五代雄介の幻想郷旅行記   作:楓@ハガル

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ほのぼのした場面でこそ輝く技、それらを大事に書きたいですね。


第六話 何見て跳ねる

 翌日。幻想郷で迎えた初めての朝は、日の出よりも早かった。まだ暗い部屋の中、半身を起こして大きく伸びをした五代は、あくびを噛み殺しながら布団を抜け出て、枕元に畳まれていた着物に着替えた。サイズはものの見事にピッタリであり、鈴仙の、入院患者への対応能力の高さが窺えた。

 障子をそろりそろりと開け、ぼんやりと白む東の空を眺めながら縁側を当てもなく歩く。抜き足差し足忍び足。

 

 そうして彷徨う事しばし、行く先から水音がした。蛇口のような文明的な音ではなく、逆に川のような自然のものでもない。耳を澄まして出処を探ると、その音はどうやら正面、通路の先に見える薄暗い部屋からのようだ。

 足音を殺して近寄り中を覗いてみると、まず目に入ったのは広い土間。壁際には竈が配され、その傍には七輪も置いてある。奥には勝手口が開いており、夜とはまた違う顔の竹林が見えた。随分と古いが永遠亭の様式にはよく合うそこは、台所だった。

 そして水音の正体は、勝手口の脇にいた。大きな水瓶から柄杓で水を掬い飲む八意永琳である。あまり行儀が良いとは言えないが、背筋を伸ばし、柄杓から流した水を空いた手で受けてからこくこくと飲む姿は、不思議な魅力を漂わせていた。

 八意永琳が五代の視線に気付いたのは、手ぬぐいで満足げに弧を描いた口元を拭いていた時だった。

 

「あら、見られちゃいました?」

 

「……えぇ、途中からですけど」

 

「もう、フォローになってないですよ」

 

優曇華たちには内緒ですからね、と立てた人差し指を唇に当てた彼女は、昨日までの才女然とした雰囲気が嘘のように立ち消え、あどけない幼子のような可愛らしさに溢れていた。

 

「貴方もいかがですか? よく冷えてて、美味しいですよ」

 

差し出された湯呑みを受け取りながら、美人と言うのはどんな表情も絵になるんだなぁ、とどこかずれた感想を抱く五代であった。

 

 少し遅い朝の挨拶を交わしてから、えらく早起きなんですね、と五代が聞くと、八意永琳は徹夜したんです、とさらりと返した。

 

「貴方の検査結果と椿医師のカルテ、それに桜子女史の調査資料を読んでたら、つい熱が入っちゃいまして。お陰で昼までにはまとまりそうですわ」

 

楽しそうに語る八意永琳。昨日の報酬の話は本気だったらしい。でなければこんな表情は作れまい。

 ちらと見えた棚に『塩』と札を貼られた壺を見付け、許可を得て分けてもらった五代に、今度は八意永琳が問うた。

 

「貴方も人の事は言えないじゃないですか。いつもこんなに早起きなんですか?」

 

掌に乗った少量の塩を舐め取った五代は、

 

「いや、仕事を探してるんです」

 

としょっぱさに眉を顰めながら答えた。起き抜けの塩分補給、大事である。

 

「診察代はもらったって言ってましたけど、何だか申し訳なくて……。ここって病院みたいだから、朝早くに起きたら、何か手伝える事があるかなって」

 

そう言い切った五代の真っ直ぐな目を見ながら、八意永琳は考える。遠慮したところで、この男は絶対に引かない。一度決めたらてこでも動かない、そんな目をしている。であるならば、客人だから怪我人だから、となあなあで済ますよりも、彼の意を酌んで何か任せた方が良いのではないか。

 そうですねと一言置いてから、五代に相応しい仕事は何かないものか思案。すると竈が目に付き、男性にやってもらいたい仕事に思い当たった。

 

「それじゃ、これをお願いしますわ」

 

言いながら、八意永琳は勝手口に立て掛けてあった物を掴み、五代に渡してから外を指差した。

 

 

 

 すこんっ、と気持ちの良い音が鳴り響き、真っ二つになった薪が地に転がった。額に浮かんだ汗を拭いながら台所裏手に併設された薪小屋に積み上げ、新しい生木を薪割り台に乗せる。斧を振り上げ、それ目掛けて振り下ろすと、また小気味よい音が竹林の間に響き渡った。

 労働への充足感を覚えながら空を見ると、いつの間にやら太陽はすっかり顔を出しており、小屋に積んだ薪の本数もだいぶ増えた。自分でも驚く程、この慣れない仕事に夢中になっていたらしい。

 きれいに割ると言うのは、これが見かけの単調さとは裏腹になかなか難しい。八意永琳は多少雑になっても使えるから問題ない、気にしないでと言っていたが、そこは中途半端を嫌う五代雄介。一回振り下ろすごとに薪の割れ目を確認し、己の姿勢を思い返し、次はきれいに割ろうと意気込む。そうして回を重ねる内に動作が洗練され、終いには美しい割れ目を見るに至ったのである。

 斧と一緒に受け取った竹水筒の水で喉を潤し、さて次だ、と生木の山へ向き直ったところ、何かが彼の足に当たった。見下ろした先にあったのは、子供が使うにしても小さい鞠、それが三つ転がっている。子供の入院患者でもいるのだろうか。一つ拾い上げて眺めてみると、いくらか修繕した跡があり、大事に使われているのが見て取れた。

 他の鞠も拾い上げ、持ち主を探そうかと一歩踏み出すと、がさりと近くの茂みが音を立て、そこから何かが飛び出した。探し人かと思い声を掛けようとしたが、その正体を見て、思わず口を噤んだ。

 現れたのは、白毛の可愛らしい兎であった。地べたにちょこんと座り、じっと五代を見つめている。否、視線を注ぐ先は、彼の手にある鞠。もしかすると、この兎が持ち主なのだろうか。

 兎に向けてそっと転がそうとした五代だが、ふと思い立って右手に二個、左手に一個に分けて持ち直した。そして右手に持った一個を中空へ放り、左手の一個、右手の一個もほんの少しずつタイミングをずらして放り上げた。弧を描く鞠は、五代の手に受け取られてはまた放られ、受け取られてはまた放られ。紅色の鞠は抜けるような青空に映え、描く軌道はさながら紅葉に染まる秋の山々のようで。

 兎も始めこそ小首を傾げて五代を眺めていたが、いつしか意思を持つがごとく彼の手を離れては収まる三つの鞠を、きらきらとした目で見ていた。

 やがて兎は、五代から目を逸らさぬまま茂みに向けて手招きをした。するとどうした事だろう。次から次へと白毛の兎たちが現れ、五代の面前に並んで座り込んだではないか。どの兎もこの兎も、一様に目が輝いており、その様はまるでサーカスを見る子供のよう。

 観客が増えれば、演者にも熱が入ると言うもの。背中越しに投げて正面で受けてみたり、膝を上げてその下を潜らせるように投げてみたり、全ての鞠が手元を離れた瞬間にくるりと一回転して何食わぬ顔で続けてみたり。そんな五代の技が成功するたび、兎たちは喜びを表すように、その場でぴょんぴょんと跳ねて見せた。

 夢のような時間は、五代が彼らに向かって次々と鞠を放り投げる事で終演を迎えた。危なげなく受け止めた兎たちに、満足げな息を一つついてから一礼し、それから手を振ると、彼らもまたひときわ大きく跳ねて応え、ぶんぶんと手を振って茂みの中へと消えて行った。

 

「兎を相手にジャグリングってのも、なかなかないよなぁ……」

 

兎が手を振り返した事こそ、なかなかないどころかあり得ないのだが、彼らが喜んでくれた事で程良く気分の高揚した五代は、そんな細かいところは気にしないのであった。

 

 不思議な舞台を終え、良い気分で薪割りを再開しようと斧に手を伸ばすと、

 

「見てましたよ、五代さん」

 

勝手口から声を掛けられた。戸口に背中を預けた鈴仙である。

 

「鈴仙さんも見てたんだ。あの子たちと一緒に見れば良かったのに」

 

「そう言うわけには行きませんよ。一応、私はあの子たちの上司ですし、仕事もありますし」

 

そう言いながら鈴仙は、万能ねぎの束を掲げて見せた。朝食の準備なのだろう。それにしても、あの兎たちの上司とはどう言う事か。兎の挨拶もスルーした五代も、こちらは気になったようで、尋ねてみた。

 

「そのままの意味ですよ、あんまり言う事聞いてくれませんけどね。あんなに大人しくしてるの、私も初めて見たくらいなんですよ?」

 

割りとはしゃいでいたように見えたが、だとすると普段はどれだけやんちゃなのやら。

 後は刻むだけだから、とねぎの束を台所に戻して外に出て来た鈴仙は、朝の空気を存分に吸いながら背筋を伸ばした。

 

「そうだ、鈴仙さん」

 

「ん、どうかしました?」

 

「昨日はごめんなさい。だけど名前、しっかり覚えましたから!」

 

天上へ伸ばした手を下ろした鈴仙に、袖から取り出した手帳のページを見せながら謝る五代。書かれていた平仮名混じりの己の名前に、彼女は思わず吹き出した。

 

「もう。何か書く物はない?」

 

五代が色鉛筆のセットを差し出すと、鈴仙はその中から赤色をつまみ上げ、うどんげいんの下に漢字で優曇華院と書き添えてから、

 

「これで完璧っと。謝るような事じゃないわ。私の知ってる人間は、いちいちこんな事で悩んだりしないもの」

 

と笑って見せた。どこか不器用なところがあるが、真っ直ぐで誠実な人間。五代への評価を上書きした鈴仙は、態度を軟化させていた。朝食の準備が一段落し、事実上のオフになったのも理由の一つだろう。

 鈴仙の笑顔に安心した五代は、八意永琳相手にやらかした失敗を繰り返さぬよう、表面をしっかりと確認してから昨日渡しそびれていた名刺を差し出した。

 

「2000の技って、また随分と凄いのね。さっきのジャグリングも、その一つなの?」

 

鈴仙の問いに、まさか兎相手に披露する日が来るとは思わなかったけど、と笑いながら頷く五代。まぁ、外の世界じゃあり得ないかもね、と、鈴仙もまた笑った。

 そこで鈴仙は、はたと気付いた。己の人見知りは熟知している。なのにどうして、初対面同然の相手にこんなにも舌が回るのだろうか。こんなにも笑顔を見せられるのだろうか。いつも師に諭される悪癖(調子乗り)が表面化したか? それとも、あの光景に感化されたか?

 しかし、悪い気はしない。この語らいの場は、居心地の悪さを感じない。調子に乗っている? ならばそれも結構。こうして穏やかな時間を送れているのだから。

 乗ったついでだ。私も一枚噛ませてもらおう。鈴仙は右手を鉄砲のような形に握り、

 

「ねぇ、五代さん。幻想郷流のジャグリングって、興味ないかしら?」

 

人差し指の先に、紫色の小さな光弾を作り上げた。そしてわずかにそれを見つめてから、五代に向けて放り投げたのだ。

 

「わっ、何これ!?」

 

新たに見せられた常識外れもそうだが、投げ渡されたそれを受け取った五代は、その感触にもまた驚いた。いかにも物をすり抜けそうに見える掌大の光弾は、しっかりと握る事が出来るし、大きさ相応の確かな重量も感じられるのだ。

 

「まだまだあるわよ、っと!」

 

さらに一つ、二つ、と光弾を生み出し、見ては投げ寄越す鈴仙。五代も二つ目は空いた左手で受けたが、三つ目はそうも行かず、右手の一つ目を中空へ放り投げてから掴み取った。

 

「ほらほら、一つ目が落っこちちゃう!」

 

「おっとっとぉ!?」

 

三つの光弾。それで鈴仙の意図するところを理解した五代は、戸惑いながらも左手の光弾を放り投げた。そうして交互に手元に収まった光弾を放り投げていると、紫色の尾が連峰を描く。薄っすらと五代の顔を照らす山々は、彼をして美しい、もっと見ていたいと思わせる程。

 

「仕上げよ、空に思いっ切り投げて!」

 

仕上げとはいかなるものか。これ以上のものを鈴仙は見せてくれると言うのか。好奇心に突き動かされ、手に取った先からぶん投げる。光弾は重力を無視したように、青空目掛けてぐんぐんと高度を上げ──兎耳をぴんと張った鈴仙がそれらに人差し指を向けた。指先には弾丸を模した光弾が浮かび、

 

「ばーんっ!」

 

可愛らしい掛け声と共に上空の光弾に吸い込まれるように飛翔し──

 

 

 季節外れの、大輪の花が咲いた。

 

 

冬色の青の中で、その紫はなお鮮やかであり、

 

「あらあら。優曇華ったら、随分懐いたみたいね」

 

知性を司る華の心を惹き寄せ、

 

「あれは鈴仙の『弾幕』かしら? 丁度良いわ。これ、雄介の朝ごはんに出してもらおっと!」

 

烈火のごとき華を招き入れた。




うどんげっしょーで一番可愛いのはイナバたち、異論は認めませぬ。
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