五代雄介の幻想郷旅行記   作:楓@ハガル

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書いてる内に、調べて初めて知る事ってありますよね。レントゲン写真貼る、光るアレとか。


第九話 碑文の先

 駆け足で戻って来た輝夜、準備を終えた鈴仙、そして初の顔合わせとなる少女を交えての昼食を終えて、各自が己の仕事を全うしようと席を立った。輝夜はもう少し薪割りを続けるらしく、ではそれに付き合おうと五代が腰を浮かせると、

 

「五代雄介さん……、あぁもう、五代さんって呼んじゃいましょうか。診察室へご足労願えますか?」

 

紙束を抱える八意永琳に肩を叩かれた。昨夜言っていた考察とやらがまとまったようだ。

 

「時間は取らせませんよ。少しお話しするだけですから」

 

自分を見やる視線に気付いたようで、輝夜も、一人でも大丈夫だから行ってらっしゃいな、と五代を促した。五代としても、八意永琳の見解は気になる。ならばお言葉に甘えさせてもらおうと、彼女の後に付き従った。

 後に、調子に乗って薪小屋に入り切らない量を割ってしまった輝夜に泣き付かれるのだが、それは今語る事ではないだろう。薪割りと薪運びを分担した弊害と言える、かも知れない。

 

 

 

 診察室に入ってまず五代の目に付いたのは、外の世界の病院でよく見掛ける、レントゲン写真を貼る台だった。たっぷり体験した検査機器同様、いかにも近未来的な意匠が施されており、見知った物でも男心をくすぐられる。

 童心に返ったように目を輝かせる彼を微笑ましく見守る八意永琳であったが、そろそろ始めましょうか、と座布団に座らせた。

 

「まず五代さん本人についてですが、健康と言って良いでしょう。怪我もすっかり治っていますし、他の傷病も見当たりません」

 

肉体面には問題なし、と五代に笑い掛ける八意永琳。医師のお墨付きとあって、彼の顔に心底からの安堵の色が出た。しかし、

 

「体力面も、薪割りを買って出て下さった上に姫様に指導出来る程ですし、問題ありませんね」

 

次の一言で表情が固まった。どこか含みのあるような言い草に、芋づる式に輝夜との秘密まで連想してしまったのだ。とことん嘘のつけない、ポーカーフェイスの苦手な男である。

 

「では次に、貴方も気になっているお腹の中について。だけどその前に、まずはこれを見てもらいましょうか」

 

 ひとしきりほくそ笑んでから先程よりも改まった口調になった八意永琳が、紙束から硬質の用紙らしき物を二枚抜き出し、件の台に貼った。一枚は五代も見覚えのある、関東医大病院で撮られたレントゲン写真。そしてもう一枚は、関東医大病院のそれとは違い、くっきりと鮮明に、しかも全身が写し出されている物。これが幻想となった未来技術の力か、と驚くのも束の間。腹の辺りに注目し、五代は息を呑んだ。

 はっきりと写っているからこそ、分かる。五代の中にあるベルトは、昨夜顕現した姿そのままにボロボロだった。

 

「もう少し取り乱すかと思いましたけど、落ち着いてますね」

 

「えぇ、まぁ。昨日実際に見ましたから」

 

「それはまた、随分な無茶を……」

 

八意永琳によると、ベルトの破損は外観通り相当なものらしい。無理にベルト内部の石の力を引き出そうとすると、全身に行き渡った神経状組織を通じて、五代の身体に凄まじい過負荷が掛かる、との見立てだそうだ。事実、昨晩変身しようとした際に、五代であっても膝を折りかねない激痛に襲われたのだから、この見立ては正しいと言えよう。

 

「少しずつですが、ベルトの自己修復作用が観測出来ました。ですけど完了するまでは、絶対に戦士クウガに……えぇっと……」

 

そこで八意永琳が言い淀んだ。決して悪い事柄を言おうとしてのものではなく、何か適切な表現が思い浮かばなかったからだろう。そんな彼女を眺めながら、初めて白いクウガになった時は、

 

──変わった!?

 

と自分の変化に驚いたなぁ、と思い出を漁っていた五代は、

 

「変身ですか? 俺はいつも変身って言ってクウガになってますよ」

 

と身振りを交えて助け舟を出した。顎に手をやり、しばし変身、変身と繰り返した八意永琳。そして一つ頷いて、

 

「うん、変身。戦士クウガに変身しないで下さいね」

 

彼の動作を真似しながらこう繋いだ。余程しっくりと来たのか、変身、うん、変身ね、とやけに嬉しそうだ。あまりにも頭脳明晰であるがゆえに、少しばかり感性が独特なのかも知れない。

 

「……それじゃ今、コイツは一生懸命頑張ってくれてるんですね。俺が呼んだ時は、もっと頑張ってくれたんですね」

 

下腹部の、丁度石が埋まっている辺りをゆっくりと撫でながら、五代は感慨深げにありがとうと呟いた。

 

「頑張っている、ですか。確かに、そう言えるかも知れませんね」

 

どれだけ優れた機器を用いても、彼女の優れた頭脳を以ってしても、石に自我、あるいはそれに類するものがあるかまでは分からない。だが、幻想郷に生きる者として五代の言い分に、共に戦った半身とも言えるそれを労う姿勢に思うところがあったのだろう。八意永琳は同意と共に、頬を緩ませた。

 

 五代の体調、ベルト及び石の状況から、考察は最後の項に移る。彼の今後である。

 

「沢渡桜子女史の資料と、今の五代さん、それに八雲紫の式から伝え聞いたお話から、私の見解を述べます」

 

背筋をすっと伸ばした八意永琳。誘われるように五代の背筋もピンと張り詰める。診察室にはしばしの沈黙が訪れ、風に揺れる竹葉の葉音だけが、さらさらと流れた。

 八意永琳が動いた。上品な所作で座卓に向き直り、引き出しを開けると、その奥に資料をしまい込んでしまったのだ。まるで、今後見る必要はないと言わんばかりに。

 

「えっ、しまっちゃって良いんですか?」

 

これから大事な話だと言うのに予想外の動きを見せた彼女に、五代が堪らず尋ねたが、当の本人はきょとんとして、

 

「だって、この先は五代さんが紡ぐんですから」

 

あっけらかんと言ってのけた。

 

 八意永琳が言うには、五代は碑文の内容を完全に逸脱しているらしい。凄まじき戦士へ至る鍵である聖なる泉とは、すなわち石が求める清らかな心。碑文に記された通りであれば、戦士クウガは清らかな心を失い、破壊衝動の権化となって世界に死をもたらす存在となっているはず。しかし今の彼は、それが涸れ果てたようには見えない。妹紅を慰めたところで、彼女はすでに確信していたのだ。

 

「貴方の笑顔は、古代の人々さえも予想出来ない力で、他ならぬ貴方自身を守っていたんです。以上から、私の結論は──」

 

みんなの笑顔を守る為に心を闇に染め、真の異形と成り果てる事を覚悟して。異形の力を以って異形を討ち果たし、かけがえのない友人に己を討たせ幕引きとする事を覚悟して。最期の地へ赴く前に言葉を交わした人々、戦いの最中に出会った人々と共に、様々な記憶が頭を過る。そんな五代の手をそっと包んだ八意永琳は、

 

「──もう何も恐れる必要はありません。貴方のこれからの旅路が、幸溢れ笑顔に満ちたものになる事を、心よりお祈り申し上げます」

 

慈母のごとき笑みを浮かべ、囁きかけた。

 

「そっか……。そっかぁ……」

 

言葉もなく、ゆっくりと大の字に倒れる五代。染み一つない天井を見上げる双眸から、一筋の涙が零れ落ち、畳に染みを一つ作った。それは、笑顔と仮面で隠し続けた、誰にも悟らせまいと心の奥底にしまっていた悲しみの奔流。全てを終え、守り抜いた彼の涙を、誰が責められようか。遠く、誰も己を知らぬ地でようやく悲哀を洗い流す姿を、誰が責められようか。

 八意永琳は、小さく嗚咽する五代を、優しい眼差しで見守るのみであった。

 

* * *

 

 ひとしきり涙を流した五代は、おもむろに起き上がって目をごしごしとこすり、八意永琳から顔を背けて洗面所の場所を尋ねた。照れてるのかしら、などと無粋な事は言わずに素直に場所を教えると、彼は考察への心よりの感謝と、輝夜の様子を見に行く旨を言い残し、そそくさと診察室から退出した。

 これももう必要ないわね、とひとりごちてレントゲン写真その他、五代に関する資料を引き出しに収める。するとその背中に、

 

「感謝致します、八意永琳」

 

虚空からの声掛け。五代が出て行き、八意永琳の他に誰もいないはずの診察室。しかし彼女はいささかの動揺も見せず、

 

「貴女から感謝されるとは思わなかったわ、八雲紫」

 

振り返った。果たしてそこにいたのは、八意永琳が名を呼んだその人、八雲紫であった。スキマから上半身のみを覗かせ、縁に器用に肘を立てている。傍から見れば物憂げな貴婦人のようだ。

 

「私だってお礼くらい言えますのよ?」

 

八雲紫が不満げに口を尖らせるが、意に介す様子もなく足を崩した。先程までの柔らかく、そしてどこか凛とした雰囲気は鳴りを潜め、溢れんばかりの気怠さを隠そうともしていない。

 

「そうじゃないわ、言っても分からないと思うけど」

 

「小馬鹿にされた気がしますが、気分が良いので追求はしませんわ」

 

対する八雲紫はころころと表情を変え、結局は上機嫌なのが誰の目にも明らかな笑顔に収まった。

 

「貴女の目に、彼はどう映りましたの?」

 

襖を眺めながら、五代を追うように遠い目をしながら、八雲紫が問う。

 

「どうって……。医者としての見解は先の通り」

 

頬杖をついて、五代の残した染みを眺めながら八意永琳が答える。

 

「私個人としては、彼が貴女の結界に引き寄せられてなかったのが不思議、ってとこかしら」

 

「消え行く幻想のよう、と?」

 

「あんなに誠実で真っ直ぐな人間、とっくに絶滅したと思ってたもの」

 

「あら、それは違いましてよ。だって五代雄介さんを支えていた外の方々は、みんな温かくて、強くて、優しい人ばかりでしたもの」

 

気品を感じさせる笑みで己の言に異を唱えられ、その真意を察したのだろう。八意永琳はふっと笑った。

 

「夜にまた来なさい。酒とおつまみを用意して待っておくわ」

 

「まぁ、弟子ではなく貴女が準備するの?」

 

「あの子を交えるわけでもないのに、準備させるなんて悪いでしょう? 師匠ってのは難儀なものでね、まず己が知ってから、弟子に伝えたくなる性分なのよ」

 

「ふふ、実に貴女らしいことで。ならば私も、秘蔵の酒と肴を用意して参りましょう。月の酒よりももっと美味しいとびきりの銘酒と、お酒が進む取っておきの肴を、ね」

 

 その日の晩。八雲紫は、客として改めて永遠亭を訪ね、夜が明けるまで八意永琳の自室で過ごした。妖怪の賢者と月の頭脳。因縁浅からぬ両者の対峙に鈴仙は思い煩い、こっそりと部屋の様子を窺う。

 だが、そこで彼女が見たのは、酒を酌み交わす二人の美女。穏やかな笑顔で、八雲紫の話に己の師が聞き入る。これまでに一度たりとも見た事のない、和やかな酒宴。

 これ以上の詮索は野暮か。そう考え至った鈴仙は、音もなく部屋の前を離れ、どこか温かい気持ちのままに床に就くのだった。




心配の種は(作者の妄想及びご都合主義で)取り除いて行くスタイル。

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