書いてる方も辛いんです。
「……いやぁ、びっくりしたなぁ、もう」
往年のギャグが、思わず五代の口を衝いて出た。夢でも見ているのではないか、否、夢である方がまだ説得力がある。そう考えて己の頬をつねってみたが、ほどほどに痛い。この、レミリアの呼び掛けに呼応して現れた夕食は、手品由来に違いはなさそうだが触れる事も味わう事も出来るらしい。
「肉体労働を終えたばかり、とお嬢様より伺いましたので、少々多めに。お代わりのご所望は、いつでもお申し付け下さい」
同じくいつの間にやら五代の背後に控えていた咲夜が、静かに、瀟洒に、しかし隠し切れない得意顔で一礼。ちょうど対面のレミリアがこめかみをひくつかせているが、構う素振りもなく並べられた料理の献立を諳んじる。
「本日のおゆはん……こほん、夕飯ですが、サラダ、ポトフ、チキンソテー、バゲットでございます──」
冬場には珍しいほどに瑞々しいトマトが、スライスされてたっぷりと乗せられたサラダ。ドレッシングなどは掛かっていないようだが、そこに新鮮なトマトの甘みを楽しんでもらおう、と言う粋な心遣いを感じる。輪切りにされてなお分かる形の不揃いさも、昔ながらの手法で栽培された天然物の証。太陽の味とも言い換えられよう。
湯気立つポトフの真ん中には、これまたきれいに皮を剥いたトマトが鎮座していた。スープの旨味をこれでもかと吸い込んだかのように、今にもはち切れそうだ。そのまま切り分けて口に運ぶも良し、スープに溶いて飲んでも良しと、想像力と食欲を掻き立てられる。共に彩るじゃがいもや人参も良いほくほく具合で、トマトやスープから染み出た旨味を存分に蓄えている事だろう。
チキンソテーは狐色に焼き上げられた皮が目に眩しい。見て分かるぱりぱり具合は、楽しい食感と独特の甘みをもたらしてくれる事請け合いである。これだけ見事に焼いてあるのならば、肉もジューシーで、切った途端に肉汁が溢れる未来が容易に想像出来る。付け合せの野菜も彩りを豊かにしているが、その中でもソテーを囲むように垂らされたトマトソースの赤が、ひときわ目を引いた。
こんがり焼き立てのバゲットも、ポトフやチキンソテーに負けじと香ばしい香りを立ち昇らせている。クープを見ればバゲットの出来、ひいてはその職人の腕が分かるが、この開き具合、エッジの利きは本場フランスであってもなかなか見られない。味や食感にも期待が出来そうだ。添えられた小皿に乗るバターも、その上でとろける瞬間を今か今かと待ち受けているかのような印象を受ける。
そして、それらを乗せた皿やカトラリー、ワイングラスの美しさと来たら。どれもこれも目立った傷が見当たらず、ナイフに至ってはそのまま鏡として使えそうなほどに磨き上げられている。よほど大事に使われているのだろう。
ここは高級洋食店だったろうか、と錯覚してしまいそうな出来栄えである。あるのだが……
「──本日も大変寒うございますので、芯より温まる物をご用意させて頂きました」
……やけに、赤色が多いようにも感じられた。紅魔館であるがゆえ、だろうか。
「手前味噌ではございますが、バゲットはポトフに浸して食べると大変美味しゅうございます。ぜひご賞味下さい」
そう言われてしまうと、試してみたくなるもの。早速手を合わせ──
「あれ、レミリアさんとフランドールちゃんのは……」
料理から顔を上げたそこで、スカーレット姉妹の前に並ぶ皿が、自分のそれより少ない事に気付いた。見たところ、小ぶりなクッペと具が少なめのポトフのみ。脇のシンプルなカットグラスに注がれているのは、色からするとトマトジュースであろうか。
「ん? あぁ、私たちはこれで良いのよ。元々少食だし、貴方だって朝からたくさんは食べられないでしょう?」
そんな五代の様子に気付いたレミリアが、グラスを軽く振りながら答えた。そう言われてみると確かに昨夜、昼間はまだ寝ている、と言っていた事を思い出す。フランドールも両の手でグラスを包み、そう言う事だよ、と同調した。なるほど、朝からこの量は、小柄な姉妹には少々つらいものがあろう。
では改めて頂きますの挨拶を、と姿勢を正したところ、今度は咲夜が隣に立った。
「乾杯をするのに、お客様のグラスが空では格好が付きませんわ」
そう言いつつ差し出したのは、恐らくは赤ワインと思しき液体の入った緑色の瓶。と言うのも、ラベルも何も貼られていないので、見た目以上の判断材料がないのだ。
コルクを抜き、その香りを軽く嗅いでからグラスへと注ぐ。己よりも明らかに年若く見えると言うのに、抜栓から始まった一連の所作は、五代に一流のソムリエを思わせた。
「当家にて育てた葡萄から醸造しておりますので、銘は特にございません。ですが、外の世界の逸品にも負けぬ味と自負しております」
音もなく注がれたワインは、見る者の瞳をその深淵へと
「さぁ、宴を始めましょう。今日の善き日に、この出会いに、乾杯」
「乾杯!」「かんぱーい!」
レミリアが音頭を取り、互いのグラスが静かに、そして高らかに打ち鳴らされた。
晩餐はつつがなく、和やかに進んだ。途中、お代わりを頼んだ五代を咲夜が驚かす、といった小さなハプニングはあったものの、特にレミリアは怒る事もなく、若く可愛らしい従者のささやかな計画は実を結んだ、と言えるだろう。
そのお代わりも、実際には量が足りないのではなく、端的に言ってしまえば隣に座るフランドールが原因だった。どうにもクッペとポトフだけでは物足りないようで、五代の前に並ぶ料理に興味津々な様子。ここまで変わるとは思わなかったな、と思いつつ、切り分けた鶏肉やポトフの具を軽く掲げて見せると、彼女は満面の笑みでこくこくと頷き、差し出された料理にかぶり付く。こんな調子でいわゆる『あーん』を続けるのだから、成人男性たる彼が腹の虫を抑えられぬのも宜なるかな。
存分に腹を満たし、ワインを堪能し、満足げに一息つく五代。少し食べ過ぎたかな、と腹をさすると、そのさまがおかしかったのか、フランドールがけらけらと笑う。
「ふふ、何だか年寄りみたいよ、それ」
釣られてしまったのか、レミリアも口元を手で隠し、ころころと微笑む。
「そうかなぁ……?」
ふと、自分の動作を育ての親──オリエンタルな味と香りの店、ポレポレの店主"飾玉三郎"に当てはめてみる。
「……いや、そうかも!」
するとそれが妙に違和感なくはまり込んでしまい、五代も吹き出すように笑った。
ひとしきり笑い、気付くと目の前の皿は全て取り下げられ、代わりにソーサーに乗ったティーカップが鎮座している。さすがに五代もそろそろ慣れて来たと見え、この金細工が美しいカップに注がれる琥珀色に思いを馳せていた。そんな彼にいささか不満を抱いたようだが、さすがと言うべきか。おくびにも出さず、咲夜はティーポットを傾けた。
「ご歓談のお供にどうぞ。こちらもワインと同じく、当家で栽培した茶葉を使用しております」
「葡萄だけじゃなくて紅茶の葉っぱもですか!? 本格的だなぁ……」
「全て、お嬢様のお申し付けによるもの。尤も、当家の庭師がいなければ実現しなかったでしょう」
「へぇ、あの花畑のお世話をしてる人が……」
「ワインも茶葉も、外から取り寄せるのは面倒だしね。あのスキマ妖怪にわざわざ借りを作る事もないし」
晩餐のワインは、世界各地を冒険する五代ですら味わった事のない、芳醇かつ濃厚な味わいであった。これがまたチキンソテーに良く合い、箸が進んだものである。箸と表現するのも少々おかしくはあるが。
続くレミリアの話によると、どうやらワインや紅茶はあまり幻想郷に普及していないらしい。酒と言えば清酒を呷り、喫茶と言えば緑茶を啜る。そう言う日本文化が、人間の里を中心に広く残っているのだと。無論あくまでも主流であり、酒なら何でも飲む者たちもいれば、紅魔館のように自分で好きな酒を作る者もいる。喫茶にしても嗜好による事は、人里のカフェがまさにその体現と言える。
「だから、自給自足してるってわけ。まぁ宴会での評判は良いわよ。霊夢なんか瓶から直接呷ったりもするし」
「えっ、それって博麗神社の霊夢ちゃんですか!?」
「あらお兄さん、知らなかった? 霊夢ってものすごい
これまた驚いた事に、あの青空巫女は凄まじい酒豪なのだそうだ。海外であれば霊夢くらいの年齢で酒を飲んで良い国もあるし、ましてここは異世界。そこは別段不思議な話ではない。ただ、あの少女が浴びるように酒を飲む姿を想像するのは、五代には少しばかり難易度が高かった。
「だいたい咲夜も、評判良いんだからあんな嘘をつく必要ないじゃないの。何か不満なのかしら?」
そう言いながら口を尖らせるレミリア。嘘、と言うフレーズが気になった五代は、先程の咲夜の言を反芻する。自家製である事は主のお墨付き。味も己の舌で確かめた。となると……。
「お姉様、それは」
「銘がない、なんて嘘をつく必要はないでしょう? 私がちゃんと付けたのに」
どうやらあのワイン、銘がしっかりとあるようだ。しかも、レミリアが直々に付けたものが。
となると、これはちょっとした謎である。いくら飄々とした咲夜であっても、わざわざ主の付けた銘をないものとして扱うのは、失礼に当たるのではないだろうか。
「あっ、そうだお姉様! 私、もう一度お兄さんの腹話術が見たいの! お姉様も……」
なぜか、フランドールが話を逸らそうと必死になっている。ベティを胸元で踊らせている様子から、恐らくはそれも本心なのだろう。しかしそれよりも、もっと大事な事を隠そうとしているようにも。
だが、そんなささやかな主張は、レミリアには届かなかった。紅茶で舌を潤し、
「あのワインには、私が『スカーレット・ボール』と銘を打ったのよ。何を隠す必要があるの?」
かの逸品の銘を、高らかに謳った。五代の視界の端では、フランドールが頭を抱えた。
「スカーレット・ボール……ですか?」
「えぇ、この国で昔から作られていたワインに肖ってね。その国の文化を尊重するのも、貴族の心得よ」
「……あぁ、ポートワイン!」
ぽん、と手を打った五代に、レミリアは我が意を得たりとばかりに頷いた。
高貴で優雅なスカーレット家で作る、気品溢れる極上のワイン。それに相応しい銘に思考を巡らせて幾数日。たまたま立ち寄った道具屋で、古ぼけたワインのブリキ看板を見付けたそうな。
「ビビっと来たわね。これしかないって」
「……来ちゃった、の間違いでしょ。だから咲夜も言わなかったのにぃ……」
したり顔のレミリアとは対象的に、とうとうフランドールはテーブルに突っ伏してしまった。すっかり隠れてしまった頬は、林檎のように赤い。どうやら妹君は、姉君の付けた銘がお気に召さないようだ。だから、先程から何とかして話題を変えようとしていたのだろう。客人に聞かせるような名前ではない、と。そしてそれは、「銘はございません」と堂々と偽った咲夜も同様だったらしい。冗談や揶揄を一切挟まぬ問答無用の無視振りから、彼女も本気で触れたくないのだと言う意志が窺える。
現状、レミリアが提示した銘に対する意見は反対が二票。しかもやんわりとしたものではなく、はっきりとした拒絶に近いものである。この事実から、紅魔館の主は他者と比較し、いささか独特なネーミングセンスの持ち主であると言えるだろう。
しかし、フランドールも咲夜も知らなかった。
「良い名前だと思いますよ! おしゃれだし、シャレも利いてて!」「はぁ!?」
満面の笑みを浮かべて親指を立てる客人も、
「でしょ!? この良さが分かるなんて、さすが私が見込んだ人間なだけはあるわね!」
興奮したように身を乗り出してまくし立てたレミリアも、鷹揚に頷いて見せた。奇妙なコンビ結成の瞬間である。
「……あぁ、お兄さんも『そっち側』なのね……」
そしてこの場で唯一の反対派になってしまったフランドールはと言うと、五代の賞賛に跳ね起き、そのまま呆れたように頬杖をついて、明後日の方向を眺め呟くしかなかった。
さて、思いもよらぬ親睦が深まり、また思いもよらぬ溝が開いてしまったところで、五代には気になる点が一つ。
「レミリアさん、一つ気になって仕方ない事があるんですけど……」
「あら、何かしら? 今の私は機嫌が良いから、大抵の事は答えてあげるわよ」
先程よりもうきうきした心情が垣間見える仕草──主にぴこぴこ動く翼──で紅茶を含むレミリアに、五代はこう問うた。
「俺、何でここにお呼ばれしたんです?」
昨日からの一連のやり取りを思い返してみると、この疑問も当然であると言えよう。そも遠目に見ていただけの彼を、なぜレミリアは招待しようなどと考え至ったのか。咲夜が参上し、レミリアまでもが降臨し彼を誘った理由は、しかし全く語られぬままなのだ。
あるいは八雲紫が絡んでいるのかも知れないが、先の言をそのまま取るならば、レミリアはかの妖怪の賢者とそれなりの距離を取っているはずであり、五代を招待する理由としては薄い。
端的に言ってしまうと、五代とレミリアには接点が全くと言って良いほどに存在しない。ゆえにこの厚遇も、どうにも内心では疑問符を拭い去れなかった。
ところがこの疑問に、レミリアも首を傾げてしまった。
「質問の意味が分からないわね。人間とはこうするものではないの? 気に入った誰かを自宅に招くのは、そんなに不思議な事なの?」
それでようやく、五代にも招かれた理由が理解出来た。しかし心底から納得したかと問われれば、もちろん出来ようはずもない。今度は過程がごっそりと抜け落ちているのだからして。それをそのまま聞いてみると、ようやくレミリアも合点が行ったらしい。
艶のある笑みを浮かべ、
「あぁ、そう言う事ね」
密やかに覗く犬歯を一舐めし、
「簡単な話よ」
こう答えた。
「一目『視て』、貴方を気に入ったから」
金のゴウラム合体ビートチェイサーボディーアタックも入れたかった。