五代雄介の幻想郷旅行記   作:楓@ハガル

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別に前回がビックリマーク最多じゃなかった。


第十七話 キミのお気に入り

 本日の日直を務める正三と、優等生のような雰囲気の大妖精が最前列に立ってまとめる事で、生徒たちはめいめいおしゃべりをしながらも整列していた。そこへ五代と慧音が現れると、ぴたりと静かになるが、それでもそわそわとした空気は隠し切れていない。

 五代もその気持ちはよく分かる。遠足出発前、行先に思いを馳せ、弁当と持ち込んだおやつの味に心中で舌なめずりし、昼食後に友達と何をして遊ぼうかと考える。その思いを今、彼と生徒たちは時間を超えて共有しているのだ。

 だが、今の五代は臨時とは言え教師である。わくわくしているのは同じだが、出発に際し、注意すべき事を伝えなければならない。

 

「これから、みんなに教えてもらったお気に入りの場所を一つ一つ見て行って、そこの何が大好きなのか、他の子たちに発表してもらいます!」「はーい!」

 

「ちゃんと先生の後に付いて来てね。それと、発表してる時はおしゃべりしないで、ちゃんと聞いてあげましょう!」「分かりましたぁ!」

 

注意と言うよりはお願いのようである。しかし生徒たちは、手を上げながら元気よく返事を返した。この様子ならば、特に心配はいらなさそうだ。

 

「よぉし、それじゃ出発進行!」「おー!」

 

掛け声と共に握り拳を掲げ、一同は寺子屋の門を潜った。子供たちから見えないのを良い事に、慧音が最後尾でひっそりと真似をしていた点には、あえて触れずに。

 

 

 

 地図を広げた五代を先頭に、二列縦隊で道を行く。その様はさながら、カルガモの親子のようだ。道行く人々は、こんな昼間に見慣れぬ男を先頭に歩く寺子屋の生徒に首を捻り、後ろの慧音を見てどこか得心行ったように笑う。中には、「行ってらっしゃい」と手を振る者も。

 

「雄介先生、この道順はもしかして?」

 

行き先に気付いた、緑色の髪から触覚が伸びるボーイッシュな少女──リグルが問うた。

 

「正解っ。最初はリグルちゃんたちのお気に入りからだよ!」

 

「わぁ、やっぱり! みすちー、ルーミア、どうしよ!?」

 

返答を聞き、途端に色めき立つ三人。まさか自分たちが一番手だとは思っていなかったらしい。誰かの発表を聞き、それを参考にしようと思っていたのかも知れない。

 順番に関しては特に考えていたわけではない。二箇所は頃合いを見て向かうつもりだが、その他は寺子屋から近い順である。

 そんなリグルたちに、五代から声が掛かった。

 

「こう言うのは、聞く側には結構伝わるんだよ。こう、目力って言うのかな。それと声の調子とか、身振りとか。自分が好きなものなんだ、思い切ってぶつければ良いんだよ」

 

一旦足を止め、拳を握って説く五代の姿に、生徒全員が聞き入る。それはまさに、彼が自分の思いを伝えようと懸命になっている姿そのものであり、だからこそ説得力に溢れている。

 

「ですよね、先生?」

 

「あー、今日は私も生徒なんですが……。まぁ、言霊はみんな知っているな? 言葉には力が宿る。自分がその場所をどう思っているか、それを思い返しながら話せば、きっと大丈夫だ」

 

同意を求められていささか動揺した慧音だが、五代とはまた違う方向の、幻想郷らしさと教師らしさを感じる助け舟を出した。慌てていたリグルたちも、二つの助言に落ち着きを取り戻したようだ。これも彼女たちを安心させようと言う言霊であろう。

 

 そうこうしている間に、一行は青物問屋前に到着した。門の奥では小太郎をはじめ、むくつけき男たちが大八車に野菜を慌ただしく積み込んでいる。これから出荷らしい。

 

「ん? おぉ、五代の兄ちゃんじゃねぇか! 暇なら稼いで……って、今日はえらい大所帯だな」

 

額から流れる汗を拭いながら、五代に気付いた小太郎が駆け寄って来た。が、彼の後ろに続く行列を見て、目を丸くする。

 

「ごめんなさい、今日は寺子屋の授業で来たんです。ミスティアちゃんたちのお気に入りの場所がここみたいで」

 

「へぇ、ミスティアってぇと、川端の屋台の嬢ちゃんか。上得意さんのお気に入りたぁ嬉しいねぇ」

 

満更でもなさそうに笑う小太郎に、五代は本日の授業の趣旨を伝え、出来れば邪魔にならない場所で作業を見学させてもらえないか、と持ち掛けた。

 

「おぅ、構わねぇよ。入って右でも左でも、好きな方から見てってくれや」

 

門前で話を聞いただけでは、ミスティアたちが何を気に入っているのかは伝わりにくいだろう。そう考えての提案を、小太郎は快く承諾した。一同揃って礼を言い、門を潜って敷地内へ。作業中の男たちが手を振りながら挨拶すると、生徒たちも特に何かを言われるまでもなく、腹の底からの返事を返した。

 作業の場から少し離れた位置に全員が腰掛け、その前にミスティア、リグル、ルーミアが立つ。小太郎を含めた男たち全員の作業の手が、心持ち緩んだように見えた。

 

「えっと、ここにはみすちーが屋台を始める時に、ルーミアと野菜の配達をお願いしに来たの! それでね──」

 

リグルがここを知ったきっかけを話し、

 

「妖怪が屋台をやる、なんて鼻で笑われるかと思ったよ。でもここの旦那さんは、面白そうだから一枚噛ませろ、って乗り気でね。小太郎おじさんってば──」

 

ルーミアが小太郎の人となりを語り、

 

「おかげですっごく美味しい野菜が届くんだよ。八百屋さんも他のお店も、野菜が新鮮で美味しいのは、こことお百姓さんたちのおかげ! みんなもたくさん食べようね!」

 

ミスティアが品物の質を称える。緊張が見え隠れしているが、それでも堂々とした発表。そんな彼女たちへ、一拍の静寂の後、万雷の拍手が送られた。五代や生徒たちだけでは到底出し得ない音。それはいつの間にやら作業の手を止めて聞き入っていた、青物問屋の小太郎たちのものであった。

 

「ありがとうよ、嬢ちゃんたち! 次の注文はちょいとおまけしてやらぁ!」

 

鼻を擦った小太郎がそう言うと、男たちから歓声が上がった。自分たちが取り扱っている物が評価され、上司がそれに応えた。仕事人として誇りを持つからこその、感情の表れであろう。

 その只中にあった三人は、気恥ずかしさから顔を真っ赤に染め、小太郎たちにぺこりと一礼して生徒たちの中に混ざった。多勢から注目される事に慣れていないのかも知れない。

 

「それじゃ、みんなでお礼を言おうか。ありがとうございました!」「ありがとうございましたぁ!」

 

彼女らの代わりに前に出た五代が深々とお辞儀をし、生徒たちも真似をするように礼を述べた。

 

「おぅ、こちらこそありがとな! オメェらも野菜をたくさん食って、元気に育てよ!」

 

小太郎を筆頭に、男たちも口々に感謝を伝える。その声を背中に受けながら、一団は青物問屋を後にした。

 

 

 

 お気に入り巡りの行脚は続く。

 きぬ、とよ、うめのお気に入りは、青物問屋からほど近いとある建物の角。やけに手入れされた箱が積まれたそこは、三人がいつも見に来る人形劇の会場だそうだ。

 

「人形使いのお姉さんが、毎週決まった日にここに来るの!」

 

「お人形さんたちが生きてるみたいに歌ったり踊ったり、それがとっても可愛いんだ!」

 

「私もあのお姉さんみたいな美人になりたいなぁ……。雄介先生も、会ったらきっと惚れちゃうよ!」

 

女の子特有の賑やかな様子での発表に一同が聞き入り、その背後、やや離れた位置で、

 

「あら、今日は誰か別の演目でもやってるのかしら? だけどそれにしては……」

 

太陽の光を集めたような金髪の美少女が遠巻きに彼らを見つめ。

 

 続く清のお気に入りは、川に架かる橋のたもと。道が交差してやや広くなっているそこは、彼曰く、激戦区なのだそうだ。

 

「山の神社の姉ちゃんとか、近くの寺のお坊さんとか、妙に男前な姉ちゃんとかが、いつもここで勧誘やっててさ。たまにかち合った時なんか、自分たちの良いとこをムキになって言い合って、それがおもしれぇんだ!」

 

男前の姉ちゃんはともかくとして、神社の関係者と寺の僧侶となると、ここは信徒集めの場となっているらしい。

 

「さてと、今日も……って、人がいっぱい。……あれ? あの人、どこかで見たような?」

 

「貴女方も来ていたのですね。今日は、そんな雰囲気ではないようで」

 

「アレをやっている前に出るのは得策ではない、か。日を改めよう」

 

おどけて物真似をする清を見て、新緑の髪色の美少女、網代笠を被った美女、紫のマントを羽織った美女が苦笑混じりに引き下がり。

 

 午前最後を飾ったのは、中央通りから少し外れた所にある、草花の茂る広場。ここをお気に入りとする茂吉は、前に出るなりごろんと寝転がった。

 

「ここに寝転ぶと、空がきれいに見えんだ。オイラ、ヤな事があるといっつもここに来て、空を眺めるのが好きなんだぁ」

 

百聞は一件に如かず。全員で横になってみると、なるほど、周囲に建物がないお陰で、眼前には一点の曇りもない青空のみが広がる。こうしていると、大地を背負って空を見下ろしているかのように錯覚しそうである。人の営みの中でこの絶景は、なかなか見付けられるものではない。五代も、慧音も、そして生徒たちも、一様に感嘆の声を漏らし、ただ空に見入っていた。

 

 

 

 午前最後とは、ここを一旦の区切りとする事。すなわち昼食の時間である。中央通りへひとっ走りし、屋台で軽食を買った五代が広場へ戻ると、生徒たちは車座になって彼の帰りを待っていた。否、一箇所のみが空き、その両隣に胡座をかいた清と正三が、ここに座りなよと手招きしている。その言葉に甘えて割って入り、全員でいただきます、と手を合わせた。

 食事を外で食べる事はままあれど、級友全員と一緒に、と言うのはなかったらしく、各々の顔にそんな色が見て取れる。五代もどこか安心した顔で竹皮包みからおにぎりをつまみ、頬張った。屋台の主人が握ったであろうそれは、適度な硬さで口の中で良く解れる。具の梅干しも柔らかく漬かっており、米との食感の違いが楽しい。誤って種を噛んで、口を抑えてぷるぷる震える姿を晒したのもご愛嬌。むしろ生徒たちにさらなる笑いを提供出来た、と怪我の功名精神を発揮する五代だった。

 

 それぞれのお気に入りで話に花が咲いた昼食を終え、自由時間。広場から出ないようにと注意を受けた生徒たちは、おしゃべりを続けたり、だるまさんがころんだに興じたりと、思い思いに食後の余韻を楽しんでいる。その広場の片隅で、五代は手帳を開いていた。ちらちらと子供たちを見ながら筆を走らせる彼の姿に首を傾げ、慧音がその隣に座って覗き込む。

 

「あの子たちの絵、ですか?」

 

口角を少し和らげて頷いた五代の絵は、まだ下描きながら実に躍動感に溢れるものだった。忙しなく動き回る子供たちを見事に捉えている。

 

「初めて先生になった記念に、って。それと、幻想郷を旅した記念にも」

 

一度筆を止めた五代がページを戻す。先日描いた永遠亭に、慧音は思わずほぅ、と唸った。

 

「旅の記録ですか。私は旅などした記憶がないので分かりませんが、そうやって振り返るのも楽しいのでしょうね」

 

「そうなんです! 眺めてると、そこを歩いた記憶がぶわぁって」

 

記憶と五感。その二つで思い出に浸る感覚は、経験した者にしか分からない。そう言えば、自分はこの閉じた楽園を歩いた事がないな、と、楽しげな五代を見つめながら不思議な衝動に駆られる慧音だった。

 

* * *

 

 そんな二人と生徒たちを見つめる、無機質な目が一つ。ふふ、と笑うと、たちまち姿を消してしまった。後に残るは、黒い残滓。それもまた解れるように消え失せ、空の青のみが広がった。




遠足のおやつをうまい棒とか○○さん太郎尽くしにするのは鉄板。

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