EPISODE20と言いハイパーバトルビデオと言い、五代君は昭和なネタが似合うイメージ。昭和生まれですもんね。
当たり前の話ではあるが、夕食も昼食と同じ部屋。しかし昼とは違い、五代は永遠亭に住む全員と何かしらの交流を持っている。ゆえに、より賑やかな団欒となった。
輝夜が嫌いな食べ物をこっそり五代の皿に移すと、八意永琳が目ざとく見付けて窘める。そんな二人を宥めながら、彼は輝夜から分けられたおかずを口に放り込み、その隣に座るてゐは、得意げな顔で同じ品をむしゃむしゃ。鈴仙に至ってはいつもの事だと涼しげな顔で、これも美味しいよ、と五代に大皿の料理を取り分ける。
この場にいる者は、誰一人として血の繋がりはない。思い思いの場所に寄り集まって、鈴仙の作ったご飯を食べている兎たちも──つがいはいるかも知れないが──そうだ。身も蓋もない言い方をしてしまうと、赤の他人同士の集まりである。
だが、温かい。互いを大切に思う心が、信頼する心が、ひしひしと伝わる。血の繋がらない誰か一人が欠けても、全員が悩み、苦しむだろう。みな一様に涙を流すだろう。それは、家族と言って差し支えないのではないだろうか。
そして、その中に迎え入れられた五代は、何とも言えぬ面映さと喜びを感じていた。自分が守りたくて、守り抜いたものに囲まれる。己は、あの日の誓いを果たせたのだ。これほどの幸せがあろうか。
騒がしくも笑顔に溢れた食卓。遠い記憶を想起しながらも、幸せと共に鈴仙が取ってくれた料理をゆっくりと噛み締める五代だった。
食後の茶飲み話のついでに、本日の入浴順が決まった。鈴仙の進言により、一番風呂は薪焚きの風呂を楽しみにしていた五代。そして湯を沸かすのは、何と本人の申し出で八意永琳となった。確かに、鈴仙たちが湯に浸かる時には彼女が火の番をする、とは聞いていたが、己の時にもそうならば話は別である。昨日から世話になり通しなのもあり、その申し訳なさから、自分で沸かしてから入ると伝えたが、
「それで火傷するくらい熱くなっちゃったらどうするんです? 大丈夫、このお風呂の事は私が一番知ってますから」
得意顔で胸を叩く八意永琳に言いくるめられる結果に終わった。
昨日とは別の脱衣所で着物を脱ぎ、手ぬぐい片手に浴室へと入ると、五右衛門風呂と洗い場のみのごくシンプルな内装に迎えられた。室内は湯気に程良く満たされており、天井から吊るされた白熱電球の懐かしい光を、ぼんやりと隅々まで広げている。様式そのものは古いが、湯気越しでもやはり、しっかりと手入れされているのが分かる。女性ばかりの所帯だけあって、みんなきれいな風呂が大好きらしい。
手桶で湯を汲んでいそいそと身体の埃を流し、待望の風呂釜に入ると、縁から湯が勢い良く溢れ、洗い場の床を叩いた。
「後から注ぎ足しますから、お気になさらず」
例の格子窓から八意永琳の声が聞こえたが、そう言われてもやはり気にはなる。一度流れ出た湯は仕方ないとして、ならばせめてこれ以上無駄にならぬようにと、五代はゆっくり風呂釜に背中を預け、なるべく動かないよう努めた。
「お湯加減はいかがですか?」
「丁度良いですよ、すっごく気持ち良い!」
八意永琳に応えた五代の顔は、それはもう心地良さそうに、往年の定番曲を歌い出しそうに緩んでいた。湯加減、湯気に霞んで見える風呂場の内装、そしてほのかな木の香り。全てが極上である。さすがはかの才女がこだわった空間、と言おうか。妥協と言う妥協がまるで見当たらない。あら捜しをするつもりも毛頭ないが。
そっと掬った湯で顔を洗い、ふぅ、と一息ついた五代。薪が爆ぜる音を聞きながら、さてこれからどうしたものか、と思案する。
あまり長居するのは八意永琳たちに申し訳ない。ここは病院であり、己のように医者のお墨付きを頂いた者は本来無縁の場所。そもそも入院、否、間借りしている部屋は患者用の物だ。急な入院患者が来た場合は多大な迷惑となろう。可能であれば、明日にも発つべきか。
しかし障害となるのは、先立つ物、すなわち金子である。食事や宿泊先を確保する為には、旅以前に生きていく為には絶対に必要となる。だが財布の中身を何度思い浮かべても、たった民宿一泊分のお金すら入っていた記憶はない。
だが、それがどうした、と五代は頭を振った。お金がないのならば、働けば良い。人間が住む場所ならば、必ず仕事がある。欲を言えば住み込みが望ましいが、汗水垂らして働けば、朝昼晩と食べるだけの資金は稼げるはず。今までもそうして来たではないか。悩む必要などない。
「あの──」
「──出立は明日、ですか?」
どこか人間が多く住む所はないか、と尋ねようとした矢先に、八意永琳の声。頭の中を見透かされたとしか思えない発言に五代は驚き、またも湯船の湯を散らした。
「お、俺、喋ってましたか!?」
一旦深呼吸してから問い返すと、彼女はくすくすと笑って否定した。
「それなりに長い時間、色んな患者さんを見て来ましたからね。たった一息からでも、様々な感情や思惑が読み取れるものですよ?」
聞かれていたか、と妙な気恥ずかしさに襲われ、鼻先まで湯に浸かってぶくぶくと泡を作る五代。そんな彼に八意永琳は、お風呂から上がったら少し話しましょう、先に戻ってますね、と言い、焚口を離れた。
用意されていた浴衣をぽかぽか火照った身体に引っ掛け、手ぬぐいでほんのり首に浮いた汗を拭きながら診察室の襖を叩く。どうぞと招じ入れた八意永琳の手には、大きな紙が握られている。
「こちらを渡しておきましょう。旅のお供に加えてあげて下さい」
そう言って八意永琳が差し出した紙は、一目見た限りでは鳥瞰図のよう。だが至る所に四角で囲んだ名前が書かれている。よくよく見てみると下端に永遠亭の名前も。となると、これは幻想郷の地図なのだろう。なるほど、旅のお供に相応しい。
「本当に明日ですか? まだ逗留なさっても構わないのですけれど」
「だってほら、もうこんなに元気だし!」
力こぶを作って見せて、殊更に明るく、自分はもう何ともないんだと強調する五代。無論、その診断を下した八意永琳は分かっている。そして彼の考えまでも分かっているからこそ、
「……それも、貴方らしさなんでしょうね」
ほんの少しだけ俯いて呟いた。
八意永琳に促され、手渡された地図を二人の間に広げた。改めて見てみると、外の世界のそれのように正確なものではない。縮尺も示されていないのだ。建物や山の位置も、大まかに記されている程度だろう。だがその曖昧さが、五代の冒険心に火を点けた。大まか上等、これぞ冒険、だからこそ辿り着いた時の達成感もひとしおなのである。
「えっと、ここが永遠亭です。それで、迷いの竹林を抜けたこの辺りに、妹紅の家。大体の位置関係は分かりますか?」
順番に指差しながらの説明を聞くが、五代の頭に残っているのは妹紅の家だけである。何せ、有無を言わさず引っ張り出されたのだから。
しかし地図の永遠亭周辺を見ているうちに、彼は二つの発見をした。あくまでも地図上では竹林にほど近い、森らしき緑色の区画と、建物の集合体らしき一角。それぞれ『魔法の森』、人里と書かれている。位置を考えると、昨日の自分の動きが多少見えて来た。恐らく八雲紫に連れて来られたのが魔法の森なのだろう。そこを二人で歩き出て、地図の上を北と見るならば南下し、妹紅の家に辿り着いたと言う事か。そして、昨日とあまり変わらぬ距離を歩けば人里、すなわち人々の営みの地。
「その様子だと、行き先は決まりましたか?」
知らず視線が釘付けになっていたのに気付いたのだろう。八意永琳の問い掛けに、五代は人里を指した。
「ここを起点にしようかなって。宿屋さんとか仕事とかあると良いんですけど」
「宿屋、ですか……」
唇に指を当てて考える八意永琳。だが、これが全く思い浮かばない。
それもそのはず。人間が住んでいるのは、事実上人里しかないのだ。旅行客や行商人が訪れる事はなく、よって宿泊施設その物が必要ない。仕事であれば売り子や給仕、立ちん坊と探せばあるだろう。しかしそちらも、泊まり込みと言う都合の良いものがあるかと問われれば、さすがの彼女も口を閉ざさざるを得ない。
「……あ、そうだわ」
何かを閃いたらしい八意永琳が座卓へと向かった。引き出しから白紙を取り出し、さらさらと筆を走らせる。さすがに書き物を覗き込む趣味などないゆえ、五代も座したまま待っていたが、さほど間を置かずに彼へ便箋を手渡した。表面には、"上白沢慧音"様、と書かれている。
「うえしろさわ……?」
「かみしらさわけいね、ですね。明日妹紅の家に寄って、彼女に渡して下さい。そして内容に同意出来るならば名前を連ねて欲しい、と伝えてもらえますか?」
貴方にとって悪い話ではありませんよ、とウィンクして言う八意永琳。五代としては断る理由もなく、また彼女を信頼しているゆえ、素直に了承した。恐らくは宿の代わりとなる物、空家あるいは空き室の斡旋か何かだろうと当たりをつけて。
座卓上の水差しから注いだ冷水を勧められ、風呂上がりの喉を潤す五代に、八意永琳は咳払いを一つしてから、最後になりますがと前置きしてこう告げた。
「貴方は明日から、幻想郷の各地を渡り歩きます。きっと多くの人と出会い、多くの物事を見聞きするでしょう。どうか、楽しんで来て下さい」
五代は自身の代わりに汗をかいたグラスを握り、子を見送る母親のように穏やかな目をした八意永琳に、
「はい、たくさん楽しんで来ます! 土産話、期待してて下さい!」
と、再会の約束をするのだった。
充てがわれた部屋に戻り、訪ねて来た鈴仙、てゐ、輝夜と共に茶菓子などつつきながら下描きに色を塗った翌日。
またも日の出前に起きた五代は、起き抜けの運動がてらに風呂掃除に精を出した。間借りの身で栄えある一番風呂など頂いたのだから、このくらいしなければ勘定が合わぬ、との考えからだ。冬の朝の冷たい水を目覚まし代わりに、風呂釜、湯桶、壁、床と磨き上げ、仕上げに白熱電球を拭き上げると、きれいになった風呂場同様に清らかな心持ちになる。
日の出頃には風呂掃除を終え、次は亭内を清掃する白兎たちに混ざり込んだ。身軽さと兎特有の脚力で縦横無尽に雑巾掛けする彼らに負けじと、五代も全力疾走。競争の様相を呈している床掃除は、これが白兎たちもたいそう気に入ったらしく、普段よりぴかぴかになった亭内に、八意永琳たちは目を丸くしていた。やり切った男の顔で親指を立て合う五代と白兎たちを尻目に。
そして、炊きたてのご飯を主食とした朝食後の永遠亭門前。ずらりと並ぶ住人たちの前に、五代はここに来た時の服に袖を通して立っていた。
白兎たちがぴょんぴょんと跳ね、手を振る中、
「これ、お昼のお弁当だよ。気を付けてね、五代さん」
鈴仙から竹皮で包んだおにぎりを受け取り、
「次に来る時には、また別のお仕事を勝ち取っておくからね、雄介さん!」
輝夜からサムズアップを受け取り、
「駄目押しに幸運をもういっちょ。竹林は道に迷いやすいけど、なぁに、あたしの幸運があればちょろいもんさ」
てゐから竹林を抜け出す幸せの光を受け取り、
「少ないですけれど、路銀の足しにして下さい」
「えっ?」
八意永琳から一枚の紙幣を受け取り、思わず素っ頓狂な声を上げた。大黒様の描かれた一円札、外の世界ではとうの昔に使われなくなった──八雲紫の結界に引き寄せられた大変貴重な代物だが、そんな事はどうでも良い。ここまで世話になっておいて、その上でお金までもらう謂れなどない、と言う事である。さすがにこれは受け取れないと返そうとした五代、しかし八意永琳はその手をそっと包んで握り込ませた。
「診療代のお釣り、薪割りの手間賃、姫様の家庭教師代。それで納得出来ないなら、ここからなかなか外に出られない私に、幻想郷中のお話を聞かせてくれるお仕事の報酬として。それでいかがでしょう?」
どうあっても五代に持たせたいようだが、彼女の本音でもある。外の世界の住人である五代の冒険譚を、彼の目から見た幻想郷を、またここに帰って聞かせて欲しいのだ。その期待は瞳を通して五代に伝わり、だから彼は大人しく、その手をポケットに収めた。
「これじゃ足りないってくらい、いっぱい色んなものを見て来ます」
「あらあら、それじゃ鈴仙にご馳走をお願いしないといけませんね」
互いに笑い、
「それじゃ、行って来ます!」
「行ってらっしゃい!」
一時の別れを交わし、五代は彼女たちに背を向け、胸に妖怪よけの護符を貼り、気合を入れるように一つどん、と叩いて歩き始めた。
インディジョーンズ最後の聖戦の、聖杯の在り処を示す地図にわくわくした幼少の頃。