無能と言われる提督が一人ぼっちの時雨を笑顔にしてみせる 作:マスターBT
話の展開を思いつくのに時間がかかりました。今回はシリアス空気は旅に行ってます。
緩い気持ちで楽しんでいただけると嬉しいです。
「……」
「……」
数日が経ち、俺の怪我も治った今は、提督室で書類仕事の真っ最中だ。
こういった書類仕事は、なぜか手慣れた様に作業できる艦娘と一緒にやると効率が良いと学んだ。
よって、うち唯一の艦娘である時雨に手伝いを頼んだのだが。
「……」
ハイライト先輩が何処かに行ったまま、ペンを動かしてるのは……はっきり言って超怖い。
あれ、もしかして書類仕事嫌い?それとも、俺と一緒の空間にいるのが嫌なのか。嫌なんだろうな……
曲がり角で待ち伏せして、捕まえるのはやはり強引だったか。
軽い現実逃避で、1時間ほど前の記憶を呼び覚ます。
「うーむ、補給とか色々あるからだろうけど、この鎮守府にまで結構多くの書類を回すのか……
あ、差出人が全部、上司じゃん。あの人の一任で届いてるのこの書類」
朝起きて、迷子になりながら鎮守府の入り口に行った俺を待っていたのは、ダンボールに入った食料と書類だった。
俺のことを無能と言うけど、何だかんだ面倒見てくれる上司からの有難い贈り物だった。…書類はいらないけど。
ザッと見た限り、この鎮守府の状況とこれ以降の補給に関する書類だ。
「っと、手紙かなこれ」
一緒に入ってた封筒を開く。
すると、丁寧におられた紙が出てくる。
『霧崎へ
碌な準備もせず、鎮守府に行ったお前に当面の食料を差し入れする。それらの食料は独自ルートで手に入れた、いわば俺の密輸品だと思ってくれれば良い。さて、初日に見ただろうが、今お前のいる鎮守府は訳ありだ。
どうせ、不幸なお前のことだ。すでにボロボロになっているだろう。だが、耐えろ。
腐った上層部のクズどもを一掃するには、その鎮守府を取り壊される訳にはいかん。俺の力が足りなかったばかりに不幸になってしまった駆逐艦、時雨を頼んだぞ。お前は無能だが、クズじゃない。だから、お前に任せたんだ。書類はしっかり書けよ、それがないと正式な支援は無いからな』
相変わらず俺には理解出来そうもない事を考えてる様だ。
と言うか、なんで俺がボロボロになるって分かってるんですかねあの上司は。
「まぁ、良いか。さてと、とりあえず食料を運びますかね」
上司から貰った手紙を胸ポケットにしまって立ち上がる。
ダンボールを抱えてみると、案外重い。密輸品とか黒い事言ってたけど、量多そうだな。
ちょっとフラつきながらも、ダンボールを運ぶ。ボロい床が軋んだ音を響かせるのが、なんとも不安であるが鎮守府内を歩く。
お約束の迷子になりながら、提督室に到着。
「書類と食べ物を分けるか」
ダンボールから、折れない様に丁寧に梱包された書類を取り出し、机の上に置く。
しばらくその作業を続け、書類と食べ物を分けることに成功する。
「食べ物は冷蔵庫に入れるか。しかし、妖精の技術が高くて助かる」
どこからか見つけてきた廃材で、定期的に色んなものを作っては置いていく妖精。
そのおかげで、ボロボロの鎮守府の中に最新式の家電やら電子機器があるとか言う不思議状態が成立している。
台所はよく利用するから、そんなに迷うこともなく辿り着く。食材達をしまい、少しるんるん気分で提督室に戻る。
「…おや?」
曲がり角でたまたま、反対側からこっちに向かってくる時雨を見つけた。
なんか微妙に周囲を警戒してる?
キョロキョロと歩く時雨を見てるとある事に気づく。服装がいつもと違う。
俺がプレゼントした服を着てくれているのだ。思わず、その場でガッツポーズをとる。
あ、そうだ。ついでに書類仕事を手伝ってもらおう。俺は書類仕事がそこまで得意じゃ無いし。
「とは言え……正面から行ったら絶対、避けられるよな」
普段なら真正面から突撃してるが、俺がプレゼントした服を着てる時雨を見て、なんだか俺の頭は冴えている様だ。
時雨の進行方向から察するに、この曲がり角にくる。そして、ここは正面から死角。
よしっ、ここに隠れよう。
息を潜めて、物陰に身を隠す。ギシギシと軋んだ床が時雨の接近を教えてくれる。
音でタイミングを計り、絶好のチャンスを待つ。
ギシッギシ!
音が一番近くになった!
よしっ、このタイミングだ。意を決して俺は物陰から飛び出す。
「よぉ!時雨」
「うわぁぁあ!?」
「ゴフッ!!」
時雨の悲鳴が聞こえたと思ったら、俺は天井を見上げる形で宙に浮かんでいた。
どうやら驚いた時雨の拳が、アッパーの要領で俺の顎に直撃。
なんの対策もしてなかった俺は、艦娘の力もあって無様に宙に飛んだ様だ。え?なんで分かるのかって?
そりゃ、気を抜いたら意識を刈り取られそうになるぐらいの激痛が顎に走ってるからだよ。
「……て、提督!?」
時雨の驚いた声が聞こえる。
それと同時に俺の身体は、ドサリと落下し、メキメキと嫌な音を立てて抜けた床に無様にめり込んだ。
「…お、おう、俺だ。時雨、驚かせてすまない」
「…う、うん」
「すまないついでにお願いがあるんだけど」
「……な、なんでしょうか?」
ううむ、本格的に時雨を驚かしてしまった様だ。まだ、声に震えがある。
だが、すまんな時雨。俺も状況が状況なんだ。
「助けてくれ。腰が死ぬ」
上半身側の方が大きく壊れ、俺の腰の負担がやばい。
イナバウワーに近い形で腰が死ぬ。
「……わ、分かりました。えっと、その引きあげればいいんですか?」
「おう。頼む」
ぐいっと引っ張られる感覚とともに、景色が見慣れたものになる。
いやいや良かった。蜘蛛とにらめっこをし続けるとかいう状況にならなくて。
立ち上がり、軽く服についた汚れを払う。提督服が汚れるのはこれで何回目だろうか。
「ありがとう時雨」
「……はい」
いつもの様に感情のない声で返される……と思ってた。
今回はなんだか、恥ずかしそう?いや、俺に読心術は無理。でも、いつもと何か違う声ではあった。
「あ、そうだ。時雨、書類仕事を手伝ってくれるか?」
「……え?」
「俺一人じゃ処理できる量じゃなくてな。頼めるか?」
困惑した様な時雨に首を傾げながら尋ねる。
「……秘書艦……ううん、この人は違う……違うはず……」
小声で何か言ってる時雨。
ううむ、どうするか……あ、そうだ。
ポンっと時雨の肩に手を置く。
「時雨、捕まえた。今度は時雨が鬼な」
そう言って俺は走り出す。
「……え?…え?」
さっきとは違う困惑に襲われてる時雨。
ふはは、これが俺の秘策。鬼ごっこ作戦よ、提督室にさえ誘導してしまえば俺の勝ちだ。
「どうした時雨?鬼ごっこだ、鬼ごっこ。軽い運動と行こうぜ」
「…え、あ、はい」
こくんと頷いた時雨。
走り出す体勢に入ったのを見て、俺も走り出す。そのまま、道に迷いながら、時雨と近づ離れずの位置を維持したまま、提督室に入る。
提督室の入り口に張り付き、身を隠す。
そして、勢いよく時雨が入ってきたのを確認してから扉を閉める。
「…ッッ!?」
「よしっ、時雨。遊びはここまで。書類仕事だ」
怯えてる感じの時雨にダンボールに入ってた蜜柑を投げて、椅子に座り書類を分ける。
とりあえず面倒そうな書類は俺の方に。簡単な書類を時雨に渡して……
「……えっと、何もしないんですか?」
「え?だから書類仕事をするけど」
なんか微妙な空気が俺と時雨の間に流れる。
なんだろう、なんかすごい認識に差があったように感じるぞ。
固まった時雨を椅子と机がある場所に連れて行って、座らせ書類を置く。
「その書類を頼む。分からないことがあったら……無能の俺にも分からないかもしれないけど聞いてくれ」
こうして俺たちの書類仕事が始まった。
しばらくフリーズしてたが、動き出した時雨の書類仕事は見事なもので、俺が渡した書類を簡単に終わらせた。
俺も手が空かないので、書類の山から出来そうなのを持って行ってくれと頼んで、仕事を続けた。
「……」
会話はほとんどなく、事務的なやり取りしかしていない。
少し寂しいが、俺が怪我した時が珍しいだけで、よくよく思い出せば俺と時雨の関係はこんなもんだったな。
互いに必要な時だけ必要な会話をする。
しかも、話しかけるのは俺の方が多い。ううむ、時雨と仲良くなるにはどうすれば良いんだろうか。
「……提督、ハンコお願いします」
「了解」
時雨が持ってきた書類にハンコを押す。
あんまり目を通してないけど、時雨が不利益になることはしないだろう。この場所が大好きみたいだし。
ハンコを押して、元の場所に戻る時雨を見てある事を思い出す。
そう言えば言ってなかった。
「時雨。その服着てくれたんだな、俺の想像通りだ。似合ってる」
「……あ、ありがとうございます。提督」
持ってた書類で口元を隠す様にしながら、俺に礼を言う時雨。
それに笑顔で応えて、書類仕事を続ける。
そういや、時雨が持ってきた書類、やたら写真が貼り付けてあったけど、なんの書類だったんだろう。
全部、不要ってところに丸がされてたけど……まぁいいっか。
感想や評価を下さった皆様、大変ありがとうございます。
これからも、ゆっくりではありますが、書いていく所存です。
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