GATE 大日本帝国 彼の地にて、斯く戦えり   作:人斬り抜刀斎

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銀座事件

1945年 7月25日 十二時五十分 帝都東京 銀座六丁目交差点

対米戦講和記念日から約2年戦争の記憶も大分薄れつつある。2年前の1943年8月15日 大日本帝国とアメリカ合衆国との戦いは、講和と言う形で終止符が打たれ幕を閉じた。関東大震災後の復興で、史実では計画縮小を余儀なくされた後藤新平案に基づいた復興計画が実現され、史実では44mに縮小された昭和通りも計画通り108mに道幅が拡大された。そんな昭和通りの隣に位置する銀座通りで、その日銀座通りに突如西洋風の門が通りを塞ぐ様に出現したのである。市民は不思議に思い近付こうとする政府により接近禁止令を出され警察が辺りを囲っている。映画のセットか、いたずらか。誰もがそう思っていたそして門が開き警官が中を覗く、

 

「どうだ ?何か見えないか!」

 

「いいえ何も見えません。」

 

と中を覗いていた警官が報告する。するとその時

 

「うわぁーなんだお前達は!!!」

 

「どうした!大丈夫か?」

 

「何があった、、ぐはぁ。」

 

「うわぁに、、逃げろ」

 

門の向こうからローマの兵士を伺わせる軍勢と伝説上の生物ドラゴンやゴブリンやオーク門の中から現れ市民に無差別攻撃を開始したのである。軍勢は剣や槍や弓矢などで攻撃仕掛けて来た。世界大戦下でも殆ど戦火に晒されなかった帝都東京は混乱状態に陥ったのだ。警備に当たっていた警官や特別警備隊は、国民を守りながら突如門から現れた軍勢と交戦した。警官隊は、超々ジュラルミン製のライオットシールドを盾にして携帯していたラドムVIS wz1935、S&W M10 4インチ、Kar98k、ウィンチェスターM1912、MP41などで応戦する。ライオットシールドに防弾性は無いが、幸いにも敵軍に銃器は持っていなかった為、剣や槍などによる斬撃投擲武器による攻撃は防いでいた。だが、オークやトロルなどの大型亜人の棍棒による一振りでは、ライオットシールドもひしゃげてしまう事もあり、装甲車類も無く、数による暴力、竜騎士による空からの攻撃に警官隊だけではとても抑えられず苦戦を強いられていた。

彼らは残忍にも殺した市民や警官の死体を山積みにして見たこともない漆黒の旗を突き立てた。

 

「蛮族どもよ!よく聞くがいい我が帝国は皇帝モルト・ソル・アウグスタスの名においてこの地の征服と領有を宣言する!!」

 

この事実上の日本に対する宣戦布告だった。明らかなる侵略行為だった。

 

一方で陸軍少尉伊丹耀司は銀座近くに来ていた。そんな彼はある光景を目撃した銀座方面が慌ただしくなっていたのを目にした。伊丹は駅前の案内地図を見て天皇の住まい皇居に目をつけた。

 

「ここだ!!」

 

伊丹は近くを巡回中の警察官に呼びかける。

 

「お巡りさーん 宮城だ!!宮城へ避難誘導してくれ!」

 

と伊丹は警察官に指示する。首都のど真ん中からの攻撃に対応が追いつかず、警察機構が各個撃破される形で壊滅。

時にこの事態に時の内閣総理大臣東條英機は即座に戒厳令を敷いて軍の出動決定し、近衛師団が緊急出動する。軍の出動命令は出せたが官庁街に押し寄せた軍勢に逃げ遅れた多くの官僚が殺害され指揮系統が混乱する。一方皇居付近では東京駅を降りた伊丹は、避難民を逃がすために皇居の二重橋前の近衛師団や皇宮警察の詰所で近衛師団や皇宮警察官らに宮殿内への避難を要請していた。

 

「避難民を宮城内に入れろだと!!」

 

「そうだ!宮城は元江戸城だった場所だ!今ここに居る避難民を賊軍から守るために宮城に立て籠もるしかない!民間人を半蔵門から西へ脱出させるんだ!」

 

「いくらなんでも一介の少尉殿の要請では通りません!それに自分の一存でそのようなことは決められません!第一に 宮城に無闇に人を入れるなど・・・」

 

渋る皇宮警察官に伊丹は踵を揃え気をつけの姿勢を取って叫んだ。

 

「恐れ多くも!天皇陛下が御座す宮城の御前で帝国臣民が賊徒に無残に殺される様を陛下に御見せする気か!?」

 

この一言で皇宮警察は口を閉ざした。彼らは何も言えなかった。そんな彼らの詰所の電話がかかった。

 

「警部補これをっ!!」

 

と皇宮警察官の一人が受話器を渡す。

 

「はい?陛・・・・!ハッ 了解したでありますっ!!」

 

そして受話器を置いて伊丹と皇宮警察官に向き直る。

 

「陛下は臣民の安全を守る為に宮城への避難を命じられた!すぐに正門を開けよ!」

 

天皇陛下の許可が降ったことにより近衛師団や皇宮警察は、正門を開けて避難民を中へ誘導する。

 

「来たぞ!!」

 

「急いで!半蔵門へ!!」

 

二重橋を抜け宮殿に入った避難民は東御苑へ誘導され本丸御殿跡の広場に集められた。皇居にて敵から死守する構えだった。伊丹は特別警備隊や近衛師団に指示を出していた。

 

「奴らは二重橋に集中している増援を桜田門から・・・」

 

「特別警備隊も到着!朝霞からも陸軍の援軍が向かっています!!」

 

通称「宮城前攻防戦」が発生する。

民間人を追う形で宮城を取り囲んだ軍勢は二重橋前を筆頭に一部迂回して大手門、 平川門と三箇所から攻め込むが江戸城の城として堅牢さと銃火器を前に損害が積もる。

その後近衛歩兵第一連隊と日本陸軍はドイツから購入したティーガーとパンターを先頭に続いてやって来た九四式六輪自動貨車から降りてきた陸軍歩兵隊と装甲擲弾兵師団 彼らは機関銃と手榴弾で行く手を阻む者を全て薙ぎ倒しながら突撃して来た。海軍から海軍陸戦隊に横須賀・厚木・館山・木更津・百里原航空隊基地の海軍航空隊も出動した。 海軍主力戦闘機零式艦上戦闘機を投入、陸軍航空隊の調布飛行場の近衛飛行隊から主力戦闘機四式戦闘機疾風を出撃させる。 海軍の戦艦長門を始めとする艦隊が出動し、浜離宮周辺から海軍陸戦隊が次々と上陸して銀座に急行する。 戦争終結から間もない日本にとって再び戦争の火種が起こった。戦闘機隊は銀座上空を飛ぶワイバーンを20mmと7.7mm、12.7mm機銃で駆逐していき次に地上部隊の掃討していく。ティーガーの88mm砲とパンターの75mm砲が帝国軍の兵士達を吹き飛ばして行きながら、帝国軍兵士を踏み潰していく。

 

「砲撃始めェッ!」

 

そして、現場に到着した砲兵隊が7.5cm pak40で砲撃を始めて帝国軍を蹴散らしていく。残った帝国軍に機銃掃射で帝国軍兵士は、バタバタと薙ぎ倒され血の雨が降る。

 

「隊長!敵の陣形が崩れました!!」

 

「よし、総員着剣!!」

 

日本軍の連隊長の言葉と共に日本兵は、三八式歩兵銃と四式自動小銃やstg44に銃剣を着剣して行く(ドイツの兵器会社シュマイザーからstg44を購入し日本でライセンス生産を開始し日本軍の主力銃の一つ)

 

「突撃!!」

 

突撃の合図と共に突撃ラッパが響き渡った。

 

「うぁぁー」

 

「殺せー」

 

「天皇陛下万歳!」

 

「大日本帝国万歳!!」

 

日本兵の決死の万歳突撃が行われ帝国軍兵士は死を恐れず真直ぐに向かってくる日本兵に怯えた。帝国軍は銃剣に突き刺され悲鳴そして絶叫が辺りをこだました。降伏する者は捕虜として捕えられたが、抵抗する者は容赦無く攻撃され討ち取られた。しかし、感情的になった一部の士官、下士官、兵士達が降伏したと分かっても攻撃を加えて皆殺しにする事態も起きた。勿論、感情的になった士官、下士官、兵士達は軍の規律と統制を維持する為、事件後軍法会議に掛けられた。

 

 

それから暫くして日本軍は漸く門を占領し、銀座を奪還した。そして事件はなんとか治まりこの事件は後に『銀座事件』又は『銀座事変』や『銀座大虐殺』などと呼ばれた。この戦いで、一般市民約12万人が犠牲になり、日本人の心にしこりを残す事件となった。この事件、7割が帝国軍による殺戮又は日本軍と帝国軍の戦いの巻き添い。3割が日本軍の砲爆撃による死亡だった。帝国軍による殺戮と陵辱は、その規模と方法に於いて単なる非戦闘員殺害の範疇を超えたジェノサイドであった。また、オークやトロルといった大型の亜人がハンマー片手に暴れた為に、建造物への損害もあった。更に、退路を絶たれた帝国軍の一部が各地の建物に立て篭もった事もあり、被害が加速した。下水道などに逃げ身を潜める敗残兵は、手榴弾や火焔放射器、毒ガスなどで炙り出したりする。

銀座周辺の戦闘では、有名な銀座和光の一部が損壊で済んだが、老舗百貨店松坂屋など他の百貨店は半壊或いは全壊した所もあった。また、築地本願寺や歌舞伎座など歴史的な文化遺産の木造建築が完全に破壊され、所蔵されていた歴史的価値のある貴重な文化財にも被害が及んだ。

この他、宮城前の戦闘では日比谷公園が一部荒らされ、外国からの来賓者宿泊施設として準備されている帝国ホテルや歓待施設として起用していた帝国劇場も損壊し、外苑内にあった楠木正成像も全壊させられた。この他にも、丸の内庁舎、毎日・朝日新聞社東京本社、第一生命館、日本劇場、日比谷映画劇場、ニユートーキヨー本店ビル、靖国通りにある戦勝記念塔(タイのバンコクの戦勝記念塔に酷似)、凱旋門(北朝鮮の凱旋門に酷似)なども甚大な被害を被った。

そして、インフラ面でも被害が大きかった。有楽町駅や東京駅の山手線や東京都電や日本初の地下鉄である東京地下鉄道銀座線や銀座駅を中心に被害を受けた。

日本政府はこの事態を沈静化しようとしたが既に諸外国に事件の事が知れ渡った。数日後の新聞の見出しには、

 

『帝都東京銀座が奇襲攻撃!?』

 

『平和と繁栄が踏み躙られる!死傷者12万人!!』

 

『正体不明の敵は帝国を名乗る異世界の軍!?』

 

これにより日本全土が悲しみと怒りに震えた『暴帝膺懲』と言うスローガンが叫ばれた。『暴戻帝国ヲ膺懲ス』の略で『残虐な帝国を懲らしめよ』という意味になる。

一方、二重橋の避難民を救助した伊丹耀司は二級金鵄勲章を受章軍人としては大変な栄誉だった。数日後そこに旭日章が加えられる事になり陸軍中尉に昇進した。伊丹は大本営に呼ばれ天皇陛下本人から旭日章を授与された。帝国政府は国民の政府への批判を晒そうと伊丹をプロパガンダとして利用した。

 

銀座事件から一週間が経ち時の内閣総理大臣東條英機は帝国議会から記者会見を開いた。(外国人記者も含め)テレビやラジオから東條英機は国民に発した。

 

「1945年7月25日は屈辱の日として記憶に残るでしょう。大日本帝国は奇襲攻撃を受けたのです。当然の事であるがこの土地は地図にも載ってはいない。門の向こうに何があるのか、どうなっているのかも一切謎に包まれています。だがそこに我が国のこれまで未確認であった土地と住民が居るとすると、そう、ならば強弁と呼ばれるのを覚悟すれば特別地域は日本国内と考えてもいいだろう。今回の事件では、多くの犯人を捕虜にした。これは我が大日本帝国に対する宣戦布告である事は明確である。よって「門」を破壊しても何も解決しない。それは「門」がまた日本国内の何処かに現れるかもしれないからだ。その為向こう側に存在する勢力を交渉のテーブルに力ずくでも着かせなければならない。相手を知る為にも「門」の向こうへ足を踏み入る必要がある。危険、そして交戦の可能性もあろうともだっ!!従って大日本帝国政府は特別地域を略して『特地』として、特地の調査と銀座事件の首謀者の逮捕と補償の獲得の強制執行のため軍の派遣を決定したッ!!どれほど長く掛かろうとこの計画的な侵略に打ち勝つのです。日本民族が全力で戦えば絶対的な勝利は確実でありましょう!」

 

そう言うと大量のカメラのフラッシュが光る。大東亜戦争の後、東條英機は二つの問題を抱えていました。巨大な軍隊の使い道がなくなった事とそして国の経済が疲弊してしまった事です。そんな中、舞い込んできたのが特地と言う新開拓地なのだ。

 

事件からしばらく経った後、銀座の門には今村大将の指揮する第16軍が集結した。

編成

歩兵人数5万5千人

 

火砲200門

 

戦車約250両

 

装甲兵員輸送車、装甲車200台

 

航空戦力150機

 

全軍が集結し終わり、軍の出兵式が行われた。門のすぐそばでは銀座事件で犠牲になった人々の慰霊碑が建てられており、遺族と思われる人々が多く訪れていた。また、拡声器やラジオから大本営発表が流れる。

 

『山川草木 転荒涼 十里風腥し 新戦場 征馬前まず 人語らず 金州城外 斜陽に立つ。天皇陛下は異世界に対する宣戦を布告致します。朕が陸海軍将兵は全力を振るって交戦に従事し朕が百官有司は冷静職務を奉公し朕が仲之は各々のその本文を尽くし億兆一新国家の総力を挙げて聖戦の目的を達するに至る。興亜安定に関する帝国積年の努力は悉く水泡にきし帝国の存立又正に期待に新せり帝国は今や自存自衛の為截然たって一切の障害を破砕するの儚きなり皇祖皇宗の神霊神にあり 朕はなし優秀の忠誠ゆうぐに陳褘し祖宗の偉業を邂逅し速やかに禍根を芟除して興亜は永遠の平和を確立しもって帝国の光栄を保全せん事を記す』

 

この詩は、日露戦争時に陸軍大将乃木希典が読んだ詩だ。日本軍特地派遣部隊は出陣する。国民は、日章旗を振って歓喜の声を上げながら自分達の夫や息子を見送る。

 

一方この事は海外にも知れ渡った。対戦を交えたアメリカ合衆国政府からは『『門』の調査に協力を惜しまない』と言いヨーロッパ各国からも同じような声明が来た。特に日本と軍事同盟を結んでいたドイツとイタリアは門の調査などを申し出て門の利益を手に入れようと企てている。一方のソビエト社会主義共和国連邦は門と言う超自然現象の産物の存在は、国際的に国連で管理や国連軍派遣を検討すべきだと、主張する。

 

派遣軍は門を潜って異世界に突入した。門周辺には帝国軍が警戒していたが先鋒隊をティーガー戦車とパンター戦車部隊の機甲部隊にして突入。帝国軍は見知らぬ兵器に混乱し、混乱する帝国軍に向けてティーガーは88mm戦車砲を発射。着弾した榴弾は兵士を殺傷させた。機動力があるパンター戦車は戦場を駆け回って帝国軍を混乱に陥れる。そこへ歩兵を主力にした二個連隊が門周辺を守備をして迫ってくる帝国軍に対して射撃を開始した。

小銃は主力を三八式歩兵銃とMP40短機関銃である。6.5mm弾と9mm弾は帝国軍兵士の鎧を突き破って命を刈り取っていく。門からは続々と増援の部隊が到着して門周辺にいた帝国軍を完全に一掃するのであった。この戦闘で帝国軍は全兵力の六割を喪失する被害を受けるのであった。

 

 

戦闘後、派遣軍はアルヌスに仮の施設を設置した。

 

「簡単な城なようなのを作れば門もそう簡単には奪還されないだろう」

 

「ですがどのような城を作るのですか? 流石に大阪城等の城を作るのは……」

 

「西洋の城を作ればいい。日本にも西洋の城があるだろう?」

 

「……成る程、五稜郭ですか」

 

派遣軍参謀長の栗林忠道中将がそう呟く。五稜郭の単語に他の参謀もあっとぽんと手を打った。

 

「五稜郭をモチーフにした砦を作る。そしてこの砦を守るように三重の防衛線を構築するのだッ!!」

 

そして戦闘から翌日には工兵隊や海軍設営隊に防御陣地の構築が始まり、大日本帝国の本格的な特地への進出が始まるのであった。

 

帝国の国歌を描こうと思うんですがどれを参考にしたらいいですかね?

  • 『廃墟からの復活』
  • 『皇帝陛下万歳』
  • 『神よ、皇帝フランツを守り給え』
  • どれでも良い
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