五代雄介の幻想郷旅行記   作:楓@ハガル

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男臭くなりました。


第十四話 人の交わり

 頭に描いた地図通りに歩き、特に迷う事もなく長老宅へ着いた五代を、家の人々は和やかに迎え入れた。そのまま客間へと通され、出された茶で口を湿らせ待つ事しばし。家紋付きの立派な着物を着た老人が現れた。深い皺がいくつも刻まれた顔は、荒波に揉まれた歴戦の古兵のごとし。天を衝かんばかりに正された姿勢からは、老いの衰えなどまるで感じない。

 五代の対面まで歩いた老人は、袴の前を払って悠然と座った。背筋は揺らがず、視線の鋭さも相まって抜き身の日本刀のよう。醸し出す雰囲気にあてられてしまった五代だが、

 

「ようこそおいでなさった、外の旅人さん。わしがここの長老です」

 

老人──長老は、一転してふにゃりとした顔で彼に歓迎の意を示した。

 

 勧められるままに茶菓子を頬張り、口を動かす五代。彼を見る長老の目は穏やかで──孫を見守る翁のようで、先程までの鋭さはどこへやら。

 

「八雲の式殿が随分と丁寧に頭を下げなさる、とは思うておりましたが」

 

緊張の余韻で若干噛みつつの自己紹介と共に受け取った名刺を眺めながら、長老は語る。

 妖怪退治を生業とし、いつの間にやら今代の長老となるまで半世紀超。八雲紫の式と言葉を交わした事は幾度もあったが、今回程丁寧に何かを頼まれた事はなかった。いつも毅然とし、種族特有の威厳や自信に満ち溢れていた式が、こうも深々と頭を垂れる事があったろうか、と。

 

「わしも人を見る目はそれなりに養って来たつもりでしてな。式殿の態度の理由が分かった気がしますよ。物を美味そうに食う人間に、悪い者はおりません」

 

手前勝手な持論ですがな、と笑う長老に、五代は気恥ずかしさを覚え、肩を縮こまらせた。

 

 訪ねて来たからには困った事があったのだろう、何でも言って下さい、と問うた長老へ、五代は仕事を探している旨を伝えた。旅人さんならば日雇いが良かろう、しかし何かあったろうか。腕を組んで独り言を交えながら長老が思考する。対する五代は、どんな仕事でも構いません、と頭を下げる。

 そうしてしばし考えた後。長老はぽん、と手を打った。

 

「そう言えば、小太郎さんとこが人手が足りんとぼやいておったな。よしよし、少しばかり大変な仕事じゃが、よろしいかな?」

 

長老の弾んだ声に、五代はがばっと顔を上げ、

 

「全然大丈夫です、ありがとうございます!」

 

明るい顔で再び頭を下げた。

 

 

 

 長老の案内で向かった先は、大きな倉が目を引く屋敷だった。何でも、ここは人里の食事処などに野菜を卸す業者、いわゆる青物問屋なのだそうな。無論、人里の中で物流が完結している為、外の世界よりも規模は小さいが。

 

「百姓がそのまま売っても良いのじゃが、なかなか昔の慣習から離れられませんでな。まぁ、感傷のようなものです」

 

そう言って笑う長老と、よく笑うお爺さんだなぁと感心する五代を出迎えたのは、ねじり鉢巻と前掛けが良く似合う大柄な男性。

 

「おぉ、長老さんじゃねぇですか。今日はどんなご用件で?」

 

ちらちらと五代を伺う大男に、長老は人手を紹介しに来たと告げた。

 

「小太郎さん、こちらは外の世界から来た、五代雄介さんじゃ。日雇いの仕事を探しておるそうでのぅ」

 

「外の、ねぇ……」

 

呟きにしては大きな声を出した大男改め小太郎は、腕を組んで五代を頭のてっぺんから爪先まで眺める。長老の言と、彼の体格や出で立ちからして、なかなかに骨の折れそうな仕事らしい。

 

「……仕事ってのは、注文のあった店への野菜の配達だ。お客さん方の商売に支障が出ちゃいけねぇから、急がなきゃならん」

 

言外に、お前に出来るのか、と彼は尋ねている。そう感じ取った五代は、力強く頷いた。元よりどんな仕事でも構わないと言った身。それに力仕事なら、外の世界での旅のさなかに何度も経験している。半端な仕事をしない彼は、そうやって現地の人々の信頼を得て、交流を結んで来たのだ。むしろ得意分野でさえある。

 

「……よし、分かった。それじゃ付いて来な」

 

渋々と言った様子で、小太郎は背を向けた。ひとまず面接は合格のようだ。後は、働きで示すのみ。頑張って下され、と励ましの声を送ってくれた長老に礼を述べ、五代は上着を脱いで腰に巻き、彼の後を追うのだった。

 

 

 

 さすがに大八車一台で全ての配達をこなすわけではない。しかし八百屋、食事処、さらには屋台と、配達先は多く、出先と倉を何度も往復しなければならぬ。

 それでも五代は、弱音一つ吐かずに精を出した。終始笑顔を絶やさず、大八車を後ろから支えながら車力(しゃりき)を元気付け、それでいて働きぶりはベテランの小太郎をして唸らせる程。額に輝く爽やかな汗は労働の証。そこには彼に疑われた男の面影など、一片たりとも見られない。一人の仕事人である。

 

「よっし、今日はここまでだ! 五代の兄ちゃん、ご苦労さん!」

 

「はいっ、お疲れ様でした!」

 

 夕刻、太陽が空をすっかり橙色に染め上げた頃。帰りを促す烏よりもなお大きな声が、とある食事処の店先で響いた。その威勢の良さに、本日のお勤めを終えて帰路に着く人々も思わず振り返る。

 

「いやぁ、随分な優男が来やがったと思ったが、なかなかどうして根性があるじゃねぇか。おかげで、かかぁの顔見る前に一杯引っ掛けられるってもんだ!」

 

「あはは。奥さんに怒られないよう、ほどほどにしておいた方が良いですよ、小太郎さん」

 

「ばっきゃろ。かかぁの顔が美人に見えるように、酒飲んで帰るんじゃねぇか」

 

大八車を引いて帰る車力に手を振りながら、小太郎は豪快に笑った。

 五代の働きを、そこらの若い衆より遥かに良かったと評価した小太郎は、前掛けの衣嚢(いのう)から小銭をじゃらじゃらと取り出し、裸で済まねぇが、と五代の手に乗せた。

 

「お前さんが来てくれて助かったぜ。色付けといたから、これで何か美味いもんでも食って来な」

 

「こんなにたくさん……、ありがとうございますっ!」

 

未だにこの小銭一枚一枚の価値は分からない。しかし山と積まれたそれの重みは、労働の対価として十分以上のものだと五代には感じられた。

 

「うちは万年人手不足なんだ。仕事に困ったら、おてんとさんが昇り切った頃にまた来いよ!」

 

そいつを巻いてな、と指差したのは、仕事を始める前に渡された青物問屋の前掛け。新品だった物が、埃で薄っすらと汚れ、散々動いてしわしわになっている。作業着の汚れは仕事人の誇り、とも言う。まさしく今日のお勤めの結晶である。白抜きの大きな丸の中に堂々と書かれた青の一文字。やや茶色くなったその字が妙に誇らしくて、

 

「大事に使います、今日はありがとうございましたっ!」

 

小銭の山を胸に抱き、腰を曲げて大きく一礼した。

 

 

 

 頂いた給金を衣嚢に突っ込み、上着を肩に背負って暗くなった道を歩く五代。特にあてもなく、と言うわけではない。見知らぬ土地ながら、確たる目的地があるのだ。少し赤らんだ顔を綻ばせ、人の営みを眺めつつ。

 ここで、少し時を巻き戻してみよう。

 

 

 

 長老宅へ戻り、仕事を紹介してくれた彼へ再度の礼を済ませ、そこでふと思った。食事より先に風呂を済ませて、さっぱりしてしまおうと。あの宿直室に住まうにあたり、さすがに風呂はないが、大通りに湯屋、いわゆる銭湯があると慧音が説明していた。そこで一日の汗を流すとしよう。

 程なくして見付けた青い暖簾をくぐり、番台の老婆の前に小銭を広げて入浴料を支払い、前掛けと衣服を脱いでいざ浴場へ。

 仕事終わりの時間ゆえか、木張りの浴場は人でごった返していた。その間を縫うように浴槽へ向かい、掛湯をしてから浸かる。

 

「くぅぅぅ……っ!」

 

掛湯した時点で分かったが、湯温はかなり高い。その熱さに思わず唸り声を上げるも、疲れた身体には非常に心地よい。先に入っていた客たちは、どこか初々しい様子の五代を微笑ましく見ている。

 

「良いもんだろ、兄ちゃん。俺っちなんか、ヒマさえありゃ浸かりに来んだ」

 

その内の一人、白髪混じりの翁が同意を求めるように話し掛けて来た。聞けばこの翁、子が家業の商売を継ぎ、気ままな隠居生活を送っているらしい。外の世界であればまだ現役で働いていそうな外見であり、幻想郷が昔の文化を色濃く残している事が窺えた。

 商売人ならではの翁の話術と、屈託のない五代の性格で、話の輪はどんどん広がる。気付けば湯船に浸かる全員が身の上話に花を咲かせていた。洗い場で身体を洗っていた者たちも、混ぜろ混ぜろと加わる。大工、農家、商人、そして外の旅人。身上はばらばらだが、今は全員がこの湯屋の客であり、この風呂を楽しむ仲間である。

 

「あっ、そうだ。せっかくだから聞きたい事があるんですよ」

 

「おぅ、何でも聞いてくんな。俺っちが何でも教えてやらぁ」

 

 すっかり上機嫌な仲間たちに、五代はこの辺りで美味い物を出す店はないか尋ねた。自分の足で探し歩くのも面白いが、地元の美味を一番知っているのはやはりそこに住む人々なのだ。

 

「そうさなぁ、この通りの蕎麦屋かねぇ。あすこは客も多いし、何より美味ぇんだ」

 

「向かいの団子屋もまぁ悪くねぇし勧めてぇが、晩飯なんだろ? じゃあちっとなぁ……」

 

「あっちの角っこの……えぇと、名前何つったっけか。横文字ってのは難しくていけねぇや、がはは!」

 

「『かふぇー』とかってのか? ありゃ昼間しかやってねぇよ。ここの向かいの食事処なんてどうだ?」

 

「おめぇら、晩飯ならやっぱ居酒屋だろ。焼き鳥食いながらこう、酒をきゅっと。かぁっ、堪んねぇ!」

 

次から次に、あぁだこうだと案が出る。そのたびに五代の頭には食べ物の姿が浮かんでは消え、また浮かんでは消え。労働を終えた身にこれは堪えたようで、よだれが垂れそうになったのを慌ててぬぐった。

 

「……焼き鳥で思い出したわ。ヤツメウナギの屋台があるじゃねぇか」

 

 そんな中、一人が湯を叩いた。何しやがんだ、と両隣の男たちが跳ねた湯から顔を背けたが、構わずに続ける。

 

「川端にな、ヤツメウナギの蒲焼きってのを出す屋台があんだ。五代の兄ちゃん、食った事あるか?」

 

「名前は聞いた事あるけど、食べた事はないなぁ。ウナギの親戚みたいな感じですか?」

 

「いや、俺も知らねぇけどよ。でも食った事がねぇってんなら、行ってみるのも良いんじゃねぇかい」

 

「目が良くなる、とか何とか噂で聞いたな。いっぺん食ってみたが、なかなかクセになる味だったぜ。酒はあるのに焼き鳥がねぇってのは寂しかったがな!」

 

「それだよ。あの屋台やってる嬢ちゃん、焼き鳥が嫌いなんだとさ。小耳に挟んだだけだから、理由までは知らねぇけど」

 

食べた事のない、クセになる味。五代の耳がぴくりと動いた。そう言われては、食べずにはいられない。彼には食に関しても冒険野郎な一面があるのだ。でなければ世界を旅する事など出来ない。未知の味を楽しむのもまた、旅の醍醐味なのだからして。

 

「おっ、乗り気になったか。湯屋を出て真っ直ぐ左に行きゃ、橋にぶつかるからよ。渡らねぇで右に曲がりゃすぐだ」

 

「今度会った時で良いから、感想聞かせてくれや」

 

「食いモンの話なら、酒を浮かべてやりてぇなぁ。おい誰か、婆さんに預けとけよ!」

 

「てめぇで持って来いよ、ありがたく飲んでやっから!」

 

何気ない話で、湯屋を揺らさんばかりの笑い声が轟く。ひとしきり一緒に笑った五代は、上気した顔をぺしっと叩き、一足先に湯船から上がった。

 

 

 

 そして時は戻り、人里の夜道。住居から漏れる灯りに目を細め、ささやかに吹く冬風に頬を冷まし、どこぞの酒場から聞こえる喧騒を聞き。

 川に差し掛かり、教わった通りに右を見てみると、あった。小さな屋台が、柳の下にぽつんと。小さく揺れる赤提灯は、まるで腹を空かした虫を呼び集めるかのように、誘蛾の光を湛えている。空腹を覚える五代が、その光に抗える道理などない。

 誘われるように、あるいはのぼせた頭でふらふらと屋台に進み寄り、八目鰻と書かれた暖簾をくぐる。

 

「やってますか?」

 

「……んぐっ? あぁ、いらっしゃい!」

 

途端におでんの芳しい湯気と、濃厚なタレの香りに襲われ、その向こうでおでんつゆの味見をする桃髪の美少女と目が合った。




戦闘はないけど銭湯はあります。

ギリギリで男率100%は免れました。90%超えですけど。
東方Projectとのクロスオーバーとは一体。

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