本日の朝食は豆腐の味噌汁に香の物、それと妹紅が持ち込んだたけのこの煮物とたけのこご飯のおにぎり。
味噌汁は丁寧に取っただしの旨味と白味噌の上品な味わいが見事な調和を奏でており、淡白な豆腐がそれらをうまく引き立てている。むしろ雑多に具を入れては魅力を削ぎ落としてしまうであろう。丁寧に切られたねぎも風味が良く、食欲を刺激して止まない。
食卓に彩りを添える香の物はあっさり風味。だがこれが寝起きには実に嬉しい。味だけでなく食感も素材を十二分に活かしており、噛むたびにぽりぽりと小気味良い音が楽しめる。これだけでもご飯三杯は容易く胃袋に収められる程の一品である。
主菜となるのは妹紅の作ったたけのこの煮物。じっくり煮込んだたけのこは柔らかい中に特有の歯ごたえを残しており、香の物とはまた違う噛む楽しさを与えてくれる。煮汁もしっかりと染み込んでおり、それでいてたけのこ本来の味を損なっていない、優しい味わいである。
そしてたけのこご飯のおにぎり。たけのことだし汁の旨味を存分に吸った米は、白米からさらなる高みへ至ったかのよう。細かく刻んだたけのこも、食感の違う米と競合せずにむしろ引き立て合っている。これを食するのに箸など無粋。箸を置く一手間をかけ手掴みでかぶり付くのが、一つ一つ丁寧に握った妹紅への最大の礼儀だろう。
なお余談だが、永遠亭内部から、
「悔しいけど、美味しいのよねぇ……」
とため息混じりの雅な声が漏れ出たそうな。
そして、台所裏。生木を横倒しにして作った青空食堂に、五代、鈴仙、妹紅の三人が車座になっている。膝には朝食の載った盆。平素であれば鈴仙も亭内で食べるのだが、今日ばかりは八意永琳に断りを入れ、ここに集った次第である。
薪割りで身体を動かした五代は、美味い美味いと言いながら次から次へと口に運んでいる。良い食いっぷりとは他者の食欲を大変に掻き立てるもので、鈴仙と妹紅も互いの品を褒め合いながら、舌鼓を打っていた。
場所も素晴らしい。青空とは料理の味を何倍にも高める天然の調味料。また昨夜は不気味な印象しか持てなかった竹林も、日が昇るとまた違う一面を披露している。青々と茂った竹に霧が薄く掛かった風景は、さながら名のある絵師が描いた一枚の絵画のよう。美味しい食事に晴れ渡った空、美しい景色。これ程の贅沢が他にあろうか。
程良い満腹感は、和やかな会話を助けてくれる。器をすっかり空にした三人は、食後の茶をすすりすすり、手始めに妹紅が見た紫の花を話題に上せた。
「へぇ、2000の技ね。じゃああれは、雄介の石なごと鈴仙の弾幕の合体技みたいなものだったのね」
食後に五代の渡した名刺を眺めながら、妹紅が興味深げに言う。
「石なご……って、何よ?」
「お手玉の古い呼び方だね。平安時代の頃じゃなかったかな」
聞き慣れない単語に疑問を呈した鈴仙に、五代が答えた。ジャグリングを習得する傍らにその歴史、ひいては日本での変遷についても調べていたのだ。さらに遡ると、古くはかの聖人・聖徳太子も興じていたそうな。
「だけどびっくりしたなぁ。あんな光の玉、触れると思わないもん!」
「普通は弾に触ったら撃墜扱いだからね。鈴仙、どうやったの?」
「波長をちょちょいと弄ったのよ。触れるように、ついでに質量を持つように」
あの光弾は、『スペルカードルール』と言う幻想郷独自の決闘方式で使われる物。ここの事情に疎い五代に、鈴仙が説明した。
美しさと思いの力に重点を置いた、人間が神々や妖怪と対等に競い合う為の取り決め。幻想郷だからこそ成立する、後腐れのない
それは、外の世界では成せなかった結果。人間は未確認生命体と相容れる事能わず、多くの命が失われた。五代も、彼が最も嫌う暴力でしか相対出来なかった。そう考えると、五代にはこの幻想郷がひどく眩しく、尊いものに思えた。八雲紫が己を招き入れた理由が、欠片ながら分かった気がする。
なお五代は気付いていないが、すでに妖怪との共生の一端に触れていたりする。鈴仙は月の妖怪兎であり、そんな彼女と互いに技を以て接したのだから。
そんな五代の、寂寥と憧憬がないまぜになった思考を中断させたのは、
「ねぇ、雄介」
妹紅の声と、目の前いっぱいに広がった彼の名刺だった。ごめんごめん、と謝ってからどうしたのか尋ねると、
「一番最初に覚えた技って何なの?」
2000の技を持つ男、を指差しながら聞かれた。
一番最初の技。今も昔も、五代雄介を支える礎となった技。忘れようはずもない。
「これだよ」
そう簡潔に答え、にこりと笑い親指を立てて見せた。
「これ、って、笑う事?」
こくりと頷いて感慨深げにその手を包み、幼少の頃の思い出と再会の記憶を重ね合わせながら、その中で微笑む恩師の言葉を諳んじる。
──古代ローマで満足出来る、納得出来る仕事をした者にだけ許された仕草。これが相応しい男になれ。
──いつでも誰かの笑顔の為に頑張れるって、素敵な事だと思わないか。先生は……、先生は、そう思う。
この言葉がなければ、最初の技がなければ、己はクウガとして戦えなかっただろう。黒い身体に黒い瞳の異形、幾度となく幻視した凄まじき戦士と成り果てていただろう。そも、クウガとなる事さえなかったかも知れない。そんな、彼の人生に多大な影響を与えた金言なのである。
「何か納得しちゃった。雄介の笑顔って、安心するんだもん」
私にも出来るかな、と頬をぐにぐに引っ張る妹紅。鈴仙も、五代が妹紅に気を取られた隙に、こっそりと人差し指で頬肉を持ち上げた。
「出来るよ。だってさ──」
表情を気にする二人に言い聞かせるように、遠い恩師に届くように、ぐっと仰ぎ見て、
「──誰だって、この青空みたいな笑顔が好きなんだから」
五代の声は、混じり気のない澄み切った青の中へ溶け込んだ。いつまでも変わらずそこにある青に、妹紅と鈴仙も釣られるように目を引かれ、そしてただ見上げていた。
それから少しの時が流れた頃。人里を訪れる薬売りと『迷いの竹林』の案内人に、幾ばくかの変化があったそうな。最初はどうにもぎこちなかったが、それも日を追うごとに人懐こさを感じる魅力に満ちていったと言う。人々が何かあったのかと尋ねるも、彼女らは照れ臭そうに、ある外来人の受け売りだと笑うのみだった。
和やかな空気のまま朝食会はお開きとなり、鈴仙は八意永琳の手伝い、妹紅は自宅へと戻った。腰をぱきぱきと鳴らしながら立ち上がった五代は、生木の山を見やり、続いてまだ空きのある薪小屋に視線を移してから、薪割り斧を担いだ。美味しい朝食で英気を養った今なら、会心の薪割りが出来そうな気がする。新たな技の習得も近いかも、などと考えながら、目指せ薪割り職人とばかりに格好つけて生木を台に立てる。
正面に立ち、斧を振り上げて目を閉じる。心静かに、穏やかに、凪を感じながら深呼吸。気分は剣豪である。そして目をかっと見開き、えいやの掛け声と共に振り下ろさんとした、まさにその瞬間。勝手口からの視線を感じ、腕をぴたりと止めた。首を回し、腕越しに勝手口へ目をやり、思わず斧を取り落とした。
「あら危ない。お怪我はないかしら?」
早くも美人に慣れていた五代だが、そんな彼でも目を見張る程の美少女が立っていたのだ。暗い台所を背にしているのに──あるいはそれが彼女をより引き立てているのか、輝きを放っているかのような錯覚を覚えてしまう。烏の濡れ羽色の髪、気怠げに開かれた琥珀色の瞳、黄金律を思わせる整った顔立ち。総じて、例えようのない美貌。絶世の美女と言う言葉すらも陳腐。
そして何より、この少女を見ていると、なぜだかやけに懐かしい、どこかで見たような記憶がふつふつと湧いてくる。ありきたりなナンパのセリフではなく、もっと古い記憶を、それこそ幼い頃の思い出を呼び覚まされるような、何とも懐かしい感覚。
「私にもやらせてくれない?」
腕を振り上げた姿勢のままで固まった五代に、少女は気軽に言いながら斧に手を伸ばした。言うまでもなく齢二十にも達していなさそうな少女が扱える代物ではなく、五代は止めようとした。が、どうした事だろう。少女は眉一つ動かさず、片手で斧を持ち上げてしまったではないか。
「これを割れば良いのよね? カンタン、カンタンっと!」
口を挟む暇もなく、斧は振り上げられ、生木に叩き付けられた。しかし割れず、
「……えっ?」
「加減、間違えちゃったかしら」
バラバラに砕け散った。割れたのでも、飛んで行ったのでもなく、粉砕されたのだ。馬鹿力などと言う次元の話ではない。最早常識の埒外である。いまさら常識を語るのも妙な話ではあるが。
目の前の光景に色々と脳の処理限界を突破された五代は、少女から斧を返してもらい、台上の残骸を軽く払い落としてから新しい生木を据え、
「えっと、こんな感じでやってみよっか!」
すこんっと割って見せて手本を示すしかなかった。
食事だけで1000字近く使うとは思いませんでした。
石名取玉で遊ぶ太子様……。良いですね、とてもとても良い。