数日後、長門や各艦種の代表者たちが提督執務室に招集された。提督は三十半ばに達しているだろうか、少壮といってよい年齢である。余計な干渉はせず、艦娘のことは艦娘に任せてくれている、長門や大淀たちにとってはやりやすい提督である。
「米艦との関係はどうか」
「良好です。先日の懇親会がよいきっかけとなったようです。霧島は焼酎とバーボンを交換したとか」
いささか諧謔も込めて長門は返答した。くすくす笑いのでる中、霧島が慌てたようにこちらをみるが、知らぬ顔の半兵衛を決め込んだ。
「なんだ、あっさり霧島に渡しちまったのか。あれは俺の秘蔵の一本だったんだぞ」
逃避行へのねぎらいの意味も込めて、提督の私物の中から渡したのだという。お前が持っているんだったら俺にも飲ませろ、それが那智と空けてしまって、というやり取りがあったあと、霧島は長門も引っかかった点について確認した。
「提督がお渡しになったのは一本だけですか」
「そうだ。酒など米国から輸入する余裕もなくなってしまったころだったな。酒屋を駆け回ってようやく手に入れた代物だ。一本しかなかったんだからな、ケチと言うなよ」
「私はワシントンとサウスダコタから、一本ずつ頂いたのですが」
「一本ずつ?」
怪訝な顔をした提督は、かすかに苦しそうな表情を浮かべた。
「確かにサウスダコタは一本持っていたな。ぼろぼろの瓶だったろう」
鎮守府に入港した米艦娘は、埠頭まで出向いた提督と会見を行った。疲労の極致であることを考慮して短時間で済ませたが、サウスダコタなどは既に艤装を付けたまま行動する力さえ残っていなかった。やむを得ずその場で艤装を外したのだが、その際に主砲に大事な物が入っているので、気をつけるように懇願された。折れ曲がった砲身にねじ込まれていたのが、ぼろ布に包まれたバーボンの瓶だった。
「彼女が1人で逃げていた頃、一隻の漁船に出会ったらしい」
若干ではあるが、危険を冒して漁業を続けるものもいるにはいる。その一員であった漁船は彼女を助けようとしたが、艤装が邪魔になり船上に引き上げられず、またサウスダコタも自分を追跡してくる深海棲艦の攻撃に漁船が巻き込まれることを恐れ、救助を断った。他者を守る力もその時点で残っていなかった彼女は、むしろ自らを囮にして漁船を助けようとしたのだという。別れの際に激励にもらったのが、
「そのバーボンだった・・・・・・?」
「らしい。そのあたりでサウスダコタが意識を失ってしまってな。ワシントンがドックに連れて行った。彼女だって限界を超えていただろうに、大淀や夕張の助けを断って1人で抱え上げてな」
「漁船については、その後はわからないのですか」
「日本近海や日本船籍ならともかく米国の漁船が米国の近傍で操業していたのなら、把握する術はない。ただ、米国船が米国と思われる艦娘を発見したのならまず報告するだろうし、当然その報告はこちらにも届けられるはずだ」
無線を使うことによって深海棲艦に気づかれることを恐れて報告をせず、かつ漁に熱中してまだ寄港していないという可能性もある。しかしやはり沈められてしまった可能性が高いだろう。バーボンはいわば形見だ。
「そんな大事な物を」
霧島の呟きに、提督が答えた。
「大事な物、一番大事な物だったからだろう。感謝を示すのにそれ以外なかったのだ」
ぼろぼろになり逃げ続けていたところを助けられ、不思議な技術で修復までしてもらった。今度こそ深海棲艦と戦える。見知った仲と言える霧島を艦娘の代表として、できうる限り感謝を形でしめそうとしたのだろう。
しばしの沈黙の後、大淀が咳払いした。
「それで皆さんをお呼びした件ですが」
「ああ、そうだった」
気を取り直して、提督はバーボンの追加を頼むような気軽さで告げた。
「近日中にハワイ諸島の救出作戦が発令される。日米英の聯合艦隊に、だ」
発言を理解できなかったというよりは、何から尋ねれば良いか分からない間に、提督が言葉を継いだ。
「布哇の置かれた状況は理解できているな」
「それは、ある程度は」
深海棲艦が出現したのとほぼ同時期に艦娘が少数ながらも出現し始めた日本とは違い、大部分の世界はその海を深海棲艦に蹂躙されるに任せたままだった。超大国アメリカ合衆国も例外ではない。サン・ディエゴの第3艦隊が壊滅に近い被害を被ったのを初めとして、艦娘の援護を受けることの出来た第7艦隊を除く全ての艦隊は、戦力としての意味を喪失した。米国も海外航路をほぼ封鎖される形となった。
起死回生の手段として使用したのが核兵器だった。メキシコ湾岸、バンクーバー沖に現れた深海棲艦の艦隊に対して、巡航ミサイルから弾道ミサイルまで、数発ずつの核兵器を打ち込んだのだ。深海棲艦にも大きな被害は出たが、決して核兵器の使用に見合うものではなかった。海流を計算に入れてもなお数年は残るという汚染に晒され、なによりカナダ、メキシコ両政府は態度を硬化させ、軍を国境線に展開させる事態となった。
それだけであれば、交渉や時間が解決してくれたかも知れない。しかし最も深刻だったのは深海棲艦の逆襲だった。西太平洋における深海棲艦の跳梁が手加減されたものに見えるほどだった。
サン・ディエゴやロサンゼルスは戦艦タ級の猛烈な砲撃に曝され、カリフォルニアの金門橋はかつての大都市の墓標としての意味しかなさなくなった。そしてメキシコ湾側では戦艦レ級がミシシッピ川を遡りダムに次々と砲雷撃を行い、米国中部の治水機構を破壊した。ミズーリ州セントルイスは、深海棲艦の攻撃に曝された最も内陸にある都市として知られるようになった。まるで深海棲艦が「報復」という言葉の意味を知っているのだとアピールするかのような行動だった。
しかし日本が陥ったのなら近代国家としても体裁を保てなくなるような状況でも、アメリカは大国としての地位を保ち続けていた。米国は他大陸との交流の手段をほぼ失った。ベーリング海峡を通じて若干の交流がある程度である。しかし南北アメリカ大陸は陸路を通じて交流が保たれており、それはある程度の資源や市場は維持できることを意味する。また中南米諸国がよりアメリカに依存せざるを得なくなったため影響力を拡大し、むしろ大陸内での地位を上昇させたと言っても良い状況となっている。戦っても多大な損害を出すだけで何ら成果を得られず、むしろ地位が向上しているということであれば、これ以上の状況の改善に乗り出す意欲は失われる。今やアメリカは「強制モンロー主義」と海外から皮肉られる状況にすらなっているのだった。
ここで問題になるのが、布哇の存在である。太平洋の孤島と言ってもよい布哇は、必然的に自給自足を余儀なくされていた。布哇州政府は何度も救援を要請したが、返答は常に救援可能な戦力がないというものであり、深海棲艦に対抗するだけの戦力を開発するまで自給せよという蛇足がついていた。確かにその通りではあるのだが、合衆国政府がハワイを救援する意欲を失っていると見られても仕方のない話である。
「しかし、なぜ急に布哇を救出するという話になるのか、繋がりが見えませんが」
「そこだ。すぐに報道でも発表されると思うが、現在布哇は断続的な攻撃に曝されている」
「攻撃、ですか?輸送船団はともかく、布哇自体は殆ど攻撃を受けていなかったはずです」
「米国も詳しいことを話したがらんのだが、どうも真珠湾に残っていた艦隊が深海棲艦どもに要らぬちょっかいをだしたらしい」
艦娘たちはあるいは上を向き、あるいはため息をつき、思い思いの行動をとった。しかし内心は「余計なことを」の一言で一致している。
国民を外敵の脅威から守るのが軍の存在意義の一つである。何か出来ることはないかと焦るところもあったのだろう。それは分かるが核兵器を使ったからとはいえ、散々な目に遭った本土のことを忘れたのだろうか。
「返り討ちに遭った後、真珠湾が攻撃された。布哇諸島北西沖に深海棲艦が集結している兆候があるし、ワイキキ・ビーチ周辺でもイ級らしきものが確認されている。事態が悪化する前になんとかしたい」
艦隊の頭脳である-自称だが-霧島が、提督の説明を戦術的な要件に置き換えた。
「つまり各地の鎮守府に散らばっている主力艦を集結させる時間はなく、手持ちの兵力で行動しなければならない、と」
「その通りだ。洋上で集結させる案もあったが、多くの艦が作戦行動中で入渠や整備の時間を考えると、やはり間に合わない恐れがある」
艦娘は各地の鎮守府に散らばっている。駆逐艦や軽巡などは日本近海の哨戒や船団護衛にかり出され、日々飛び回っている。大型艦は存在が確認された深海棲艦の艦隊に向けて次々と出撃している。幾度壊滅させてもまた湧き出てくるので、モグラたたきのようだと愚痴る艦娘もいる。訓練、出撃、入渠、そしてわずかな休養のサイクルで日本の安全保障はかろうじて維持されており、艦娘を待機させている余裕はなかった。
「従って、投入できる戦力は全て投入する。米艦も、英艦もだ。彼女たちには鎮守府司令長官として、私が要請する。我が国の艦娘たちには君たちから説明してもらいたい」
「説明などなくても、提督の命令があれば我々は従いますが」
「君たちと戦った艦娘との合同作戦になる。極力理解を得たい」
艦娘のことは概ね艦娘に任せてくれている提督だが、長門たちの懸念は把握していた。かなわないなあ、と長門は思った。
「俺が話すと、何を言っても命令と受け取られてしまうだろう。艦娘同士で腹を割って話し合って欲しい」
全くもって正しいその言葉は、長門にとって最も気の重くなる言葉でもあった。