VOICEROIDの紲星あかりは今日がマスターとの契約日。
緊張と期待を胸に、あかりはほんの少しのいたずら心を持って、マスターへのサプライズを計画する。 マスターのお宅に着くと、そこには先輩である結月ゆかりが居て。
家族とは何か、愛とは何か、恋とは何か。
あかりは悩み、それでも前へと進む。
その先に見つけたものは、一体なにか。

暖かさに触れるハートウォーミングストーリーです!

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Sweet Home お試し版 ☽VOICEROID二次創作です

 ――ほぅ。

 弾む息は白く、空に浮かんでは消えていき、期待と緊張に胸が踊ります。

 少し小走りで道を行くと、横断歩道の信号が赤で、一息つきました。

「ふふっ、マスター達は驚きますかね?」

 私、あかりは信号を待ちながら空を見上げます。朝陽が眩しくて少し目を細めました。十二月の風が火照った頬をなで少しくすぐったく感じます。

 今日はあかりがマスターと契約をする大切な日です。本来なら夕暮れの頃に訪れる予定になっていましたが、昨夜から心がうずうずしてしまい、我慢できませんでした。

 あかりは道中、知識としては知っていましたが、食べたことのないシュークリームを購入し、新幹線に飛び乗ります。車内では、仕事で利用している人が多いようで、どこか慌ただしい雰囲気がしました。あかりもどこかその空気に流されそうになるけれど、一息入れる為に早速シュークリームを取り出しました。そして、どこから食べたものかと悩んだ末に、えいやっとかぶりつきます。

「〜〜っ! お、おいひぃですっ! 外側はクッキー生地でサクッとしてて、かぶりつくと甘い香りが鼻から抜けて……。トドメにあまーいホイップクリームとカスタードクリームがお口の中いっぱいに流れ込んでくる……!」

 あまりに甘く、広がる香りの感動の大きさに、新幹線の車内だということも忘れて、ひとりはしゃいでしまいます。くすくす、と隣に座っていたお姉さんがあかりの方を見て笑っていました。恥ずかしいです……。

「美味しそうに食べるね、旅行?」

「あわわ、お恥ずかしいところを……。いえいえ、旅行ではありません、あかりはお仕事で」

「お仕事?」 

「あかりは十五歳ですが、VOICEROIDというお仕事をさせて頂いてますっ。今日はそのお仕事の契約の日なのですっ」

 あかりはお仕事について聞かれてついつい熱が入った調子で答えてしまい、言った後でちょっと照れくさくなりました。

「あぁ、あかりちゃんはVOICEROIDなんだね。最近名前はよく聞くなぁ。そっか、じゃぁドキドキだ!」

「はい! 緊張でお腹いっぱいです……。でもこのシュークリームならもう一個食べたいかも……!」

「あはは、その割には美味しそうにシュークリーム食べてたけどね。そのシュークリーム気に入ったなら、多分大きな駅なら売ってるから食べたくなったら探してみると良いよ。っと、私はこの駅だから。じゃぁ、気をつけてね」

 そう言うとお姉さんはひとつ手を振って、降りていきました。

 あかりは知らない人との会話で緊張せずに話せたことで自信を持ち、マスターと会った時も今みたいに緊張せずに話せれば良いなと思いました。

「お姉さん、このシュークリーム大きな駅なら売ってるって言ってたし、マスターへのお土産に買っていこうかな?」

 一人で食べてもこんなに美味しかったのだから、他の人と食べればきっともっと美味しいと思います。マスターの所には結月ゆかり先輩も居ると聞いているので、先輩の分も買っていきましょう。そう決めてからあかりは目的の駅に着くまで音楽を聴くことにします。曲は誰のものか分からないけれど、綺麗な声をしていて、どこか切なさや愛おしさが伝わってくる素敵な歌声をしています。あかりのお気に入りだ。その歌を聴いていると、契約を早くしたくて焦っていた気持ちが少しずつ落ち着いていきました。

 三十分くらいすると、目的の駅に着きました。微かに漂うどこか懐かしい薫りに包まれた駅のホームを歩き階段を下ります。

 シュークリーム屋さんを探すとすんなりと見つかったので、お土産に三つ程購入し、マスターのお宅への行き方を確認します。

「えーっと、確かこの駅からはバスに乗り換えて……」

 駅の案内板を頼りにバス乗り場を探します。バスの時刻を確認するとちょうど数分後に来る便がありました。ほっ、とするとお腹がくぅと鳴きました。さっき新幹線の中でシュークリームを食べましたが、そんな量ではあかりのお腹は満たされてはくれなかったようです。早くマスターと契約をしたいから今日はお昼は抜きになるかもしれません。

「うぅん、お腹空いちゃうけど仕方ないよね」

 そんなことを考えているとバスが来ました。あかりはバスも初めてなので、周りの方の乗り方を見様見真似でなんとか乗り込むことが出来ました。イヤホンを外し、下りる所を間違えないように車内の案内をじぃっと眺めます。

 十五分程バスに揺られていると目的のバス停に着きました。あかりはお財布から二百三十円を取り出し運転手さんに渡そうとすると、運賃箱に入れるのだと教えてもらいました。支払いを済ませバスを下ります。

 あかりはポケットからスマートフォンを取り出すと、地図アプリを起動して事前に教えてもらっている住所を入力し、徒歩での経路を検索します。あかりの持ち物のスマートフォンやお財布、交通費等は今回契約するマスターが予めあかりの所に送ってくれていたものです。

 徒歩で数分で着くとなっていますが、通りが多くて間違えそうで不安です。けれどとにかく歩かなければ着かないし歩こうと、アプリに従って経路を進んでいきます。しばらくして、マスターのお宅にたどり着くことが出来ました。二回ほど入る通りを間違えてしまい、数分の予定が二十分程かかってしまったのは愛嬌だと言い切りたいです。

 あかりはマスターのお宅に辿り着いたのは良いものの、立ち往生してしまいました。というのも……。

「まさかのオートロックマンションとはあかり、恐れ入りました……!」

 これではどうしてもインターホンを押さなくては中へ入れないのでサプライズが成立しません。どうしたものか……。うんうん唸りながら五分程したところで考えているのに疲れてしまいました。頭を使ったからなのか、お腹はくぅくぅと激しい抗議を繰り返しています。このままではお腹が空きすぎて倒れてしまうのではと思っていると、マンションから住人の方がオートロックのドアから出てきました。本当はいけないことなのだとは分かっているけれど、あかりは最早今日からここの住人なので問題はないだろうと自分に言い訳をして、思い切ってその人の出てきたドアが閉まる前にえいやっ、とドアをくぐりました。

 中に入ると、四階までエレベータであがります。少しずつ近づく玄関にあかりの胸はとくとくと徐々に早くなります。ちゃんとマスターに受け入れて貰えるでしょうか、ゆかり先輩とはうまくやれるでしょうか、そんなことばかりが、頭の中をぐるぐると行ったり来たりします。中々進まない足をやっとの思いで動かし、玄関の前に立ちました。 ここまで来て逃げたらVOICEROIDの名折れです、あかりは元気がトレードマークなのだからここはとびっきりの笑顔でご挨拶しなくては。むん、と一つ気合を入れて、インターホンを押します。

 ピーンポーン……と少し間延びした音がなんとなく可笑しいです。ちょっとしてから、柔らかさを感じさせる声で応答がありました。

 あかりはインターホンのカメラに向けて、あかりの中での渾身の笑顔を見せつけます。

「初めまして、マスター! 紲星あかりですっ! この度はご契約ありがとうございます!」

 そう言うと驚いた声でちょっと待っててと言われ、あかりはしてやったり、と少し悪い顔でくすりと笑いました。少ししてから、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきて玄関が開きます。

 この人が今日からあかりのマスター……。どこか線が細く、頼りない印象を受けます。でも、慌てながら私に、こんなに早く来ると思ってなかったとか、一人で来られたの? 呼んでくれれば駅まで迎えに行ったのに、と話す姿からはほんのりと優しさが薫って好感が持てました。中に通されるとソファーに一人の女性が座っていました。紫色の髪をもみあげだけ長く伸ばし、二つのおさげにしていてやわらかい印象を受けます。女性はこちらの気配に気付くと、振り返り。

「ん、どうしたんですかマスター? 慌てて出ていきましたけれど、アイス溶けちゃいますよ?」

 そう言った女性は、少しだけ驚きながらソファーから立ち上がると、私に挨拶をしてくれた。

「初めまして、結月ゆかりと言います。貴女の事は故郷からの連絡や、マスターからのお話で伺っていますよ。紲星あかりさん。ようこそ、予定より少しお早い到着だったのでびっくりしましたけど」

「初めましてです、ゆかり先輩! 紲星あかりですっ。今日からお世話になりますので、まだまだ至らないことは多いですが、ご指導のほどよろしくお願いします! わくわくして我慢できなかったので、プチサプライズで来ちゃいました!」

「あぁ、分かります。私もここに来た日はわくわくして早めに着いちゃいましたから。ふふっ、あかりさんもでしたか。懐かしいなぁ……。ねぇ、マスター? あの日のこと、覚えてますか?」

 そう言うとゆかり先輩はマスターと当時のお話を始めました。あかりのサプライズは成功しましたが、なんだかマスターとゆかり先輩の間の空気は少し羨ましく思います。あかりもいつかはこんな風になれるといいなぁ。

 先輩達は軽く話し終わると、あかりにここでのお仕事や生活について教えてくれました。お仕事は主にマスターへのメールや本等の文章の読み上げ、それに加えてゆかり先輩が担当している、ゲームの実況のお手伝いという名の見習いになるそうです。生活に関してはお仕事さえしていれば基本自由とのことでした。

 マスターのお宅は2LDK のマンションで、玄関から入ると短い廊下があり、その先の扉を開けるとリビングスペースになっています。リビングにはキッチンとソファー、テレビ、本棚などがあり、このリビングスペースの他に二部屋小さな部屋があります。そこはマスターと先輩が使っているので、あかりだけの部屋というのはありません。部屋についてはゆかり先輩との相部屋となるそうです。ご迷惑をかけないようにしなくちゃと思っていると、サプライズを終えた気の緩みからかお腹がくぅ、と鳴きました。あかりはマスター達に聞こえたかも知れないので、恥ずかしさで顔を赤くしながらちらりとマスター達の顔を伺います。すると、ゆかり先輩と目が合いました。ゆかり先輩はくすりと笑ってから頷き、マスターに声をかけます。

「マスター、お昼まだでしたよね? 私お腹空きましたー。あかりさんも来たことですし、なにか食べませんか? あ、あかりさんはお昼は食べましたか?」 

「あっ、いえいえまだです! あかりも頂いても良ければ頂きたいです! あ、あとこれお土産にシュークリームを持ってきたのでよろしければ。それとあかりの事はどうぞあかり、と呼び捨てて下さい先輩!」

「そうですか? ではそうさせて貰いますね。あかりは今日からこの家の一員ですから、ご飯くらいで遠慮してたらこの先が大変ですよ? あ、お土産ありがとうございます。食後のデザートにしましょうね」

 あかりは先輩のさり気ない気遣いに感動を覚えながらシュークリームを渡しました。今日のお昼ご飯はうどんになるそうだ。なんでもゆかり先輩の好物なんだとか。少しすると、マスターがお盆に三つの丼を乗せて戻ってきました。

「? このうどんおつゆが無いですよ先輩?」

「ふふ、これはですねあかり。釜玉うどんといって、おつゆではなくこの卵を出汁醤油で絡めて食べるのです! 卵と醤油、そしてこのうどんの小麦粉の香りのハーモニー……とても良い物です。良いですか? この醤油をこうして垂らして、卵をこう……」

 そう言うとゆかり先輩はとても幸せそうな顔でうどんをかき混ぜ始めました。落ち着いた印象を受けた先輩をこんな蕩けた顔にしてしまうとは、釜玉うどん……一体どれ程の物なのでしょうか? 期待が高まります! あかりは先輩の実演を真似しながらうどんをかき混ぜます。白いうどんに黄色い卵が絡んで行ってそこに醤油のアクセントが加わっていくとあかりのお腹は早く早くっ、と言うように抗議を始めます。あかりがかき混ぜ終わると先輩はそれを待ってくれていたようで、私に笑顔を向けると言いました。

「では、改めて。ようこそあかり。一緒にご飯を食べればもう私達は家族です。これからよろしくお願いしますね」

「はい、先輩! よろしくお願いしますっ」

「それじゃぁ、冷めちゃう前に頂きましょうか。頂きますっ」

 そう言うと先輩はうどんを数本取るとちゅるるっと幸せそうな顔をして食べています。それを見てあかりは、あ、先輩ってお口ちっちゃいんだなぁ。なんてことを思ったり。先輩があまりにも美味しそうな顔で食べるのであかりももう我慢の限界です、「頂きますっ!」あかりはお腹が空いていることもあり、先輩より多めにうどんを取ると口いっぱいに頬張ります。するとどうでしょう、口の中に溢れるこの多幸感!

「お、美味しいっ! 美味しいですこれ先輩! うわわ、この讃岐うどんのもちもちとしたコシとその食感を支える卵の甘み、けれど甘いだけじゃなくて、その甘さを引き締めて引き立たせるこの出汁醤油の塩気! 仄かに香る昆布出汁の香りもまた癖に……。そしてそれらを超えた先にあるうどんの小麦粉の香り! こんなに美味しいものがあるなんて……!」

「あ、あかり? あかりはグルメレポーターかなにかですか……? ま、まぁ美味しかったなら良かったです」

 あかりは夢中でうどんを平らげ、はふぅ、と幸せなため息をつきます。それを見て先輩はくすくすと笑うと、デザートにしましょうか、と言って冷蔵庫から先程のシュークリームを持ってきてくれました。

「ここのシュークリーム私も好きなんですよねー。あかりはこれをどこで?」

「あ、それはですね。故郷から来る新幹線の中で食べていたら、隣に座られていたお姉さんが大きな駅ならきっとあるから気に入ったならどうぞ、って言っていたので、先輩達と一緒に食べたらもっと美味しくなるかな? と思って駅で買ってきました!」

「なる程、もう食べたことがあったんですね。食べ物は人と一緒に食べると不思議と美味しくなるものですからね。頂きましょうか」

「はいっ、頂きまーす!」

 あかりはやっぱり一人で食べるより美味しいや、と思いましたが、ずっと胸の中にもやもやが残っていました。というのも……。

「家族って、なんだろう……?」

 あかりはシュークリームを食べて幸せ。だけど、そのシュークリームはどこかちょっとだけ苦く感じてしまいました。

「あかり? なにか言いましたか?」

「あ、いえいえ! なんでもないですっ」

「……そうですか? それじゃあご飯も食べましたし、一緒にゲームでもしましょうか。今後ゲームの実況もお手伝いしていただきますし、練習がてら」

「はい先輩っ! あかりはゲームも楽しみでした! 先輩はどんなゲームの実況をしているんですか?」

「私ですか? んー、そうですね。サンドボックスやアクションが多いですかね。それと最近ではやっている人は少なくなりましたけどテイルズウ○ーバー等も実況していますよ」

「サンドボックス! あの有名なマイン○ラフトとかですよね? あかり、あれやってみたいですっ」

「あかりはサンドボックスに興味があるんですね。それじゃあやりましょうか。折角ですし私とあかりだけのワールドを新しく作りましょう」

「はい! お願いします!」

 その後しばらくゲームをして過ごして、夕食を食べてから今日からあかりの生活スペースとなる先輩との相部屋に向かいました。先輩に一通り部屋の物の使って良いか否かをレクチャーしてもらいました。

「あかり。そう言えばお風呂は順番が決まっているので気を付けてくださいね。余程のことがなければ、マスターが先に入りその後に私達の順番になります。あかりが一人で入りたいようだったら、私より先に入っても構いませんよ」

「そんな! 先輩より先にお風呂を頂くなんて出来ませんよ! なので先輩がお先にどうぞっ。あかりは最後に入りますので!」

「そうですか? それじゃあお言葉に甘えて。ただ最後に入る人はお風呂の掃除をしなくてはならないのですが大丈夫ですか?」

「大丈夫ですっ。あかりは一通り家事についても教わってきているのでお風呂掃除くらいちょちょいですよ!」

「あぁ、あの契約前の講習ですか。懐かしいですねぇ。私は料理の講習が苦手で……あかりは料理は出来ますか?」

「はいっ! あかりはお料理出来ますよっ。あかりはどうも食べるのが好きなようなので、自分で作るのも好きなのです!」

「ほほう、それは良いですね。いずれあかりに手料理を振る舞ってもらいましょうか」

「うぐっ。他の人に食べてもらったことはないのでお口に合うかどうか……!」

「ふふっ、大丈夫ですよ。私もマスターもあかりが作ったものなら美味しく食べられますから」

「うにに、それならいつか作ってお出しします!」

 そんなやり取りの後、あかりはお風呂に入りながら一人物思いに耽ります。家族……あかりはマスターと契約したVOICEROIDだし社員のようなものではないのでしょうか? 今まで故郷に居たとはいっても他の方との接触はあまりありませんでした。強いて言えば調整係の方くらいでしょうか? そんなあかりが急に家族を手に入れてしまって、果たしてうまくやれるのでしょうか? 浴槽の中でお湯に口まで浸かり、ぶくぶくと泡を浮かべます。その音はなんだかとても寂しそうに聞こえて、あかりの心の音をそのまま奏でているようでした。

 


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