布哇救出作戦   作:フォカッチャ

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ついに決した救援作戦。
何故長門がハワイの救援に肯定的だったのか。その理由が長門の口から語られます。




理由

「お疲れ様でした」

 提督執務室に向かう長門と大淀に並びながら、大和が声をかけた。

「長門さん、長門さんは米艦と共闘することにを疑問を全く持っていないように見えたのですが」

 大淀も相づちを打つ。

 「確かに。長門さん自身は最初から助けるつもりでいたように見えます。何故か聞いても宜しいですか?」

「ああ」

 艦娘になる前の、大日本軍艦長門としての記憶だ。そのとき長門は旅順近海、裏長山泊地にいた。船橋送信所からの電報を受け取ったのは、聯合艦隊旗艦として演習を検閲していた最中だった。

 

 

 東京今日暴風雨正午ヨリ強震連続横浜大火盛ンニ燃エツツアリ

 

 

 何の前ぶれのなくもたらされたそれは、関東大震災の第一報であった。急報を受け直ちに聯合艦隊は本土に向かったが、次々と入ってくる電信は焦燥感を募らせるものばかりだった。

「横須賀東京方面被害莫大 其他不明」「横浜モ全滅ノ由」「深川千住方面ハ全燃セルモノノ如ク死屍山ヲナス」・・・・・・。

そのときの艦内の雰囲気を長門は忘れることが出来ない。それは戦争とは全く異質なものだった。戦地に赴く高揚はなく、死地に臨む覚悟もない。焦燥と不安と、そして喪失への恐怖だけが満ちていた。

 長門が横須賀に戻るのとほぼ同じくして、米海軍の救援部隊が東京湾に到着した。米国アジア艦隊司令官アンダーソン大将が直率する艦隊は、主立った艦で17隻に上った。運んできた救援物資は圧倒的な量だった。物資だけでなく、積極的に救援活動に従事した米艦隊は、多くの行き違いも生じたが、横浜・横須賀地区の復興に大きな力となった。

 横浜や、特に横須賀の復旧に最も貢献したのは海軍だったという自負が長門にはある。しかし、米国の手助けがなければ未曾有の災害に苦しむ人々をもっと苦しめてしまったことは間違いない。アンダーソン提督を筆頭とするアメリカ海軍の真摯な対応は艦娘となっても鮮明に残っている記憶である。

 

「じゃあクロスロードで沈んだ『海軍大将の名を冠した艆』というのは、もしかしてその時の」

「USSアンダーソンだ。珊瑚海ではレキシントンの乗員を救助し、ミッドウェイの際にはヨークタウンの最後を見届けている歴戦艦だ。アンダーソン提督の名を受け継いだのなら、艦娘になってもきっと気持ちの良いやつになるだろうな」

「そんなことがあったのですね」

 大和の呟きに、長門は思わず苦笑を漏らした。

「知らないのも無理はない、震災など大和の生まれるずっとずっと前の話だからな。・・・・・・私も年を取ったものだ」

 慌てて取りなす大和を-大淀は何の話か分からない、というような澄まし顔をつくっている-受け流しながら長門は思った。これが()ネレーションギャップというものか。

 

 

出撃前のミーティングが開かれた。4個艦隊に分かれるとはいえ、基本的には合同して動く事になっているため、艦娘たちは思い思いの席に座っている。ただ、第3艦隊に配属された面々だけは神通の周りに輪形陣をなしている。訓練の厳しさで駆逐艦娘から恐れられている神通だが、それ以上に慕われてもいるのだろう。若干のうらやましさも感じながら、長門は着席した。

 

 

 大淀からの作戦概要の説明のあと、長門は立ち上がり、議論を総括した。

「相手の情報が少ないまま、我々は突入する事になる。従って資源の事は考えず、全力を投入する事になる。諸君の健闘を祈る」

 一糸乱れぬ敬礼に、長門は答礼した。 

 

 退室しながらそれぞれの艦娘が声を掛け合う。総旗艦も務める長門のもとに第一艦隊の各艦が集まってくる。隣の艦娘に長門は声をかけた。

「今更ながら奇妙な組むあわせだな。なあ、大和」

 大和もしとやかに笑って応じた。

「私の望みはみなさんと砲撃戦で決着を付けることだったのですが、みなさんとともに戦うことになるとは、わからないものですね。せっかくの晴れ舞台ですし、もう少し時間があれば、櫻の装身具も新調したのですけれど」

「櫻というのは、ぱっと散るのでしょう?死の象徴ではないの?」

「それは違います」

 不吉ではないかと言いたげなサウスダコタを、凜とした声で大和は切り捨てた。

「櫻は生者の象徴です。見事に生きてこそ見事に散ることが出来るのですから」

 少し表情を和らげて大和は続けた。

「死者の象徴というのならば菫でしょうか。黄泉津平坂で咲いていましたから」

 冗談めかして言う大和を見ながら、長門は夢想した。櫻の花びらをまとわりつかせた大和が、月明かり程の薄暗さの中、麓すら見えない坂を下っていく。見渡す限り菫が咲き乱れ、まるで大和のために道を空けているようにすら見える。大和から離れた櫻はひらひらと菫の上を舞い、闇の中に消えていく。

 そのとき、大和は何を考えていたのだろうか。先に逝った死者のことを考えていたのか、残された生者を想っていたのか。長門の想像の中の大和は、怜悧な美貌でそれ以上の想像を拒んでいた。

「ごめんなさい、少し失礼な事を言い過ぎたわ」

 サウスダコタが頭を下げた。

「お構いなく」

 鷹揚と大和は応じた。どこか上の空のようにも長門には感じられた。すでに来たるべき戦いに心が向いているのかも知れなかった。

「先に出ていますね。艦載機の子たちの最終確認をしますので」

 声をかけた赤城に向けて軽く頷き、長門はエンタープライズと握手を交わした。

「頼んだぞ、ビッグE」

「任せておいて!わたしのひいお婆ちゃんのお婆ちゃんなんて、旧大陸の骨董品共をけちょんけちょんにしてやったのよ!深海棲艦も同じようにしてやるんだから!」

 テンションが高い。けちょんけちょんというのはむしろ「骨董品」に近い言葉ではないかと長門は言いかけたが、武士の情けで喉の奥に押し込めた。

「はて、初代のエンタープライズ殿はもっぱら船団護衛に従事していたはずだが」

 PoWの台詞は「旧大陸」流の皮肉なのか、それとも素なのか、長門はあえて判断を避けた。ビッグEが反応する前に、POWは周りを見渡し、感慨深げに言った。

「しかし、この組み合わせで戦う事になるとはな。いや、我が英國から旅立った者たちがいつの間にかヤンキー魂とやらを持ってしまうのだ。世の中はどんな理解しがたいことだって起こりうるのだろうな」

「・・・・・・そうね。自由を尊ぶ独立不羈の合衆国市民の多くが、骨董品を先祖に持つってのはちょっと理解しがたい話だわね」

 もしかして仲が悪いのだろうか。お互い目を見て微笑み合う二人を見て、長門は初めて疑念を抱いた。

 

 ハルとエドサルが神通と第三艦隊の面々に挨拶している。彼女らは船団越えを主任務とする護衛駆逐艦のため、今回の作戦からは外れていた。

「ジンツーさん、我々の分もよろしくお願い致します」

 エドサルが日本流に頭を下げた。そのまま頭を上げようとしない。微笑んだ神通は、にわかにエドサルを抱きしめた。

「大丈夫ですよ。必ず布哇を取り戻してきます」

 抱きしめる腕に、更に力を込めた。

「エドサルさんのお話はいろいろ勉強になりました。伺った事を戦いに生かしてきます。たとえ前線でなくても、一緒に戦ってくれたエドサルさんの功績ですよ」

 この一言で、どれだけエドサルが救われた事だろう。神通が駆逐艦娘たちに慕われるのは、この母性が彼女たちに伝わっているからだろう。

 それぞれの挨拶のあと、艦娘達は慌ただしく飛行艇に乗り込んだ。少しでも疲労を避けるため、艦娘たちは飛行艇に搭乗し、深海棲艦の出現地域までできる限り近づいてから自力航行を行う。折しも中部太平洋上には大型で強い台風の発生が認められていた。天気晴朗ナラズシテ波高シ、か。そう思ったが口は出さなかった。軽口にしては不吉すぎるように思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

*1 電報をはじめ、関東大震災については以下の論文を参考にさせて頂きました。

「関東大震災における日米海軍の救援活動について-日米海軍の現場指揮官の活動を中心に-」 倉谷昌伺 海幹校戦略研究第1巻第2号

 

*2 大和と菫については、川崎展宏氏の次の俳句にモチーフを得ております。

  「『大和』より ヨモツヒラサカ スミレサク」 詞書:〈戦艦大和(忌日・四月七日)〉

 

 

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