五代雄介の幻想郷旅行記   作:楓@ハガル

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げんそうきぉれしき。

※2018/05/10
画竜点睛を欠くとはまさにこの事。タイトル忘れてました。申し訳ありません。


第十三話 お守りの歴史

 場所を移そうか、と弁当を抱えた慧音に通されたのは、本棚がところ狭しと並ぶ一室だった。彼女が言うには、授業に必要な資料を保管してある部屋であり、同時に寺子屋での自室だそうな。紐で綴られた本や色褪せた巻物が収められた本棚からは、図書館最奥の古書コーナーのような独特の匂いが漂い、ある種の秘密基地のような雰囲気に満ちている。本棚に遮られて日当たりがあまりよろしくないのも、その印象を助長していると言えるだろう。

 

「不躾に睨んでしまって申し訳ない。妹紅と契る相手がどんな輩なのか、見定めてやりたかったのです」

 

「そんな理由だったんですか? 俺はてっきり、部外者だからと思ってました」

 

「そんな理由で睨んだりはしませんよ。誰しも学ぶ権利はあります。学問を修めに来た可能性がある以上は、無下にしません」

 

どうやらこの慧音と言う女性は、五代が勝手に想像していた以上に懐が深く、融通の利く人物らしい。内心でほっと胸を撫で下ろす。

 安心したところで、慧音が五代の持ち物を指差し、昼食は食べたのかと問うた。小脇に抱えた竹皮包み、鈴仙のおにぎりである。昼食時、それなりに長い距離を歩き、緊張がほぐれた今、食事を意識した途端に猛烈な空腹感が五代を襲った。

 

「腹が減っては話も出来ないでしょう。食卓とは言いがたい場ですが、良ければどうぞ召し上がって下さい」

 

ふわりと笑いながらおかずを箸でつまむ慧音を見て、じゃあ遠慮なくと包みを広げる。

 受け取った時から、自分一人の弁当にしては大きくないか、とは思っていたが、いざ広げてみると、その疑問の答えが分かった。おにぎりが四つ、卵焼きが八切れ、鶏肉のつみれ団子が六つ、それに永遠亭自家製の香の物。それらが隙間なく、みっちりと詰まっていたのだ。これだけ入っていれば、包みが大きくなるのも納得である。

 ふと隣に座る妹紅を見る。何も持っていない。特に準備をする事もなく五代を案内してくれたのだから、当然と言えば当然か。

 

「あぁ、私は気にしないで良いよ。後でお蕎麦屋さんにでも行くから」

 

視線に気付いた妹紅は、手をぶんぶんと振った。顔色を窺うに、本当に遠慮なく食べろと言っているようだ。

 あぁ、そうか。この『成人男性が食べるにしても多い弁当』は、そう言う事だったのか。鈴仙の思惑を悟った五代は、彼女への感謝と共におにぎりを一つつまみ上げ、それから広げた弁当を妹紅へ寄せた。

 

「俺一人じゃ、こんなにたくさん食べ切れないよ。それに、みんなで食べる方が美味しいしさ!」

 

おかずで手が汚れないようにと添えられた楊枝も、丁度二本。自分の考えは間違っていなかったと確信し、戸惑う妹紅の顔を見ながら大げさな動きでおにぎりにかぶり付く。

 

「むぐ……」

 

さも美味そうに口を動かす五代を見て、妹紅が唸った。包みから開放されて溢れ出た食欲をそそる香りに、鼻がくすぐられる。そも、見た目からして彼女の意思を突き崩さんとしているのが明白である。具が分かるようおにぎりにちょこんと乗せられた梅干しの果肉と青菜、彩り豊かな香の物が、実に鮮やかに華を添えている。

 

「はははっ、妹紅、お前の負けだよ。うちの生徒たちだって、昼ご飯前でもそんな顔はしないぞ?」

 

そんな様子が余程可笑しかったのか、慧音はけらけらと笑い、そして当の妹紅は顔を真っ赤にして、

 

「分かったわよ! あーあ、久し振りにお蕎麦食べたかったのになぁ!」

 

楊枝でつみれ団子を突き刺した。

 

「くくっ、相変わらず言い訳が下手だな。竹林の火事騒ぎよりはマシだが」「何か言った!?」

 

昔の話を蒸し返されて妹紅が食って掛かったが、何でもないさ、とそれ以上の言葉をおかずと共に飲み込む慧音だった。

 

 話は茶でも飲みながら、と慧音が席を立ち、部屋には五代と妹紅だけが残された。五代は所在なさげにあちこちを見渡し、妹紅は本棚から適当な冊子を持って来て広げる。

 ぺらり、ぺらり。無音の室内に、紙の音だけがこだました。速読でもしているのか、はたまた流し読みなのか、ページをめくる速度はやけに速い。ちら、と横目で見てみると、並んでいるのは日本の古文書にありがちな、いわゆるくずし字。とてもではないが現代日本に生き、くずし字の読み書きを習ったわけでもない五代に読める代物ではない。

 

「その本、何が書いてあるの?」

 

読めないならば、読める者に聞くのが道理。内容を尋ねてみると、幻想郷の歴史について書かれた本だそうだ。それどころかこの部屋にある冊子や巻物は、そのほとんどが同様の物らしい。神々への信仰や妖怪への畏怖を、幻想郷で生きる為の基本を教えるのも、寺子屋の役割なのだと。

 

「正しい歴史を知る事こそ、信仰や畏怖を根付かせる基本ですからね。付け焼き刃では歪みが生じ、そこから破綻してしまう。何事も基礎が大事なのです」

 

 人生しかり、建物しかり、と戻って来た慧音が妹紅の話を補足した。手には湯気立つ湯呑みが三つ乗った盆。それらを渡すと、自身も元の座布団に座り、背筋を伸ばした。

 

「では、お話の続きと参りましょうか。改めまして、上白沢慧音です、お見知りおき下さい」

 

そう前置きした慧音がまず語ったのは、彼女が五代の名前を知っていた理由。とは言っても、八意永琳同様に八雲紫の式から話を通されていたから、との事。

 

「外の世界から来た五代雄介と言う男に頼られたら、どうか良くしてやってくれ、と。あぁも真摯に頼み事をする彼女は、今までに見た事がない」

 

「って事は、他の連中にも直談判に行ってるかも知れないわね。この近くだと『霧の湖』の洋館とか、魔法使いの寺とか」

 

はて、と五代は二人の会話に耳を傾けながら、内心で首を傾げた。霧の湖の洋館、こちらはまだ分かる。むしろ容易にその情景が想像出来る。だが魔法使いの寺とは何ぞや。寺と言えばお坊さん、僧侶ではなかろうか、と。

 

「私としても、困っている人を助けるにやぶさかではありません。それに貴方の人となりは、よく伝わりました、何かあれば力になりましょう」

 

胸に手を当てて微笑む慧音に、五代は一旦魔法使いの寺を頭の隅に追いやり、ポケットを探った。中身は知らないが、これを渡してくれと頼まれている。その時、便箋と一緒に入れていたお守りが、ポケットからこぼれ落ちた。慌てて掬い上げるように手を伸ばし間一髪、床に落とす前に掴む事に成功。安堵のため息をついた。

 

「おや、それは?」

 

「妹が働いてる保育園の子たちが作ってくれたんです。旅先で怪我とか病気とかしないでね、って」

 

束になったお守りを広げると、一つ一つに書かれた、拙くも一生懸命な文字がちらちらと垣間見える。親指で少しずらしては現れる一言を見つめる彼の顔は、照れなど欠片も感じられない満面の笑みで、その笑顔を眺める者も、思わず釣られてしまいそうで。

 

「私にも見せてもらって良いですか?」

 

「はい、どうぞどうぞ!」

 

その一人たる慧音の手に、五代はそっとお守りを乗せた。

 

 さて、大事に扱われた物には魂が宿る、と古来より言われている。いわゆる付喪神であり、外の世界においては幻想として打ち捨てられた概念だ。しかし幻想が常識となる幻想郷では、物に込められた想いは積み重なり、物を構成する一つの要素として確かに存在する。人と共にあり、人と共に歩む。それはもはや、物が紡いだ特有の歴史と言って相違ないだろう。

 上白沢慧音──ワーハクタクの妖怪には歴史を食べる能力と作り出す能力が備わっている。ゆえにハクタクと言う妖怪は時の権力者に重用されたのだが、それはすなわち歴史を見る事に繋がる。見えぬものは選び取る事叶わず。お守りに触れた瞬間、慧音は見た。ワーハクタクだからこそ、子供を見守る教育者だからこそ理解出来る歴史を。

 

 

 お守りを夢中で作り、無垢な瞳で先生がそれらを一つに括る手を見つめるあどけない子供たちの姿。

 

 その先生からお守りを手渡され、心底から喜ぶ五代の姿。

 

 自分と同じ視点に立ってくれる五代を慕い、愛し、触れ合う子供たちの姿。

 

 お守りを身に着けて、みんなの笑顔の為に異形の戦士となり命懸けで戦う五代の姿。

 

 青空を探しに行って来る、雨雲の向こうにはいつも青空が広がっているから、と子供たちに別れを告げる五代と、彼を信じて見送る子供たちの姿。

 

 

 互いの愛情が奔流となって、慧音を飲み込んだ。どこまでも温かく、どこまでも澄んだ歴史。これ程までに優しさに満ち溢れた歴史に、己は触れた事があっただろうか。

 何が、人となりがよく伝わった、か。見誤ったとまでは言わない。ただ浅い部分だけを見て、分かったつもりでいただけだ。

 

「……ありがとうございます、お返しします」

 

絞り出すように言い、慧音はお守りを返した。彼女と付き合いの長い妹紅は、それで察したのだろう。

 

「今初めて、慧音の能力が羨ましいと思ったわ」

 

妹紅の視線の先、伏せられた慧音の目は、確かに感情を吐露していた。

 

 

 

 本来の目的である便箋を渡すと、慧音は中身にさっと目を通すや否や立ち上がり、こちらへどうぞ、と先達した。その肝心の中身を詳しく知らない五代は言われるがままに従うしかなく、さらに後に続く妹紅も、慧音に任せとけば大丈夫よ、と頷くのみ。

 子供たちの喧騒から遠ざかりながら廊下を歩いていると、入れ替わるようにぎしぎし、きゅっきゅっとやけに派手な床鳴りが響き渡る。鶯張りと言うやつだ。

 

「"稗田家"のお屋敷を改装した際に、せっかくだからと残したんですよ。……あぁ、ここです」

 

三人分の足が奏でる調子外れな旋律を楽しんでいた五代を、慧音は廊下最奥の部屋まで案内した。

 部屋の広さは四畳半と言ったところ。中央に茶びつの乗ったちゃぶ台、壁際には箪笥と座卓。南に面しているようで日の光が暖かく、障子の足元に置かれた鉄瓶と七輪を照らしている。

 

「少々手狭ですが、こちらの部屋をご提供します。何日でも、ご自由にお使い下さい」

 

「こちらの部屋、って……。ここ、誰かが住んでるんじゃないんですか?」

 

埃一つ落ちていない部屋は、人の生活の残り香が感じられる。ここを使えと言う事は、つまり誰かと一緒に住めと言う事か。しかも彼女曰く、何日でも。

 その疑問に、慧音は小さく笑って答えた。この部屋は寺子屋が開校された十年程前に、まだ仕事に不慣れだった彼女が泊まる為に設えられた、宿直室のようなものらしい。今では使う事もなくなったが、それでも世話になった部屋ゆえに愛着が湧き、定期的に清掃しているのだとか。

 

「障子から出た庭先に井戸がありますので、喉が乾いた時にはそちらを利用して下さい。食事はご自分で用意して頂く事になりますが……」

 

見ず知らずの男にこんな上等な部屋を貸してもらえるのに、その上で食事の世話までしてもらっては勘定が合わない。五代はまず部屋を貸与してくれた点に感謝の言葉を述べ、それから八意永琳からもらった一円札を広げて見せて、食事はどうにかする事、この紙幣の価値が分からないから仕事を探したい事を告げた。

 

「それでしたら、私よりも長老に相談した方が良いかも知れません。あの方も八雲紫の式との話し合いにおいででしたので」

 

寺子屋から長老宅への道順を、口頭で説明する慧音。初めての土地ではあるが、旅人たる五代からすればそれだけ説明を受ければ十分。加えて人里でも特に大きな邸宅だと添えられれば、迷う事なく向かえよう。妹紅に案内された道順を反芻しながら照らし合わせた彼の脳内には、すでに大まかな順路が出来上がっていた。

 

 その他、部屋に関しての細々とした話を聞いていると、ぼーん、と柱時計の鐘の音が一度鳴り響いた。同時に慧音が来た道を振り返る。どうやら昼休みは終わりらしい。

 

「……おっと。済みませんがそろそろ午後の授業が始まります。茶葉と炭は後で用意しておきましょう」

 

「私も家に戻るわ。長老の家まで案内してあげたいけど、ちょっと長居し過ぎちゃったし」

 

「いえ、後は自分でどうにかしますよ。妹紅ちゃんも、案内してくれてありがとう!」

 

二人に礼を伝えた五代は、仕事を探すなら早い方が良いと促され、足早にその場を辞した。鶯張りの廊下を、音楽を奏でるように調子良く踏みながら。

 

* * *

 

 当たり前のように、何の感慨も抱いていないように、二人が歩く。もんぺのポケットに手を突っ込んだ妹紅と、背筋をぴんと伸ばした慧音。傍から見れば不良と優等生のようだ。

 

「本当は、な」

 

「ん?」

 

ぽつりと言った慧音に、妹紅が耳を傾ける。

 

「五代さんの宿は、長老と相談するつもりだったんだ。空いた家か、外の人間を受け入れてくれる家を」

 

「外の人間が来るんなら想定するわね。まさか野宿させるなんて出来ないし」

 

慧音の足が、ぴたりと止まった。そこは中庭に面した縁側であり、さんさんと日が差している。そのおかげで冬の空気に晒されていても暖かい。

 

「でも、あのお守りを渡された瞬間、気が変わったよ。せめて羽を伸ばせる場を提供したい、とね」

 

「へぇ、やっぱり何か見えたんだ。何が見えたの?」

 

教えてよ、と肘で突っつく妹紅に、手を翳して空を見上げていた慧音は、ワーハクタクの私だけの秘密だよ、とにやりと笑った。

 

「この何気ない青空が、こんなにも愛おしくなる歴史さ」




書いてるうちにふと気付きました。
五代君、けーねが寝た布団に入る事になりますね。

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