三日月らしさを表現できていたら嬉しいです。
10年くらい前、大きな事件があった。
ここより東の国――たしか、タバネは日本っていったっけ――に、世界中からミサイルが発射された。
ミサイルの前に立ち塞がったのは、二本の剣を携えた純白の機械人形。人より一回り大きいそれは、ほぼ同時に発射されたミサイルを信じられないほどの速さで追いかけまわして、切り裂いて、爆発に巻き込まれるより速く離れた。言葉にすれば単純なこの作業を、何百、何千回と繰り返した果てに、傷一つつけることなく日本を守り切った。
そんな未曾有の危機(だった、らしい。オレには、仕事のときの危なさと区別がつかないけど)を乗り切った英雄に対して、世界は攻撃を仕掛けた。まあ、敵にそんなわけのわからない力を持った相手がいたら、排除しようとするのは当然だと思うけど、相手が悪かったと思う。なにせ200機を越える戦闘機や戦艦、人工衛星なんかが束になっても敵わず、それどころか、まるで力の差を見せつけるかのように無力化され、一人も死人が出なかったんだから。
IS――インフィニット・ストラトスと、昔の兵器には、それだけの性能差がある。だからこそオレは、オレ達は、生きている。
◆
「じゃあ、えっと、次は……三日月くん、三日月・オーガスくん」
「……ん、オレ?」
大人の怒鳴り声も、戦場の爆音も聞こえない部屋なんて珍しい場所にいたせいか、気が逸れてたみたいだ。名前を呼ばれて前を向くと、なぜか焦ったような、慌てたような様子の先生が、教卓の上に立っていた。
「あ、あの、ごめんなさい。今は自己紹介の時間で、三日月くんの番で、えっと、あの、邪魔しちゃったのは悪かったけど、その、そんなに睨まないで、ね、ちゃんと自己紹介してくれるかな?」
別に、睨んでないけど。
「三日月・オーガス。マルス出身。趣味は……えっと、農業。よろしく」
それだけ言って、座る。
「ハーフっぽいとは思ってたけど……」
「日本出身じゃなかったんだ」
「マルスってどこだっけ?」
「確か、中国の下にある国よ」
「趣味が農業だって。あんなに細いのに、意外かも」
「いいえ、よく見るといい身体してるわね……。ごくり」
「そりゃ筋肉もつくわよ。だって農業って、地面をならしたり水路を掘ったり、枕木を削って線路を引いたり、色々な作業をするんでしょ?」
「そんなことするのは一部の農業系アイドルだけだよ……」
ちょっと話しただけだけど、それで十分だったみたい。タバネの言うとおり、オレはただでさえ珍しい男性IS操縦者だから、名前だけ言うような間抜けなことをしなければまず失敗しないみたいだ。
それにしても、少しうるさいな。早く止めてよ、先生なんでしょ?
「えっと、あのー、し、静かに……」
「静かにしろ、馬鹿者ども。HR中だぞ」
音もなく教室に入ってきたスーツの女が、手に持ったクリップボードを叩いてパァン!と大きな音を立てると、波が引くみたいに騒ぎも収まっていく。こいつも先生なのか?と顔を見てみると……知ってる顔だ。
「諸君、私が1年1組の担任、織斑千冬だ。君たち新人を一年で使いものになる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことは――」
織斑千冬は、世界一のIS操縦者を決める大会、モンド・グロッソの初代王者で、二度目の大会でも不戦敗にさえなっていなければ優勝していただろうと言われている、世界最強のIS操縦者だ。そして、十年前のあの事件――ISっていう兵器が世の中に出るきっかけになった「白騎士事件」の当事者の一人で、オレと同じ「特別なIS」の操縦者でもある。
それが先生と生徒として会うんだから、妙な偶然、じゃないんだろうな。多分、タバネの仕込みだろう。
そろそろHRも終わりだ。授業、ついていけるかな。一応、この何ヶ月かで読み書きは練習したけど、まだ自信ないんだよな……。まあ、話自体はこの翻訳機があればちゃんと聞こえるし、なんとかなるか。
◆
なんとかならなかった。ISの授業って、難しいな。
「失礼、ちょっといいか?」
「ん、誰?」
「篠ノ之箒だ。私のことは、その……姉さんに聞いたと思うが」
ああ、そういえば日本に、というか日常生活に不慣れなオレのために、妹になんか頼んでおくって言ってたっけ。
「そっか、よろしく、ホウキ。ええと、迷惑かけるかもしれないけど、悪いね」
「う、いきなり名前……。こちらこそ、大したことは出来んがよろしく頼む。ええと……」
「三日月でいいよ。みんなそう呼ぶし」
「そうか」
それにしても、ホウキもそうだけど、みんなけっこうデカいな。向こうにいたときは、女の子なんてアトラみたいにちっこいのばっかりだったから、驚いた。ああ、でも、クーデリアはオレよりデカかったっけ。こういう平和?な国だと、みんなちゃんと食べれるんだろうな。オルガが言ってた本当の居場所って、こういう所のことなのかな。
「なんでも、まだ読み書きが苦手だそうだな。私も成績がいい方とは言えんが、わからん所があったら助けてやろう。ちょうど、寮でも同室だからな」
「へえ、そうなんだ。ありがと。ホウキ、いい奴だな」
鐘が鳴った。そろそろ、次の授業が始まるみたいだ。
◆
「ちょっと、よろしくて?」
「アンタは?」
やっぱり理解不能だった二時間目のあとに話しかけてきたのは、ホウキとはまた違う、鮮やかな金色の髪を持った肌の白い女だった。
そういえば、あっちでは金髪なんて珍しかったっけ。思い返してみても、2,3人しかいなかったはず。
「まあ!このわたくし、セシリア・オルコットを知らないと?イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」
「イギリス……?」
タブレットを取り出して、確認。だいぶ西の方にある国なんだな。聞いてはいたけど、本当にいろんな国から勉強しに来るんだな、このIS学園は。
「あ、あなたねえ……そこからですの!?薄々学が無さそうだとは思っていましたが、ここまでなんて!極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら」
「確かに、こっちに来てから驚くことは多いよ。
そう答えると、話しかけてきた女――セシリアは、こめかみを抑えて顔をしかめた。初めてMWに乗った後の年少組みたいだ。頭が痛いのか?
「調子が悪いなら、休んだ方がいいんじゃない?」
「誰のせいだと……!……ゴホン、いけませんわ。わたくしは貴族。常に余裕を持って優雅たれと教わってきたではありませんか」
いきなり何か呟き始めた。なんか面白いな、こいつ。
「で、結局何の用なの?そろそろ鐘が鳴るよ」
「そうでしたわ……あなた、ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。
「学校って、知らないことを教えてもらうところじゃないの?その理屈だと、誰も入れないと思うんだけど」
「知らないにしても限度がある、と言っていますの!」
「ふうん。動かし方が分かってれば、難しいことはいいんじゃない?」
難しいことを考えるのは、実際に整備するおやっさんやヤマギの仕事だし。
「まあ、持たざる者に施しをするのも高貴な者の務め。わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも、まあ泣いて頼まれたら色々と教えて差し上げてもよくってよ」
「いいよ別に。間にあってるし」
同じ教えてもらうにしても、こいつみたいに人を対等だと思ってない奴より、ホウキの方がいい。
「あ、あなた、どこまでわたくしをバカに……」
「そういえば、入試ってあの、ISで戦うやつのこと?」
「マイペースすぎますわ!?……ええ、それが入試ですわよ。何か問題でも?」
「オレも倒したよ、山田先生」
「へ、ちょ、ええぇ!?」
チャイムが鳴った。休み時間、潰れたな。まあ他にやることもなかったんだけど。
まだ話し足りなそうなセシリアだったけど、織斑先生が入ってきたのを見るとすぐに席に着いた。あいつ、結局何で話しかけて来たんだろう。
「それではこの時間は、実戦で使用する各種装備の特性について説明するが、その前にクラス代表者を決めないといけないな」
クラス代表者っていうのは、生徒会の開く会議や委員会への出席とか、みんなの意見を聞く場所に出る、クラスのリーダーらしい。参番組……じゃなかった、鉄華団でいうならオルガと同じ仕事ってことになる。その他に、もう一つ大事な役割っていうのが――
「再来週に行われる、クラス対抗戦にも出てもらう。ちなみに一度決まると一年間は変更できないからそのつもりで」
クラスごとの実力や成長を見るためにやるのが、クラス対抗戦。要は模擬戦だ。
「はいはい!私はオーガスくんを推薦します!」
「私もさんせ~」
「右に同じ!」
「反対の反対なのです」
「では、候補者は三日月・オーガス……他にはいないか?」
「……オレ?」
自分で言うのもなんだけど、オレは難しい仕事には向いてないと思うんだけど。
「待って下さい!納得がいきませんわ!」
そう言って立ち上がったのは、さっきまで騒いでいたセシリアだった。
「そんな無学な男がクラス代表なんて、恥さらしですわ!クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!物珍しさを理由に、極東の猿を推薦されても困りますわよ。大体、文化としても後進的な国で暮らさないといけないこと自体、わたくしにとっては――」
「そうかな?いい国だよ、ここ」
小さい頃は、その日食べるものを手に入れるのも大変だった。初めて銃を撃ったあの日から、生きるためには何でもやった。
オルガと出会って、約束をして、夢ができた。CGSに入ってからは食べるには困らなくなったけど、殴られたり蹴られたり、隣にいた奴がいなくなるのも日常の一部だった。
そして、あの日――オレが死にかけて、バルバトスと出会った日をきっかけに、すべてが変わった。オルガの言った通り、みんな食べ物も寝床も手に入れて、ちゃんと生きていけるようになった。オレも、何も不自由がない世界で、先のことを考えられるようになった。
こいつは、それに不満があるのか?贅沢なやつだな。
「決闘ですわ!あなたとわたくし、どちらがクラス代表にふさわしいか、戦ってはっきりさせましょう!」
「いいよ。そっちの方がわかりやすい」
「わたくしの実力を示す、いい機会ですわ。言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い――いえ、奴隷にしますわよ」
「心配しなくても、手は抜かないよ。手加減って難しいから」
やることはいつもと変わらない。戦って、勝つ。オレたちは、いつもそうやって生きてきた。
「話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜、第三アリーナで行う。オーガスとオルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」
◆
「大変なことになったな」
「そうかな?」
「そう、なのだ!相手は代表候補生だぞ?分かっているのか」
その日の放課後、オレはホウキに連れられて学園の剣道場に来ていた。
オレのIS、バルバトスの武装に刀があるって話したら、ならばどの程度使えるのか見てやろう、とか言われて、こうなった。
「この、木刀?っていうの、重くていいね。でも、当たったら怪我するんじゃない?」
「見くびるなよ三日月。こう見えて、私は有段者だ。素人の剣に敗れるほど弱くは無い」
「あっそ、じゃあ……」
両手で柄を握り締めて、大きく振りかぶる。そして試合開始の合図を待ったところで、なぜか対戦相手のホウキから静止が入った。
「待て待て!なんだ、その構え方は?」
「え、こうじゃないの?」
「お前、本当に素人なのだな。……待てよ、三日月。その構えから、どうするつもりだったのだ?」
「思いきり叩きつける」
「違うだろう!?いいか、刀というのは叩くのではなく、斬ったり突いたり、そういう武器だ。そんな乱暴な扱い方をしていては、すぐに折れてしまうぞ」
「へえ」
「だからだな、刀を十全に扱うためには、まず握り方、構え方から始めて振り方を学ぶ必要がある。となると、まずは素振りから始めた方がよいか……?」
「面倒くさいな。やっぱり、オレにはメイスの方が合ってる」
「まあ待て。正しい使い方を知っておいて損は無いぞ。身体運びは全ての武道に通ずるものだし、刀を持った相手と戦う上でも知識は武器となる」
「そっか、じゃあよろしく、ホウキ先生」
「せ、先生……!うむ、任せるがよい!」
なぜか上機嫌になったホウキに見てもらい、その後はひたすら木刀を振った。
最初のうちは腕が痛かったけど、身体の使い方がわかってきたら痛くなくなった。
IS学園。それは、戦い続けていたオレに与えられた、「本当の居場所」のひとつ。
これから先の日々に何が待っているのか。それは誰にも、きっとオルガにだってわからない。
ひとこと次回予告
「なあ、オレが勝った場合はどうなんの」