今から暫く…だいたい五年くらい前の事だ。
一体なにが起きた?
あの時、気がつけば俺は一人で何処とも知れない町に座り込んでいた。
家族は居ない。もうとっくの昔におっ死んでる。
自分の名前や年齢、今の状況の他に知ってる事はそれだけだった。
浮浪児だ。
この日本で今時浮浪児かよ、と苦笑する。
……おっと訂正。ここが日本だって事も知ってたみたいだ。
それから今まで、やれることは何でもやった。生きる為だった。
スリ、ひったくり、エトセトラ。なぜだか俺の体は常識はずれに高性能で、失敗する事は一度も無かった。いつからか、悪い事に慣れた頃には、もう俺も、立派なアウトローだった。
警察にも追われた。知らないうちに有名になっていたらしく、度々塒を変えなければならなかった。
奇妙な連中にも追われた。スーツを着ていたり、ローブを着ていたり、着物を着ていたり、あるいは私服だったり。色々とバリエーション豊かな奴らだ。こいつらは警察と違って不思議な力を使ったり、変なオーラを纏ったりして、逃げ切るのは簡単じゃなかった。
それでも、人殺しだけはしなかった。自分のルールというやつか、良心の呵責とやらか、それとも……
いや、ただ怖かっただけだ。自分自身を見つめる、ガラスに映った自分の眼が、日を追うごとに汚く濁って、淀んでいくのが、人を殺したら取り返しのつかない所まで行ってしまいそうで、たまらなく怖かったのだ。
そんな風に生きていた俺にも、転機が訪れた。
今から暫く…だいたい三年くらい前の事だった。
その日俺はとにかく腹が減っていて、だから、その時見つけた墓のお供え物の饅頭に手を伸ばしてしまったのもそのせいだったのだ。
いや、そもそも饅頭なんかお供えしたって鳥に突つかれるかいずれ腐って蝿が集るだけだ。だったら今俺が喰ってしまったって何の問題が有ると言うのだ。せいぜい不潔だって事くらいだろう。バチあたりだとかそういうのはともかく。
まあ、それはそれとして、ソイツに出会ったのはそのときだった。
饅頭に手が触れる。
饅頭に伸ばした手が重なる。
重なった俺の物ではない手を視線で辿ると、そこには俺と同じくらいの子供が居た。
フードを目深に被っていて、顔はよく見えない。
ぎゅるる、と空腹を訴えて俺の腹の虫が喚き出す。
きゅるる、と空腹を訴えてソイツの腹の虫が騒ぎ出す。
饅頭は、一つ。
結果的にいえば、負けたのが俺で、勝ったのはソイツだった。
完敗だった。
体の性能は互角だったが、ソイツはどうなのかはともかく、俺は今までロクにケンカをした事も無かった。
力が同じなら後は技量と気合の勝負になる。今まで文字通りすべてから逃げて来た俺には、そのどちらも致命的に欠けていた。
つまり、ヨワムシじゃあ勝てないって事だ。
ソイツは仰向けに倒れた俺を見て少し思案する様なそぶりをした後、何を考えたのか勝ち取った饅頭を二つに分けて——
——喰うかよ?
男勝りなその文句とは裏腹に、声は鈴が鳴る様なソプラノボイスで。
「……くそ。女に負けたのかよ」
それが、俺とソイツの付き合いの始まりだった。