図書館の中には時計等といったものが無いので分からなかったが、外ではもう夜らしく、それからしばらくして明日も学校があるという事で解散する事になった。
そもそもからしてこんな図書館での話し合い等、所詮は机上の空論なのだ。
そこでどれだけ突き詰めた所で前提が一つでも狂えば全てが瓦解する。
ゆえに、その“前提”、つまり情報に何よりも必要なのは
なら、現実性のある情報を手に入れるにはどうすれば良いか?
ーー
「それでは、今日の授業はこれでお終いです。みなさん、気をつけて帰って下さいね!」
今日も平和に授業を終える事が出来ました。
そういえばエヴァンジェリンさんは今日は風邪でお休みだって聞いたけど……吸血鬼で魔法使いの人が風邪で体調を崩すなんてあり得るのかな?
でも結界の効果で魔力が落ちているって事を考えれば……
とか考えていると、不意に教室の扉……黒板側の方が開きました。
何かのお知らせかな? とそっちに顔を向けると。
「お〜い! ネ〜ギく〜ん! エヴァん家行こうぜ〜っ!」
「え、ちょっ、ええぇ〜〜〜〜!?」
なぜか小太郎君が満面の笑みを浮かべて立っていました。
ーー
さて、個人についての真実味のある情報を手に入れるにはどうすればいいか? という問題だが、俺の結論はこうだ。
つまり、実際に会いに行けばいいんじゃね?
というわけで後日、というか翌日だが、ホームルームが終わり、放課後になったのを確認して教室に突入する。
まあ、女子校に入るのは少し恥ずかしかったが。
「ほらほら、今日は職員会議とか無いのは調べがついてるし、急ぎの仕事も無いんだろ? まあ、そもそも拒否権なんか無いんだけどな!」
「え、いやでもいきなりお邪魔するのはちょっと……」
なんだかモジモジと遠慮しようとしているネギだが、そんな逃げが通用すると思ってもらっては困る。
「かまいやしねえよ。向こうは体調不良で休んでるっていうし、お見舞いに行くって体で行けばなんの問題もない」
「で、でも流石にそれは……」
「ああもうこうなったら——」
いつまでたっても煮え切らない様子のネギにだんだん腹が立って来た。
こうなったら無理矢理に引っ張って連れて行くべきかと考えていると。
「ねえ、エヴァちゃんの所に行くんでしょ? 私も一緒にいってもいいかな」
明日菜が会話に入って来た。
「……関わるのか?」
「……えっ?」
正直に言って、俺としてはこの件に明日菜が関わるのには反対だ。
巻き込まれて、ネギを助ける為にエヴァンジェリンに蹴りを入れたというのは昨日聞いたが、それでもまだ明日菜は部外者という立場に立っていると思う。
「今ならまだこの世界に足を踏み入れず、見なかった事に出来るぜ? でも、ここで俺とネギと一緒にエヴァに会いに行くってのは……もう完全に俺達の世界に踏み込むっていう、お前自身の意思表示になるぞ」
つまり、いわばここが分水嶺、ポイント•オブ•ノーリターン。
ヤクザかマフィアにケンカを売る様なもの。
踏み越えてしまえばもう後戻りなんか出来っこないんだ。
だが。
「……うん、そうね」
「へえ?」
返って来た返事はまさかの肯定。
まだ決定したわけではないが、最悪殺し合いに発展する可能性もあるのに……まあ、いい度胸してやがる。
「関わるし踏み込むわよ、その……アンタたちの世界ってのにさ。だいたいあたしはネギが来た初日から魔法を見せつけられてるのよ? それを言うならもうとっくに巻き込まれてるっての。……それに、ここに来ていまさら逃げ出すなんてカッコ悪いじゃない」
「アスナさん……」
「いいぜ、よく言った。……まだ教室にクラスメイトが沢山残ってるってのに」
「「……あ」」
ちょっと不安も残るが……これだけの啖呵吐かれちゃあ、こっちも応えないワケにはいかないな。
「えーと……クラス名簿によるとエヴァンジェリンさんの家は……」
自然溢れる風景。
おだやかな小川に沿って敷かれた細い道。
可愛らしい小鳥のさえずりが心を洗う様だ。
現在、俺、ネギ、明日菜の三人はエヴァンジェリンの家に向かって歩いていた。
「ねえ、小太郎? ところでさ」
「ん?」
歩いていると、明日菜が恐る恐るといった様子で話しかけてくる。
まあ、何を聞きたいのかはなんとなく分かるが。
きっと、教室での事だろう。
「教室での事なら心配要らねえよ」
「教室での事なん……え、そうなの?」
「ああ。教室に入ると同時に認識阻害を発動したからな、おまえが何言ったって学友には意識にも入らないさ」
ちなみにあの時の認識阻害の条件は「魔法関係者でない者」。
故にカエデなどといった関係者には普通に悟られてしまうんだが……気付ける様な奴には逆に知られたって構わないから問題は無いだろう。
しかし……気付いた奴を数えてみたら九人も居た。明日菜と吸血鬼とロボを抜いてこの人数だってことは合計したらあのクラスの三分の一以上が関係者って事になる。
……いくら何でも多すぎやしないかね?
「そう言えば、ウチのクラスなら小太郎みたいなのがあんな風に入って来たらみんなして集まってくるに決まってんのに、全然注目されなかったわね……」
「そういうことだ。おまえのクラスの気質は知らんけどな」
「……あっ、見えましたよ。たぶんアレです!」
そう言って前に指を向けるネギ。
その方向を見ると確かに一軒の家、二階建てのログハウスが建っていた。
「桜ヶ丘4丁目29……うん、間違いない。ここがエヴァンジェリンさんの家です」
「ほ〜お? ログハウスねえ……なんだよ、紅くねえな」
「けっこういい家じゃない。吸血鬼って言うからにはもっと、それっぽい所に住んでるって思ってたけど」
「ちょっとウェールズの故郷の村を思い出します……っと、そんなことより」
即席品評会はその辺にして。
「副担任のネギですけど、家庭訪問に来ましたー」
カランコロン、と扉の前の備え付けのベルを鳴らしてみるが、しばらく待っても誰も応対にこない。
「……おかしいな。たしかアダム先生が看病してるって……アレ? 開いてる」
「ん? アダム先生?」
「うん。ぼくのクラスの担任で、魔法先生なん…わわっ!? 中は結構ファンシーだ!」
ネギが扉を開くと、そこには別世界が広がっていた。
辺り一面にビスクドールやらぬいぐるみやらがセットされており、そのどれもがあまり人形に詳しくない俺でも良いものだと分かる様な逸品だ。
だがあまりに数が多いので圧倒されるというか、少し怖くなるというか……何となく人形特有の、無機質な負の一面を感じる。
そしてアダム先生って誰だ。
「結構っていうかすごいファンシーよね。ますます吸血鬼っぽくない……」
「いやまあ、こんだけ人形が散乱してるとファンシーっつーか逆にシュールっつーかちょっと狂気っつーか……」
どこからかケケケケケ、とかそんな感じの声が聞こえてきそうだ。
というか実際にどこからか本当に聞こえる。
と、そのとき。
「——ネギ先生ですか」
奥にある階段からいつかのロボっ娘がお盆を持って姿を現した。
——なぜかメイド服で。
「やはりそういうシュミか……?」
「小太郎さんにアスナさんまで。マスターに何か御用でしょうか」
「あ、いや、私はとくに用があるわけじゃないんだけど……」
「まあとりあえずアンタんとこの大将呼んでくんねえか? 色々あるから直接話した方が手っ取り早いんだわ」
明日菜を押しのけて俺が話す。
一連の騒動の主役はネギとエヴァンジェリンだが、今こうして家に押し掛けているのは俺が発端だから。
この場に限っては俺が一番の主役なのだ。
ロボっ娘は俺の言葉にしばし逡巡し。
「マスターは病気で寝込ん——」
「いいや、起きているぞ」
言葉を遮られてエヴァンジェリン自身が出陣する。
「ふん、仲間を揃えたか。賢明な判断だと言っておこ——」
「お〜お〜、カッコつけちゃってまあ。これで会うのは二回目だな。どうだ? この前から目はショボショボさせてるか?」
階段に備え付けられた木製の手すりに腰掛けていかにもカッコつけてるエヴァンジェリンだが、いかんせん顔が赤い。息が荒い。微妙にふらついてるし、具合の悪さも完全に極まっている感じだ。
正直言って、さっさと寝た方がいいと思う。
「ふ、ふん、あんな事この私の眠りが妨げられるなど——」
「ちなみにマスターはあれからしばらく辞典などを大量に読み漁っていました」
「余計なことを言うんじゃないこのボケロボ!」
「そういえばこのまえエヴァンジェリンさんの席にすごい量の辞書が乗ってた様な……?」
「メチャクチャ気にしてんじゃねーか」
なんか気の毒になって来た。
「で、用件だったな。俺はお前がヤンデレこじらせて襲ってきて手に負えないから助けてくれってネギから頼まれてよ。生徒と教師の禁断の関係について一言物申しに来たってワケだ」
「誰がヤンデレだ!?」
「き、禁断の……」
「まあなぜか顔紅くしてる明日菜は置いといてだ」
「紅くなんかなってないわよ!?」
「鏡見てから言えよ。……とにかく、お前らがウジウジやってんの見ててウザイからよ。一回でスッパリ決着つけようぜって事だ」
つまりは決闘の申し出だ。一対一での戦いではないから正確には違うかも知れないが。
「ふん、いいだろう。……そちらはその三人か?」
「おいおい。まさか二対三で不公平だとか言わないよな? お前だって昔は人形使いとしてさんざん数の暴力やってきたんだろうがよ。……まあ、俺はそのつもりだけどよ、あいにくこっちの大将は俺じゃなくてネギだ」
「ぼ……僕?」
「おうよ。俺の仕事はあくまでもお前の手助けだ。ここまで勝手に進めてきちまったが、今提案した決闘だってお前が頷かないならキャンセルだ。……どうする?」
あくまでも、決定権はネギにあると。
道案内は立てたが、従うかどうかはお前が決めろと。
「ここが分かれ道だぜ。いきなりだが、今決めな」
「……わかった。戦うよ」
「いいぜ、上等だ。……で、いきなり蚊帳の外にして悪かったな、エヴァンジェリン」
「いいや、構わないさ。それで、日時についてだが……これについては私が決めさせてもらう。決闘を受けてやるんだ、文句は無いな?」
「どうよ、ネギ?」
「……ありません」
「だってよ」
何となくだが、ネギの顔が変わった気がする。
逃げられないという恐怖からか、戦うという決意からか。
「では、明日の夜八時丁度からとしよう」
「明日? またずいぶんと急だな。満月を待たなくて良いのかよ?」
「あまり時間をかけるとそこのぼうやが怖くなってしまうだろう? 負けた時の往生際が悪いとガッカリしてしまうからな」
「ま、負けませんよ!」
「……で、さっきから妙におとなしくなっている神楽坂明日菜。まさかとは思うが……貴様、今から怖じ気づいたんじゃないだろうな?」
なぜ貴様がここに居る。場違いだ——。
あるいはそう、目で語る。
もともとは部外者であったため、実際に口に出されても文句は言えないのだが。
「まあ、いい。お前には以前の借りがあるからな。——後悔させてやる」
「っ…………!」
瞬間的に殺気を当てて威圧する。
魔力を封じられ、現状ただの小娘と何ら変わりないエヴァンジェリンだが、それでも600の年月を重ねた埒外の戦鬼だ。その精神は“戦いを行うもの”として極まっている。
まさしく、今の明日菜の心境は「蛇に睨まれた蛙」といった様相だろう。
しかし。
「誰が負けるもんですか」
「……ほう?」
今の明日菜には覚悟がある。
実際にはただの空元気かも知れない。
現実の見えていない小娘のちっぽけな蛮勇かも知れない。
隣に味方が居るという安心感から来る、危機感の欠如かも知れない。
「吼えたな。——何の力もないくせに」
——それでも。
「そんなことない。私だって戦える、この前だってネギを助けられたんだから!」
立ち向かえるなら、それは強さだ。
「……チッ」
エヴァンジェリンが舌打ちする。
脳裏に蘇るのは満月の夜。
ネギの血を吸おうとした刹那、明日菜に蹴り飛ばされた記憶。
いかに魔力を封じられたとはいえ、微弱ながら障壁を張るだけの力は残っており、もちろん自分はあの時障壁を張っていた。
魔法使いの生命線とも言える障壁は、軽自動車と同レベルの速度をだす明日菜の健脚といえども、いまだ気にも魔力にも目覚めていない者の蹴りではたとえ微弱な物であっても破る事は出来ないはずなのだ。
何らかの特異体質という可能性、そもそも無関係ではないという可能性。
「……まあいい。明日には分かる事だ」
力も、覚悟も。
実際に確かめれば良い。
「さて、用件はそれだけか? ならもう帰れ。これでも病人だからな」
学校を休み、その間ベッドに潜り込んでいたおかげで具合は大分良くなっているエヴァンジェリンだが、もちろんまだ万全ではない。
なので、明日に備えてもう眠ろうと、帰宅を促すエヴァンジェリンだが。
「ああ、ちょい待った」
「何だ。まだ何かあるのか?」
「いや、俺等は一応お見舞いって名目で来ててよ。はいこれ。つまんないもんだけどよ」
お決まりの文句と一緒に見舞いの品を渡す。
「そうだったのか? というか多いな、どこに持っていたんだ……」
「魔法って便利だよな。スイカとミカンと、あと桃缶と……トイレットペーパーだ」
「おい」
「なんだよ?」
品名を読み上げていく俺を呼び止めるエヴァンジェリン。
「そのラインナップの中で何で便所紙が入るんだ!」
「いや、変に捻ったものよりは普通に日用品渡す方がいいかと思ってさ」
「ならせめてフルーツで統一しろ!」
どうもお気に召さなかったみたいだ。
「ティッシュペーパーの方が良かったか……?」
「ど、どうしよう僕何も持ってきてない……あの、今ポケットティッシュしかないけど大丈夫かな……?」
「紙から離れろ!」
一気にバカバカしくなるその場の空気。
やはりシリアスなのは性に合わないからな。定期的にバカを挟まないと息が詰まる。
「まあ、俺はこれで終わりだけどよ、アスナにネギはどうだ? 何もないならもう帰ろうぜ」
「あ、私は特にないかな」
「僕は、えーっと……その、ちゃんと、授業に出て下さいね!」
「ああ分かった分かった。とっとと帰れ」
本当ですよ!? と念を押すネギを引っ張り、その日はそのまま帰る事になったのであった。
——
その後、帰路につく俺達だが、何かもやもやしたものを感じていた。
「……ねえ」
「……ああ」
「……うん」
いや、何に感じているのかは分かっているのだ。
ただ、タイミングが掴めない。
完全に機を逃してしまっていて、後になればなるほど、それは取り戻すのが難しくなっていく。
だがいつまでもこのままではいられない。
なにせ決闘は明日なのだから。
ゆえに意を決して、口に出す事にする。
「「「どこで戦うのか、決めてない……」」」
今から戻るの、すごいキツい。
地の文とか勘弁してくれよ……(泣)
ついついセリフだけで進めようとしちゃいます。
お気に入り登録をしてくれる方がそれとなく増えて、嬉しい限りです。
名前だけ出てきた「アダム先生」とはいったい……?
同日、凄まじい書き忘れを発見。修正しました。