GATE 大日本帝国 彼の地にて、斯く戦えり   作:人斬り抜刀斎

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アルヌス攻防戦

「あえて言上いたしますが 大失態でありましたな 帝国軍総戦力の6割を喪失!!この未曾有の大損害をどう補うのか?陛下のお考えを承りとう存じます」

 

元老院議員であり、貴族の一人でもあるカーゼル侯爵は、議事堂中央に立って玉座の皇帝モルト・ソル・アウグスタスに向けて歯に衣着せぬ言葉を突き付けた。

元老院議員は議場内であれば、至尊の座を占める者に対してもそれをする事が許されていたし、またそれをする事が求められていると確信していたからでもある。薄闇の広間。そこは厳粛である事を旨に、華美な飾り付けを廃し静謐と重圧を感じさせる石造りの議事堂だった。円形の壁面にそって並べられたひな壇に、厳しい顔付きの男達が座って、中央をぐるりと囲んでいる。

数にして凡そ三百人。帝国の支配者階級の代表たる、元老院議員であった。この国において元老院議員になるには、いくつかのルートが存在する。その一つが権門の家に生まれる事。何処の国であっても、貴族とは稀少な存在であるが、この巨大な帝国の首都では石を投げれば貴族に当たると言われているほど数が多いのだ。従って、ただ貴族の一人として生まれただけでは、名誉たる元老院議員の席を得ることは叶わない。貴族の中の貴族と言われる程の名門、権門の一員でなければ、元老院議員とはなれないのである。では、権門でもなく名門でもない家に生まれた貴族は、永遠に名誉ある地位を占める事は出来ないかと言うと、そうでもないのである。その方法として開かれている道が大臣職或いは軍において将軍職以上の位職を経験する事があった。

国家の煩雑且つ膨大な行政を司るには官僚の存在が不可欠である。権門ではないが貴族の一族として生まれ、才能に恵まれた者が立身を志したのなら、軍人が官僚の道を選ぶと言う方法が存在した。軍や官僚において問われるのは実務能力である。名だかり貴族の三男坊ですあっても、才能と勤務意欲、そして幸運さえあればこの道を進む事も可能なのである。

大臣職は、宰相、内務、財務、農務、外務、宮内の六職ある。軍人となるか官僚となる道を選び、大臣か将軍の職を経験した者は、その職を退いた後に自動的に元老院議員たる地位が与えられる。因みに将軍職については、出身階級が平民であっても就く事が出来る。と言うのも士官になると騎士階級に叙せられ、位階を進めるにつれ貴族に名を連ねる事も可能だからである。

カーゼル侯爵は、男爵と言う貴族としてはあまり高いとは言えない位階の家に生まれた。そこからキャリアを積み、大臣職を経て元老院議員たる席を得たのである。そうした努力型の元老院議員は、自らの地位と責任を重く受け止める傾向にある。要するに張り切り過ぎてしまうのである。得てしてそう言う種類の人間は周囲から煙たがられるもので、そして煙たがられれば煙たがられる程、より鋭く攻撃的な舌鋒になってしまうのだ。

 

「異境の住民を数人だかり攫って来て、軟弱で戦う気概もない怯懦な民族が住んでいると判断したのは、明らかに間違いでした」

 

もっと長い時間を掛けて偵察し、可能ならばまず外交交渉をもって臨み、与し易い相手かどう調べ上げるべきだった、と畳み掛けた。

確かに現在の状況は最悪である。帝国の保有していた総戦力のおよそ六割を、今回の遠征で失ってしまったのだ。この回復は不可能でないにしても容易ではなく、膨大な経費と時間を必要とするだろう。

当面は、残りの四割で帝国の覇権を維持していかなくてはならない。だが、どうやって?

モルト皇帝は即位以来三十年、武断主義の政治を行って来た。周囲を取り囲む諸外国や、国内の諸侯・諸部族との軋轢、諍いを武力による威嚇とその行使によって解決して、帝国による平和と安寧を押し付けて来た。その圧倒的な軍事力を前にしていかなる国も恭順の意を示すより他なく、あえて刃向かった者は全て滅んでいった。諸侯の帝国に対する反感がどれ程強かろうと、圧倒的な武威によって傲慢かつ傍若無人に振る舞う事が許されて来たのである。

だが、覇権の支柱たる圧倒的な軍事力の過半を失った今、これまで隠忍自重を続けて来た外国や諸侯・諸部族がどう動くか?帝国におけるリベラルの代表格となったカーゼル侯爵は、法服たるトューガの裾をはためかせるように手を振り、声を張り上げて問いかけた。

 

「陛下!皇帝陛下はこの国をどの様に導くおつもりか!?」

 

カーゼル侯爵が、その様に演説を結んで席に着くと、皇帝の重圧さを感じさせるゆっくりとした所作で、玉座の身体を僅かに傾けた。その視線は揺らぐ事なく、自らを指弾した論客へと真っ直ぐに向いた。

 

「・・・ガーゼル侯爵、卿の心中は察するものである。此度の損害によって帝国が有していた軍事的な優位が一時的にせよ失せている事も確かなのだから。外国諸候が一斉に反旗を翻すのではと恐怖に夜も眠れぬだろう?痛ましい事事である。だが・・・・危険な度に我等は一つとなり切り抜けて来たではないか?」

 

皇帝の揶揄う様な物言いに、厳粛な議場の空気がくぐもった嘲笑で揺れた。

 

「元老院議員達よ、二百五十年前のアクテク戦いを思い出してもらいたい。全軍崩壊の報を受けた我らの偉大なる先祖達が、どの様に振る舞ったか?勇気と誇りを失い、敗北と同義の講和へと傾く元老院達を叱咤する、女達の言葉がどの様な物であったか?『失った五万六万がどうしたと言うのか?その程度の数、これで幾らでも産んでみせる』と言ってスカートをまくって見せた女傑達の逸話は、敢えて言うまでもないだろう?この程度の危機は、帝国開闢以来の歴史を紐解けば度々あった事である。我が帝国は、歴代の皇帝、元老院、そして国民がその都度、心を一つにして難事に立ち向かい、更なる発展を成し遂げて来たのである」

 

皇帝の言葉は、この国の歴史であった。元老院に集う者にとっては、改めて聞かされるまでもなく誰もが弁えている事であった。

 

「戦争に百戦百勝はないよって此度の責任は問わぬ。敗北の度に将帥に責任を負わせていては、指揮を執る者がいなくなってしまう。まさか敵が門前まで現れるまで裁判ごっこに明け暮れる者はおらぬな?」

 

議員達は、皇帝の問いかけに対して首を横に振って見せた。

誰の責任を問わないとなれば、皇帝の責任を問う事を出来ない。カーゼルは、皇帝が巧みに責任を回避した事に気付いて舌打ちをした。ここであえて追及を重ねれば、小心者と罵倒された上に、裁判ごっこをしようとしていると言われかねない雰囲気になっていたのだ。更に皇帝は続けた。

此度の遠征では熟練の兵士を集め、歴戦の魔導士を揃え、オークもゴブリンも特に凶暴な個体を選別した。十分な補給を整え、訓練を施し、それを優秀な将帥に指揮させた。これ以上はないと陣容と言えよう。

将帥が将帥たる責務、百人隊長が百人隊長たる責務、そして兵が兵たる責務を果たす様努力した筈だ。にも関わらず七日である。『門』を開いて僅か七日ばかり。敵の本格的な反撃が始まってから数えるならば、二日で我が軍は壊滅してしまったのだ。将兵の殆どが死亡するか捕虜となったようだ。ようだ、と推測する事しか出来ないのも生きて戻れた者が極めて少ないからである。今や『門』は敵に奪われてしまった。『門』を閉じようにも、『門』のあるアルヌスの丘は敵によって完全に制圧されて、今では近付く事も出来ないでいる。

これを取り戻そうと、数千の騎兵を突撃させた。だが、アルヌスの丘は人馬の死体が覆い尽くし、その麓には比喩でなく血の海が出来てしまった。

 

「だが敵の反撃からわずか二日!我が遠征軍は壊滅し「門」も奪われてしまった!敵の武器の凄さがわかるか?パパパ!遠くでこんな音がすると我が兵士がなぎ倒されるのだ!あんなすごい魔法、儂は見た事ないわい!」

 

魔導士であるゴダセン議員が敵と接触した時の様子を興奮気味に語った。彼と彼の率いた部隊は、枯れ葉を掃くようになぎ倒され、丘の中腹までも登る事が出来なかった。ふと気付いた時には静寂が辺りを押し包み、動く者は己を除いてどこにもいない。見渡す限りの大地を人馬の躯が覆っていたと述懐した。

皇帝は瞑目して語る。

 

「既に敵はこちら側に侵入して来ている。今は門の周りに屯して城塞を築いている様だが、いずれは本格的な侵攻が始まるだろう。我らは、アルヌス丘の異界の敵と、周辺諸国の双方に対峙していかなければならない」

 

「戦いあるのみ!!」

 

禿頭の老騎士ポダワン伯爵は、立ち上がると皇帝に一礼して、主戦論をもって応じた。

 

「窮している時こそ、積極果敢な攻勢が唯一の打開策じゃ。帝国全土に散らばっている全軍をかき集め、逆らう逆賊や属国共を攻め滅ぼしてしまえ!そして、その勢いを持ってアルヌスにいる異界の敵をうち破る!その上で、また門の向こう側に攻め込むのじゃ!」

 

議員達は、あまりに乱暴な意見に「それが出来れば苦労はない」と、首を振り肩をすくめつつヤジの声を投げた。全戦力をかき集めれば、各方面の治安や防衛が疎かになってしまう。皆口々に、罵声を放ちあって、議場は騒然となった。

ポダワンは、逆賊共は皆殺しにすれば良い。皆殺しにして、女子供は奴隷にしてしまえばよい。街を廃墟にし、人っ子一人としていない荒野に変えてしまえば、もうそこから敵対する者が現れる心配などする必要もなくなる・・・・・などと、過激すぎる意見で返していた。非現実的な事の様だが、歴史的に見れば帝国にはその前科がある。

帝国がまだ現在よりも小さく、四方の全てが敵であった頃、敵国をひとつずつ攻略しては住民全てを奴隷とし、街を破壊し、森は焼き払い農地には塩をまいて不毛の荒野とし、周囲を完全な空白地帯とする事で安全を確保したのである。

 

「それが出来たとしても一体全体どうやってアルヌスの敵を倒す?力づくではゴダセン議員の二の舞を演じる事になろうな?」

 

議場の片隅から飛んで来た声に対して、ポダワン伯は苦虫を噛み潰した様な表情をしながらも、苦しげに応じる。

 

「う〜そうじゃな・・・・兵が足りぬなら属国の兵を根こそぎかき集めればよい。四の五の言わせず全部かき集めれるのじゃ。さすれば数だけなら十万にはなるじゃろて。弱兵とは言え矢玉除けにはなる。その連中を盾にして、遮二無二、丘に向かって攻め上がればよいのじゃよ!」

 

「連中が素直に従うものか!!」

 

「そもそもどんな名目で兵を供出させる?素直に軍過半を失いましたから、兵を出して下さいとでも頼むのか?そんな事をしたら、逆に侮られるぞ」

 

カーゼル侯は、空論を振り翳して話を纏まりのつかない方向へと引っ張って行こうとするポダワン伯と言う存在を苦々しく思った。

タカ派と鳩派双方からの聞くに耐えない言葉の応酬が始まり、議場は掴み合いに陥ちかねない雰囲気が漂い出した。

 

「ではどうしろと言うのか!?」

 

「ひっこめ戦馬鹿!」

 

「なにを!!」

 

議員達は冷静さを失って乱闘寸前にまでヒートアップする。時間だけが虚しく過ぎ去って行く。僅かに理性を残す者もこのままではいけないと思うものの、絶糾する会議を纏める事が出来ないでいた。

そんな中で、皇帝モルトが立ち上がる。発言しようとする皇帝を見て、罵り合う議員達も口を噤んで静かになっていた。

 

「いささか乱暴であったが、ポダワン伯の言葉は示唆に富んでおった」

 

それを受けたポダワンは、皇帝に恭しく一礼した。

皇帝の威厳を前にして議員達は冷静さを取り戻して行く。皇帝が次に何を言うのか聞こうとし始めているのだ。

 

「さて、どの様にするべきかだ。このまま事態が悪化するのを黙って見ているのか?それも一つの方法である。だが、余はこのままファルマール大陸が侵略されるのを放っては置けぬ。ならば戦うしかあるまい。ポダワンの進言を採用し、属国や周辺諸国の兵を集めるのが良いだろう。各国に使節団を派遣し援軍を求めるのだ!!我々が連合諸王国軍(コドゥ・リノ・グワバン)を結成しアルヌスの丘を奪い返すのだ!」

 

「連合諸王国軍?」

 

皇帝の言に元老院議員は、ざわめいた。

今から二百年程前に東方の騎馬民族からなる大帝国の侵略に対抗する為、大陸諸王国が連合してこれと戦った事があった。それまで相争っていた国々が集うのに、『異民族の侵攻に対して仲間内で争っている場合じゃない』と言う心理が働いたのである。不倶戴天の敵として争っていた筈の列国の王達が、騎士達が、馬を並べて互いに助け合い異民族へと向かって行く姿は、今では英雄物語の一節として語られている。

 

「それならば、確かに名分にはなるぞ」

 

「いや、しかしそれはあまりにも・・・・・」

 

そう。そもそも『門』を開いて攻め込んだのはこちらではなかったか?皇帝の言葉はその主客を転倒させていた。こちらから攻め込んでおいて、『異世界からの侵略から大陸を守るため』と称して各国に援軍を要請するとは、厚顔無恥にも程があるのではないか。・・・・・それを敢えて口にする者はいなかったが。

とは言え、『帝国だけでなくファマールト大陸全土が狙われている』と檄を飛ばせば、各国は援軍を寄越すだろう。要するに、事実が如何であるかではなく、如何伝えるかと言う事だ。

 

「へ、陛下 アルヌスの丘が人馬の躯で埋まりましょうぞ?」

 

カーゼル侯の問いに、皇帝モルトは嘯く様に告げる。

 

「余は必勝を祈願しておる。だが、戦に絶対はない。故に、連合諸王国軍が壊滅する様な事もあり得るやも知らぬ。そうなったら、悲しい事だな。そうなれば帝国は旧来通りに諸国に指導し、これを束ねて、侵略者に立ち向かう事になろう」

 

周辺各国が等しく戦力を失えば、相対的に帝国の優位は変わらないと言う事である。

 

「これが今回の事態における余の対応策である。これで良いかなカーゼル侯?」

 

皇帝は決断を下した。

カーゼルは連合諸王国村の将兵の運命を思って、呆然とした面持ちとなった。

周囲は、そんなカーゼルら鳩派を残し、皇帝に向かい深々と頭を下げると、粛々と各国への使節を選ぶ作業へと移ったのである。

 

その夜 アルヌスでは、連合諸王国軍が続々とアルヌスに迫っていた。そして日本軍は照明弾を打ち上げる。

 

「敵見ゆ」

 

「地面が三分に敵が七分 地面が三分に敵が七分だ!!」

 

「戦闘配置!戦闘配置!!」

 

「またか くそ!三度目だぜ 今度は夜襲か!」

 

「全く休む暇も無い」

 

「つべこべ言うな!急げ急げ急げ!!」

 

と日本兵達は配置につき小銃や機関銃や対空砲や戦車などを構える。連合諸王国軍は屍を踏み越えて行く。

 

「慌てるなよ・・・」

 

「まだ撃つなぁ・・・引き寄せろ」

 

そして攻撃開始の合図の照明弾が打ち上がる。

 

「撃てぇ!!」

 

攻撃命令が出て一斉に射撃を開始する。そして夜が明けるとそこは死体の山で築かれていた。

 

そして一夜明けて、

 

「しっかし 銀座と併せて十二万か・・・」

 

「多いな」

 

「はい、ちょっとした地方都市一個分の人口が丸々失われたってことですね」

 

「普通の国なら兵力が底をついているくらいだ」

 

「どんな国か知りませんけど、末期症状でしょうね」

 

と伊丹と大場が話し合っている。

 

「伊丹耀司 中尉(33)自他共に認める"怠け者" 趣味に生きるために仕事してるとぬかしとるが・・・やめかけた 第1装甲擲弾兵師団中隊長訓練を年末休暇やらんぞと言ったらなぜかやり通しちゃうし・・・」

 

「・・・は?調査ですか?檜垣少佐 それがいいかもしれませんねぇ」

 

「それがいいかもじゃない!君が行くんだ!!」

 

「・・・まさか一人で行けと?」

 

「そんなこと言うわけないだろう とりあえず深部情報偵察隊を六個編成する 君の任務はその内の一個の指揮だ。可能ならば今後の活動に協力が得られるよう住民と友好的な関係を結んできたまえ」

 

「はぁ・・・ま そういうことなら」

 

「よろしい!伊丹耀司中尉 第三偵察隊の指揮を命ずる!」

 

 

 

一方ウラ・ビアンカ(帝国皇城)

 

皇帝モルトの皇城には、毎日数百人の諸侯・貴族が参勤する。

元老院議員、貴族や廷臣が集い、諸行事に参加すると共に政治を雑事であるかのように行なっていた。会議では優雅に踊り、美食に耽り、賭け事や恋愛遊戯といった遊興を楽しみつつ、議場で少しばかり話し合う・・・・・と言う感じである。軍を派遣するかどうかを、貴族達が狐狩りの獲物の数で決めると言う事もあった。だが、ここ暫く続いた敗戦は宮廷の諸侯、貴族達が消沈させるには充分な出来事であった。煌びやかな芸術品は色褪せて見え、華やかな音楽も空虚に聞こえる。栄耀栄華を誇るモルト皇帝の御代を支えるものは、強大な軍事力と莫大な財力。この両輪こそが帝国を大陸の覇権国家たらしめていることは小児であっても理解している。それが、今では片輪が失われてしまった。

宮廷を彩った武官や貴族達も出征していっただけに、仲間うちの犠牲者も少なくない。未亡人が量産されて、貴族達は文字通り連日行われている葬儀に出席しなければならなかった。

皇帝は喪に服して行事を控え、宮廷も閑散とした日が続いた。

 

「皇帝陛下、連合諸王国軍の損害は死者 行方不明合わせ六万。負傷し再び軍役に就く事のできぬ者との併せてますと、損害は十万に達する見込みです。敗残の兵は統率を失いちりぢりになって故郷への帰途についたようです」

 

この数には、オークやゴブリン、トロルといった怪異達は含まれていない。亜人の中でも知能に劣る怪異達は軍馬と同じ扱いをされているのだ。内務相のマルクス伯爵の報告に、皇帝は気怠そうに身を揺すった。

 

「・・・・ふむ 予想通りじゃな。わずかばかりの損害に怯えておった元老院議員も、これで安堵する事だろう」

 

「しかし陛下『門』より現れ出でた敵の動向が気になりますが」

 

「そなたもいささか神経質じゃなマルクス内務相」

 

「は・・・生来のもの故・・・陛下の様な度量は持つに至る事は出来ませんでした」

 

「よかろう ならば股肱の臣を安堵させてやるとしよう。アルヌスより帝都に至る町・村を焼き払い、井戸には毒を投げ入れ、食料・家畜を運び出せ。さされば如何なる軍とて立ち往生し、付け入る隙は現れぬであろう」

 

皇帝は続けた。

敵が動き出したのなら、アルヌスより帝都に至る全ての街と村落を焼き払い、井戸や水源に毒を投げ入れ、食糧は麦の一粒に至るまで全て運び出すよう命ぜよ。さすれば如何なる軍といえども補給が続かず焦土の中で立ち往生する。そうなれば、どれ程強大な兵力を有していようと、優れた魔道を有していようと、付け入る隙は現れるだろう、と。現地調達出来なくなれば食糧は本国から運ぶしか無く、長距離の食糧輸送は馬匹も用いたとしても重い負荷だ。これによって敵の作戦能力は、帝都に近付けば近付く程低下する事になる。それに対して帝国軍は、帝都に近付けば近付く程有利になる。各地に拠点を構築し、敵に出血を強いていけば、敵は勢いを失い自然に立ち枯れる。それがこの世界における軍学上の常識であった。

敵を長駆させ、疲れた所を撃つという、どこの世界においても至極一般的で分かりやすい戦略であるが故に、効果的でもある。しかし、自国を焦土とする事の影響は深刻かつ甚大であり回復は容易ではない。

人民の生活を全く考慮しない非情さ故に、確実に民心を離反させる。守ってもらえなかった。それどころか食べ物も、飲み水も奪われたという恨みは、永久に受け継がれていく事になるだろう。そうした影響を考えれば、容易にそれをする訳にはいかないのが政治である筈だった。しかし・・・・

 

「・・・焦土作戦ですか。税収の低下しそうですな」

 

マルクス伯は、ちょっと差し障りがある程度の言い方で、民衆の被害を囁くだけだった。皇帝も

 

「致し方あるまい園遊会をいくつかとりやめ離宮の建設を延期すればよかろう」

 

と応じるのみ。強大な帝国において、民衆の被害や民心などその程度のものなのである。

 

「カーゼル候あたりがうるさいかと存じますが・・・」

 

「なぜ余がガーゼル侯にまで気を配らねばならぬのか?」

 

「は・・・恐れ多きことながら 陛下罷免のための非常事態勧告を発動させようとする動きが見られます」

 

元老院最終勧告は帝国の最高意思決定とされている。これが元老院によって宣言されれば、いかに皇帝であろうと罷免される。歴史的にも元老院最終勧告によって地位を追われた皇帝は少なくない。

 

「ふむ・・・おもしろい。元老院にはしばし好きにやらせておけ、そのような企てに同調しなそうな者共を一網打尽にする良い機会かも知れぬ。枢密院に"よきにはからえ"とな」

 

「はっ・・・」

 

(この辺りで元老院も整理せねばな)

 

マルクス伯は一瞬驚いたが、ただちに恭しく一礼した。

元老院の最終勧告に対抗する皇帝側の武器が国家反逆罪である。こうして枢密院に証拠固めという名の証拠ねつ造が命じられた。

 

「元老院議員として与えられた恩恵を、権利と勘違いしている者が多い。いささか鬱陶しいのでこの辺りで整理せねばな」

 

皇帝はそう呟くとマルクス伯の退出を命じようとしていた。

恭しく頭を下げるマルクス伯。だが、静謐な空気を破って凛と響き渡る鈴を鳴らした様な声が、宮廷の広間に鳴り響いた。

 

「陛下!!」

 

つかつかと皇帝の前に進み出たのは、皇女すなわち皇帝の娘の一人であった。

片膝をついてこれ以上はないという程見事な礼儀を示した娘は、炎の様な朱色の髪と白磁の肌を、白絹の衣装で包んでいる。

 

「ピニャ・コ・ラーダ どうしたのか?」

 

「陛下は我が国が危機的状況にある今何をなされているのか?耄碌なされたか!?」

 

優美な顔から、棘のある辛辣なセリフが出てくる。モルトはここにも恩恵と権利を勘違いしている者がいる事に気づいて微苦笑した。皇女の舌鋒が鋭いのはいつもの事である。

 

「で、殿下!いったいなにを、陛下の宸襟を騒がせるのでしょうか?」

 

皇帝の三女、ピニャ・コ・ラーダは、腰掛けて微笑んでさえいれば、比類のない芸術品とも言われるほどの容姿を持っている。だが、好きに喋らせると気弱な男ならその場で卒倒しかねないほど辛辣なセリフを吐くので国中にその名を知られていた。

 

「無論、アルヌスの丘をを占領する賊徒共の事です!アルヌスの丘は、まだ敵の手中にあると聞きました。陛下のその様な安穏な様子を拝見するに、連合諸王国軍がどうなったか未だご存知ないと思わざる得ない。マルクス、そなた陛下にありのままを申し上げたか?」

 

「も、もちろんですとも皇女殿下!連合諸王国軍は多大な犠牲こそ払いましたが、敵はファマールト大陸侵攻を見事防ぎきったのです。身命を省みない勇猛果敢な諸王国軍の猛攻によって、物心共に損害を受けた敵は恐れおののき強固な要害を築いて、冬眠した地熊のごとく籠もろうとしております。その様な敵など、我らにとって脅威ともなりません」

 

マルクス伯の説明に、ピニャは「フン」とそっぽを向き言い放った。

 

「妾も子供ではない故、物はいい様と言う言葉を知っておる。知っておるが、言うに事欠いて、全滅で大敗北の大失敗を、成功だの勝利だのと言い換える術までは知らなんだぞ」

 

「これは、事実でございます」

 

「こうして事実は犠牲になり、歴史書は嘘で塗り固められていくと言う訳か?」

 

「その様に仰られても、私にはお答えのしようもなく」

 

「この佞臣め!聖地あるわれらがアルヌスの丘は連中に押さえられたままではないか?何が防衛に成功したか?真実は、累々たる屍で丘を埋め尽くしただけであろう」

 

「確かに損害は出ましたな・・・・・」

 

「ならば、この後どうする?」

 

マルクス伯爵は、とぼけた様に兵の徴募から始まって、訓練と編成に至るまでの一連の作業を説明した。軍に関わる物なら誰でも知る、新兵の徴募と訓練、編成の過程を告げられてピニャは舌打ちした。

 

「丘を奪還するため軍の再建を急ぎー」

 

「今から始めて何年かかると思っておるのだ!その間にアルヌスの敵が何もせずじっとしていると?」

 

「皇女殿下。その様な事は私めも存じております。しかし、現に兵を失った上には、地道でも徴兵を進め、訓練を施し、軍を再建するしか手はありません。兵を失った事では諸国も同じ。もう一度、連合諸王国軍を集めるにしても、軍の再建にかかる時間は国力に比例いたします。諸国の軍再建は我が国より遅くなっても、早くなる事はありますまい」

 

この言い様には、ピニャも鼻白む。

 

「その様な悠長な事では、敵の侵攻を防ぐ事は出来ぬっ!」

 

皇帝はため息と共に、手をわずかに上げて二人の舌戦を止めた。彼の察するところピニャには騒動屋の傾向がある。責任を負う事のない者がよくする物言いで、批判ばかりで建設的な意見は何もないのだ。例え言ったとしても、夢物語みたいで伝統と格式を重んじる者なら到底首を縦に振らないことばかり。それでいて何かあれば、さあ困ったどうするどうすると責め立て実務者を『じゃあ、どうすればいいだ!』と叫くまで追い込んでしまうのである。

今回の事態からすれば、マルクス伯の言う様に地道に軍を再建するしかないのである。そのために時間を稼ぐ事が、政治であり外交であると言える。皇帝としてはその為の連合諸王国軍の招集であり、その壊滅をもって目論見は成功したのだ。いささか辟易としてきた皇帝は、娘に向かって話しかけた。

 

「ピニャよ、もうよい。なるほど、そなたがその様に言うのであれば悠長にかまえてはおれん 。余としても心の配らなければならぬ」

 

「はい、皇帝陛下」

 

「しかし、アルヌスの丘に屯する敵共について、我らはあまりにもよく知らぬ。丁度よいそなたの『騎士団』あれと共に丘に屯する敵を見て来てくれぬか?」

 

「妾がですか?」

 

「そうだ。帝国軍は今再建中でな、今は偵察兵にも事欠く有様じゃ。国内各所に配した兵を引き抜く訳にもいかぬ。新規に徴募してもマルクス伯の申した通り、実際に使える様になるまで時間がかかる。今、一体以上の練度を有し、それでいて手が空いているのは思いを巡らしてみればそなたの『騎士団』くらいであった。そなたのしていることが兵隊ごっこでなければ・・・な よいか?」

 

皇帝の試す様な視線に正対して、ピニャは唇をぎゅと閉じた。アルヌスの丘へと旅程は、騎馬で片道十日だ。そこは危険な前線、万を超える軍が全滅してしまった地。そんな所へ、自分と自分の騎士団だけで赴けと言うのだ。

しかも、華々しい会戦と違って、地道な偵察行。日頃から兵隊ごっこと揶揄されてきた騎士団にとって、任務が与えられる事は光栄と思わなければならないだろうが、内容が不満である。

更に言うのならば、彼女の騎士達は実戦経験が皆無であった。自分や自分の部下達は、危険な任務をやり遂げられるだろうか?皇帝の視線は『嫌なら口を挟むな』と告げていた。

 

「どうだ。この命を受けるか?」

 

ピニャは、ギリッと歯噛みしていたが、思い立った様に顔を上げた。そして・・・・

 

「・・・・確かに承りました」

 

とピシャリと言い放つと、皇帝に対して儀礼にのっとって礼をとった。

 

「うむ 成果を期待してあるぞ」

 

「では、行って参ります。父上」

 

そしてピニャは、玉座に背を向けた。

 

帝国の国歌を描こうと思うんですがどれを参考にしたらいいですかね?

  • 『廃墟からの復活』
  • 『皇帝陛下万歳』
  • 『神よ、皇帝フランツを守り給え』
  • どれでも良い
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