気持ちを尊重してさしあげてくださいまし!」

「……まあ、この接吻を見られるのが今だけというわけではないものね。分かったわ。親指姫、残りをここに置いていくわね」

 

 そして半ば引きずるような形で連れて行く。最後にグレーテルがテーブルに何か置いていったようだが、顔を正面に固定されているジャックには良く見えなかった。

 

「……あ? 見てなさいって言ったのに何で誰もいなくなってんの? あれだけ覗きと盗み聞きするくらい興味津々だった癖に赤姉たちも何考えてんのかしら」

(……はっ!? ぼ、僕は今まで何を!?)

 

 一旦キスを中断し観客がいなくなったことに対して明らかに不満を見せる親指姫。そして口付けが止んだおかげで正気を取り戻すジャック。しかし相変わらずがっちり押さえつけられているせいで身動きできない。このままではまた同じ末路を辿ってしまう。

 

「……ま、それならそれで良いわ! これで二人っきりで楽しめるしね! さ、続けるわよ!」

「ちょ、ちょっと待って親指――っ!?」

「――痛ぁっ!? あ、あんた私の舌噛んだわね!?」

 

 不意を突かれたジャックはキスを受け入れるタイミングを逃してしまい、口の中へ挿し込まれた親指姫の舌先を噛んでしまった。これにはキス魔としか思えない今の親指姫も口を押さえて飛び退る。不謹慎だが舌を噛んでしまったのは幸運だった。

 

「ご、ごめん、親指姫! わざとじゃないんだ! ごめんね!?」

 

 すぐさま身体を起して頭を下げる。親指姫は恐ろしげに光るピンクの瞳で睨みつけてきていたが、わりとすぐに視線を緩めてくれた。やはり理性はあるのでしっかり話は通じる。

 

「まあ、わざとじゃないんなら許してやるわ。私も上手くできなかったし、良く考えたら間違ったことしてたわ」

「えっ……?」

「こういうのは女じゃなくて男からやってもらうことよね! つーわけでジャック、あんたこれから毎日私にいっぱいさっきみたいなキスしなさい!」

「ええっ!? こ、これを毎日いっぱい!?」

 

 名案を閃いたとでもいうように笑顔で提案する親指姫に度肝を抜かれてしまうジャック。

 こんなにディープで淫らなキスを毎日いっぱいなどしたら正直頭がおかしくなりそうだ。というか触れ合わせるだけのキスを一日二回しか許してもらえなかった今までの日々は何だったのだろうか。

 

「当然でしょ。それともあんた、まさか私とキスしたくないっての!?」

「ち、違うよ! もちろんキスはしたいけど……こういうのはいきなりじゃなくて、その……少しずつ進めて行くものなんじゃないかな……?」

「……まあ、あんたの言ってることも尤もか。私もそう何度も舌噛まれるのは堪んないわ」

 

 痛みを思い出したのか親指姫は苦い顔をして頷く。今まで数えるほどしかキスしたことがないというのに、突然二歩も三歩も進んだキスをがっつり行えば失敗するのは当たり前だろう。やはり段階を踏んで少しずつ慣れていくのが懸命な選択だ。

 やがて親指姫もその考えに至ったらしく、かなり名残惜しそうにしていたがやっとベッドから退いてくれた。

 

「……ならキスは一旦後回しね。先にルールを決めなおすわよ! あんなふざけた建前と羞恥心の塊なんて忘れなさい! そんなもんぶっ壊して愛と欲望の塊に変えてやるわ!」

「あ、愛と欲……いや、突き詰めればそうなるのかもしれないけど……」

 

 好きという気持ちも、キスしたいという思いも突き詰めれば確かに愛と欲望だ。しかしそこまではっきり言われるとちょっと微妙なものがあった。ジェノサイド化を維持するためか試験管に封入されたメルヒェンの血液を呷っていく猟奇的な恋人の姿も相まって。たぶんあれはグレーテルが置いていったものに違いない。

 

(ってことは、たぶんグレーテルたちは一枚噛んでたってことなんだね……)

 

 素直に気持ちを伝えるために親指姫が協力を求めたのか、それとも向こうから協力を申し出たのか。どちらかは分からないが協力していたなら覗きは最初から織り込み済みだったのかもしれない。ただ赤ずきんたちの予想を上回るくらい親指姫が激しく大胆なことをしたから逃げてしまったのだろう。

 

「何辛気臭い顔してんのよ。ほら、さっさとそこ座んなさい。あんたが座んないと膝に乗れないでしょ」

「えっ……ぼ、僕の膝に乗る気、なの?」

 

 しかしそんな微妙な気持ちも期待と喜びに上書きされる。わざわざ一人用の机の前でジャックを招くからにはそういうことだろう。

 

「そうよ。本当はあんたの膝に乗っけて欲しかったんだから。そのままあんたに頭撫でてもらったりして可愛がってもらえたら最高ね!」

「そ、そうなんだ……実は僕も親指姫を膝に乗せてみたいって思ってたんだ。それで、後ろからぎゅっと抱きしめてみたり、キスしてみたいなって……」

「あははっ! 何だ、あんたもだったのねジャック」

 

 前々からしてみたかったことを口にすると、親指姫は嬉しそうに笑いながら近づいてくる。そしてそのままジャックにキスする――

 

「そういうこと思ってたんなら無理やりにでもやってこいっての! あんたが何もしてくれないから私がこんなことしてんでしょうが! 私のこと好きなら押し倒して無茶苦茶にするくらいの気概で迫って来いっつーの!」

 

 ――ことはなく、胸倉を掴み上げられてガクガクと揺さぶられた。ジェノサイド化していつもよりかなり乱暴になっているとはいえ、厳しいルールを作って触れあいを縛った張本人である親指姫に。

 

「お、親指姫! こういうこと言うのはどうかと思うけど理不尽だよ! 理不尽!」

 

 あまりにも理不尽な仕打ちに、さしものジャックもそんな言葉を零してしまう。

 しかしその反面心の中はとても暖かく、幸福感で満たされていた。実は両思いであるということが分かっただけでも嬉しいのに、望んでいる触れ合いさえも大体一緒なのだから。

 これならきっと二人でゆっくり幸せな関係を築いていける。ジャックはこれからの日々をそう確信するのだった。

 

「なにが理不尽よ! ルールなんてもんは破るためにあんの! 馬鹿正直に守ってるあんたが悪いんだっての! でも私はそんな馬鹿正直なあんたがどうしようもないくらい大好きよ、もうっ!」

「わぁっ!? お、親指姫!?」

「あはははははっ! ジャックジャックジャックぅ!」

 

 怒り心頭だったかと思えば突然好意を表し、満面の笑みで胸に飛び込んでくる親指姫。そのまま胸に頬擦りしてきて何度もジャックの名を口にして甘えてくる。

 膝に乗せて可愛がってもらいたいと言っていたことも考えると本当は結構な甘えん坊なのかもしれない。たぶん三姉妹のお姉さんという立場上、今まで甘えたくとも甘えられなかったのだろう。しかし今は好きなだけ甘えて良い大好きな恋人がここにいるわけだ。

 

「僕も君のこと大好きだよ、親指姫。だからこれから毎日いっぱいキスしても良いかな?」

「あはっ! 好きなだけキスしてきなさい! むしろいっぱいしなきゃぶっ殺すわよ!」

 

 ぎゅっと抱きしめて頭を撫でると、上機嫌で手の平に頭を擦り付けてくる。あの照れ屋で恥ずかしがりな親指姫と同一人物なのか疑いたくなるほどの変わりようだ。

 もちろん同一人物なのだが、今の親指姫はジェノサイド化した状態。果たして平時の親指姫もこんな風に甘えてきてくれるのだろうか。それ以前に素直に気持ちを表わしてくれるようになるのだろうか。

 告白を受け入れてもらえた夜と同じく、不安に思いながらもやはり大いなる期待を寄せてしまうジャックだった。

 

 





 これは酷い……ちなみに下書きではもう一段階くらい卑猥でした。
 どう卑猥かというとメルヒェンの血液を試験管から直に飲むのではなく、一度ジャックの口に注いでから……という流れです。
 さすがにそこまで卑猥なのはR18でも早々書いたことないですね。でもキスしながら飴玉を二人で舐めあうっていうのは書いたような……ていうかそっちも赤髪ツンデレツインテールのロリだったような……?
 何はともあれ2章終了です。次章からの二人の関係は一体どうなるのか。とりあえず新章になるのでイチャラブ度は+1されます。もっとイチャイチャラブラブしろ。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。