ガーランドには二つの目的があった。
一つは、かつて、闇の中で育ち、絶望と憎しのみを糧に生きてきたガーランドを日の当たる世界へと連れだし、人を教え、世界を教え、剣を教えた師に再び謁見し師が残した答えを確かめる事。
もう一つは、ガーランドの憎むべき敵を殺害する事。
そんな目的を胸に秘めながらガーランドはクレセア大陸を東へ西へ南へと奔走した。
時に村々を襲う魔物を退治し、時に魔物の住処へと財宝を求める冒険者の護衛として、様々な方法で路銀を稼ぎながらガーランドは着実にクレセア大陸を渡り歩いたのである。
そして、ガーランドがクレセア大陸西部に位置するフォロボス王国の港町で、彼の師と思われる人物の噂を商人から聞きつけたのが丁度今から4月ほど前の事であった。
商人曰く。フォロボス王国とアンガレス帝国の国境付近の小さな山村に特殊な剣技を使う風変わりな男が現れたとの事であった。
ガーランドは特殊な剣技という言葉から直感的に師の姿を想起し、そうして、商人に噂の風変わりな男について尋ねる。
そうして商人は幾ばくかの情報をガーランドにせびり、ガーランドが気前よく金銭を払えば、商人は羽の様に軽いその口を開き、風変わりな男について大いに語らうのであった。
商人が言うには、噂の風変わりな男はムロン村という小さな山村に住み着いたらしい。
そうして、彼は村の者達に様々な知識を与えて、近隣に救った魔物を倒し、そうして、それまでは独力では生きていく事が出来なかった小さな山村に平和をもたらしたとの事であった。
その男は師匠に間違いない...商人の話から直感的にそう感じたガーランドは早々にフォロボス王国を後にすると噂のムロン村へと向ったのであった。
そうして、ガーランドがムロン村に到着したのが丁度今から3月程前の事であった。
ムロン村に到着するや否やガーランドはすぐさま噂の風変わりな男についての調査を開始した。
が、しかし、村人が言うには、どうやらガーランドの師と思われる風変わりな男がムロン村に滞在したのは1年以上も前の事であったらしく、結果、ガーランドの行動は徒労に終わったのである。
しかし、村人達は訪れたガーランドを歓迎しその労を労った。
ムロン村の農民にとっては噂の男の存在は大きく、その弟子たるガーランドにさえ彼らは敬愛の念を抱いたのである。
それまでは村の付近に住み着いた魔物に関しては村の若い衆が自警団を組んで対処した。
しかし、彼らは碌な訓練も受けておらず常にムロン村は多大な犠牲と引き換えに魔物をしりのぞかせていたのである。
が、しかし噂の男が現れてからはムロン村の事情は大きく変わる。
男は村人達に農業を教え、数字を教え、そして魔物と戦うための術も教えてみせた。
そうしてムロン村は直に独力で村の経済を回し、魔物を倒す事を可能としたのである。
全てはガーランドの師のおかげである。
故に村人たちは旅人、しかも彼らの恩人の弟子にあたると思われるガーランドを快く歓迎し、そしてかつて彼らの恩人が使った村の離れの小さな部屋をガーランドに与えたのである。
ガーランドは直ぐに村を離れるつもりであった。
しかし、質素で純朴なムロン村の住民達の好意は周囲からは堅物で知られるガーランドの心さえも動かしたのであった。
結果、ガーランドはかつて、彼の師が身を置いたという小屋に住み込み、そうして村の人々と共に生活を始めたのだった。
ガーランドはとかく不器用であった。
ガーランドは力仕事や魔物退治こそ得意であったもののいわゆる一般生活をつつがなく送るという事に関しては慣れていなかったのだ。
結局、ガーランドの村での主要な役目は魔物退治が主だったものとなる。
最も、村人としてはガーランドの魔物退治は願ったり叶ったりであったので、如何に村人達が戦いの術を身に着けたといっても彼らではゴブリン程度の討伐が精々であり、強力な魔物の討伐は否応なしにガーランドの様な海千山千の冒険者の力添えが必要であったのだ。
ガーランドは強かった。
彼はゴブリンの親玉に当たるガンプや、アンガレスの魔術師でさえも討伐するのが困難とされるオークさえも討伐して見せたのだった。
そうしてガーランドがムロン村に至って3月が経つ頃には、ムロン村周辺の大方の魔物は討伐されるに至ったのだった。
気づけばガーランドは小さなムロン村の家族となっていた。
未だに、ガーランドは身じろぎ一つする事なく、座したままゆっくりとこれまでの経緯を語っていた。
ガーランドの声は良く響き、エルマはそんなガーランドの言葉をひとつひとつをゆっくりと咀嚼しながら彼女がこれまで得てきた情報と整合させていたのである。
まだ、ガーランドが語ったのは事の起こりにしか過ぎない。
が、この時点で既にエルマがラドの村で村長より聞き及んでいた話とガーランドから直接聞いた話とでは随分と食い違っていた。
何処かで噂が間違って伝わったか、それとも意図的に誰かが噂を歪曲させて伝えたのか。
最も、それはガーランドという男が真実を話していると仮定した場合だが。
「冒険者...ガーランド、貴方は魔術師では無いの? 」
エルマは冷静に言葉を選び言った。
確かにガーランドの姿は魔術師とするならば、違和感があったのだ。
それはガーランドの装飾品である。そう、エルマが一見したところ、ガーランドは所謂イドナの触媒となりうる装飾品を身に着けていなかったからだ。
魔術の行使の際には、特定のイドナを集積させる必要があり、そのために必要となるのが所謂、魔術の装飾具である。
エルマを例にして取れば、彼女が右腕に巻いたルビーの腕輪や、黒のロングコートに隠れて見えないものの、エルマが肌着の上に身に着けた麻のシャツに装飾された黄土作りの刺繍がそれに当たる。
装飾具が無ければ、如何に魔術師がその身に強力なイドナを宿していようと見事なイドナの制御が出来ていようと、強力な魔術を扱う事は出来ない。
装飾具無しでは魔術師が行使できる精々の魔法は松明程度の灯りを起こすなどといった戦いには殆ど役に立たない初歩的な魔術程度である。
「あぁ、俺は魔術師ではない」
エルマの質問に対してのガーランドの返答はやはり手短だが核心を抑えていた。
エルマを見つめるガーランドの瞳は水面の様に澄んでいる。それがエルマにとっては雄弁に真実を物語っていた。
となれば、エルマにとっての次なる疑問が生じる。
「じゃあ...この村の人間が失踪し、ミイラ化したというのはどう説明するのかしら? そんな事、魔術無しでは不可能よ」
では、ガーランドが魔術師で無いとするならばこのムロン村で起きた事件の真犯人は誰か?
エルマには犯人の見当がつかなかったのだ。
ガーランドはそんなエルマの言葉を聞きながら、ベイス少年へと視線をやるとその瞳に深海の如き悲哀を込める。
そこに映るのは彼の苦渋と微かな怒りの念である、とエルマには直感的に感じ取っていた。
そうして、ガーランドはベイス少年にやった瞳を今度はエルマに戻す。
「あれは、魔族の仕業だ。私の敵だ」
ガーランドは短くそう言ったのである。
ガーランドが村に至りて3月近くが経った。
寡黙なガーランドであったが、こと魔物退治となると村の大人達の先頭に立ち魔物の群れに切り込んでいく。
そんなガーランドの姿は村の皆々の注目の的となった。
そうして気づけば、ガーランドは村の英雄として扱われるようになっていた。
特に村のわんぱくな少年達からの評判は別格で、彼らはこぞってガーランドの家を訪れてはガーランドの話に聞き入ったのである。
もともと人付き合いが得意では無いガーランドは無口であり、一見、子供受けは悪いと思われた。
が、しかし、子供たちはガーランドのそんな静謐さの中に彼特有の優しさを敏感に見出したのであろう。誰もがガーランドに心を開いていたのだった。
ガーランドも慣れない子供との触れ合いの中、たどたどしいながらも彼流に子供と戯れ、そうして彼は子供達に多くを語ったのである。
そんな平和なガーランド村で事件が起こったのは、悪戯好きのベイス少年が村の奥地の洞窟に冒険に出てしまったという些細な出来事に端を発する。
ある朝、村奥の山脈に一人で冒険に出たベイス少年が夜になってもなかなか帰宅せず、気がかりに思った彼の両親は探索をガーランドに依頼した。
既にムロン村周辺の魔物はガーランド率いる村の自警団により一通りが退治されていたものの、それでも山の奥地となれば魔物が潜んでいる可能性は否定できない。
危険を感じたガーランドは一も二も無く依頼を受理すると山奥へと進んでいったのである。
そうして、結果、ガーランドは山奥の洞窟でうつぶせに倒れているベイス少年を早々に見つけ出したのであった。
ベイス少年の傍らには、黄と緑色の模様のある茸があった。見やれば、その表面にはベイス少年の歯形がくっきりと残っており、傘の部分が半分ほど食いちぎられている。
その茸が何であるかガーランドには直ぐに察する事が出来た。
高山地帯に生息する茸で黄と緑の斑点のあるものといえばガーランドにはやはり、気奪茸が真っ先に頭に浮かぶ。
ガーランドにとっては師のとの良い思い出のひとつであるが、彼は師と共に何度も気奪茸の採取や調理を手伝った。
気奪茸は、いわゆる珍味の一種として帝都ではしられている
しかし、加工せず生で気奪茸を食べた場合は表面の胞子の毒性の影響で気を奪われる事がしばしばあり、気奪茸の名称で呼ばれる。
熱して炙る事でその表面についた毒性を洗い流し安全に食べる事が出来るのだが、ベイス少年は生で食べてしまった事が原因で気を失ってしまったであろう事が伺われる。
最も、気奪茸は毒性は弱く、命に関わる様な事は無い。
あえての重篤な副作用を挙げるならば、声帯の筋肉に特異的に作用して、食したものの発声を数週間ほど奪う程度といったものが挙げられる位だ。
ガーランドがベイス少年に駆け寄れば、少年は寝息をたてながら夢の世界の中を揺蕩っているかの様であった。
―それにしてもあの不気味な茸をよく食べたものだ―
眠りにつく少年を見やりながらガーランドは微笑した。
結局ベイス少年が目を覚ましたのはその日の夜の事であり、少年が目を覚ますや否やガーランドはムロンの村へと急行したのであった。
ムロンの村は深夜という事もあり静寂に包まれていた。
所謂、夜の常闇というのは田舎村には常であった。
しかし、その日のムロン村はガーランドには異常と言わざるを得なかった。
理由は分からないが人の息遣い一つさえガーランドには感じられなかったからだ。
ベイス少年を彼の家へと連れ戻すガーランド。
ベイス少年は玄関の戸口を開くと重々しい足取りでおっかなびっくりとした様子で屋内へと足を進める。
薄っすらと灯りに照らされた屋内には彼の両親の姿があった。
座椅子に腰かけて、家の中にある小さな暖炉を囲むようにして座る両親。
が、異変が直に起きた。
少年が更に一歩と両親へと歩を進めた瞬間に、二人は突然立ち上がるとグルンとベイス少年へと向きを変える。
その姿にベイス少年は、顔を真っ青にしながら、枯れた声を必死に絞り出し叫ばんとする。勿論、気奪茸の影響でベイス少年の喉元からはうめき声さえ上がらなかったが。
ベイス少年の目の前に佇む、かつて彼の両親であったもの。
農民たちが日常的に着る麻の服に身を包んだ二人。遠目に見れば体格や背格好に異常は無く、言い方は悪いが、何の変哲もない農民に彼らは見えただろう。
そう、ベイス少年にとっては厳しい父と優しい母だ。
が、しかし、近場で暖炉に灯った炎に照らし出された二人の姿は鮮明であり、それは異常と言わざるを得ない。
ベイス少年の両親の顔色は本来の白から、まるで死人の様な土気色へと変色していた。
そうして、顔面の皮膚は所々がただれて、皮下の筋肉や血管が不気味に抉られた、皮膚のもと、褐色の顔を覗かせていた。
二人の窪んだ眼窩には眼球は存在すぜそこにはただ闇があるのみである。
そんな、かつてベイス少年の両親であったモノは一様にその口元から「あー」などとまるで呆けた様な言葉を上がながらベイス少年へと迫ってくる。
口元の歯肉は壊死している様で、二人が声を上げるたびにボロボロと白い歯が地面へ音をたてながら崩れていく。
そんな変わり果てた両親を前にして、ベイス少年はまるで生気が抜けてしまったかの様にガクリと弱弱しくその場に腰を付いてしまった。
心を完全に挫かれたベイス少年を前にガーランドの動きは迅速だった。
ガーランドはベイス少年力強く引っ張り上げると彼を抱えて、少年宅を早々に後にする。
少年宅から駆け出るガーランド。
と同時に、そぞろ村の家々の戸口が開いたかと思えば、ベイス少年の両親と同様にミイラ化した村人達が一様に現れたのだった。
彼らを見やりながら、その正体がなんであるかをガーランドは直ぐに理解できた。
沸々とガーランドの胸中を焦がす怨嗟の炎。
ガーランドはそんな怒りの感情を必死に抑えながら、ベイス少年を抱えて街はずれの小さな森まで至る。
そうして、少年を森の茂み隠して、明朝ムロンの村へと再び戻るようにと指示し、一人村へと駆けて行った。
そこまで話してガーランドはピタリと口を止める。
その後、ガーランドが村へ戻り取った行動を予想すれば、ガーランドがベイス少年を気遣った故の事であろうことがエルマには一目瞭然であった。
故にエルマもあえてぼやかす様に言葉を選びながら、ガーランドへと尋ねる。
「なるほど。何となく状況は分ったわ。それで...貴方の言う魔族とは? 」
エルマの関心はガーランドの放った魔族という単語にあった。
アンガレス大陸では魔物の定義づけは曖昧であり、魔族という希少種に関しては満足に分類分けさえされていない。
魔族の定義についてあえて言及するならば、魔族とは人間と同程度の知能を持ち、なんらかの形でコミュニケーションを人と取ることが出来る種、とアンガレス帝国は定義している。
そんな魔族に共通しているのは人間が使うのとはまた別の魔術を使い、そうして並みの騎士や魔術師が束になっても叶わない強力な個体であるという点であった。
事実、例えば3年前に行われたアンガレス帝国による北伐の際には帝国の歩兵大隊はたった一体の魔族の前に数週間に及ぶ足止めを受けた事さえあった。
結局自体が好転したのは第七騎士団と呼ばれる超常的な戦士達よって魔族が討伐されたからであった。
ジッとガーランドを見やるエルマ。
そんなエルマの視線を受け、ややあってからガーランドは口を開く。
「ノスフェラト」
ボソリと呟くガーランド。
そんなガーランドの声は重々しく、まるで彼の過去の苦渋が滲みでているかの様であった。
対してエルマはノスフェトラという単語に眉をひそめながら小さく俯いたのであった。
―ノスフェラト...こんな田舎町で思わぬ収穫ね―
エルマは脳裏で、自らの実力とムロンの村に厄災をもたらしたであろう魔族とを天秤にかけていたのだ。
魔族討伐、しかもノスフェラトの討伐ともなればエルマには十分な功績である。
ただしその反面でリスクは大きい。
ノスフェラトの名をエルマは魔術学徒の頃に教本で学んでいた。
教本の知識によれば、ノスフェラトとは魔族の中の一種族であり、姿かたちは人と大きく変わらないとされる。
故に人間との区別が難しく、人間と思われていた領主が実はノスフェラトであったなどという事件さえも起きた程である。
またノスフェラトの中にも人間の貴族と同様に爵位が存在する様で、より高位になればなるほど個として強力となるとされている。
仮に高位のノスフェラトが相手だとすれば、エルマが単独で敵対するのは困難である。
というよりもそもそも、高位のノスフェラトと単独で渡り合える人間など限られている。
それこそ単独で高位のノスフェラトを打ち破る事が出来るのは、噂の第七騎士団などの規格外の人間位であろう。
しばし、俯くエルマ。
そうしてエルマは彼女なりの結論を導き出すや、再びおもてを上げてガーランドを力強く見やる。
「ガーランド、貴方に聞きたいの」
単独では事件解決は難しい事をエルマは重々承知していた。
ムロンの村を襲ったのは異常といって差支えの無い怪奇現象である。となれば背後で糸をひくノスフェラトはただものでは無い事が伺われる。
そして、ガーランドとノスフェラトとの間に因縁がある事はガーランドの口調から明らかである。
となれば、エルマには協力者が必要だった。そして、エルマの目のおあつらえ向きの戦士の姿がある。
「ガーランド、貴方、今までノスフェラトと戦った事はあるの? 」
エルマが尋ねるや、ガーランドはコクリと小さく頷く。
そうして顔をあげたガーランド。
自然とガーランドとエルマの視線が交差する。
ガーランドの深紅の瞳は燃える様に輝いており、力強くそこには彼の強靭な意思がありありと浮かんでいるかの様であった。
エルマはそんなガーランドの姿に大いなる期待を抱いていた。
「だったらノスフェラト討伐に協力しなさい」
「協力?」
エルマの言葉にガーランドは眼を丸くする。
「そうよ。私は宮廷魔術師として功績を上げたい。そして、ノスフェラトは貴方にとっては敵。だったら理外は一致するわ」
エルマはそう言うと、口元を小さく緩めて微笑した。
対して、ガーランドは顔をしかめる。
「相手はノスフェラトだぞ。宮廷魔術師なら知っているだろうが、容易に討伐できる相手では無い」
「そうね。でも、貴方はそんな破格の化け物と一人で戦おうとしているわけでしょう」
エルマの声音は何処か挑発的で、彼女の言葉を受けてガーランドは目を細める。
ジッとエルマを観察する様に見やるガーランド。
そうしてガーランドは熟考するかの様に顎もとに手を当てると。僅かに顔を傾けながら、口を開く。
「そういう、お前はノスフェラトをどの程度知っている? 人が手に負える化け物じゃない」
しかし、エルマは微笑を浮かべたまま、ふるふると頭を振り、ガーランドの言葉を否定する。
「あら? 貴方だって人間でしょう? その貴方が戦えて宮廷魔術師の私が戦えないなんて、そんな道理は無いと思うけれど」
エルマの言葉は真理であったが、ガーランドは、ますます顔をしかめる。
最もエルマは、そんなガーランドなどお構いなしで一人、話を進める。
「正直、魔族に遅れを取るつもりは無いわ。帝都の魔術開発は日進月歩なんだから」
クスリと微笑むエルマ。
勿論、エルマは魔族相手の戦いの経験は無かった。が、それでも尚、相手がノスフェラトの中で爵位の最底辺にある騎士クラスである場合ならば、うまく戦えば、勝機は十分にあるとの自信がエルマにはあった。
また、よしんばノスフェラトの討伐が無理な様ならば、調査報告だけでも新人宮廷魔術師たるエルマの手柄としてはおつりがくるほどである。
故のエルマの提案である。
が、対してガーランドは黙しながらジッとエルマを見続けていた。
そうして、ボソリ口を開く。
「何故、わざわざ火中の栗を拾うとする? 君にはわざわざ魔族と戦う理由は無いだろう。宮廷魔術師なら生活には苦労するまい」
何気ないガーランドの言葉にしかし、エルマは表情を曇らせる。
「生きているだけではね、人間では無いのよ」
エルマは先ほどまで浮かべていた微笑を止めるとその口元を開き、ぼそりと低い声で言った。
そんなエルマの姿をジッとガーランドは凝視した。
エルマの表情は真剣である。
エルマのアクアマリンの瞳は、エルマが右腕に嵌めたルビーのブレスレットよりも更にこうこうと輝き、エルマの強い意思を反映しているかの様にガーランドには映った。
それは覚悟ある者、いや過去に囚われた人間の眼である。
エルマ自身、今、自らがどんな顔をしているのか、ガーランドの顔を見やれば嫌でも分かってしまう。
しかし、エルマの姿にガーランドは一種の信頼感を見出したのかガーランドはふぅとため息をつくとその厳めしい表情をほころばせる。
「分かった。共同戦線としよう」
ガーランドの言葉に頷くエルマ。
エルマは頷くと、ガーランドへと伸ばしていたその右腕をそっと下ろす。
と同時に赤く輝いていたルビーは発赤を止める。
再び訪れる闇の世界。
しかし、そんな闇の世界の中、小さな小屋にはエルマ、ガーランド、ベイス三人の確かな息遣いがあった。
「されノスフェラトについてだが、その前に食事にでするか。ベイス、エルマ、お前たちは夕食はまだと見える。良ければどうだ?」
「そうね...頂こうかしら」
ガーランドの言葉に頷くエルマとベイス。
すると、ガーランドはゆっくりと立ち上がるや、古ぼけたタンスの中から火打石を取り出して部屋の隅に設置された暖炉へと火を灯していく。
そこでエルマは完全に警戒を解くやベイス少年の手を引きながら屋内の中心にあるテーブルへと腰かける。
―少し不用心かしら―
エルマは、暖炉に灯った炎に照らされるガーランドをみやり内心で思う。
そう思いながらもエルマは、自分の選択を肯定していた。
ガーランドの佇まいはただの荒くれ者の冒険者とは一線を画していた。
途中でガーランドはベイス少年を思い、彼がせん滅したと思われる村人の成れの果てであるアンデットとの戦いに関しては口を紡いだのだろうが、そんなガーランドの何気ない気遣いからも、エルマにはガーランドの素朴な優しさが伺われた。
またアンデットとガーランドの戦いから鑑みるに村民の数ほどのアンデットをただの一人でガーランドはせん滅したであろうというわけで、それは並みの冒険者で出来る事では無い。
エルマはガーランドの事情に大きく日見込むつもりは無かったが、それでも尚、少なくとも実力面でガーランドが只者では無い事は容易にエルマには推測された。
故にエルマはガーランドを信頼する事に躊躇いが無いと言えば嘘になるが、それでも信頼するのに足る人物であると判断していた。
エルマはジッとガーランドが料理を用意する様を静かに観察し続ける。
気づけば、緊張感が抜けたのかエルマは軽い空腹感を感じていた。