親睦会は鎮守府の大食堂で行われた。
まず艦娘にも馴染みのあるPOW、ヴァンパイアの挨拶から始まり、米艦娘が紹介された。
すでに顔も名前も知られた英艦に比べ米艦たちへの拍手が小さく聞こえたのは、長門の不安から来る幻聴だっただろうか。簡単な大淀のスピーチの後立食のパーティとなり、鳳翔や間宮、その他腕自慢の艦娘の調理した料理が並べられた。米艦娘は入港以来、ほとんどの自艦を入渠して過ごしていたので、長門を初めとして、殆どの艦娘は初対面となる。空母や戦艦は積極的に米艦娘に話しかけている者が多いが、駆逐艦などは遠巻きに見ている者も多い。彼女らをみて、長門は他人に分からないよう、ため息をついた。
「ハイ」
後ろから話かけられ、長門は振り返った。金髪の朗らかな艦娘がショットグラスを片手に笑っていた。まるでハリウッド女優のような存在感がある。
「ナガトね?エンタープライズよ。よろしく」
長門にも見覚えがあった。飛行甲板のど真ん中に大穴を開けて、かろうじて立っていた艦娘だ。彼女は積極的に握手を求めてきた。
「あのときは自己紹介はおろか、お礼もできなかったわね。改めてあのときはありがとう、ナガト」
手を握り返しながら、長門は答えた。
「たいしたことはしていない。傷はもう癒えたか」
「ええ、パーフェクトよ!あのバケツすごいわね。中身何なの?」
長門は言葉を濁した。正直よく知らない。自分たちにとっては当たり前の資材だが、回復する余裕すらなく、ひたすら深海棲艦から逃げてきたエンタープライズたちにとっては、驚きの技術なのだろう。もしかしたら、あのバケツがあったら助かった艦娘がいたのかもしれない。が、それはこの場で聞くべきことではないと長門は思った。
「どうだろう、米艦の皆も知人はできただろうか。」
「ええ、みんなそれなりにね。キリシマがワシントンともサウスダコタとも意気投合してたわよ。ショーチュー?とバーボンを交換してたけど」
霧島は知的なイメージが強いが、その一方で戦艦組トップクラスの武闘派でもある。戦闘不能になるまで殴りあったことで逆に相手を認めていたのだろう。しかし霧島はともかく、米艦の二人はどこでバーボンを手に入れたのか。そもそも瓶は何処に持っていたのだろう。折れ曲がって役に立たなくなった主砲にでも入れたのだろうか。
「それは何よりだ。あの三人が仲良くなれるのなら、安心だろう」
「どっちかっていうと、ワシントンとサウスダコタがね」
エンタープライズの溜息交じりの言葉に、長門は首を傾げた。
「話には聞いているが、やはり仲が悪いのか」
「戦艦の矜持にかかわってくることだから、あんなことがあれば当たり前っちゃ当たり前なんだけどね。でもテキサス生まれとニューイングランド生まれを二人きりにさせたって、あそこまで仲悪くならないわよ。逃げてたときはそんな余裕ないから喧嘩もなかったけれど」
霧島との砲撃戦の結果、ワシントンが逃げたという噂を流され、両艦の乗組員が非常に険悪な関係に陥ったことは歴史的事実として長門も知っている。二人の話になったせいか、長門の耳にサウスダコタの声が入ってきた。手足の長い、スレンダーな体型の赤毛のサウスダコタと、グラマーなブルネットのワシントンがにらみ合っている。
「えらそうに、あんたD.C.にでもなったつもり!?ど田舎の似非ワシントンが!」
「なんだと!シアトルを知らんのか!?州を挙げても民家を片手で数えられるような
「
酒が入っているからか、言葉の行き違いまで生じているようだ。額と額を突きを合わせるようなにらみ合いに、偶々近くにいた龍驤が割って入った。
「あかんて、美味しい料理だってあるんだから、落ち着き!」
サウスダコタはにらむ相手を龍驤に替えた。身長差があるのでサウスダコタが龍驤を見下ろす形になるが、視線をさらに落とす。やおらサウスダコタはぺたぺたと龍驤の胸をさわりはじめた
「な、なにするんや! あれか、エスなんか!?」
龍驤が慌てて飛び退く。同僚同士の喧嘩と言い、サウスダコタは酔っているのだと長門は結論づけた。そうに決まっている。そうであってほしい。お願いだからそうであってくれ。
「そうよね、あなたならあたしの気持ち分かってくれるわよね!」
サウスダコタは龍驤を引き寄せ思い切り抱きしめた。龍驤が蛙のつぶれたような声を出したが意に介せず、そのまま愚痴をぶつける。龍驤に圧壊の危険がないのを確認してから、長門はワシントンに目で合図した。龍驤にとっては不本意かもしれないが、サウスダコタは彼女に任せておいてよかろう。ワシントンが傍にやってくる。
「恥ずかしいところを見せてしまった。その、貴艦の鎮守府で申し訳ない」
「二人の関係については色々と聞いている。鎮守府内で砲撃戦はしないでもらえれば有難い」
長門の下手な冗談を、ワシントンはきちんと受け止めたようだった。
「大丈夫だ、約束する。やるにしてもきちんとお互いにあてるよ」
「いいこと、ワシントン。長門がこれで済ませてくれたから良いけれど、本来だったら営倉ものよ。星条旗を汚さぬよう気をつけてよね」
「肝に銘じる、ビッグE」
腰に手を当てていいつのるエンタープライズに、ワシントンが改めて謝罪した。やはりこの艦娘は米艦隊の中でも特異な位置を占めているらしい。
「同じ艦隊の中でもいろいろあるものだな」
「あら、聯合艦隊の中にはないの?」
エンタープライズの反問に、長門は返答に迷った。
「いや、ないわけではないが」
「答えにくいことを聞いてしまってごめんなさい。ところでナガトは私たちの他の艦とは話はした?」
「ハル殿とは話した」
さらりと話題を変えたエンタープライズ-流石にビッグEと言われるだけある、船体だけでなく度量も大きい-に内心感謝しながら、長門は答えた。
「明るくて楽しい艆だな」
「それがハルの良いところなのだが、どうにもお調子者でな」
「おまけに適当でね。そそっかしいったらありゃしない」」
確かにハルは明るくて楽しい艦娘だが、おしゃべりに夢中になってグラスを倒してしまうような艦娘だった。しかし長門が気になったのは、彼女に話しかける駆逐艦の艦娘が少なかったことだった。
「われわれはこうして交歓しているが、駆逐艦同士はどうなのだろうか」
ビッグEとワシントンの表情を見て、長門は自らの懸念を2人が共有していることを確認した。
「うん、ちょっとね」
「アカギ殿やヤマト殿は話しかけてくれていたのだが、駆逐艦娘で話しかけてくれていたのは数が少ないようだった」
ワシントンの言葉はずっと駆逐艦娘を気にしていたと打ち明けるような物だった。でなければいちいち確認していまい。複雑な感情が戦艦や空母にないとは言わないが、護衛すべき大型艦を沈められてしまい、あるいは自身も為す術もなく沈められた駆逐艦にはより重いしこりがのこっていることは想像に難くない。
ふと長門が周りを見ると、サウスダコタはまだ龍驤にほおずりをしながらしきりに話しかけており、ハルも深雪や陸奥と盛り上がっているようだった。ハルたちはどうも、戦闘に参加できなかった不幸自慢合戦をしているらしい。エドサルはというと、神通や利根となにやら話し込んでいる。身振り手振りから察するに、砲雷撃戦における回避行動についてそれぞれの意見を戦わせているらしい。
「うまくやっていそうな艦娘も多いのだがな」
「私たちだけこうやって不安になってるのが、理不尽に思えるわね」
ビッグEの言葉に、長門は全面的に賛同したくなった。
親睦会は、日米の艦娘が交流するという目的からみれば、大成功と言って良かった。しかし、最後まで米艦に話しかけなかった艦娘たちがいたことも、長門は見逃さなかった。