すぐに霧島が鎮守府と通信をとり、米艦を伴って直ちに帰港するという長門の処置は事後承認された。霧島は不思議がっている様子だったが、長門には分かるような気がした。前例があるからな。
幸い会敵することもなく米艦が脱落することもなく航海を乗り切り、鎮守府の海域内まで来た時、出迎えの艦娘が出てきた。好奇心を丸出しにしている者もいるし、腰が引けている者もいた。しかし米艦の姿をみると皆積極的に手を貸し始めた。
霧島が不思議そうに首を傾げた。
「正直、もっと消極的になるかと思ったけれど」
「まあ、慣れたのだろうな」
「慣れた?」
咄嗟に聞き返した霧島に、長門は説明した。
「プリンス・オブ・ウェールズを名乗る艦娘は詳細な調査のため、この鎮守府に向かったという報告を受けていた。多分私たちの出航の直後に到着したのではないか」
「・・・・・・確かに、この間聞いた時、あれが公式情報の『全て』だとは言わなかったものね」
霧島はそう言って、「ずるい人」と上目遣いに長門をにらんだ。長門としては特に隠すつもりもなく、ただ告げる機会を逃してしまっただけなのだが、「すまん」とだけ応じた。
陸に上がった長門たちを一人の艦娘が出迎えた。
「お疲れ様でした、長門さん」
「ただいま、大淀。我々は会敵せずに戻ってきたから損害はない。米艦たちを入渠させてやってくれ」
「わかりました。遠征部隊の皆さんはとりあえずお休みください。あとはこちらで引き受けます」
大淀はてきぱきと指示を出し始め、鎮守府内がよどむことなく動いていく。
執務室で提督に報告しねぎらわれた後、長門と霧島は食堂に向かった。他の艦娘はすでに解散している。入室した長門たちを見て、厨房近くの座席に座っていた艦娘たちのうち、1人が立ち上がった。金髪碧眼で均整の取れた肢体をしてる。見たことは無いが、おそらくは。
「ここにいれば会えると大淀から聞いたのでね、新しい友人たちともにお待ちしていた。初めてお目にかかる、私がプリンス・オブ・ウェールズだ。たいていの人は私をPOWと呼ぶ」
「初めまして、POW。長門だ、よろしく頼む。私の方は略す必要はないかな」
「お望みならミズNとでも呼ばせてもらうがね。まあ、それはおいおい検討することにしよう」
「初めまして、POW。霧島と申します」
史実のPOWは金剛型では太刀打ちできないと恐れられた艦である。緊張を隠せない霧島に、POWは笑いかけた。
「コンゴウの妹と聞いている。ならば私とは親戚のようなものだ。よろしく、キリシマ」
ほっとしたように霧島は笑顔になった。緊張が解けたのだろう。椅子に座りながら、霧島が尋ねた。
「姉様もこちらにいらっしゃれば良かったのですけれど。こちらの居心地はいかがですか?」
「実に良い。なにしろ食事が美味だ。食事を娯楽として認識するローマ貴族の気持ちが初めて分かったよ。君たちの料理も今鳳翔殿に作ってもらっている。遠征から帰ってきたばかりだ、さぞ空腹だろう」
同席しているのは3人の他に大和、翔鶴、赤城、妙高、神通だ。ご相伴にあずかろうというのだろうか。いや、翔鶴や神通がいるのならば、それだけの話ではないだろう。
食事を待つ間の雑談はPOWたちがやってきたときの話になった。
「最初はやっぱりみんな様子見だったんですよ」
翔鶴が笑って語るのを、大和が引き継ぐ。
「暁ちゃんなんかヴァンパイアって名前を聞いて逃げだしちゃって、電ちゃんたちが探しにいったんです」
「みな明らかに怖がるか、警戒していたからな。正直嬉しかったぞ」
POWは莞爾と笑って続けた。
「マレー沖ではなにも出来なかったからな、侮られるのではないかと心配していたのだ。あれだけ警戒してもらえれば、現存艦隊主義の観点からみても戦艦冥利に尽きる」
矜持の高さとそれでいて飾らない態度をみて、この人がPOWであることに何ら疑問も長門は抱かなかった。それでも一応確認しておく必要がある。
「それで、POW、その、POWであることは認めてもらえたのか?」
言い方が難しい。貴女が貴女であることを証明せよ。一体どうしろというのか。
「うむ。本艦に関する詳細な記憶を尋ねられた。本国とも連絡を取って確認したらしいな。また、艤装なども貴国のものと色々比較されてな。最終的にPOWであることを否定できないという結論に至ったそうだ」
かすかに胸を張る。
「であれば、私がプリンス・オブ・ウェールズを名乗ることに何の支障もない。私が何者であるかは私が一番知っていることだからな。こちらの提督も艦籍を登録してくれたよ」
「それはよかった」
心から長門は言った。
艦籍が登録されるまでに若干の時間はかかったものの、鎮守府にはあっという間に馴染んでいたらしい。
「とにかくよく召し上がるんですよ。本当にすばらしい」
赤城がそう褒めるからには相当なのだろう。食事は全てべた褒めで、おかわりすらする。少しずつではあったが好奇心に負けた艦娘が寄ってきたらしい。その気持ちも長門には分かるような気がした。高貴だが気取らない。女学生が宝塚にあこがれるようなものだろうか。それはともかく、また食費のためにその他の予算が削られなければ良いのだが。
「皆様、お姉様、お待たせしました」
そのとき1人の少女が料理を運んできた。トレイに乗せただけではなく、本職のウェイトレスのように曲芸じみた手腕で皿を運んでくる。その後ろには鳳翔が、やや常識的な数の皿を運んでくる。2人でてきぱきと配膳を終えた後、少女は長門に向かってスカートの裾をつまんで、軽く膝を曲げた。
「長門様、霧島様、初めてお目にかかります。ヴァンパイアと申します。爾後どうかお見知りおきを」
「長門だ。よろしく」
「霧島です。よろしくお願いします」
「彼女は世話になっているのだ。私からもよろしく頼む」
POWからも口添えがあった。気遣いを忘れることはないのだな、と長門は感じた。
その後は鳳翔、ヴァンパイアも交えての食事会-半ば酒盛り-となった。酒が足りない、と誰かが言い出すとPOWが立ち上がった。
「鳳翔殿、上の方の棚にあるウイスキーを頂戴してもよいかな。あれは良いものだと思う」
「もちろんです。でも少し残しておいてくださいね、那智さんが拗ねますから」
「なに、後の楽しみがなくなるからな、一本だけだ」
POWが酒庫へ行っている間に、鳳翔はミネラルウォーターと炭酸水、それに余分のグラスを用意した。長門や、主に赤城たちはそれらを置くためのスペースを作るべく、皿をきれいにすることに専念する。程なくしてドアが開き、POEが入ってきた。
「諸君、秘書艦が入室される」
総員が酒杯や食器を置いて立ち上がる。脇に退いたPOWに会釈をして、大淀が姿を見せる。
「お疲れ様です。皆さんお酒が入っているのに、お仕事モードですか」
「酒は淑女の嗜みであろう。当直中かどうかなど関係ない」
「戦争が終わった後、日本ではその習慣は廃れてしまいましたけどね」
「何と愚劣なことをしたものだ!」POWが大げさに嘆く。
「皆さん、おかけください」
大淀が皆に声をかけ、私にも一杯と鳳翔に頼む。
鳳翔がウイスキー-スキャパの24年物だった-を注ぐ間に、大淀が口を開く。
「こうしてお待ちいただいたということは、今日の件の報告をしろということですね」
誰も返答はしない。大淀も含めてわかりきったことだからだ。
「とりあえず、高速修復材も使って入渠しながら事情聴取を進めました。POWの時のように厳密な検査はまだしておりませんが、提督はとりあえず彼女たちをアメリカ艦の艦娘と認定する意向です」
「深海棲艦の密偵という可能性はありませんか?」
神通が確認する。
「彼女たちとは意思疎通が完全に可能です。密偵として使えるなら、もっと初期に投入していた方が効果的だし、そもそも交渉も可能だったろう、というのが提督のお考えです。そして、潜入するならわざわざ米艦の真似というリスクを冒さなくても、まだ確認されていない日本の艦娘を名乗るほうが早いとも」
「彼女たちの艦名は確認できたのですか?」
霧島が問う。自己紹介付きで名指しで指名されたのだ。気になるだろう。
「艦歴や艤装について明石さんや夕張さん、それに妖精さんたちにも協力してもらって確認中です。しかし本人たちが名乗った名前については次の通りです」
酒盛りの雰囲気はいつの間にか胡散霧消している。誰もがぴりぴりとした雰囲気を張り詰めさせせている。
「戦艦ワシントン、サウスダコタ、ミズーリ。空母エンタープライズ。軽巡フェニックス。駆逐艦ハル、エドサル。以上7隻です」
それぞれの口から、それぞれの慨嘆が漏れる。ワシントンやエンタープライズ、エドサルなどは因縁のある艦娘も多い。
「あまりバランスの取れた陣容とはいえないですね」
赤城が首を傾げる。確かに水上戦にしても航空戦にしてもどっちつかずの印象はぬぐえない。
「分かるような気がする」
POWに全員の視線が集中した。POWは誰とも視線が合わないような方向に顔を向けたまま、言葉を続けた。
「我らも貴艦らと出会うまでに幾日か要した。その間何度も深海棲艦共と遭遇した。艤装はぼろぼろになり、燃料も尽きかけていた」
誰も声を挟まない。
「我らが生き残ったのは、率直に言って我ら自身の力ではない。早期に貴艦らと合流できたからだ」
戦艦ならば例え深海棲艦の野良艦隊と出会ってもその火力で追い払えるかもしれない。艦載機の多い空母ならばいくら撃ち落とされても偵察を繰り出し続け、会敵を避け得るかもしれない。では、どちらも出来ない艦種はどうなるのか。これだけ軽巡や駆逐艦が多いのはむしろ奇跡ではないのか。
「もしどうにか敵から逃れても、燃料がつきたら・・・」
赤城が口を開いた。
「万策尽きた、というやつだ。結局は深海棲艦に追いつかれて、沈むのを待つしかない」
艦娘が一度に複数ドロップするなど聞いたことがない。たった1人で必死に逃げてきた艦娘同士が偶然出会い、少しずつ大きくなっていった結果があの集団-艦隊とは呼べまい-だったのか。長門が口を開けないままでいると、妙高が控えめがちに口を開いた。
「では、あの艦娘たちの影で、沈んだ艦が無数にいるということになりますね」
再び生を受けながら、何も出来ないまま更なる無念を残しまた沈んでいく。艦娘にとって耐えがたいことだ。そんな経験をした艦がそれこそ何十、何百といたのか。まるで先の大戦の我々、いや、私自身ではないか。知らず、長門はウイスキーに手を伸ばした。それを躱すように鳳翔の手が伸びる。
「駄目ですよ、長門さん。そんなに乱暴にしてはお酒をこぼしてしまいます」
穏やかな笑顔で酒をつぐ鳳翔に、長門は頭を下げ、そのままショットグラスを口に付けた。心を見透かされたようで鳳翔の目を見られなかったと言ってもよい。
暫く沈黙が続いた後、大淀は口を開いた。
「提督は、とにかく米艦と親睦を結べと仰っておられます。費用は軍令部の経費で落とすから宴会でもやれ、と」
「宴会ですか!?」「それは素晴らしいアイデアです」
直前までとは打って変わって目を輝かせる赤城と大和に、大淀は苦笑未満の表情をしながら告げた。
「赤城さん、大和さんは腹2分目に抑えろとの、提督からの伝言です」
「そんな!!」「食べた量をいちいち計算しながら親睦を深めろと仰るのですか!?」
「もし2度以上反論するようなら、はなから参加させるなということですが」
「「分かりました」」
このあたりの判断は非常に早い。
「大丈夫かな」
POWの呟きに全員が反応した。視線が彼女に集まる。
「正直、貴国と我が国の海軍は元々強いつながりがあるし、海戦だけで言えば我々は大戦ではやられっぱなしだったと言ってよい。我々に隔意を感じる艦娘がいないのは、残念と言えば残念だが、まあ妥当な話だ。しかし米軍には相当辛酸を舐めただろう?抵抗を感じるものたちがいなければよいのだが」
「そのための親睦会でしょう」
神通が応じたが、POWの懸念に同じているのは表情から明らかだった。
とりあえず「親睦会」は米艦が全て回復してから、と定まった。不安の残したまま新たな朝を迎えた。翌日には提督より鎮守府内に公式の説明があり、英艦および米艦の存在が正式に認められた。同時に哨戒・遠征中の艦を除き、全艦親睦会に参加するよう通達がなされた。