無能と言われる提督が一人ぼっちの時雨を笑顔にしてみせる 作:マスターBT
「提督何処かな?」
提督の上司さんから送られてきた書類を持って僕は提督を探していた。普段なら、執務室に行けば居るんだけど今日は大きな作戦があるとかで僕が今いる戦力のない鎮守府は仕事がなく暇のはずだった。この書類が届くまでは。だから、何処かで暇潰しをしてると思うんだけど居ないなぁ。
「大工をしてる音は聞こえないから、何処かにいるとは思うんだけど……まさか、また迷子になってずっと入れ違いになってるとかないよね」
方向音痴のあの提督ならあり得る可能性を考えながら、鎮守府内を歩く。こうして見れば、彼が自分の見ていないところで色々な事をしてくれていたと改めて理解できる。今、歩いてる床もかつては軋み歩く度に不快な音を立てていたが今ではそんな事もない。天井にしてもそうだ。所々、穴が空き雨漏れや直射日光などが合ったのにちゃんと塞がれている。いつの間にかルンバが廊下に設置されて、ゴミもほとんどない。多分、あの器用な妖精さんが作ってくれたんだろう。それとも、提督のお友達からのプレゼントだろうか。
「提督?……ココアを飲んでもないか。一番、此処が綺麗になった気がする」
台所が併設されたリビング。前は全く使われず、見るも無惨な状態だったけど妖精さんによって改造され、此処を利用する提督が綺麗に使うから、今でも汚れがない。提督がいつも使う調理器具の横に置かれているちょっとだけ可愛らしい包丁は僕専用のものだ。提督と料理をする時に自分専用の道具があった方が便利だろ?って言われて用意して貰ったんだっけ。まさか、自分用の包丁が渡されるなんて思ってなかったなぁ……まぁ、そんな事言ったら此処にある僕用の食器とかにも言えるんだけどさ。
「……全部、いつの間にか用意されてるんだもん。狡いよ、提督」
僕が此処に居ても良い証明の様に当たり前にある私物達。今着ている服だって、提督が知らない間に用意してくれた物だ。日常の小さな一つ一つに彼の優しさを感じる。きっと、僕に聞いて用意すれば拒絶されたりすると分かってたから知らないところで用意したのだろう。それがたまらなく嬉しい。
「っといけない。早く提督を探さないと」
食器達を眺めている場合じゃなかった。思わず、浮かんできていた涙を拭いながら外を見ればそこに探している人物は居た。真っ白な提督服が汚れる事を考えていないのか芝生の上で仰向けになり、眩しかったのか帽子で顔を隠している。
「外で寝てたのか……それじゃ会えない筈だよね」
確かに今日は良い天気だ。日向ぼっこをするにはちょうど良いだろう。起こしに行くために外を出て歩く。気温は暑いけど、少し強めの風が心地よく体の熱を奪ってくれる。うん、これは眠くなるかもね。乱れる髪を押さえながら、提督に近づき声をかけようとして気がつく。
「震えてる?」
戦えなかった僕の様に震えている提督。心配になってしゃがめば、彼の口が小さく動いており何か言葉を発していると分かる。耳をゆっくりと近づけてその言葉を聞き取る。
「……すみません……無能で……ごめんなさい……」
「ッッ!?……提督。眩しかったらごめんね」
そっと帽子を取れば、提督は泣いていた。それを見た僕は──
「何度言えば分かる!!この無能が!!」
教官に罵倒と共に殴られる。この日の講義はなんだっただろうか……分からない。でも、俺がまた出来なかったのは確からしい。
「また怒られてるよあいつ」
「こんな初歩的な事すら出来ないんだから当たり前だよ」
「あんな無能が同期とは……俺たちまで馬鹿に見られるから最悪だ」
……あぁ、すまない。本当は、辞めた方が良いのだろう。でも、妖精を見る事が出来る人間は多くない。数少ない戦力を遊ばせておく理由は今の人類にないんだ。こんな、俺が同期ですまない。
「罰として貴様には、今日中にこの問題集を解け!!それまで、休息などは認めん!」
「……はい」
分厚い問題集だ。死ぬ気でやれば今日中に終わるだろうか。講義は受けなくて良いと言われたから、食堂に行き問題集を開く。この時間なら誰もいないから集中出来るだろう。ただでさえ、こういう罰則で講義を受けれていないのだから早く解かないと。機械の様に問題に目を通し、解いていく。問題はそこまで難しくないこれならどうにか今日中に終わらせられそうだ。休憩を取らず痛くなる頭を無視しながら、問題集を解いていく。あの少しで解き終わるそんな時だった。
「おい無能。ちょっと付き合えよ」
「……今、忙しいので」
バシャリと彼が持っていたコップから水をかけさせられる。問題集が濡れると怒られるんだけどな……そんな事を思っていたら首根っこを掴まれ、持ち上げられる。
「無視してんじゃねぇよ無能」
「ですから、忙しいと」
「うるせぇ!」
あぁ、今日は本当ツイてない。周りからの視線を塞ぐ様に囲まれるのを眺めながら考える事を止める。何も考えなければ、何も感じなければ勝手に満足して去っていく。こいつらはそういう連中だ。
鳩尾を殴られる。何も食べていないから胃酸を吐きそうになる。
頬を勢いよく殴られる。歯が折れた。
床に叩きつけられた。視界がチカチカとする。
倒れたまま色んなところを蹴られた。痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
俺が何をした?俺が何をした?オレガナニヲシタ?
考えるな
痛い苦しい。出来ない事がそんなに悪いのか。やり方を聞いても誰も教えてくれない。調べても何も分からない。だから、自分で考える限りの事はした。でも、出来ない。俺が躓いたところで殆どの人は躓かない。僅かな同類も、俺よりは早くそこを抜けていく。何も出来ない分からない俺が悪いのか?でも、罰則で講義が飛んでいるのにどうやって理解しろと。
考えるな
「チッ、この無能が。とっとと死んでくれよ。俺たちの評価のためにもよ」
知らない。勝手にしてくれよ、無能の俺なんかに構ってないで自己鍛錬でもしてろよ。そんなに評価ってやらが気になるならさ。結局、俺はボコボコにされどうにか終わらせた問題集もグチャグチャにされ提出しても、怒られた。暴行された事を言っても、無意味だった。今思えばこの教官と連中はグルだったんだろう。
「随分……腫れちゃったな」
鏡を見ながら処置をしながらボロボロの自分を見る。今日も散々だった。どうすれば、良いんだろうか。そんな事を考えていたら、鏡の中の自分は随分の暗い顔をしていた。……笑う門には福来るって言うよな。
「ハハっ、ひでぇ顔」
とても笑える気分じゃなかったから、指を使って口角を上げる。腫れた顔に全く見合わない表情になる。そんな自分を見ていたら、なんだかおかしくて笑ってしまった。
「ハハ……アッハハハ!」
腫れた瞳からボロボロと溢れていく涙を止めようとも拭おうともせずただただ笑った。辛い現実から目を背けるために、暗い事を考えようとする自分の心を無視するために空っぽの笑みを身につけた。そうすれば無能と言われる自分を、ほんの少しだけ好きになれる気がしたから。
「教官、おはようございます!!」
何かが壊れた俺は笑顔で挨拶をした。昨日、自分をボコボコにした皆んなにも、笑って挨拶をした。笑って笑って笑い続けていればいつかきっと、幸福が訪れると信じて。そんな、叶うことのない夢を俺は──
「提督」
誰かが俺を呼んでいる。
「提督は無能なんかじゃないよ」
誰だ?誰が俺を認めてくれている?
「ボロボロの鎮守府をたった一人で綺麗に出来る人を僕は、提督以外に知らない」
その声は渇きひび割れた心に染み渡る声をしていた。
「戦力にもならない艦娘を解体せず、面倒を見ようとする人を僕は、提督以外に知らない」
ゆっくりとゆっくりと俺の内側に入ってくる。
「兵器でしかない艦娘と、並んで料理してくれる人を僕は、提督以外に知らない。雨が大好きで雨の日に一緒に遊ぼうなんて言ってくる人を僕は提督以外に知らない。無能って言われてるのに、一人で色んな事が出来て深海棲艦相手に、自分が操縦する船で戦おうとする人を僕は、僕は、君以外に知らない」
夢から覚める。目を開ければ乗せていたはずの帽子はなく、代わりにとても綺麗な青い瞳があった。時雨だ、俺が配属された鎮守府唯一の艦娘で傷ついた心を持っている時雨だ。彼女の瞳が見える状態と寝た時にはなかった後頭部の柔らかい感覚から膝枕されている事を理解する。うぇ??なんで、膝枕!?
「し、時雨?なんで、俺は膝枕されてるんでしょう……?」
というか時雨は俺にこんなにガッツリ触れて大丈夫なんだろうか?触れてる非常に柔らかい太腿は震えていないから恐怖心はないんだろうけど。
「……提督が泣いてたから。泣きながら無能でごめんなさいって言ってたから」
泣いてた?俺が??昼寝して……あぁ……いつもの悪夢でも見たか。
「心配してくれてありがとうな。でも、大丈夫だから。いつもの事だよ」
そう言って起きあがろうとしたら左手でやんわり止められ、時雨の右手で頭を撫でられる。どういう状況!?!?え、え、何が起きてるのこれ?誰かーー説明してくれーーー!!
「提督はそうやっていつも我慢してきたんだね……でも、我慢のし過ぎは毒だよ。僕もそれはよく分かるからさ。
ずっと提督に貰って甘えてばかりだったからさ。今ぐらいは僕に甘えても良いよ。提督が頑張ってくれたのは、僕がよく知ってるから」
「しぐ…れ……あれ?……おかしいな……涙が……」
優しく俺を見つめながら頭を撫でてくる時雨に、俺は情けなく泣いてしまった。側から見ればなんて犯罪臭のする絵面だろうか。艦娘の膝枕でボロボロと泣く提督の図。明らかにヤバい。だけど、一度決壊してしまえば脆いもので涙は絶えることなく流れる。自分を見てくれている。ただ、それだけの事でこんなにも泣いてしまうなんて思わなかった。
「僕は提督から見たら、まだ色々と欠けてるだろうけど。一人で全部背負わなくて良いんだよ。辛い時は頼って欲しい。苦しい時はそう言って欲しい。全部、全部背負ってボロボロになる提督は見たくない。僕はそれぐらいには君に絆されてしまったんだよ」
「……ありがとう。時雨、もう少しだけこのままでも良いかな?」
「勿論だよ」
そう言って時雨は俺の頭を撫で続けてくれた。
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