五代雄介の幻想郷旅行記   作:楓@ハガル

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前回投稿から約四年……。
随分と期間が空いてしまいましたが、本投稿をご覧の方々、覚えておいででしょうか。
大変お待たせしてしまって申し訳ない、と言うのは自惚れが過ぎるかと思いますが、ようやく時間に目処が立ちましたので、再開させて頂きたく思います。
二十五話以前からお読み頂いていた方も、本投稿で初めて知ったと言う方も、幻想郷を訪れた五代くんの冒険あるいは旅行の記録をお楽しみ頂ければ幸いです。


第二十六話 人外の図書室

 五代は夢を見ていた。漆黒の虹が掛かる極彩色の空を、灰色の草原から見上げる夢。人影はただの一つもなく、時折大きく真っ赤な不定形の影が走る、あまりにも現実離れした夢。

 夢とは、得てしてこういうものである。(うつつ)から乖離すればする程、その境を曖昧にする。さらにたちの悪い事に、身の危険を感じる程の悪夢ならば、もはやその境などあってないようなもの。眼前に現れた恐怖の象徴は、不条理とも言える真実味を帯び襲い来る。そして夢中の不条理に反し、当人は救国の英雄でもなければ歴戦の勇士でもなく、抗う術など当然持ち合わせようはずもない。

 そうしてただひたすらに逃げ続け、ようやく眠りから開放された者の反応は、人によってさまざま。跳ねるように起きる者、静かに目を見開く者、寝床から転げ落ちる者。誰しも経験があろう。子供であれば恐ろしい悪夢から開放されて安堵し、布団に描かれた異世界地図でさらなる絶望を味わうのも、ある種のお約束と言えようか。

 翻って五代は、恐怖など一つも覚えなかった。それが当たり前であるかのように、静かな心持ちで受け入れていた。それは彼の性格ゆえか、はたまた尋常ならざる非常識に身を晒し続けた結果か。青空を仰げないこの不可思議な世界を、いささか残念に感じてはいたようだが。

 

 人によっては紛れもない悪夢からの目覚めは、さほど不愉快なものではなかった。二日酔いに似た鈍い頭痛に眉を顰めながら上体を起こし、軽く辺りを見やる。意識するまでもなく目に入った、遥か高い天井まで届く書棚。それがずらりと、規則正しく並んでいる。そこで五代は、ようやく記憶との一致を見た。

 

 

 

 ワインセラーを期待して長い螺旋階段を降りた先は、重厚な木の扉。燭台の明かりに煌々と照らされたその扉からは、不思議と人の侵入を厭い、拒むかのような意思を感じる。扉に刻み込まれた、さすがの五代も現実には見た事のない、所謂幻獣と呼ばれる怪物の彫刻が醸し出しているのか。それとも咲夜の手品の一種なのか。はたまた未だ邂逅していない、この館の誰かが仕掛けを施したのか。

 冷え切った螺旋階段の奥底で、しかし五代の思考は未だ心地良い酩酊状態にあった。少なくとも、物言わぬ扉の圧力を以てしても伸ばした手を引っ込めようとしない程度には。特に意を決した様子もなく、いっそ長旅からポレポレへ帰って来たような気軽な心持ちで、彼は扉の奥へと侵入を果たした。

 

 扉をくぐった五代を迎えたのは、先述の書棚。どこから見ても、到底人間が使う事を想定しているとは考えられない。と言うのも、この部屋の天井は外の世界で例えればビルの4〜5階程度と、やけに高いのだ。そこまで達した書棚など、どこの誰がまとまに使えると言うのか。

 見上げれば、最上段まで隙間なく本が収められ。見渡せば、そんな書棚が際限なく続き。見下ろせば、収め切れなかったであろう本が床に無造作に積み上げられている。どこを見ても本、本、本。無類の本好きであっても目を回しそうだ。

 そこまで考えて、五代は思い当たる。この館の当主であるレミリアが、そもそも人間でなはいのだ。人間を対象としていない部屋を作り、蔵書を収めていたところで、何ら疑問を差し挟む必要などないのではないか。レールで動かせる梯子や脚立の類も見当たらないが、背中の翼で空を飛べるレミリアならば、最上段の本であっても容易に取り出せるだろう。

 

「これ全部読み終わってるんだとしたら凄いなぁ……。仕事も忙しいみたいだし、俺、本当にお呼ばれして良かったのかな?」

 

腕組みして一人思い悩む五代。本人の預かり知らぬところで、彼のレミリア評に『人並み外れた読書家』が追加された瞬間だった。

 

 さて、思い悩んだところで物事は始まらぬ。書棚の間を、五代は背表紙を眺めつつ歩き始めた。床に積まれた本を蹴飛ばさぬよう、足元に注意を払いつつ。そうしていると、城南大学の書庫もこんな雰囲気だったな、と在学時代を思い出す。

 貴重な絶版の本や稀覯本を日焼けから守る、適度な照度。鼻腔に届く、新書を扱う書店よりは多少埃臭く、古書店街に並ぶ店よりは遥かにカビ臭さを感じない香り。山程の紙が存在する部屋の光源に蝋燭が使われているのは、少々心配だが。

 

「それにしても……」

 

思いがけない懐かしさを感じつつ、流し読みのように背表紙に書かれたタイトルを読もうとする五代だが、ある事に気付いた。

 彼にも読める言語で書かれている物もあれば、見覚えはあるが読み書きは出来ない言語で書かれている物もあり、果ては見た事すらない言語──どちらかと言えば記号のように見える何かが書かれている物と、あまりにも統一性がないのだ。少なくとも和書や洋書と言った具合に、言語で整理されているわけではないらしい。

 そして読める言語で書かれている本だが、いずれもなかなか個性的なタイトルが付けられている。

 

「『魔法理論応用』に『基底世界を構築する魔術式』、『魔法理論による星間航行』……。合ってるかは分かんないけど、魔法の本?」

 

その場で足を止め、しばし思案する。人が空を飛んだり、妖怪や妖精が当たり前のように人と共存したり、そもそも己は外界と隔離された結界の内側にいるのだ。今更魔法について書かれているであろう本程度では驚きもしない。

 それよりも彼の思考を埋めたのは、この蔵書量。恐らくは魔法の本が収められた書棚なのだろうが、これだけの数の書物が書き記されているくらいには、幻想郷において魔法と言うものは当たり前の概念らしい。と言うよりは、大昔には世界の至る所にあった魔法が時を経て科学に追いやられ、消え行く瀬戸際に幻想郷へ至った。世界中に存在した魔法が幻想郷に集約された、と言った方が正しいか。

 

「考えてみれば、赤以外のクウガの時に武器を作れるのも、魔法みたいなもんなのかな……」

 

一条薫から託された二台のバイク(トライチェイサー、ビートチェイサー)のグリップや彼の拳銃、果ては海辺に流れ着いた流木さえも、青、緑、紫のクウガであれば未確認生命体に通用する武器に作り変えられる。傍から見れば、魔法と言われても納得は得られるだろう。原理などは当の五代も知らないが。

 

「……って事は、もしかして俺も魔法使い!?」

 

なんてね、と良い具合にアルコールに浸かった頭で導き出した結論を軽く蹴飛ばし、再び書庫探索に戻る。

 

 そうして、一つ二つの書棚を脇目に歩いていると。

 

「……ん?」

 

視界の右端が、やけに歪んでいるのに気付いた。酒精に目がやられたか、と一瞬考えた五代だが、すぐに否定する。冒険の旅で己の酒の許容量は十分に理解しているつもりだ。目の焦点が定まらない程の量は飲んでいない。そも、歪んでいるのは視界の右端のみであり、そんな経験は潰れる程飲んだ時でもした事がない。……であるならば。

 季節外れにも程がある、夏の日の陽炎にも似た歪み。その正体は自己に起因する物ではない。それを確かめるべく、五代は首を右へと向けた。

 視界の歪みは、視界が右へ向くに連れて大きく、強くなっていた。改めて原因は己ではないと確信し、そのまま歪みの正体を探る。今まさに自分が通り過ぎようとした書棚に、その原因があるのは明らかだ。

 視線を動かす内に、五代の視界は完全に歪み切ってしまった。真横を向けばそこにあるのは書棚。頭では分かっているのだが、眼前にあるそれが書棚とは到底思えない程に。こうなっては最早、目隠しをされているも同然だ。加えてどうした事だろうか、まるで頭を思い切り振り回されたように、足元が覚束なくなってしまった。体がぐらぐらと揺れ動き、その場に立っている事すらままならない。

 これは不味い、どうにかしなければ、しかしどうすれば良いのか。俄に混乱した頭で、辛うじて書棚から顔を背けようとした五代だが、すぐさま新しい怪現象が立ちはだかった。視線が、書棚から外せない。何かが、彼をこの場から逃してくれない。

 

「な、何だこれ、一体何が……!?」

 

出鱈目に作られた弥次郎兵衛(やじろべえ)のように、体がぐらついている。己の発した声も、ぐわんぐわんと波打っているように聞こえる。いよいよもって危険だ、と感じたその時、視線がある一点に吸い込まれた。

 随分と古びた茶色の背表紙、刻まれているのはアラブ圏で使われている言語。奇妙な事に、その本だけが歪む事なく、はっきりと視認出来る。そして意識を集中させていると、体のぐらつきが治まるのだ。さりとて再び視線を外すと、体は再びバランスを失ってしまう。

 まさかとは思うが、この本が己に起きた一連の異常の原因なのだろうか。両の足をしっかりと地につけ、件の本をじっと見やる五代。無視は、許してくれないようだ。

 波間にふと漂って来た一枚の板、濁流の岸辺にちらと見えた藁。そんな生易しいものでないことは明白である。とは言え、一歩を踏み出さねば解決しない事もまた自明。

 一か八か。意を決した五代は、ただ一つの拠り所、あるいは蟻地獄の大顎へとその手を伸ばした。

 

 書棚から取り出したそれは、見た限りではアラビア語で記された皮装丁の本でしかなかった。手触りもわずかに漂う香りも、怪しいものはない。それでも、視線を外せばやはり先述の異常に見舞われる。読め、と言う事なのだろうか。どうであれ、他に選択肢はなさそうだ。

 

「単なる絵本とかなら、まだ良いんだけどな……」

 

えぇい、ままよ、とばかりに表紙をめくる五代。そして──

 

──形容し難く、悍ましい情報の奔流に、彼の脳は襲われた。

 

 

 

 事の成り行きを思い出した五代は、改めて周囲を見渡した。視界の歪みも、荒波に揉まれる船のようなぐらつきも起きていない。自身の状態を鑑みるに、このまま起き上がってしまっても問題はなさそうだ。

 

「うーん、あれは何だったんだろう?」

 

不可思議な夢を見たのは覚えている。内容すらも鮮明に。しかし、本を開いた瞬間に己の頭に流れ込んで来た、過去に培って来た常識を覆すかのような未知の情報群は、これが綺麗サッパリ抜けているようなのだ。

 そもそも中身読んだっけ? などと呟きながら、脳内を右から左へ駆け抜けて行った何かに疑問を呈するが、記憶にないものはいくら探ったところで掴める訳もなく。首を傾げてみても、耳からころころと残滓が転げ落ちる訳でもない。

 ただ、同時にこうも思う。覚えていないのならば、再び読み返せば良いのではないか、と。それに、もし忘却の彼方へ消えた知識が、己の胸を打つ感動的な文学作品だったならば、むしろ何も覚えていないのはこの上ない僥倖なのではないか。

 ……あの夢の内容を鑑みるに、むしろ読み返してもろくな事にならないと思われるが、そこはポジティブの権化、五代雄介である。書棚を助けにして立ち上がり、さて例の本を探すぞと意気込んだところで──

 

「あれ、やっと起きたですね」

 

──頭上からの声に、はたと視線を上げた。

 果たして五代に声を掛けたのは、背中の蝙蝠のような翼をぱたぱたとはためかせる何者か。声の質からすると恐らくは女性。しかもかなり年若い少女ではないかと、五代は見立てを付けた。

 

「少し待って下さいね。後三冊で終わりますんで」

 

特に五代へ視線を向けるでもなく、少女は左の腕で分厚い書籍を抱きかかえ、残る右手でこれまた読み応えのありそうな書物を書棚へ収めている。次いでふわふわと別の書棚へ移動し、また本を収める。

 そんな様子を眺める五代は、とっくの昔に『人の背中に翼が生えている』と言う普通ならあり得ない事柄が、幻想郷(ここ)なら特に珍しい事ではない、と認識が改まっている為、

 

「あぁなるほど、梯子も脚立もいらない訳だ」

 

と呑気に納得し、独り言を口にしていた。俺も羽根生えてたら便利かもなぁ、などと付け加えつつ。

 

 

 

 仕事を終えたらしい少女が、ゆっくりと五代の前に降り立った。腰まで届くワインレッドのロングヘアに、アクセントで両のこめかみ辺りに添えられた蝙蝠の翼を模した黒い髪飾り──いや、時折微かに動くところを見るに、これは髪飾りではなく彼女自身から生えていると見て間違いないだろう。真っ白なブラウスに黒のベストとロングスカート、そして襟元の赤い紐ネクタイが、ロケーションも相まって司書然とした印象を与える。しかしやや気怠げな目付きと表情は、いかにもフィクション作品に登場する古書店の雇われ店員のような、大雑把そうな雰囲気を醸し出していた。

 

「放っておいてアレですけど、目が覚めたんなら良かったです」

 

開口一番の放置宣言。だがいまいち自分の身に何が起きたのか把握し切れていない五代は、そんな事は露ほども気にせずに、己に何が起こっていたのかを尋ねた。

 

「見付けた時は白目剥いてたですけど、すぐにすやぁっと安眠に入ってたです。(うな)されていた訳でもないですし、お召し物も暖かそうなのでとりあえず大丈夫かなと」

 

白目を剥いていた、とは穏やかではないが、今の自分に別段の変調が起きているわけではない。それに、この図書室は燭台の蝋燭のみが光源という寒々しい印象とは裏腹に、過ごしやすい室温が保たれている。その上で、吹雪に見舞われた九郎ヶ岳をバイク(ビートチェイサー)で走っても平気な程度には分厚いジャケットまで着込んでいるのだ。ここで多少眠りこけていたとしても、風邪などを引くような事にはならないだろう。

 こんな風に? とおどけたように己の思い描く白目を剥いた表情を作ってみせると、少女は口元に手を当てて小さく笑った。

 

「まぁ、たちの悪い魔道書に引っ掛かったですよ、貴方は」

 

たちの悪い魔道書とは。魔法の本ですら初めて見た五代だが、その中でもたちの良い悪いがあるらしい。だが確かに、その場を離れるのを許してくれなかったあの本は、たちが悪いと言われれば納得してしまえる。

 

 少女曰く、あの本は大昔に駆け出しの魔法使いが書き記した物なんだとか。

 

「魔道書と言えば聞こえは良いですけど、実際は落書き帳とか雑記帳みたいなもんですね」

 

魔法使いになって世界の構造、有り様が全く違って見えた著者が、感情のままに己が知り得たものを書き殴っただけの、本来の魔道書の定義からすれば数段格が落ちる代物らしい。ただ、内容は基本を押さえており、またこの本にかけた衝動と情熱は本物である為に、多少は力を持った魔道書として存在しているそうな。

 

「ま、その力を無闇矢鱈に垂れ流してるもんだから、たちの悪い魔道書って言われてるですよ」

 

駆け出しの魔法使いが時折抱く『真実を世界に知らしめたい』と言う怨念にも似た情念。これがどうやら悪い方向に働いているらしい。近くに来た人間を無差別に、五代が体験したような状況に陥れて足止めし、自身を開くよう誘導する。そして被害者の識字能力を完全に無視して、脳内に全てを叩き込むのだ。それが例え、そもそも言語能力が未だ備わっていない赤子であっても。

 被害者にとっての救いは、一瞬で叩き込まれる情報量に脳がオーバーフローを起こして気絶はするものの、それ以外に害はないし普通の人間なら記憶にすら残らない事。その最中に魔法使いが垣間見た世界の一端を夢に見る場合もあるが、それで正気を失って狂気の世界へ誘われる訳でもない事。

 

「言ってしまえば、毒にも薬にもならない無価値な本ですね。一応は魔道書として分類されるんで、とりあえずここの蔵書として保管してるですけど」

 

「そっかぁ、ちょっと残念だなぁ……」

 

一通りの説明を聞いた上で、なおも落胆した様子の五代。なぜ落ち込んでいるのかと少女が問うてみると、彼は、

 

「だってさ、もしかしたらすっごく感動的な文学作品だったかも知れない、って思ってたから。それなら中身を忘れてたのは逆に幸せだったんじゃないかって!」

 

やや消沈しながらも力説してみせた。少女は乾いた笑みで曖昧に同意するしかなかったが、内心では、あぁ、この人間は外の人間の中でも頗る付きの呑気人間なんだな、と図らずもてゐと同じ感想を抱いていた。

 

 

 

 互いに簡単な自己紹介を済ませ、五代がいつものように名刺を渡したところで、"小悪魔(少女)"から提案があった。魔道書を読んだ事で五代自身にも彼女にも分からない異常が出ているかも知れないから、専門家に診てもらってはどうか、と。

 

「お嬢様の客人に何かあったら、それこそ大問題ですし」

 

また、気付けと言うのは土台無理な話なのだが、この図書室に施された侵入者感知魔法に、彼は引っ掛かっている。その顛末を伝える為にも、一緒にその専門家の所へ来て欲しいのだそうだ。話の流れから察するに、その専門家と言うのはこの図書館の主なのだろう。

 

「さっさと"パチュリー"様に引き継げば休憩出来るですし……」

 

ボソリと呟いた小悪魔の言葉は、五代の耳までは届いていなかった。

 

 書棚の間を、小悪魔の先導で進む五代。彼女の背を追いながら、横目で書棚を見やるが、いずれの書物も読める範囲では魔法だの魔術だのと言った単語が背表紙に書かれている。全て見た訳ではないが、あるいはこの図書室は先のような魔道書で埋め尽くされているのかも知れない。

 かと思っていると、次の書棚は恋愛や友情を想起させる単語が散りばめられた書籍が並び、また別の書棚は料理のレシピ集としか考えられないタイトルがずらり。

 

「何か、色んな本があるなぁ……」

 

素直な感想を口にすると、小悪魔が不満気な声色で返した。

 

「そうなんです。ただでさえ馬鹿げた量の本があるのに、外の世界から消えた本が手当たり次第に届くですよ。整理するこっちの身にもなれってんです」

 

それは確かにそうだね、と笑みと共に同意を示しながら、五代の興味はこの図書室に引かれていた。

 これだけ規格外に広い図書室に収められた、外の世界からは消え失せた貴重な書物。歴史的に重要な資料も恐らくは存在するであろう。であればその中に、超古代の時代に関する記録が流れ着いているのではないか?

 これまでかの時代や戦士クウガに関する情報は、そのほとんどが沢渡桜子が解析した碑文から(もたら)されたもの。紙媒体の書物として残っているとは考え難いが、それこそ広く知られる四大文明のように、石板などの形で残っている可能性はゼロではないのではないか。

 もしも、本当に残っているとしたら。沢渡桜子だけでなく八意永琳にとっても有力な資料となろう。件の専門家に頼んで、内容を書き写させてもらえたりはしないだろうか?

 

 淡い期待を胸に、引き続き小悪魔に付き従う五代。それゆえに自然と、先程よりも視線をあちらこちらに向ける頻度が高くなったのだが、そんな中にあってもそろそろとある疑念が首をもたげて来た。

 

「あのさ、……えっと、どう呼べば良いのかな」

 

「私ですか? 小悪魔でもこあでもお好きにどうぞですよ」

 

これと言ってこだわりはないらしいので、己より背が低く外見も年若い少女に見える事を鑑み、小悪魔ちゃんと呼ぶ事に決め、その上で疑問を投げ掛けた。

 

「小悪魔ちゃん、さっきから右に曲がったり左に曲がったりしてるけど、もしかしてここって迷路みたいになってる?」

 

小悪魔は、ただ真っ直ぐに書棚の間を進んではいなかった。書棚の列が途切れた所で、右へ進んだり左へ曲がったりそのまま直進したりしているのだ。専門家とやらの居場所へ向かっているにしては、あまりに不自然な動き。

 もし五代の発言通りに迷路のような構造なのだとしたら、恐ろしい話である。あの場で件の魔道書に遭遇せず、小悪魔に会う事もなかったとしたら、己はこの広大な図書室で遭難していた可能性すらあるのだ。それはそれで冒険心をくすぐられるが、何の準備もなく、食料その他を調達出来るあてもないとなると、さすがの彼もいささか尻込みしてしまう。

 心中で不安を覚えた五代の問いに、小悪魔はけらけらと笑って答えた。

 

「まさか。そんな造りだったら最初にパチュリー様が迷子になっちゃうですよ」

 

 彼女が言うには、この図書室には先の魔道書よりも遥かに危険で、狡猾な魔道書が点在しているらしい。それこそ足止めなどと回りくどい真似をせずに、近寄る者を問答無用で洗脳してしまう物や、触れてすらいないのに正気を失わせてしまうような物など、そこかしこに深淵への入口が開いているようなものなんだとか。

 

「見たところ、五代さんは普通の人間みたいですからね。だから回り道して、そう言う本格的にヤバい魔道書を避けてたです」

 

どうやら、単なる迷路以上に恐ろしい場所だったらしい。小悪魔がいなければ、遭難以上の大惨事になっていた事は想像に難くない。斯様な状況にあっては、迂闊に余所見をして彼女の背中を見失うのは命の危機に直結しかねない。

 ほんの僅か、気持ち程度に小悪魔との距離を詰めた五代は、ひとまず超古代の手掛かり探しを頭の隅に追いやり、彼女の追従に専念するのであった。




本来のプロットでは、この話中でパチェと出会う予定でしたが、ちょっとそれでは文章量が凄まじい事になってしまうと判断し、その前段階を書くに留めました。

最後に、四年の月日が空いてしまった事、重ね重ね申し訳なく思っております。
大変身勝手ではございますが、これからも五代くんの旅路にお付き合い頂けると嬉しいです。

※2024/12/19 変換ミスを修正
       石版→石板
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