無能と言われる提督が一人ぼっちの時雨を笑顔にしてみせる   作:マスターBT

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平和な夏のある日のこと。


どちらもお互いを

「提督。こちらを」

 

 時雨から差し出された資料を受け取り目を通す。今日も今日とて楽しい(白目)書類仕事の時間だ。最近は、時雨の方がまじめで俺が起きて仕事を開始するより早く、執務室の目の前で立って待っている。別に入っていても良いのだが、そこは提督に払うべき礼儀として入らないらしい。

 

「ありがとう。にしても暑いな……」

 

「……クーラー壊れてるからね。しかも執務室、艦娘が戦いに行くのを見れるように大きい窓があるし」

 

 さしもの時雨も暑そうだ。

 記録的な猛暑日にクーラーも無しに太陽光が照らす室内仕事。暑くないわけがない。一応、急ピッチで妖精さんがクーラーを作ってくれている様だが、改築に次ぐ改築で必要な鋼材の確保に苦労しているらしい。流石の技術力も物が無ければダメらしい。

 

「なんで前任はこれを放置してたんだ?」

 

 書類に目を通しながら、とりあえずいつもの『早く戦果を出せ。じゃないと潰すぞ』って感じの書類達に定型文の謝罪とサインをする。脳死でやってると上司からの物資連絡にも同じ返事をしてしまうのでそれなりに頭を動かしながらやっていく。

 

「…………あの人は基本、ここに居なかったからね。豪華な家具も見栄でしかなかったよ。

 今日みたいに暑い時は決まって何処かに行って、陽が落ちてから帰ってきてた。まぁ、その時間が唯一僕達艦娘にとって、安息だったんだけどね」

 

 普段の数倍濁った目で返答する時雨。やっぱり、前任の事となると表情が死ぬな……

 自分が所属する組織の腐りっぷりを改めて認識しながらふと思い出す。備付きの冷蔵庫を開けると、ハーゲンタッツのアイスが一個入っていた。そう言えばいつだったかに買ってたなって思いながらスプーンと一緒に取り出す。

 

「時雨、おいで」

 

「何処に行きたいの?案内するよ」

 

「違うって。暑いだろ?この前、アイスを買っていたから食べると良い」

 

 机の上にアイスを置くと目をぱちくりさせながら、俺とアイスを交互に見てくる。ん?そんなに変な行動をしてるだろうか。

 

「自分で食べないの?」

 

 あ、そういう事か。

 上司である俺が暑いって呟いた後、アイスを取り出して食べなければ不審に思うわな。全く、時雨は仕方ないな。

 

「適当に買ったから好きな味じゃないんだ。だからあげるよ」

 

「……ほんとかな?」

 

 疑いの視線を強く向けられる。そんなに疑わなくても良いじゃないか。

 なんとなく視線を逸らしたら負けだと思うのでジッと時雨の目を見つめる。ここ最近は死んだ魚のような目をしていた彼女も何処となく活力を感じられるものになってきている気がする。あくまで俺の主観なので自信はない。しばらくお互いに無言で見つめ合っていると、時雨の頬が若干赤く染まり、視線を逸らす。

 

「……分かったよ。食べるからずっと僕を見つめないで……」

 

「よし。ほどよく溶けて食べやすい頃合だと思う」

 

 おずおずと時雨が受け取り、蓋を開け、小さく一口食べる。

 

「〜〜!」

 

 良かった美味しそうだ。

 アホ毛がピコピコと左右に揺れながら食べる時雨。めっっっちゃ可愛い。思わず撫でたくなる衝動を初日のガチ拒絶時雨を思い浮かべて耐える。うん、心にダメージが入ったけど気にしない気にしない。

 さてと、書類仕事を続けないとな。えーと、なになに『深海棲艦基地攻略作戦参加要請について』?うちには関係ないな。戦力不足のため、参戦しませんっと。で、次は『時雨解体』しねぇよ!!ほんと、隙あればこういうのを送ってくるな上層部は。

 思わず握っているペンに力が入る。ピキッと嫌な音を立てるが無視する。

 

「ふぅぅ……」

 

 落ち着け。一々、目くじらを立てても意味はない。艦娘が連中に対する絶対の戦力である事に変わりはないし、俺には理解したくもないが使えない兵器というのは保有しているだけ無駄だ。物言わぬ鉄なら兎も角、対話可能で目の前でアイスを食べている時雨をそういう目で見ることは出来ない。ほんと、軍人失格の無能だな。

 

「ん?」

 

 ふと視線を落とした先に『全鎮守府大規模補填』と書かれた書類があった。

 ざっと読んでいくと当初の予定より大規模かつ長期化し始めた深海棲艦との戦争により疲弊した提督・鎮守府に対して物資の補充が行われるらしい。まぁ、おそらく民衆に向けてのアピールだろうけどこれは利用するしかないな。これ、しれっと上司名義で来てるし。

 

「提督」

 

「……ん?どうしたしぐっ」

 

 口の中に甘い味が広がっていく。

 時雨が食べていたアイスだろう。目の前でかなりの至近距離に時雨の顔がある。舌でスプーンの上のアイスを取り、飲み込む。それが合図となり時雨はスプーンを俺の口から引き抜く。

 

「難しい顔してたから。甘いの食べたいかなって」

 

 今度は俺がさっきの時雨の様に瞬きする。  

 

「美味しい?」

 

「あ、あぁ。美味しいよありがとう、時雨」

 

 どうやら最後の一口を俺にくれた様で空になったアイスの器とスプーンを片付けてる時雨。

 

「良かったのか?最後の一口を俺にあげて」

 

 今更、返してと言われても無理だがなんとなくそう返す。

 そう返すと視線を僅かに上へ移動させてから俺を真っ直ぐに見る。

 

「良かった。眉間のシワ無くなったね」

 

 じゃあ、片付けてくるよ。そう言って時雨は部屋を出て行く。

 どうやら俺を想っての行動だったらしい。手を上げて眉間に触れる。あぁ、確かにシワがないな。

 

「ふっ、あはははっ」

 

 思わず笑みが溢れる。

 彼女に喜んで欲しくて、笑って欲しくてあげたアイスで俺が笑顔にされてしまった。やっぱり、時雨は良い子だ。背もたれに背中を預ける。ギシッという音が無音の部屋に響く。

 

「そうだ、俺が見返してやれば良いんだ。時雨はやれば出来るって」

 

 時雨が戦うと決めたならその手伝いを。それ以外の事をやると決めたならその手伝いを。

 上層部が時雨の解体をさせたいのなら、解体すると大きな損失があるって認めさせてやれば良い。そして、それをやるのは俺の仕事だ

 

「よしっ。やる気が出てきたぞ!」

 

「わっ……良かった。やっぱり提督はそうじゃないと」

 

 戻ってきた時雨が俺の喝に驚きながら定位置に座る。

 

「俺は頑張るよ時雨。お前が前を向いて胸を張って歩んでいける様に」

 

「……お願いだからまた深海棲艦の前に身体を曝け出すとかしないでね?」

 

「しないさ。今度はちゃんと時雨と共に立つとも」

 

「うん。それなら……いい、かな。僕もまだ一人じゃ怖いから」

 

「俺も同じだ。ついさっき、支えてる様で支えられてるって俺も気がついたからな。さっ、先ずは書類仕事だ。

 俺のサインが必要なのがあればどんどんちょうだい」

 

 夏の暑さになんか負けてられねぇな。

 俺も時雨も張り切り過ぎてこの後、妖精に怒られてしまった。

 




季節がズレてる?
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