五代雄介の幻想郷旅行記   作:楓@ハガル

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東方Projectと仮面ライダークウガのクロスオーバーを思い付き、次の瞬間に浮かんだ疑問。
五代君、お酒飲めるんですかね。

※2018/05/29
またやらかしました……。誠に申し訳ありません。


第十五話 川端の赤提灯

 開店したばかりでまだ炭火が熾っていないらしく、目玉たるヤツメウナギの蒲焼きはしばしお預け。いささか残念に思った五代だが、逆に考えれば、後の楽しみが出来たと言える。

 

「じゃあ、おでんを三つか四つ、適当に!」

 

「はいはい、何にしましょうかね」

 

卓を越えんばかりに身を乗り出しての、元気一杯な注文。それに苦笑した若女将が、湯毛を立ち昇らせるおでんを見ながら考える。

 

「おつゆの染みた大根とぉ、きれいな茶色の煮卵とぉ……」

 

即興で歌いながら菜箸を動かす若女将。いささか単純な歌詞ではあるが、その歌声が妙に心地良くて、頬杖をついて聞き入る五代。目を閉じると、瞼の裏に美味そうな具がありありと浮かぶ。肉体労働を終え、その汗を熱い風呂で流した彼には耐えがたい仕打ちである。

 

「はい、お待ちどうさま!」

 

 そろそろ腹が限界を迎え、今まさに獣の咆哮が鳴り響かんとしていたその時。ことり、と五代の前におでんの盛られた器が置かれた。マニキュアだろうか、緑色の爪が一瞬ながら目に映り、それが今の今まで扱っていた野菜を連想させさらに食欲が刺激される。

 

「おでんのお供に、これはいかが?」

 

早速目の前の箸立てに手を伸ばした五代に、若女将は口元で何かを傾ける仕草をした。幼く見える外見からは想像しがたいやけに堂に入った動作は、その手が持つであろう何かを容易に幻視させる。

 

「それはまた、今度来た時に。まだちょっと、お金の使い方がいまいち分からないから」

 

要は、彼女は酒を勧めているのだ。屋台なのだから当然ではある。五代も酒が飲めないわけではなく、そのちょっとした贅沢の為に少しばかり仕事を頑張った事もある。酒豪が謙遜して言うのではない、本当の意味での嗜む程度。ワインとチーズしかり、ビールとソーセージしかり。

 しかし、旅先に着いてすぐ、なんて文字通りの酔狂な真似はしない。現地の貨幣価値を理解しておかなければ、すぐに財布に寒風が吹く事になる。ゆえに、まずは働きながら嗜好品なしの生活を送り、お金の価値を知るのだ。長い旅の経験からさほど時間は要しないものの、それも美味い酒、その土地ならではの味を楽しむ為。じっと我慢の五代であった。

 自ら勧めると言う事は、よほど酒に合うおでんなのだろう。大根、玉子、ちくわぶ、昆布、いずれも実に美味そうだ。だからこそ、次の来店までに幻想郷における金銭感覚を養わなければ。表面上は控えめながら、五代は鉄の意思で若女将の誘いを断った。

 

 熱々の大根を口に放り込み、あちち、などと言いながらその味を堪能する。なかなか分厚く切ってあるが、しっかりと煮込まれたであろうそれは何の抵抗もなく箸が芯まで通り、そしてだしの利いたつゆが奥の奥まで染み込んでいる。外の世界でこんな大根を出されたら、間違いなくその屋台は当たりと言えよう。これは、他の具も期待出来そうだ。

 はたと卓の隅に置かれた練りからしの壺に気付き、嬉々として皿の縁に盛る五代。そんな彼を、若女将は訝しげに見ていた。開いたヤツメウナギを一口大に切り分け、串に刺しながら。無論、これだけにこにこしながら食べてもらえるならば本望である。いっその事、自分もこの串を放り出しておでんを盛り、隣に座って食べたいくらいだ。

 

「ねぇ、お客さん。貴方、外から来たんでしょ?」

 

「ふぇ? んぐんぐ……、そうですよぉ。あぁ、このからしがまた……!」

 

口に含んでいた昆布を飲み込み、肯定。ぎゅっと目を瞑っておでんとからし独特の辛味の調和を楽しむ五代に、若女将はこう続けた。

 

「外の世界の屋台では、みんな仮装してるの?」

 

「仮装? いやいや、そんな事は……」

 

わけの分からない事を聞かれ、半笑いで否定しようとした五代は、そこでようやく若女将の全身を視界に捉えた。

 素朴な着物の上に純白の割烹着を着込み、揃いの色の三角巾が桃色の髪に良く映える。人懐こそうな笑顔は、まさしくこの屋台の看板と言えるだろう。屋台を切り盛りするにはいささか若く見えるが、早々と独り立ちしたのかも知れない、と想像し──背中に生える紫と白の翼と、耳元の小さな羽に目を見開いた。

 

「……えっ、あれっ? それ、仮装……?」

 

「もしかして、気付いてなかった? 私、妖怪なのよ」

 

言葉を失った五代に、若女将は舌なめずりしつつ翼を揺らして見せた。ゆらゆらと揺れるそれは、形こそ鳥の翼のように見えるが、毒々しい紫色からどことなく羽蟲のような──蛾のような印象も受ける。

 常人ならば驚くところなのだろう。人によっては、かの有名な怪談『(むじな)』がごとく椅子から転げ落ち、他の誰かを求めて逃げ去るかも知れない。

 しかし、ここにいるのは笑顔のエキスパート、五代雄介である。さすがに驚きはしたが、すぐに気を取り直し、

 

「お風呂でのぼせてたのと、お腹が減ってたからかな。全然気付きませんでしたよ」

 

さらりと言ってのけた。これには逆に若女将が驚き、外には妖怪なんていないでしょう、食べさせられて太らされて襲われちゃうかも知れないよ、とまくし立てた。どう言う原理か、緑色の爪は数倍の長さまで伸び、お前を切り裂いてやるぞと、提灯の柔らかな灯りを反射している。ところが五代はからしをお代わりし、

 

「だって、人を襲うような笑顔じゃなかったですし。お客さんが来て嬉しいって顔でした」

 

己も笑顔を見せた。

 笑顔にも質がある。安堵、歓喜、悲壮、嗜虐その他諸々。笑顔を第一の技とし、みんなの笑顔を追い求めた彼に、見分けが付かないわけがないのだ。平然と宣って玉子を半分に割り始めた五代に、若女将は、

 

「……ぷっ。あはは、お客さん面白いね!」

 

破顔一笑、舌と爪を引っ込めた。

 

 タレをたっぷり付けたヤツメウナギが、じゅうじゅうと炭火で炙られる。皿を空にした五代は、蒲焼きを待つ間の手慰み代わりに、若女将に問うた。どうして人間の里で、妖怪が屋台をやっているのか、と。無論、単純な疑問ゆえである。

 

「最初はね、狡っからい悪巧みだったのよ。夜雀って妖怪、聞いた事ある?」

 

串を返し、刷毛でタレを塗りながら若女将が語る。

 若女将は夜雀の妖怪であり、人間を鳥目にする能力を持っている。鳥の妖怪として焼き鳥が許せなかった彼女は、その能力とヤツメウナギに着目し、焼き鳥を撲滅せんと屋台を始めたそうな。

 

「ヤツメウナギは鳥目によく効くの。だから、人間をこっそりと鳥目にしてヤツメウナギを食べさせて。それで焼き鳥を幻想郷から一掃しながら一儲け、ってわけ」

 

幼い外見でなかなかえげつない事を考えるものだ。だが五代は口を挟まず、彼女の話に聞き入る。まだ、あの笑顔とは繋がらない。

 

「お店をやるのに、まずは寺子屋に入って読み書きそろばんを習ってね。ついでに面白くない歴史のお勉強も──まぁ、それはいっか。それで妖怪仲間とガラクタから屋台を作って、お金を出し合って材料とか道具とか準備して……」

 

楽しかったなぁ、わくわくしたなぁ、と遠い目をしながら呟く若女将。それでも手の動きに迷いがない辺り、四年や五年程度では利かない経験を感じさせる。

 

「でね、だんだんとお客さんが増えて、友達にもお金を上乗せして返し終わって。その頃だったかな」

 

 ある日、客の波が引いて一息つこうかとした時。良い具合に『出来上がった』三人組の男たちが暖簾をくぐった。噂に聞く、妖怪が焼くヤツメウナギとやらを食べてみようじゃないか、と酒の勢いに任せて訪れたらしい。やたらと陽気な彼らに、じゃあ味わってもらおうじゃないの、と三人前を焼いて提供すると、その味をいたく気に入ったようで、それから事あるごとに顔を出すようになった、と。

 

「鳥目にした人間は、治るとそれきりって人ばっかりでね。初めての常連さんよ。いつも酔っ払ってうちに来て、ヤツメウナギとお酒を注文するの」

 

こんな風にね、と話を区切った若女将は、卓にヤツメウナギの蒲焼きを乗せた皿と、徳利を置いた。頼んだ覚えのない酒に驚いた五代だが、若女将は笑わせてくれたお客さんにお礼だよ、とウィンクを一つ。

 

「常連さんを増やす、えーっと……、あれよ。『せんこーとーし』ってやつ!」

 

初めての常連が好んだ味を覚えて、また来て欲しい、常連になって欲しいと言う事か。であるならば、ありがたく頂戴しよう。五代は一緒に置かれたお猪口に酒を注ぎ、蒲焼きを一口。

 ウナギと思って口にすると、まず食感の違いに驚くだろう。まるでふわふわとしておらず、ぐっと身が締まり弾力に富んでいる。どちらかと言えば肉を食べている感覚に近い。噛み締めるたびにほのかな鉄臭さと魚臭さが口中に漂うが、それも濃厚なタレの味と香りと合わさり、えも言われぬ独特の風味となる。確かにこれは、癖が強い。だが、好ましい味だ。

 それらをまとめて燗つけされた酒で胃袋へと流し込むと、今度は腹の底から熱がこみ上げ、味覚が爽やかな風に吹かれたような清涼感に満たされる。

 

「美味しい……!」

 

「でしょ? ヤツメウナギに合うお酒探すの、それなりに苦労したんだから!」

 

これはもう止まらない。むしろ、その三人組が来るまで常連がつかなかった事が不思議な程だ。

 夢中で蒲焼きを楽しむ五代を眺めながら、若女将は続けた。

 

「その常連さんたちね、いつも新しい話で馬鹿みたいに笑って、下手くそな歌で盛り上がるんだ。他のお客さんも巻き込んで、夏場なんかはそこの川に飛び込んだり」

 

彼女は料理上手なだけでなく、話し上手でもあるようだ。くすくすと笑いながら愛おしげに語る情景は、その場にいなかった五代でもありありと目に浮かぶ。歓声と共に響く水飛沫の音までも聞こえて来そうだ。

 

「私はいつも、愛想笑いで適当に相槌を打ってたんだけど、いつだったか、気まぐれで一緒に歌ったのよ。そしたらそれが、何だかすごく楽しくなっちゃって」

 

それをきっかけに、彼女の姿勢は一変したそうだ。おでんを見繕っていた時の歌も、客に自分から話し掛けるのも、その日から始めた、と。

 

「ろくでもない考えで始めたけど、今は凄く楽しい。お客さんが来てくれるのも、ヤツメウナギを食べて笑ってくれるのも。だから、もう人間を鳥目にするのもやめちゃった」

 

そう言い切った若女将の顔は、とても晴れ晴れとしていて。それが最初の笑顔に繋がった五代は、彼女がとても眩しくて。

 

「女将さん、これ」

 

徳利を、若女将に差し向けた。

 人間を鳥目にし、さらにそれを商売に利用する。お世辞にも褒められた行為ではない。だがその根底にあるのは夜雀として生まれた彼女の(さが)であり、五代には非難する権利も、裁く権利もない。

 五代は、嬉しいのだ。始まりまで遡る事は出来ない。である以上は、今こそが大事。若女将が人間と触れ合い楽しさを見出した事が、彼女の満面の笑顔が絶品のヤツメウナギにも勝る看板である事が、無性に嬉しいのだ。人ならざる者が人と共にある。それは五代にとって、掛け替えのない宝に等しい。

 

「俺、また来ます。この屋台、凄く気に入りました!」

 

「あら、ありがとう! 私の商才も捨てたもんじゃないわね。それじゃ、ご返杯」

 

据え付けの棚から取り出したお猪口で五代の酒を受けた若女将は、それを一旦置いて徳利を受け取り、彼の盃に酌む。それから互いに掲げてふふと笑い、

 

「最初の常連さんに」

 

「新しい常連さんに」

 

「乾杯」

 

お猪口を軽く打ち合わせた。

 

 

 

 ほろ酔い気分で屋台を出た五代。顔色は素面と変わりなく、一合の日本酒程度で千鳥足になる程酒に弱いわけではないらしい。そもそもそこまで酔っ払った事もなさそうではあるが。

 もう少し長居すれば最初の常連さんと会えたのかな、どんな人たちなんだろうな、などと考えながら歩くうちに、寺子屋に到着。玄関先にはマッチと、真新しい蝋燭が立てられた簡素な燭台が置かれている。夜間はこれを灯りにして歩けと言う事だろう。マッチはそのまま、宿直室の七輪や行灯の着火にも使える。

 

 燐の香りを楽しみながら蝋燭に火を灯し、静まり返った寺子屋内をそろりそろりと歩く。別段深い意味はない。夜の校舎と言う絶妙なロケーションが、五代を忍者モドキへと変身させたのだ。元が立派な屋敷だけあって、怪談話とは無縁な雰囲気ではあるが。早い話が、気分的なものである。

 昼間の記憶を頼りに廊下を歩いていると、ある一室の襖の隙間から光が漏れ出ているのに気付いた。記憶を掘り起こしてみると、そこは昼食を食べた部屋、資料置き場兼慧音の自室。と言う事は、こんな時間まで残って仕事をしているのだろうか。己も仕事をこなして来たとは言え、風呂と夕飯に加えて酒まで嗜んで来た事が急に恥ずかしくなった五代は、せめて一言挨拶しようと部屋へ歩み寄った。

 

「先生、ただいま戻りました」

 

 小さく咳払いをしてから、ややかしこまった口調で声掛けすると、室内からどうぞとの返し。失礼しますと断ってから襖をそっと開けると、行灯の光の中、座卓で何やら書き物をしている慧音の姿が目に入った。

 

「こんな遅くまでお疲れ様です。何か手伝える事はありませんか?」

 

さすがに調べ物や書き物は無理だが、彼女の周囲に山積みされている書物の整理くらいは出来る。そう踏んで助力を申し出たが、

 

「いや、丁度終わるところですよ。今後の授業予定が少し変わるので、内容を再確認していただけですから」

 

慧音は首をこきこきと鳴らしてから振り返り、ふんわりと笑った。

 

「夕飯はもうお済みで? まだでしたら、良いお店を紹介しますよ」

 

「ごめんなさい、もう食べて来ちゃいました」

 

美人のお誘いであれば、多少無理をしてでも乗るのが男と言うものであるが、そこは嘘をつけない五代雄介。正直に答えてしまった。

 

「ん、この香り……。もしかして、川端の屋台へ?」

 

「先生凄い、正解です! でも何で……?」

 

見事に言い当てられて驚く五代だったが、それに対しての慧音の答えは至って単純。蒲焼きのタレとあの酒の匂いがほんのり漂っていたからだそうな。そう聞いた途端、シャツの裾を軽くめくって匂いを確かめる五代。なるほど、言われてみれば確かに。

 

「私もあの屋台はよく行くんですよ。しかし、となると話は早いな……」

 

一人でうんうんと頷く五代、そして対する慧音もまた、顎に手をやって何やら頷いている。傍から見れば何とも奇妙な光景である。

 

「五代さん、折り入って相談があります。子供たちに好かれる貴方に」

 

ぽんと膝を打ち、慧音は五代にぐっと寄った。夜も更けた今、相談に乗って彼女の帰りがさらに遅くなっては不味いのではなかろうか、と逡巡したが、早い方が良いと押し切られ、居住まいを正す。

 

 そして、慧音の話を聞いた瞬間、五代は一気に酔いから覚めた。

 

「明日一日、私の代わりに授業をして頂けませんか?」




東方Projectと言えばお酒。少しばかり五代君をそちらの設定に寄せました。みすちーは二次創作のキャラ像からさらにマイルドに。

そして、おかみすちーと言えば前掛け、と仰る方が多いと存じます。そんな方々に私は声を大にして申し上げたい。
私は割烹着姿のおかみすちーに惚れた、と。

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