無能と言われる提督が一人ぼっちの時雨を笑顔にしてみせる 作:マスターBT
「よっと!……ふぅ、やっぱり良い月だ」
修理の時に一回、登ったけどやっぱり屋根の上に登るのは結構大変だ。まぁ、地道に修理をし続けた結果、以前よりは足場を選ぶ必要がないし、梯子もかけられるから楽になってるんだけど。
座っても大丈夫そうな場所を選び座る。近くにポットに入れてきたココアと、クッキーを置き夜空を見上げる。白く大きな満月がとても綺麗だ。この辺りは、深海棲艦による被害で人が少なく人工的な灯りが目立たないからこそ、こんなにも月が綺麗に輝いているのだろう。眠れないから来てみたが、大正解だ。
「月見なんていつ振りかな……小学校以来か?」
中秋の名月なんて言う物もあるが、今はそんな季節じゃない。だが、月はいつ見ても良い物だ。なんて、我ながら隠居した老人みたいだな。まだ、現役バリバリじゃい。
「……多分、あれが原因だろうなぁ」
ココアを飲みながら最近の時雨を思い浮かべる。どうにも最近、時雨はちょっとした事で褒めてくる。きっと、前になんとも情けない姿を見せてしまったからだろう。出会った時よりだいぶ、心を開いてくれてる様な気がする時雨。今、見せている優しさはきっと生来のものなのだろう。とはいえ、余りにも簡単な事で褒めてくるものだから恥ずかしい。
「提督って字が綺麗だね。いつも読みやすいなって思ってたんだ」
執務室でいつもの書類仕事で俺がサインした書類や要望をまとめた書類を渡した時にまだ慣れない笑みを見せながら言った言葉。訓練時代からずっと書かされていた事が活きてくるなんて思いもしなかった。
「提督!僕も手伝って良いかな?提督の作る料理って美味しいから、僕も同じくらいになりたくて……駄目、かな?」
キッチンで料理をしていたら何処からともなく時雨が現れて近くまで駆け寄ってきながら言ってくれたかと思うと、何処か申し訳無さそうに視線を下げながら小首を傾げ、要望を伝えてきた。本当に俺なんかの料理を気に入ってくれている様で嬉しく思える。
「提督?また、寝てないね。駄目だよ、しっかり休まないと。君が頑張ってるのは僕がよく知ってるから。さ、もう寝よう?」
睡眠時間を削る癖がある俺を心配して、部屋までやってきた時雨。彼女も休んで欲しいから先に寝たのを妖精から教えて貰っていた筈なんだけどな。手早く俺が広げていた書類を自分の背中に隠して、俺をベッドに押し込む。翌日、完成した書類を見せられた時は驚いたっけな。
「時雨、君は強いな」
月を見上げそんな独り言を呟く。俺には想像も出来ない出来事も、痛みも悲しみも味わってきた筈の彼女が今では俺を気遣ってくれている。初めは、拒絶されてなんとか話をする様になって、深海棲艦との戦いに怯える彼女の代わりに戦って死にかけて……泣かせてしまった。思えば、俺は酷く一方的に時雨を笑顔にしたいと思っていた。そうする事で、無能な俺でも価値があると思い込みたくて。
「はっ……恐怖に立ち向かう時雨を俺はただ、自分の殻に引き篭もって見ていただけだな。とんだ偽善者だ」
時雨はもう一人でやっていける。あぁ、そうだ、彼女の幸せを思うなら無能な俺なんて早く交代した方が……
パァン!!
勢いよく自分の頬を叩く。なに、アホな事考えてるんだ俺は。ここまできて、全部手放すってか?一人ぼっちになるのを嫌がる時雨をまた一人ぼっちにする気か?そんな酷いこと出来るわけがないだろ。時雨が俺に辞めてくれって頼んだか?いいや、そんな事は言ってない。寧ろ、俺を気遣ってくれてるじゃないか。自分で自分を信じられないのは構わない。だが、時雨が信じてる俺を信じなくてどうする。
「あー、たくっ。いてぇ……」
これ、絶対赤くなってるわ。ヒリヒリと痛む頬を撫でながらアホな考えを甘いココアと共に流し、クッキーを食べる。うん、苺ジャムが美味い。
「さてと……そろそろ行くか。ココアが冷えてるわ」
残ったココアを一気に飲み干し、片付ける。ついでに身体を動かし、凝りを解す。コップやクッキーが残ってるお皿を持ちながら梯子を降りる。
「うわっ」
「ん?時雨か、どうした月見でもしに来たか?」
梯子を降りた先に時雨がいた。降りてきた俺に驚いている様で手をワタワタとさせている。なんだか可愛らしい動きだな。カメラがあれば写真に収めたい光景だ。
「え!?あー…うん。良い月だからね、僕も見ようかなって」
「そうか。あ、これあげる。クッキー、余ってな」
「提督の手作り?」
「おう。そこの苺ジャムを付けて食べてくれ。飲み物とかいるか?持っていくぞ」
「あ、じゃあお願いできるかな」
「あいよ」
時雨に背を向けながら立ち去る。まさか時雨も月見に来るとは。面白い偶然もあるものだな。あ、なに飲むか聞いてなかったな……うーん、ホットミルクで良いか。ついでに、ジャムが足りなかったら悪いから持っていくか。
「道案内頼む」
「……ここまで、これたのに、戻れないの?」
「方向音痴舐めんな」
「そこ、いばるところじゃないとおもうよ」
妖精に呆れられながら道案内され戻る。梯子を登って行けば、俺がいた場所とそんなに遜色ない場所に時雨が座っていた。クッキーを思っていたより食べており既にジャムが終わりそうだ。追加を持ってきておいて、良かったな。
「お待たせ。飲み物と、ジャムの追加な」
「ありがとう。提督のクッキー美味しくて勢いよく食べちゃった」
食べすぎた事が恥ずかしいのか、薄らと頬を赤くしながら言う時雨。喜んで食べてくれてたのなら何よりだ。ホットミルクを時雨の近くに置いて、ジャムの追加をする。なんとなく帰り辛いが、俺がここに居ても特にする事はないし飲み物も用意していない。余計な気を時雨に使わせるのも悪い。
「んじゃ、俺はもう寝るよ。おやすみ、時雨」
「うん。おやすみ、提督」
小さく手を振ってくれる時雨に手を振りかえしながら梯子を降りていく。その途中で、小さくでもしっかりと聴こえる優しい呟きが聞こえてきた。
「僕は強くないよ。君が来てくれたから、一緒に居てくれるからこうして居られるんだよ」
……あぁもう、ほんと月が綺麗だな。今日は
月って、太陽の光に照らされて光っているだけなんですが、不思議と魅入ってしまう時ってありますよね。今回はそんな感じに出来てたら良いなっと思ってます。
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