「八一、いよいよ明日ね」
姉弟子が唐突に呟く。なんの事かは聞かなくてもわかった。
というか、明日ある重大な事は一つだけだ。
「そうですね。『女龍』対『竜王』って結構騒がれてましたね。ネットで」
テレビの企画で
『女龍』とは出来たばかりの女流棋士のタイトルだ。
何でも、『竜王』と対戦させるために作られたとか。
だから同じりゅうでも西洋の方の龍がつけられてるらしい。
「そんな他人事みたいに、随分余裕ね」
「余裕っていうか、単純に青龍さんって人を知らないんですよね。あの人研修会にも奨励会にも入らずいきなりタイトル取ったじゃないですか。正直あの三人の誰かが取ると思っていたので意外でしたけど。」
『女龍』は『竜王』の対となるタイトルだそうで賞金も女流タイトルでは一番高く、尚かつ女性なら誰でも参加できる様になっていたので参加人数が偉いことになっていた。
その中には勿論、女流棋士もいて。
「そうね、月見坂さんや供御飯さん。…ましてあのイカを相手に勝利するなんてね。」
「まさかの結果ですよね。現役のタイトルホルダー三人に連続で勝利するなんて」
『女龍』の棋戦に現役のタイトルホルダーの三人が参加し、全員が青龍さんに敗れた。『女王』の釈迦堂さんと二冠の姉弟子はそもそも都合が合わず参加して居なかったが。
「うっせぇーくーずー!」
「どわっ! 何事?!」
姉弟子と会話していたら、突然後頭部に痛みが走る。
慌てて後ろを振り向いたら、話題にしてた月見坂さんと供御飯さんが立っていた。
どうやら、月見坂さんに頭を叩かれたらしい。
「なに人の敗北ニヤニヤ話してんだよクズ野郎が」
「月見坂さん、だからって俺の頭を叩かないでくださいよ! それにニヤニヤなんかしてませんよ! というか、ここ俺の部屋! 何で二人が居るんですか?!」
「なんでかって、そもそも竜王はん鍵掛けて居らんやろ? 普通に玄関から入らせて貰いました♡」
「そりゃ開けっぱでしたけど! インターホン押すとか、ノックするとかしてくださいよ!」
俺の部屋は若手棋士との研究会でよく使われるので、鍵をかける事があまり無い。最近は内弟子のあいが戸締まりをしっかしているが。さっき姉弟子が来たときにそのまま開けっぱだったのだろう。
「こなたはそないしよう思ったんやけど、お遼がせっかちでなー」
「クズが部屋でナニしてようが、こっちは興味ねぇんだよ!」
「ナニもしてませんよ!!!」
全くこの人らは。俺の部屋に勝手に上がり込むなんて…姉弟子も
だけど。ちょっとはこっちのプライバシーに配慮して欲しい。無駄だろうけど。
…てゆいうか姉弟子静かだな? 二人とは何度か会ってる筈だから人見知りしてる訳ないけど。
チラッと姉弟子を見る。
ジトーーーーーーーーー
…凄い睨まれた。
やだ、怖い。
「八一」
「は、はい!」
「何で二人が居るの?」
「えっ? いや、勝手に上がり込んだって言ってたじゃ無いですか?」
「何で二人が八一の部屋知ってるの?」
「そ、それは二人と研究会しようとした時に何でか俺の部屋でする事になって」
「へぇー。八一の研究会って部屋に女連れ込んでヤるんだ。女子小学生だけじゃ満足出来無いんだ」
「ちょ姉弟子! 何言ってくれてんの!? 将棋の研究会だから! 別に変な事してないから!」
何故か激おこな姉弟子の危うい発言を訂正させようと俺が足掻いていたら元凶の二人がヒソヒソと話している。
「これが修羅場って奴か? クズはやっぱクズだな」
「ホンマにねぇー。しかも本人気付いて居らんよ? これはいつか刺されるんとちがう?」
「ははっ! 竜王が痴情のもつれで刺されるって将棋界の一大ニュースだな!」
「ちょっと二人共! 何仲良くお喋りしてるんですか!? あんたらの所為でこっちは今大変なんですけど!?」
「「自業自得だろ(やろ)」」
…その後何故か姉弟子に叩かれた。
ー
ー
ー
「で、結局二人は何で来たんですか?」
月見坂さんと姉弟子に叩かれた頭を擦りながら要件を聞き出す。
「そうだった。明日あの女と対戦あんだろ? 少しばっかあのお女の事を教えてやろうかなって思ってな」
「こなたも同じ理由どすー」
明日の対戦って事は青龍さんの事か。
「それまた、何で? 特に俺に教える理由って無いですよね?」
青龍さんの情報は数回も闘うか怪しい俺なんかより、二人の方がこれから何度も闘うんだから重要だろう。
それを俺に教える理由が思い付かない。
「そうなんだけどなー。なんつーか多分あの女、お前にご執心なんだよ」
俺に執心?
どういう意味だ?
「青龍さんの目的は最初から竜王はんと闘う事にあると思うんやわ。現に決勝でイカちゃんを倒しても顔色一つ変えてへんかった。寧ろ、竜王はんとの対戦の日日が決まった時の方が明らかに闘志燃やしてたんよ」
「アレはびびったな。『女龍』が始まってからずっと真顔だったのにいきなり笑ったんだから」
二人がその時を振り返って色々と盛り上がる中、姉弟子が舌打ちを何度か行っていた。まだ、機嫌が悪いのか? それと俺との対戦が目的か、祭神雷みたいな人じゃ無ければいいけど。
「んで、クズ。多分あの女、お前を滅茶苦茶研究してるぞ。つーか私等も研究されてた。」
「こなたもお遼もイカちゃんも現役のタイトルホルダーやから、ある程度研究されてるのは当たり前やけど、彼女の研究はそんな生温いものじゃおざりません。こなたらと彼女の対戦の棋譜はみなはりやった?」
「いえ、俺も昨日まで順位戦で強敵に当たってたので今日確認しようと思ってたんです。」
「ほな、これがその時の棋譜や」
そう言って、供御飯さんが棋譜を書いた紙を手渡してくる。
俺と姉弟子は一緒にその棋譜を見た。
「これは…」
そこに書いてあった棋譜を見て俺は驚愕の声を上げた。