無能と言われる提督が一人ぼっちの時雨を笑顔にしてみせる   作:マスターBT

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今回は早め(当社比)に投稿出来た。


どんな絶景より勝るもの

「例の鎮守府の奴、どうやら意識不明らしいですね」

 

「ふん。私の意見を聞かぬからだ。あやつに邪魔されたが、今度こそ私の息がかかったものを送り込むぞ。

そして使えぬ兵器諸共、あの鎮守府を切り棄てる。あぁ、ついでに意識不明の無能も始末するとしよう」

 

手に持った最高級の日本酒を飲みながら上機嫌に語る男。

自分の思惑通りに事が進んだ現状に大変、満足しているようだ。

 

「しかし、よく考えましたね。研究の一環で極秘に捕らえていたはぐれを、逃し誘導するとは。

流石は将来は日本海軍を担うお方。すごい策でしたね」

 

男を持ち上げる部下風の男。

その言葉に気を良くし、さらに上機嫌に語りだす。

 

「ふっ、なにせ私はこういう手段は得意だからな。

同じような手段で、同年代を落としてきたし、都合よく穴が出来るように上官を不慮の事故に合わせた事もあったなぁ。

しかし、艦娘などという兵器の精神面を気にするとかアホな奴よ。どうせ、我々が命じればどんな考えでも従う便利道具だぞ。

……ん?そう言えば貴様、新顔か?見慣れ……な…」

 

ガシャン!

という音ともに、机の上にある書類道具や高級な日本酒が入った瓶が落下し割れる。

男は完全に眠っているようだ。

 

「…漸く寝たか。ふぅ、得意だけど寝かせてってのは趣味じゃないんだけどね僕は」

 

するりとウィッグを外す部下風の男。その下からは、明るい茶髪が顔を出す。

鼾をかいて眠る男をいつも浮かべている笑み、細められた目元から絶対零度の視線で見る朱染が部下風の男の正体だった。

 

「僕としたことが証拠を集めるのにここまで手間取るとはね。全く、腐ってもエリートか。

……朱染です。えぇ、憲兵を連れて来て下さい、証拠品とボイスレコーダーを置いておきますので。では」

 

携帯で連絡をした後、憲兵が来る前に汚職の証拠と先ほどの会話を録音したボイスレコーダーを分かりやすく置く。

別にこれから此処に来る憲兵は味方であるため、急ぐ必要はないが彼は急いでいた。

外に出ると彼の秘書艦である天龍が待っていた。

 

「…ん?もう終わったか提督?」

 

「終わったよ。戻ったら」

 

「そう言うと思って連絡済みだ。鎮守府に戻ったら、すぐ行け。

護衛にはこの足で、この天龍様が着いて行ってやるからよ」

 

ニッと笑う天龍。

一瞬だけ惚けた顔をした後、いつもの胡散臭い笑みを浮かべる朱染。

 

「やー、流石は天龍だ。ご褒美は何が良いかい?」

 

「おい、提督俺をチビ扱いしてないか?」

 

「してないよ〜。ほれほれ」

 

わしゃわしゃっと天龍の頭を撫でる朱染。

 

「やっぱりチビ扱いしてるだろーー!!」

 

ガァァっと吠える天龍。

騒ぐ天龍は彼が呟いた言葉を聞き取る事はなかった。

 

「ーーありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚えているのは波間を漂うのは、思いの外心地よいと言う事と

 

「ぐすっ……提督!!……提督!!!」

 

ボロボロと大粒の涙を流す時雨の顔だった。

 

窓から差し込む光がちょうど目に直撃しおり、その眩しさで目を覚ます。

んーと、この天井は執務室か。うん、多分そうだろう。

もうちょっと確証を得ようと思って、身体を動かす。

 

「ッッ!?」

 

いてぇ…!?

ベッドの上で静かに悶絶する。時雨を庇って、勢いよく海面に叩きつけられたのは覚えてる。

けど、それだけでこんなに痛いのか……やっぱり、人間って脆いなぁ。

 

「…そんな脆い人間の代わりに戦ってくれてるんだもんな時雨」

 

「…すぅ……すぅ…」

 

俺の小指をそっと掴みながら、自分の腕を枕にして眠ってる時雨に小さく話しかける。

いつにも増して近くで、休んでいる時雨の姿を見て俺は安心する。俺も生きて時雨も生きてるなら、役目を無事に果たせた様だ。

 

「あぁ…良かった…本当に」

 

「全く、何が良かっただ。自己犠牲も大概にすると良いよ、霧崎」

 

「朱染…」

 

いつの間にか壁に寄りかかっている朱染。

その目には僅かにクマが出来ている。何事もソツなくこなすこいつにしては珍しいな。

朱染がいることだし、時雨を起こさぬ様にゆっくりと身体を起こす。

 

「僕が仕事を終わらせて、此処に来ると彼女、ずっと泣きながら君の手当てをしていたんだぜ?

海水が乾いて、身体中に塩を付けて女の子の命である髪すらボサボサで。疲れてるだろうに、僕が来るまでの二日間。ずっと休まず君の面倒を見ていたんだ。風呂に入れるのすら、全力で抵抗したからね。天龍を連れて来て正解だったよ」

 

そこまで時雨に迷惑をかけていたのか……すまない時雨。

起きたらたくさん甘い物をあげよう。あぁ、でも今俺は動けないしな…どうしよう。

妖精を頼る?いや、こういう時は自業自得と言わんばかりに手伝ってくれなかったか。

 

「…霧崎。なんで、あんな無茶をした?

お前の事だ。時雨ちゃんに命令が出来なかったんだろ。それに、お前に懐いてる妖精は他の妖精より技術力がずば抜けて高い。

だから、自分で戦った。気持ちも分かるし、それが正しかったかもしれない。だが、敢えて言わせてもらうぞ」

 

飄々とした態度は何処かに消え、鋭い態度になる朱染。

今まで見たことのない姿に俺は思わず息を飲む。

朱染から視線を反らせないでいるうちに、俺に近づき指を丸めパチンとデコピンして来る。

 

「いたっ」

 

「馬鹿者が。お前はもう、ただの霧崎時雨じゃないんだ。その身に乗る重みを考えろ」

 

ふっと笑う朱染。

このイケメンめ、どんな表情でも華があるよ全く。ただの霧崎時雨じゃないか……

 

「んっ……ていとく?」

 

眠っていた時雨がその身を起こし、俺を見る。

寝起き特有の焦点が定まらないちょっと、ぼけっとした表情のあとポロポロと涙を流し出す。って、時雨!?

 

「うぉぉ、いきなり泣くなって!?無謀なことをしたのは認める。時雨に余計な心配をかけたよ。すまん」

 

驚きながらも、泣き出した時雨に謝罪をする。

そんな俺を見て、やれやれと肩を竦めてため息を吐き部屋を出て行く朱染。あれぇ、俺なにか間違えた?

うんうん?っと自問自答しているとポスッと軽い音が胸元からする。

 

「本当に…謝らなきゃいけないのは僕の方だよ……戦場がどんなものかなんて嫌になる程知ってたのに…」

 

身体を痛めてる俺への負担にならない様に、本当に触れるだけの体重を預けながら、謝罪する時雨。

本当に僅かにしか触れてないけど、震えている事とまだ涙を流している事は分かる。

俺が無茶をして大怪我をした。ただ、それだけの自業自得なのにどうして時雨は…

彼女が泣いている意味が分からず、動けない俺を他所に時雨は言葉を続ける。

 

「提督が生きてくれてるのが嬉しくて…あの一瞬、深海棲艦なんて見えてなかったんだ……

今度は間に合ったんだって…僕は提督の信頼に応えられたって……」

 

「……実際、時雨は良くやってくれたよ。あのタイミングで来てくれなかったら俺は」

 

「違うんだ……本来、指揮官である提督を最前線に出す事自体が間違ってるんだ…その上僕は守りきれなかった。

僕は艦娘なのに、僕の提督である貴方を守れなかったんだ」

 

時雨が力を込める。同時に、握られている俺の服の皺がより深く刻まれる。

そして、同時に理解した。朱染が言っていた俺の身に乗る重さ。それが、今ここでこんな無能のために泣いてくれている時雨だ。

もう俺は海軍学校時代の霧崎時雨じゃない。時雨という艦娘の提督である霧崎時雨なんだ。

馬鹿だな俺……笑顔にさせるなんて言っておきながら、泣かせちゃってるじゃないか。

 

「時雨」

 

「ふぇ…」

 

泣きじゃくる時雨の頭をゆっくりと優しく触れすぎない様に撫でる。

本能的な提督への恐怖が消えてる訳じゃない彼女に過度な接触は出来ない。

 

「俺を助けれてくれてありがとう。俺を守ってくれてありがとう。俺を再び此処に来させてくれてありがとう」

 

思えば俺は時雨に謝ってばっかりだった。

何よりも早く告げなければならない感謝を忘れていた。

 

「俺の手当てをしてくれてありがとう。こんな俺のために泣いてくれてありがとう。

俺は君に助けられてばっかりだ。こうしている今だって、俺一人じゃ気づけなかった事を気づかせてくれた。

だから、それ以上自分自身を責める必要はないよ。というか責めないでくれ」

 

「提督……僕は…ぼくはぁ…」

 

顔を上げて俺を見る時雨。

涙で彩られた瞳は、とても綺麗だけどずっと見ていたいものではない。だから、俺は指で時雨の涙を掬った。

 

「俺も自分を責める事は辞める。だから、今は互いの無事を喜ぼう。

俺と時雨の初めての戦いは、もう終わったんだ。だから、未来に向かって笑おう。きっとその方が有意義だ」

 

ニッと笑う俺。

自然に口角が動いてくれた。自然な笑みなんていつ振りだろうか。

 

「……笑顔、結構下手だね提督」

 

「え?まじで。うぉぉ、久しぶりに笑ったからなぁ…表情筋死んでたか?」

 

時雨の言葉に思わずダメージを受ける俺。

えぇ…結構頑張って決めてたと思うんだけど、台無しじゃないか。くそぅ、これがイケメン朱染との差か。

あらぬ方向へ恨みを向ける俺には気づかず時雨は続ける。

 

「でも、僕は……結構、好きだよ。その笑顔」

 

そう言って笑い返してくれる時雨。

あぁ…さっき、涙を綺麗だって言ったのを訂正しよう。この笑顔に比べたら劣る。

もし此処に俺たち以外の人がいれば、笑顔が下手な二人だって思うだろう。でも、目の前で時雨が見せてくれた笑みは、今まで見たいくつもの景色より輝いて、満開に咲く花より美しいと思えた。

 




おずおずと触れる距離感ですが、提督と時雨の距離は縮まりましたね。もっと、縮まれ。

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