五代雄介の幻想郷旅行記   作:楓@ハガル

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それでも私は、酒を飲める人が羨ましい。


第二十五話 酒は飲んでも飲まれるな

──一目『視て』、貴方を気に入ったから

 

 普通であれば、こんな言葉を掛け値なしの美少女から面と向かって言われれば、男女問わず彼女の虜となろう。しかし五代は、レミリアの妖艶な笑みの向こうに別のものを垣間見た。笑顔が好きで、多くの笑顔を見て、多くの笑顔を守った彼だからこそ気付いた、と言うべきか。

 簡単に表すならば、憧れだろうか。ガラスのショーケースの向こうに、喉から手が出るほど欲しかった物が見えた時の、あの顔。友好や恋愛を超越した、運命の巡り合わせを確信した者が浮かべる笑み。決して単純なものではない、どこまでも深くにあり、そしてあまりにもその入り口が狭いがゆえに諦めかけた者がついに浮かべる表情。そんな、『何かに飢えた者』が浮かべる笑顔であった。

 しかし、気付いたところで五代に心当たりがあるかと言われれば、実のところこれがさっぱりなのだ。己は単にチルノたちと遊んでいただけであり、レミリアの琴線に触れるような事をした覚えはない。

 まさか、自分たちに混ざって遊びたかったのだろうか、とも考えたが、それはどうにも違うように思える。価値観は人それぞれ、一概に決められようはずもないが。

 ゆえに、五代はそれらをいったん胸の奥底にしまい、

 

「よく分かんないですけど、気に入ってもらえたなら俺も嬉しいです!」

 

と、素直に謝辞を述べた。理由はどうあれ、自分と言う一個人を気に入られたのなら、やはり嬉しいものであるからして。いくら考えても分からないものは仕方ない、面と向かって話して、少しずつでもお互いを分かり合えば良い。ここではそう言った、五代にとっての切なる願いが叶うのだから。

 

 五代の言葉を満足げに受け取ったレミリアは、残った紅茶を飲み干し、席を立った。

 

「ごめんなさいね、招待しておいて不躾だけれど、これからちょっとお仕事なの。お話の続きは、また後で」

 

紅魔館の主であるレミリアは、同時に幻想郷における有力者の一人でもある。続く彼女の言によると、その影響力は館内部に留まらず、結界の内側広くに及ぶそうな。ゆえにその仕事も、例えば有力者を集めた会合であったり、縄張りで『おいた』をした妖怪への『おしおき』であったりと多岐に渡るのだと。一見優雅で自由な生活を謳歌しているように見えるが、しかしなかなかに忙しない日々を送っているらしい。

 

「面倒だけれど、ここで生きて行くって決めたからには、ちゃんとやる事はやらなきゃね」

 

眉を八の字に傾けて苦笑するレミリアだが、その表情から言葉通りの感情を探すのは、どうにも無理のようだ。であるならば、

 

「俺の事は気にしないで、お仕事頑張って下さい!」

 

掛けるべき言葉は、簡潔なこの一言である。

 

「私も応援してるよ、お姉様!」

 

足をぷらぷらさせながら、フランドールも手をひらひら。妹君も姉君の仕事を応援しているようだが、

 

「貴女もよ、フラン。私の妹として、スカーレット家の一員として、やるべき事はちゃんとなさいな」

 

そうは問屋が卸さなかった。仕事の供として、直々のご指名だ。

 

「えぇ……。どうせ書類に目を通したり、判子捺したりするだけでしょ? 見ててもつまんないんだもん。それよりも、お兄さんの案内(ホステス)をする方が大事だと思うなぁ」

 

「つまんない、って言ったわね? その認識を改めないと、案内なんて百年早いわ。ほら、行くわよ」

 

「たった百年なの? ならあっという間じゃない!」

 

フランドールもフランドールで、やはり言葉と感情は一致しないらしい。口では不満を述べていても、どこか楽しそうである。あるいは、姉と何かをやる事自体が楽しいのだろうか。まだ幼い弟や妹となると、兄や姉の真似をするのが楽しかったりするものであるが、それが当てはまるのかどうかはさて置き、フランドールもニコニコ顔でレミリアに付き従った。

 

「えっと、フランドールちゃんも頑張ってね!」

 

どうにも「たった百年」というフレーズが気になった五代であったが、仕事があると言うのに足を止めさせる必要もない、と思い直し、改めて二人を見送った。

 

 途端にしんと静まり返った室内。飲みかけの紅茶を前に天井を見上げ、五代はここまでの会話、そしてもてなしを思い返す。ただ、咲夜の種なし手品はもはや考える隙さえない。だからそれは頭の片隅に追いやる。かの従者の得意げな顔が、ちらと見えたような気がした。

 レミリアは土産の中身を的確に言い当て、咲夜は自身が肉体労働の後だと気遣いを見せた。後者は確か、お嬢様から伺った、と言っていた事から、これもレミリアによるものと見て間違いなかろう。同時に、これらに咲夜の介入は一切ないと証明されたようなものだ。彼女が種なし手品を使ったと言われた方が、よほど説得力がある。

 どうにも、見えない、見えるはずのないものを見られているように感じ、据わりの悪さを覚える五代。だが、これらをすっと理解し、納得し得るだけの糸口が見えない。そもそも、その糸口の存在さえ不確かなように思える。

 

「こりゃ飲みすぎたかな?」

 

 加えて、今の五代は頭の回転が絶妙に鈍くなっている。心地よい酒精にもたれ掛かっているがゆえに、論理的な回答と言うものを導き出せそうにない。これは、少しばかり酔いを覚ます必要があろう。

 ちょっと歩くかぁ、と誰にともなく呟き、紅茶をぐいと干してからゆっくりと席を立ってドアへと向かう。こう言う時は、思い立ったが吉日とばかりに慌ててはいけない。それを五代はよく知っている。旅先の酒場で盃を交わした友人たちが、足をもつれさせてすっ転ぶ姿を何度も見ているし、そしてそれは彼とて例外ではなかったのだ。

 

 

 

 ノブをひねり、少しだけ戸を開けると、ひゅう、と外の冷気が五代の頬を叩いた。酒で上気した顔には何とも言えぬ、人によっては天の恵みとも言える独特の快感。館内を照らす蝋燭は、やはり明かり以上には働かないようだ。日頃ここで過ごす者には大なり小なり辛いものがあろうが、今の彼にはありがたい話である。

 上着の前を開け、玄関ホールへと出た。床一面に敷かれた上質の絨毯は五代の足音をすっかり消し、時折上着が立てる小さな摩擦音だけがやけに響く。どう言い表せば良いか分からぬ寂寥感を抱いたが、同時に腹の奥から湧いて出た期待がせめぎ合う。

 何せ館内を自由に歩いて良い、と主からのお墨付きがあるのだ。一階に、そして大階段を昇った二階にも扉がいくつもあり、その向こうには何があるのか、想像を巡らすだけでも気分が高揚する。まぁ、回廊に繋がる扉は後日のお楽しみではあるのだが。

 

「って言っても、あてがあるわけじゃないしなぁ……。あ、そうだ」

 

 とは言え、やはり当面の目標と言うものは欲しいわけで。単にぶらぶら歩くのも楽しいが、あまり自由が過ぎるのも考えもの。そこで五代はポケットを探り、色鉛筆セットから適当な色を一本取り出した。その先端を鼻歌交じりに足元に立て、出来る限りそっと手を離す。山道などで迷った際に、道端で拾った枝に行き先を託すあれである。

 

「えっと、そっちには……」

 

倒れた色鉛筆は絨毯に抱き止められながら、ある一方へと尻を向けた。見やった先には、天辺と左右を燭台に飾られた扉。大仰な構えではあるものの、これと言った案内のような物は掲げられていない。改めて、ここが観光地でも何でもない、住人にとっては当たり前の家である事が窺えた。

 磨りガラスや飾り窓のない至ってシンプルな両開きの扉を、じわりじわり、そろそろと開ける。まず五代を迎えたのは、ホールよりも一層冷えた空気の一団。軽く身震いしつつもさらに押し開けると、薄闇を照らす燭台が覗いた。そして、無機質な煉瓦に囲まれた螺旋階段が大きな口を開けている。どうやら地下へと続く階段のようだ。

 

「地下かぁ。でもこれだけ立派なお屋敷なら、そりゃあるよなぁ」

 

腕を組んで、一人うんうんと頷く五代。と、ここである事を閃いた。

 

「もしかして、これってワインセラー?」

 

今も彼の頭を惑わす酒精。それらがたっぷりと詰め込まれた樽が、この先に並んでいるのではないか。館の住人や客人、そして主の口を潤す日を待ち、静かに眠っているのではないか。

 無論、五代も諸外国で見た経験は一度や二度ではない。ひんやりとした空間にずらりと並ぶ酒樽、独特の葡萄と木の香り、そこはまさにワインの畑。薄闇の中、樽の焼印を眺めながら歩くのも、これまた酒の楽しみ方の一つなのだ。 

 過去の記憶の一つ一つが、肌と鼻を刺激しながら蘇り、それらはすぐさま五代の欲求を滾らせる。見てみたい。あのワインをただ飲むだけなど、あまりにももったいない。そして、こうなった彼はもう止まらない、明確なルールや理由でもなければ止められない。ほど良い酩酊も、背中をぐいぐいと押していた。

 

「おじゃましまぁす、っと」

 

酔いは人を饒舌にするが、それは一人きりの場でも変わらないらしい。その独り言を最後に、玄関ホールに再び、痛いほどの静寂が訪れた。

 

* * *

 

 その少女、名を"小悪魔"と言う。実際にはきちんとした名前があるのだが、ある時を境に誰からも呼ばれなくなってしまった──正しくは、彼女の名を知る者たちから離れ、名を知らぬ者たちに囲まれたから、である。ゆえに、彼女と言う個を定義する名前は小悪魔となった。

 尤も、それが嫌かと聞かれれば否を唱える程度には、自身も気に入ってはいる。種族(悪魔)としての特性から怠惰を是とする小悪魔にとって、今の立場は気楽であり、自身の性格にこれ以上なく合致している為だ。先輩たちのように名前が売れてしまえば、面倒が増えてしまう。今の生活が続くなら、無名の悪魔として知名度は低いまま。加えて雇い主は寿命が底知れないと来た。まさに理想の職場である。

 

「……つってもまぁ、退屈な毎日もそれはそれで嫌なんですけどねぇ」

 

重苦しい本を何冊も抱え、書棚の間をふわふわと飛びながらひとりごちる。小悪魔に与えられた仕事は、雇い主の身の回りの世話。代わり映えのしない日々であり、その中にはこのような力仕事も含まれる。場合によっては荒事(弾幕ごっこ)さえも。当初こそ目新しい戦いに心躍ったものだが、それが頻繁に繰り広げられ、しかも『半ば出来レースに近い結果』に終わるのでは、早々に飽きてしまうのも無理からぬ事。

 しかし刹那的な快楽を求める小悪魔にとっては、これはこれで言うほど嫌な日常ではない。今この瞬間が楽なら、それに越した事はない、とは彼女の談。先の独り言、悩みと言うには何と贅沢な事か。

 

「さてと、さっさと戻しちゃいましょう。まだまだ残ってますし」

 

早く終わらせたらたくさん休憩出来る、とほくそ笑み、片手と書棚で手持ちを支えつつ、器用に本を収める小悪魔。自身の数倍では利かない高さの書棚が並んでいるが、彼女にとっては見慣れた風景、動き慣れた職場でしかない。決められた場所に決められた本をしまう単純作業であるがゆえに、淀みもない。

 そうして、抱えていた本を半分ほど片付けた頃。

 

「……ん?」

 

小悪魔は顔を上げ、入り口へと目を向けた。書棚に遮られているために、何かが見えたわけでも聞こえたわけでもない。雇い主が仕掛けた感知魔法が、彼女に来訪者を報せたのだ。そしてこの魔法は、住人に対しては反応しない。すなわち、

 

「まぁた来やがったですね。昼間に散々暴れてくれたのに……」

 

侵入者(赤の他人)である。とは言え、残りの本を放り投げて速やかにお出迎え(・・・・)するのも、彼女にしてみれば面倒な話。そもそも雇い主から「侵入者は即座に排除しろ」などと言う命令も受けていない。一瞬、その目に剣呑な光が宿ったが、すぐに霧散した。

 

「むしろ泳がせろ、ですもんねぇ。現場を押さえたいんでしょうけど、前科なんて両手の指でもまるで足りないじゃないですか」

 

そうぼやきながら視線を書棚に戻し、作業を再開する。手持ちの本を全てしまう頃には、丁度良い塩梅だろう。繰り返しになるが、こうして小悪魔がのんびり仕事に精を出しているのは、他ならぬ雇い主からの指示である。断じてサボタージュを決め込んでいるわけではない。

 

「ま、痛いのは嫌ですし、後回しにしたいですし」

 

……本人の意思が多分に含まれており、またそれが指示と上手く噛み合ったからでもあるが。

 

 やがて作業も終わり、整然と並んだ本の背を一通り見回してから、腰に手をやって満足げに頷いた。その姿は、傍から見れば敏腕美人司書である。中身は先述の通りだが、悪魔は外見も大切なのだ。

 

「……さて、それじゃ行きましょうかね」

 

一転、真剣とも悲壮とも感じられる表情を浮かべ、小悪魔は地を蹴った。そのまま子供の背丈ほどの高度を保ち、侵入者目指して書棚の間を縫い進む。

 辺りは濃厚な紙の匂いに包まれているが、しかし小悪魔の嗅覚は妨げられない。人の匂いや欲の匂いに敏感でないのなら、悪魔として失格である。くんくんと嗅ぎ回る彼女は、確証を得ているかのように一方向へ飛ぶ。しかし、次第にその表情は曇りを帯びて行った。

 

「おかしいですね、"白黒魔法使い"とは違う匂いがする。と言うか、初めて嗅ぐ匂い……」

 

鼻腔を刺激するのは、記憶にない匂い。誰かがいるのははっきりしているが、それが誰なのかは全く見当が付かない。しかし、相手が誰であろうと雇い主の指示には従わねばならない。雇われ悪魔の悲しい現実だ。

 不意打ちしてから適当に戦って、タイミングを見計らって雇い主にバトンタッチしてしまおう。そう作戦とも言えない小賢しい考えを巡らせつつ、小悪魔は匂いの元へ辿り着いた。正確には、書棚を一つ挟んだ反対側に。侵入者が動く気配はない。と言うよりも、彼女が移動を始めてから、一歩も動いていないようだ。

 この辺はそんなに珍しい本が収められているわけでもないのに、と内心で首を傾げつつも、少しばかり高度を上げ、息を殺して機を伺う。そして勢い良く飛び出し──

 

「さぁ侵入者さん、私と勝負……って、あれぇっ!?」

 

──白目を剥いて倒れている人間に、小悪魔は素っ頓狂な声を上げた。




諸説あるでしょうけれど、私はロングヘアのこぁが好きです。腰くらいまでの長さならなお良し。
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