「あ、これって、アイズさんと会った後のステイタスだ」
と。
それではどうぞ!
「……運が悪い……っ」
ここはダンジョン5階層。
『ヴヴモオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
「ちっ…!」
赤銅色をした筋骨隆々の体。頭は牛、それより下は人間と変わらない肢体。足は蹄だが。
このモンスターはレベル2でなければ討伐することが出来ない。レベル1は瞬殺されると言うのが現実である。
故に彼らがミノタウロスと
彼自身、隙を見て右手にある片手剣で何度も攻撃をしているが、全く効いておらず、かすり傷一つつけられなかった。そして、彼は悟った。『狩られるのはこちらだ』と。
そして、全速力で逃げているのだが、相手はレベル2相当のモンスター。
鳴り響く地響き、雄叫びが背中を叩き、息は上がる。流石のルキアでも限界が来ている。
『ヴヴゥンッ‼︎』
「っ‼︎」
ルキアの足元に叩きつけられる蹄。砕け散った地面の破片がルキアを襲う。ルキアは両手を交差させ防ぎ、転がってミノタウロスと相対する。
『ヴヴモオオオッ‼︎』
そして、突っ込んでくるミノタウロスに片手剣で一閃。だがそれは、ミノタウロスを傷つけることはない。
「はッ‼︎」
小さな掛け声とともに駆け出し、攻撃を頰に擦りながらもミノタウロスの後ろへ。そして、すれ違いざまに右足関節の裏に斬り込む。
「……‼︎」
斬った場所を見るとうっすらに、血も出ていない程度だが傷が付いている。ルキアはそこに向かって剣で刺突する。が、
ガツッ
そんな音を立てて剣はミノタウロスの関節を貫くことなく、つんのめっていた。
「…だろうなッ」
『ヴヴゥムンッッ‼︎』
「ぐぉッ⁉︎」
間一髪のところでミノタウロスの反撃を避け袋小路に転げこむルキア。ミノタウロスはさらに追撃を始めようと、その太い右腕を振りかぶる。
『ヴヴォォオオオオオオオオオオッ‼︎』
「クソったれが……ッ‼︎」
絶体絶命。
ルキアは最後のあがきをしようと剣を振りかぶる、その直後。
ミノタウロスの屈強な肉体に一本の線が走る。
「!」
『ヴォ?』
ルキアが目を見開き、ミノタウロスの間抜けた声が溢れる。
何本もの線がミノタウロスの体を駆け巡りやがて、斬れる。
『ヴグゥッ⁉︎ヴヴゥグゥォオオオオオオオオオオッッ_____⁉︎』
そして、ミノタウロスは細切れとなり、ただの肉塊に成り下がる。ミノタウロスの地獄から聞こえるような悲鳴が途絶える。
「……」
拍子抜けな終わりに、呆然とするルキア。その目の前にいたのは、
「……大丈夫ですか?」
ひとりの少女だった。
砂金のような儚い金色の腰にまで届くその長い髪をたなびかせる。瞳は髪と同じ金色。ところどころ青を基調とした銀の防具を装備し、華奢な銀の
彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。二つ名は『剣姫』。オラリオの中でも1、2を争う最強のファミリア、『ロキ・ファミリア』の幹部であり、オラリオ1の剣士だ。
「……大丈夫、ですか?」
「……ああ、すまない」
彼女からの言葉にいつもの素っ気ない返事を返すルキア。
「……怪我は…?」
「大丈夫だ、ない」
続く沈黙。ルキアはあまり喋る方ではなく、それはアイズもそうだった。そのためか、たった4文で会話が終わってしまった。会話をするためにアイズは言ったわけではないが、これはこれでおかしいと言うか、これこそ拍子抜けだ。
だが、ルキアとアイズは気付いていない。
そして、アイズの向こう側からひとりの
灰色の髪に同じ瞳。頰には雷のような刺青が施してある。かなり高身長で、武器は腰にある2振りのナイフ、身を守る防具はグリーブだけだった。
「……また、今度謝礼に向かう」
「いえ、そんな、される事でもない…です」
「いや、助けられたのはこっちだから、これくらいはさせてくれ」
そう言ってルキアは階層を上るため、そこから立ち去った。
◇
「……」
ダンジョン5階層のとある一角に彼女はいた。
無言でサーベルを鞘に納め、今しがた少年が去った方を見ている。
その隣には腹を抱えて爆笑をこらえている
「……ぷはははははははははははははは‼︎我慢出来るかあんなのォっ!ギャハハハハハハハハハハ‼︎」
結果、こらえられなかったようだが。
「真っ赤だぜ⁉︎トマトじゃねえか‼︎だはははははははは⁉︎決めた、あいつトマト野郎だ‼︎」
誰が聞いても『不快だ』と答えるようなあだ名をつけた。
彼はベート・ローガ。彼もアイズと同じロキファミリアの幹部で、レベル5の冒険者だ。二つ名は『
「……」
そんな彼に非難の目線をひとしきり浴びせてから、彼女はまた彼の去った方を見た。
「ひいー……ここまで笑ったのは久し振りだぜ…アイズ、早いとこ戻るぞ」
「……はい」
そして、二人は仲間たちの元へ戻って行った。
◇
「……うん、百点満点!合格だね」
「やった!」
ギルド本部の受付。そこではエイナとマナが向かい合って喜んでいた。
「…教えるのに1日、復習に1日…それでこんなにいい成績だなんて……流石だね、マナちゃん」
「ありがとうございます、エイナさん!」
ダンジョンについてのテストで満点を取り、ダンジョンに行くことを許されたからだ。エイナとしては行って欲しくないのが山々だが、当の本人はルキアだけに負担をかけるのは申し訳ないと奮闘しているので、駄目だと言えなかったのだ。
「それじゃあ、ダンジョンに行くことは許可するけど、絶対に一人でいかないこと。必ずルキア君と一緒に行ってね?無理もしないこと。油断禁物だからね?それに……」
「え、エイナさん、気を付けますから……」
心配性……というよりは初めてダンジョンに潜るマナにエイナなりのアドバイスをしている。だが、止めなければ十分十五分とかかりそうなのでマナは苦笑いしながら返事をする。
「……とりあえず、マナちゃんの武器は弓矢だから後方支援だよ。安全だって思うかもしれないけど、しっかり周りを見ること。ルキア君の指示に絶対に従ってね。そして、ダンジョンに潜る時の合言葉は?」
「覚えてますよ。『冒険者は冒険しちゃいけない』、ですよね?」
「よし……これでまあ、安心かな」
エイナはマナを見送ろうとマナと一緒にギルド本部の玄関口までついて行く。
「今日もありがとうございました!」
「いえいえ、こっちも仕事ですから」
とマナが別れを告げて帰路につこう、そう思って左を向こうとしたその時。
「マナ、エイナ。今帰った」
彼の声がした。
「あ、ルキアさ___」
「ルキア君、お___」
二人はそれぞれルキアに今日の労いの言葉をかけようと口を開き、声の聞こえる方に振り向いた。
そこにいたのは_______
モンスターの返り血を思いっきり浴びて真っ赤になったルキアだった。
「「きゃあああああああああああああああ⁉︎」」
ギルド本部に二人の少女の悲鳴が響いた。
◇
「もう……何してるの、ルキア君!私、ちょっと君の神経疑っちゃうなぁ」
「……そう、か?」
「さ、流石に……ルキアさん、ちゃんとバベルでシャワー浴びてきましょうよ…」
「……善処する」
「……君ってばそればっかりだよ」
「……そう、か」
「……さっきと同じこと言ってますよ、ルキアさん…」
どこぞのホラー映画にゾンビとして出てきそうなほど血塗れになったルキアは先ほどシャワーを浴びて来た。タオルで頭を拭きながら二人と話している。
「それで、何があったの?まさか、ルキア君、そんなに危ない状況に陥ったの?」
「ルキアさん、ダンジョンから帰ってきても擦り傷すらもらってませんもんね…珍しいです」
ルキアはダンジョンでほぼダメージを受けずに帰ってくる。とは言っても、得物の片手剣で攻撃を受け止めるぐらいはするので順調に耐久のアビリティは上がっているが。それ故に今回は余程のことがあったのではないだろうか、と思うのも無理はない。
「……端的に話すと、五階層まで潜ってミノタウロスに
「「⁉︎」」
ルキアの言葉に驚愕する二人。ルキアはこの反応は予測できていたのですまし顔で続ける。
「安心しろ、目立った怪我はしていない。しっかり逃げたしな」
「なんで五階層なんかに潜ってるの‼︎行っていいのは二階層までって言ったでしょう⁉︎」
「み、みのたう、ろす……れっ、レベル2相当の超強力モンスターじゃないですか⁉︎しかも、なんで五階層で……そのモンスターは中層付近が初出現だって……」
「……マナちゃんが教えたことを早速使ってくれてすごく嬉しいけど……でも、いくら君でもレベル2相当のミノタウロスに追いかけられたら逃げ切れないはずだよ⁉︎どうやって……」
「…剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインが間一髪のところで助けてくれた」
「……剣姫…?ロキファミリアの⁉︎」
「ああ。おおよそ、遠征帰りだろうな」
「お姉様の、ロキファミリアの方が……良かった…」
「……でも、君、なんで五階層なんかに降りたの?」
「……二、三階層のモンスター達は弱過ぎる。それに金を稼ごうにも魔石が小さ過ぎて換金してもあまりいいとは言えない。効率を上げようと思えば、下の層に行くのは分かるだろう?」
「それでも、危険度が上がるんだよ⁉︎君が強いってことは私も今までの君を見れば分かるけど、ダンジョンでは何が起こるか分からないの‼︎今回みたいな
エイナの説教に、流石のルキアも怯み、降参する。
「……すまない」
「……分かってくれれば良いんだけど…」
「助けていただいたファミリアがお姉様のロキファミリアで良かったですね。これならお礼も会いに行きやすいです」
「……ああ」
「とにかく、冒険しないこと。それだけは覚えて、注意してね?」
「分かった」
「…それじゃあ、換金してく?」
「ああ。ミノタウロスに
そう言ってルキアは換金所へ。
「……3700ヴァリスか」
「……毎回思うけど、駆け出しとは思えないほど高額だね。普通駆け出し、それもソロで潜る人って2000ヴァリスを超えないくらいだよ?しかも、今日はミノタウロスから逃げたから少し少なめと考えても……1200ヴァリスくらいだよ、普通」
「……高いことに越したことはない」
「やっぱり凄いですね、ルキアさん!」
「……定期的なアイテム補充、武器防具の手入れ用の研ぎ石、マナの矢、朝食代、昼食代、夕食代……貯金額は少し少なくなるが、いけるな」
ルキアは換金所でもらってきたお金を計算して、今日の分も足りることを確認した。
「ありがとうございます、ルキアさん」
「いや、当たり前のことだ」
「……ルキア君ってしっかりしてるねぇ…安心するよ。まあ、危なっかしいところもあるけど、マナ様…じゃなくて、マナちゃんのことを任せられるなぁ」
ルキアは何もかもに経験がない。だがその分、要領が良い。新しいこと……例えば、金の使い方や武器の手入れ、モンスターとの戦闘もそれに入る。ほんの数分で慣れる。
「それで、どうするの?もう今日中にロキファミリアへお礼にいく?」
「いや、ロキファミリアは遠征から帰ってきた直後だ。今行ってもあまり良い印象は持たれないだろう。明日の夕方か、明後日くらいが丁度いい」
「そうだね。それじゃあ、今日はもう帰るんだね」
「はい!エイナさん、今日はありがとうございました!」
「うん、ルキア君もお疲れ様。ゆっくり休んでね」
「ああ。ありがとう」
別れを告げてルキアとマナはギルドを後にした。
次回《