無能と言われる提督が一人ぼっちの時雨を笑顔にしてみせる 作:マスターBT
もっと早く書けよという自分の声が聞こえてくる…
突然だが、提督という職業を聞いて何を連想するだろか?
艦娘を指揮する英雄?
命知らずの馬鹿?
ハーレム野郎?
まぁ、大凡普通の職業から連想される内容ではないだろう。
「…君が派遣されてから、はや一ヶ月。
一切の戦闘がないのは何故かね?」
現実は、おっさんに呼び出されて二人っきりの尋問される職業です。いや、やっぱりあの人以外の召集に従ったのは間違いだった。
とはいえ、召集状に『来なければ銃殺刑に処す』なんて書かれてたら来るしかなかった。
時雨、一人で鎮守府にいるけど大丈夫だろうか。
「……失礼を承知で申しますが、私が配属となった鎮守府にはまともに戦闘を行えるだけの兵力も設備もありません。
報告書という形で既に、提出していると思いますが」
そもそも住むのにやっとなレベルなんですがね。
設備がボロボロでその改修を行うための資源すら無し。自前で用意できるものも限られてくるし、妖精の技術力も元が元では発揮しきれないだろう。
「兵力が足りないのなら、建造でもすればいいだろう?」
「駆逐艦、時雨の精神状況的にそれは良くないと判断しております。まずは、彼女のメンタルケアを」
言い切る前に机に上官の握り拳が叩きつけられ、大きな音を響かす。
…あぁ、よく知っている目だ。俺をゴミとして見ている。
「…艦娘の精神状況?メンタルケア?
何をふざけているのかね。見た目がなんであろうと、言葉を話し我々とコミニケーションを取ろうとも、アレらは兵器だ。
そんなものは、必要ない。使えないのであればせめて、敵を沈める爆弾にでもなるが良いさ」
フンっと椅子にもたれ掛かる上官。
「そもそも、今人類は殆どの海域を失っている。貿易に頼っていた我が国の状況は芳しくない。
大国であれば、自分たちを賄うだけの資源があるだろう。食料貿易で儲けていた国々は、むしろ貧民に至るまで食料が配られ、生き生きとしているだろう。だが、我が国はどうだ?取り返した僅かな海域から、必死に貿易をし国民に繋ぐ。それでも、全員には足りない」
あとは言わなくても分かるな?という視線を向けてくる。
確かに、この国は自給自足出来ていない。散々、聞かされた。だけど、朱染や上司から聞いている。
その僅かな、貿易品すらあんたら上層部が独り占めしていると。
「……状況は把握しております」
だが、ただの一兵卒が何を言ってもこの人には届かない。
くだらない優越感と、実利のある蜜を啜って肥大化した人間の心なんて、そう簡単には変わらない。
「ですが、俺の方針は変えるつもりはありません。まずは、時雨のメンタルケアを重点的に行います」
「……私が言っている意味が分からないのかね?」
「自分は無能ですので。他人の判断を吟味する頭は持ち合わせておりません。
それに、鎮守府の方針はその場の提督に一任される。これがルールではありませんか?深海棲艦達の集団襲撃、もしくは連合を組んで海域を取り戻す時にのみ、大本営の指揮下に入る。その筈ですよね?」
現場の判断最優先。
圧倒的な戦力で攻めてくる深海棲艦に対応するために敷かれたルール。大本営に指示を貰うための時間が命取りになる可能性があるのだとか。
「…ふん、やはりあの男の部下か。話は終わりだ。
君が聡明なる判断が出来ることを期待する」
「失礼します」
期待なんて微塵も込められていない言葉を背に受け、退室する。はぁ、早く帰ろう。大本営の人達は俺を見る視線が痛いし。頭でっかちのエリートは嫌だね。
「…まぁ、エリート達は俺なんか気にも留めないだろうけど」
こういうエリート達は、時雨の様な艦娘が自分の持ち場に居たら、どうするのだろうか。使えない兵器として解体するのだろうか。あの上官の様に鉄砲玉にするのだろうか。
どっちだとしても、俺には理解できない。
「終わりましたか?」
「あ、はい」
気がついたら送迎の車まで来ていたようだ。
奇しくも俺が着任した時に送迎をしてくれた死んだ魚の様な目をした運転手だ。
「どうぞ」
扉を開けてくれたので、頭を下げて車内に入り座る。
外から扉が閉まり、エンジンがかかり走り出す。
暫く沈黙を続けたが、唐突に運転手か口を開いた。
「…貴方とは違う考えかもしれませんが、彼らにも彼らの正義の元、働いています。まぁ、どうしようもないのが大半ですが」
「え?」
「取り戻した海域では、安全が確立されていますがそれ以外の場所では未だ死者も多いのですよ。
地獄という言葉も生ぬるいほどです。当たり前のように、艦娘が沈み人が死に、深海棲艦共が我が物顔で存在している。
そんな場所でまともな精神を保っていられるのは、ごく僅か。……貴方に話しても仕方ないの事ですがね」
この人は一体、何を見てきたのだろう。
俺は時雨が笑えるように過ごし、いずれは戦おうと思っていた。だが、そんな猶予があるのか?
思わず頭を抱える。
「こんな話をしましたが、私は貴方のやり方を否定する訳ではありません。……報告書を盗み見ただけですがあの優しい世界がなくなってしまうのは、些か悲しいので」
俺が悩んでいるのを
鏡に映るその顔は相変わらず、死んだ魚のような目をしているがどこか悲しげな雰囲気を漂わせていた。
「貴方も知っているとは思いますが、この世界は優しくありません。
いずれ、戦わなければならない時も来るでしょう。その時の選択を決して間違えないでください」
「…貴方は一体…」
車が止まる。どうやら、鎮守府に到着したようだ。
自分で思っていたより、考えていたらしい。時間の経過に気づかなかった。
運転手が先に降りて、ドアを開けてくれる。そのまま、外に出て後ろにいる運転手へと振り返る。
「貴方は、何を見てきたんですか?」
「……艦娘が待っていますよ」
運転手が指差した方向を見る。
時雨が鎮守府の入り口から、ひょこっと顔を覗かしているのが見えた。相変わらず、隠れられてないなと笑う。
エンジン音が聞こえ、車の方を見るともう発進するところだった。
止めようと思ったが、それより早く出発してしまう。ううむ、もっと話を聞きたかった。
仕方ないと鎮守府の方に歩き出す。
「…お、お帰りなさい提督」
たどたどしく、まだ怯えもあるが時雨が入り口で俺にはお帰りと言ってくれる。そう言えば、誰かにお帰りと言われるのはいつ振りだろうか。
「ただいま。時雨」
笑顔で時雨に言う。
他の鎮守府では当たり前の光景かもしれないが、こうして出迎えてくれる位には、時雨との距離も縮まったのかもしれない。
ああ、そう言えば初めての時は手を伸ばしたら出血するぐらい爪を立てられたんだっけ。
「ほら、お土産だ。クッキーだぞ。コーヒーとココアどっちが良い?」
お土産の袋を手渡す。
袋を抱えるように持つ時雨。少し疲れてるのだろう、その仕草がとても可愛く見え、思わず頭に手が伸びてしまう。
「ッツ!」
「あ…いや悪い」
…何してんだ俺は。
分かってただろうに。時雨はまだ提督に対する怯えが消えたわけじゃない。謝罪して手を戻そうとする。
「提督…撫でたいの?」
「え?あ、いや」
涙目でこちらを見てくる時雨に固まる俺。
本心がバレたのもあるが、まさかの攻撃に俺のキャパは超えてしまった。当然、固まると言うことは手も時雨の頭上で止まるわけで。
スッと時雨が背伸びをして、止まった俺の手に自分の頭を軽く押し付ける。
「し、時雨?」
すぐに元に戻ってしまうが、時雨の最近は手入れされている髪と時雨の体温を直に感じた。
「…いつもより暗い顔してたから……えっと、僕が出来る事は凄く限られてるから」
辿々しく言葉を続ける時雨。
その姿を見て、俺は俺自身のやり方が間違ってないと思えた。
「ありがとな、時雨。元気が出たよ」
触れた時、時雨は震えてた。ほんの一瞬だったけど、今の時雨にはとても大きな勇気だったのだろう。
そんな勇気を貰っていつまでもくよくよしている訳にはいかない。
時雨を連れて、キッチンまで行き俺はブラックコーヒーを。時雨にはカフェオレを淹れて渡す。会話は特になかったけど、居心地の良い沈黙が続いた。そんな時だった。
『周囲の海域に深海棲艦を確認。提督と艦娘は出撃の用意を』
……ついに奴らが来てしまった。
いよいよ、深海棲艦が来てしまいました。
どうなるんでしょう。
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