五代雄介の幻想郷旅行記   作:楓@ハガル

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作品中のどこかで、クウガEDのように青空の下で鞄を枕にしてのんびり寝かせてあげたい。


第二十二話 企む従者

 ぷかぷか。しおしお。

 

「くぅ……、すぅ……」

 

腕組みして門の脇に背を預け、鼻提灯を膨らませ萎ませ。幸せそうに弧を描く口からは一筋の涎。この赤毛の少女もレミリアや咲夜に引けを取らぬ美少女──いっそ、この館の採用条件には美貌が含まれている、と言われても納得する程──なのだが、いかんせんそのだらしない寝顔が、ものの見事に台無しにしている。否、それでも可愛らしいと形容出来るのが、彼女の地の美しさを言外に表していると言えよう。

 チャイナドレスと洋服を組み合わせたような緑の衣装と、『龍』と彫られた星型の金バッジを付けた人民帽似の帽子。一見して出身が分かってしまう出で立ちだ。そして、スリットから覗く健康的な足。五代は一目見て理解した。あぁ、やはりこの少女こそこの館の門番なのだ、と。

 多くの人々を世界各地で見て来た観察眼ゆえか、一年で培われた戦士の観察眼ゆえか。無駄な肉が一切付いていない、しなやかで強靭な、拳法家として理想的な足だ、と見て取ったのだ。動きやすそうな衣装は少女の五体に何ら制限を掛けず、その足から繰り出される蹴りを受ければ一溜まりもなかろう。

 だが、しかし。現状、この少女が門番として機能しているかと問われれば、五代も頷けない。だからこその先の呟きなのだ。

 閉ざされた門に、居眠り中の門番。招待された身ではあるが、勝手に入ってしまって良いものだろうか。少女の真似と言うわけではないが、五代も腕を組んで考える。

 ここで待っていても仕方がない。それは重々承知しているが、さりとてこの少女の寝顔は、どうにも起こすのは忍びない。むしろ罪悪感さえ湧く。

 

「どうしよっかなぁ……」

 

さすがに壁の声を頼りに登るわけにも行かず、考えあぐねた末にひとりごちる五代。

 

「どうしましょうねぇ」

 

すると、背後から声が。

 

「何か、起こしちゃうのも悪い気がするんですよ」

 

「あら、お仕事をサボってるのに、ですか?」

 

「いやぁ、門番さんの寝顔を見てると……」

 

「まぁ、分からなくはないですけどね」

 

思わぬところで意見が合い、二人してくすくすと笑う。笑い声が耳に障ったのか、少女の眉間に小さな皺が寄った。

 そこで、はたと気付く。自分は今、誰と話し、誰と笑い合った? 

 

「こんばんは、五代雄介さん」

 

改まった挨拶に振り向くと、ぷに、と頬に何か細い物が当たった。視線を下ろしてみれば、己の頬に刺さる華奢な指。その向こうには、満足そうな笑顔を浮かべる銀髪の侍女。ありきたりな悪戯が成功して嬉しいようだ。

 

「あっ、咲夜さん。出掛けてたんですか?」

 

背後にいたと言う事は、つまりそう言う事なのだろう。そう当たりを付けて尋ねたが、咲夜は首を横に振った。

 

「昨日に引き続きの、手品でございます。あまり驚かれなかったようで少々残念ですが、最後の一発は効いたみたいですね」

 

口を尖らせる咲夜に、五代は苦笑いを返す他なかった。続いてしまったのだから仕方がない。

 

 未だに居眠りを続ける少女を尻目に、咲夜は門の前に立った。

 

「改めまして、ようこそ『紅魔館』へおいで下さいました。中へご案内しましょう」

 

見ていて気持ちの良くなるお辞儀に、つい五代も、いえいえこちらこそ、と頭を下げる。どちらから、と言うわけでもなく姿勢を正すと、次いで咲夜は門戸に手を掛けた。どう見ても彼女一人では開けられそうにない、重そうな門である。手伝いますよ、と足を伸ばしたところ、ぎぃ、と軋む音が響いた。さほど力を入れている様子もないのに、門はその半身を開いてゆき、やがて人一人が通るには十分過ぎるほどの隙間が開いた。

 

「これも、もしかして手品だったりします?」

 

「ご想像にお任せしますわ」

 

曖昧に濁した咲夜はするりと内に入り、手でもって五代を中へと招じ入れた。

 実際にはこの門、咲夜でも容易に開けられる程度には軽い。あくまでも見た目が重そう、と言うだけなのだ。だが、咲夜は誤魔化す。五代が良い具合に勘違いしてくれているから。レミリアから「八つ当たりはしないように」と言い含められてはいるものの、このくらいなら可愛いものだろう、と内心で舌を出していた。

 そんな胸の内を素知らぬ顔で隠し、咲夜は五代の前を行く。やはり、どこか変わり者である。

 

 そして肝心の五代は、門を潜り抜けた先に広がる庭園に舌を巻いていた。

 庭園は十字に伸びる石畳の道で、四つに分かれている。その中央の噴水からこんこんと湧く清水は、湖から引いているのだろうか。波打つ水面は、星が泳いでいるかのごとし。分かたれたそれぞれの空間は、天国を思わせる花畑。庭師の腕が良いようで、どの花も寒空の下、生き生きと咲き乱れている。設えられた席にて開かれる茶会は、さぞや優雅なものとなろう。

 その奥に控えるは、主の居城。不思議なもので、門の内へ踏み入ると印象が変わる。さながら子を育む母親か、あるいは黙して見守る父親か。この紅い構えに、そんな庇護者のような感覚を覚える。

 王の宮殿、はたまた王に傅く諸侯の屋敷。和の空気を感じる幻想郷にあって、しかし紅魔館は異質ながらも確かな幻想に彩られていた。

 

「旅人と伺いましたが、外の世界のお屋敷と比べ、当館はいかがでしょうか?」

 

「いや、すっごいですよ! 人が住んでる所なんて見られませんし!」

 

先立つ咲夜に聞かれた五代は、興奮したように褒め称えた。なにせ、外の世界でこのような屋敷は二つに分類されるのだから。すなわち、観光地か、本物の高貴な身分の者が住むか、である。前者はよく手入れが行き届いてはいるが人の息吹が感じられず、後者はそもそも中を拝む事すら叶わない。翻って紅魔館、現に誰かが住んでいる豪奢な屋敷へ立ち入った五代の感動は、いかばかりのものか。

 

「あそこでお茶とか飲んだら、きっとすっごく美味しいんだろうなぁ」

 

それは、ある種の憧れなのだろう。華やかなる貴族の生活を垣間見た五代は、その姿に思いを馳せ、

 

「庭師に労いの言葉を贈っておきましょう」

 

手で口元を隠して上品に笑った咲夜は、門へと視線を送った。

 さて、そんなこんなであちらに目を引かれ、こちらに心を惹かれ。ふと気付いて東を眺めると、月が半分ほど顔を覗かせる頃合い、月の出。いよいよ紅魔館内へ足を踏み入れる時がやって来た。今一度己を見下ろし、どこか服装におかしな所はないか、と確認を始める五代。そんな彼を、かしこまる必要はありませんよ、と笑って制した咲夜が、黒檀色の扉を開けた。

 

 

 

 先に通された五代を迎えたのは、外装に負けず劣らずの紅い内装、恐らくは値千金の調度品、蝋燭の火で七色に輝くシャンデリア。いずれもこの館に相応しい一級の品々であろう。

 だがそれよりもなお五代を惹き付けたのは、百花繚乱の花園、否、花園を連想させる少女たちであった。扉から正面の大階段へ伸びる絨毯に並んだ彼女たちは、咲夜と揃いのメイド服に身を包み、背中には各々違う形の透き通った翼。チルノよりも大妖精や三妖精に似たその翼は、彼女たちが妖精である事を如実に物語っている。よくよく見てみると、それぞれが花弁を模したような形状である事が見て取れた。

 そして、そんな妖精たちから流れ来る芳しい香り。それこそが、五代を惹き付けたものの正体。ほのかで甘く、優しい匂い。淡くて瑞々しい、柔らかな匂い。それはまるで、花。見る者全てを和ませ、笑顔にしてしまう力を持つ、自然の癒やしそのもの。

 

「ようこそ、こだいゆーすけ様!」

 

そよ風に揺られる花々にも似た、可愛らしい声。名前を間違えられているが、当の五代はすっかり頬を緩ませ、お邪魔します、と元気良く返した。

 

「全く、ちゃんと教えたのに……。貴女たち、ご苦労様。後は私が案内するから、お仕事に戻ってちょうだい」

 

顔を覆ってため息をついた咲夜の一声で、妖精たちはぱたぱたと翼を羽ばたかせながら、めいめいあちこちへと散らばる。扉の向こうへ姿を消す者、二階へと飛んで行く者。そのいずれもが、五代へと手を振って「ばいばい」と声掛けするものだから、彼もあっちを向きこっちを向き、手を振りつつ「またね」と返す。随分と忙しい別れの挨拶である。

 咲夜の談によると、紅魔館では無数の妖精をメイドとして雇っているらしい。そして先ほどの子らは、庭園の花々から現れた花の妖精だそうな。それで五代も合点がいった。彼の感じた印象は間違っていなかったようだ。

 

「まぁ妖精の例に漏れず、あんな風にちょっと抜けてるんですけどね。お陰で仕事が山積みなんです」

 

そんな咲夜は、妖精メイドの長、すなわちメイド長の役職を仰せつかっている。先のため息も苦労の表れなのだろう。しかし、そんな愚痴の裏に潜む一つの感情を、五代は感じ取った。ただ、それを口に出すのは無粋極まりない。ゆえに彼は、微笑ましく思いながら並び歩くのみだった。

 

 しずしずと歩く咲夜に従い、辿り着いた先は玄関ホール右手の扉。振り返ってみると、大階段を挟んだ反対側にも、鏡写しのように同じ扉がある。外観から察するに、この扉の先は回廊なのだろう。ぐるりと一回りし、あちら側の扉に出る、と。

 

「お嬢様より、ご滞在の間は館内を自由に歩いて良い、と言付かっております。ですが──」

 

そのあちら側を顧みていた五代は、ノブを捻る音で意識を正面に向け、絶句した。

 

「──この扉より先は、十分にお気を付け下さい」

 

扉の向こうにあったのは、予想通りの廊下。柱に設えられた燭台の蝋燭が揺らめき、紅い道を影で彩る。紅魔館の名に恥じぬ、徹底した紅へのこだわり。だが、彼の言葉を奪ったのは、そんな瑣末事ではない。

 延々と、どこまでも続く廊下。それは五代の予測を裏切るかのように、頭に思い描いていた距離を突き抜け、遥か彼方まで伸びている。曲がり角などまるで見えない。錯覚を疑って目をこすり、頬を何度か叩いてもう一度、またもう一度と見直すが、やはり結果は同じ。

 誰しも経験があろう。大きな建物に入り、予想以上に広い、あるいは狭いと感じた事が。大抵は壁や部屋などが理由だが、これは構造で語る次元の話ではない。

 

「貴方の考える通り、この回廊は館を一周し、あちらの扉に繋がっております。ですが試そうとすれば、貴方の考える以上の広さに途方に暮れるでしょう」

 

黙り込んでしまった五代に気を良くしたのか、咲夜はさらに畳み掛ける。八つ当たりと言うよりも、もはや驚いた彼の反応が楽しいのかも知れない。年相応の少女らしい、可愛らしい期待さえ入り混じっているのだろう。確かに、害のないドッキリはなかなかに癖になる。

 この廊下を見せたのも、言ってしまえば気まぐれである。自由に歩いて良い、とレミリアからお達しはあったが、さすがに勝手気ままにそこらの扉を開けて徘徊はしないだろう。無論、仮に五代がまかり間違って足を踏み入れ、あまつさえずんずん突き進んで進退窮まったとしても、咲夜ならば容易に救助は可能であるし、レミリアの客人である以上は助けぬ理由はない。ゆえに本気で忠告するつもりはない。

 だが、いささか侮りが過ぎたか。ここにいるのは生粋の冒険家、育ての親への連絡なし(思い付き)で海を渡り国境を越える弾丸野郎、五代雄介である。

 

「えっと、どこか知らない所に行っちゃう、って事はないんですよね?」

 

「えぇ、四度角を曲がればこのホールへ戻りますわ」

 

知らない所でも一向に構わない男だが。

 

「レミリアさんが、ここを自由に歩いて良いって言ったんですよね?」

 

「お嬢様のお言葉です。私に捻じ曲げる資格はございません」

 

律儀に確認を取るのも彼らしい。

 

「じゃあ、十分に準備してれば、こっちに行っても良いんですよね?」

 

「そうですね、準備を入念に……はい?」

 

予想だにしない発言だったのだろう。今度は咲夜が驚く番に回った。

 

「いやぁ、こんな不思議な場所、外じゃ歩く機会ないですから記念にって。あっ、大丈夫ですよ、散らかしたり汚したりはしませんから!」

 

「いえ、そうではなくてですね……」

 

期待に満ちた表情を向ける五代に、さしもの彼女も理解が追い付かない様子。

 例えば世界一の長さ、または高さを誇る吊橋。大まかには、袂に書かれた数字を読んで感心し満足する者と、実際に渡ってみて実感する者の二つに大別出来よう。そして五代は紛う事なき後者である。歴史に名を残す偉大な冒険家たちもそうであろう。自らの足で歩き、自らの目で見なければ気が済まない、興味を燃料としてエンジンを回し、時にはブレーキから完全に足を離し、全力でアクセルを踏み込む人々。彼にしてみればこんな摩訶不思議な光景を見せ付けられて、大人しくしていろ、と言う方が無茶と言うもの。

 

「あの、迷惑ならやめときますけど……」

 

とは言え、固まってしまった咲夜を見て、さすがの五代もたたらを踏んだようだ。様子を窺うように、腰を曲げて彼女の瞳を覗き込む。不安な表情は断られる事を恐れるよりも、それ以上に、黙り込んでしまった咲夜への気遣いが表れていた。

 悪戯心を見せたつもりが、思わぬ反撃を食らう形となった咲夜。思い返すまでもなく、昨晩も予想を裏切られ通しだったではないか。ここに至り、彼女は理解した。自分は、五代雄介と言う人間を見誤っていた。そう簡単に図れるほど、この男は浅くない。と言うよりも、時折レミリアをからかって楽しむ自分を軽くぶっちぎっている。

 ならば、せめて。

 

「こほん、失礼しました。廊下から入れる部屋は使う予定のない空き部屋ですので、お休みの時にはご自由にどうぞ。お食事含め、御用の際はベッド脇のハンドベルを鳴らして頂ければ、すぐに参りますよ」

 

今は、引こう。鍛え上げられた表情筋をフルに動かし、平静を装って対応した。ここで醜態を晒し続けるのは、彼女の矜持に反する。内心はさて置き。

 咲夜からの事実上の許可に、喜びながらもどこか遠慮の色を見せる五代。さすがに寝食の世話までしてもらうのは申し訳ない、どこかに寝袋や保存食を売っている店はないだろうか、と思案しているようだ。そんな彼とは裏腹に、営業スマイルの裏で次の作戦をあぁでもない、こうでもない、と練る咲夜。実に対照的である。

 五代雄介対十六夜咲夜。今宵、勝利(驚かし)の女神は五代に微笑んだ。




気付いてみれば、もう一年ですか。長かったような、短かったような。
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