布哇救出作戦   作:フォカッチャ

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随分遅くなってしまいましたが、本格的に戦闘が開始します。一言でいいので、感想いただければ幸いです。


雷鳴

 巨大な丘陵と見まがうような大波が目前に迫ってくる。二水戦は単縦陣で一気に駆け上る。頂上に達した瞬間、足が水面から離れ浮遊感に包まれるが、それを振り払うように斜面すれすれに急降下していく。着水するときは膝と足首を柔らかく使い、殆ど波しぶきを立たせない。スキークロス、集団で行う直滑降に似た競技のように、素晴らしいスピードでいくつもの波を駆け上がり、飛び越え、滑り降りる。神通が着水したのとほぼ同じ場所に、陽炎、夕雲、後続の駆逐艦が次々と数滴の飛沫だけを残して着水し、疾走していく。

 

 幾度波間に深海棲艦を見た頃か。大波の間隔が空いたところで神通は右手を真横に、水平に掲げた。すこし速度を落として左舷に流れるように動く。

 神通に近い駆逐艦娘たちは彼女に合わせて速度を落として左にずれ、、逆に殿に近い駆逐艦娘ほど速度を上げて面舵をとる。水雷戦隊が反時計回りに90度回転し単横陣へと隊形を変換していく。

 神通は上げたままの右手の先を見た。伸ばした指が指し示す位置に2番艦の陽炎がいる。3番艦の夕雲の姿も陽炎のかげからちらちらと見えるが、彼女より先は一直線にならんでいるのだろう、神通からは捉えることができない。完全に横一線になったのを確認して、神通は右手を下した。覆いかぶさってくるような大波を削り取るように逆上がる。頂上に達して重力から一瞬自由になったとき、かなたの深海棲艦が目視できた。あっという間に重さのある世界に引き戻されたその時、水墨画のような淡い影でしかなかった深海棲艦が、砲炎にはっきりとしたコントラストを伴って浮かび上がった。一拍おいて砲撃音が響く。深海棲艦の砲撃は神通を飛び越え、彼女の作った白い航跡の上に集中して着弾する。

 先ほどまでの単縦陣なら、1番艦が波を超えてきた地点を撃ち続ければ2番艦以降に砲弾をたたきこむことも容易かっただろう。しかし神通は相手の砲撃タイミングを見切って隊形を変更し、全艦に同時に波を越えさせて深海棲艦がタイミングを計ることを許さなかった。あと2つも水の丘を越えればこちらからも砲撃が開始できる、神通がそう思ったその時、空の上を通り過ぎていく音に気づいた。

「雷鳴・・・?」

 あるいは砲撃音が雲に反射したのか。それ以上神通は気にも留めなかった。敵の砲撃が量と速度を増している。大波の中で曲射に近い状態とはいえ、まがりなりにもこちらを狙っている実弾射撃である。他のものに注意を逸らすべきではなかった。

 

 

 風雨のうなりの中、腹に響くような砲撃音が聞こえる。間隔や音の重さからして、戦艦クラスの砲撃のようだった。水雷戦隊が襲いかかっていく様は、長門達からもかろうじてだが確認できた。プールの上でも難しいであろう艦隊運動を嵐の中で集団行動さながらの練度で実行し、主力艦群の護衛部隊を葬り去さろうとしている。深海棲艦は、全力の回避運動で自らの轟沈を少しでも遅らす時間稼ぎが精一杯のようにすら見えた。

「こちらももうすぐ深海棲艦を射程内に捉えられそうだが、暫くは当てられぬだろうな」

 POWが深海棲艦に狙いをつける真似をしながら言った。

「足止めとはいえ、水雷戦隊で戦艦隊と戦うのは骨が折れるだろう。早く行ってやらねば」

 これほどの悪天候では通常の砲撃戦で戦果は期待できず、直射で狙える距離まで近づかないといけない。長門たちと神通たちとはかなり距離が離れてしまっている。一つ頷き、長門は命令を発しようとする。そのとき嵐とも砲撃とも違う音が、かすかに長門の耳に入ってきた。左舷前方から、長門たちとすれちがうように動いている、ように思える。

「前進強速。敵砲戦部隊を殲滅する」

 構わずに長門は号令した。すでに水雷戦隊は敵護衛部隊を拘束している。その隙に戦艦同士で砲戦の決着を付けたかった。

 

 

 赤城はかすかに首をかしげた。波に持ち上げられ、すとんと波間に落とされる。髪の毛は風に引っ張られるようにして流れ、雨は頬を打つ。そんな中でも赤城は自然体であった。

「電探、反応どうか?」

 赤城は護衛に付いている五十鈴に問うた。航空戦隊専任の直衛は、彼女のみである。

「乱反射がひどく、役に立ちません。電探では神通さんたちも波と区別できないほどです」

「下ではありません。空はどうですか」

「……空も同じです。天候の影響か、妨害電波でも出てるのか、意味のありそうな反応は解析できません」

 返答に間が空いた。問われて初めて空を走査したようであった。

 嵐と、それに神通たちと深海棲艦の砲撃の音に紛れているが、ひどく聞き慣れた音が間近に来ている。そんなはずはない。こんな天候で来るなんてあり得ない!赤城の常識が否定する。現に来ている、すぐそこまで!赤城の経験が反論する。

 ほら、来る、来る、来る!

 

 来る!

 

 「各艦、対空警戒を厳とせよ!」

 赤城は自分の経験を信じた。そして、仲間たちは赤城を信じた。

「対空警戒を厳とする!」「た、対空警戒!」「All hands, your battle stations !」

 戸惑いをにじませる艦娘もいたが、全員が即座に反応した。妖精たちは艦娘の肩や頭によじ登り、仁王立ちになって小さな双眼鏡で空をにらみ、対空砲を振り上げる。艦娘たちは即座に回避行動に移れるよう、お互いの間隔を開きつつわずかに関節の力を抜く。

 何も起こらず、張り詰めた緊張が緩みかける直前、低く立ちこめた雲が突然爆発した。否、敵機が雲を突き破って急降下してきたのだ。間髪入れずに空母とその護衛の艦娘たちが射撃を開始する。最初に突っ込んで来たタコヤキは数艦の集中射撃を受けて爆散する。その次は突っ込む方向に迷うようなそぶりをとり、行動を決める前に炎に包まれた。しかし射撃が集中した分、続々と降下してくる他の敵機への攻撃は薄くなり、彼らは一気に距離をつめる。

 各艦は自分に向かってくる機体に攻撃を集中し、余裕のある艦は味方を援護する。直近に迫った機体に射撃が集中した分、あらたに雲を突き抜けた敵機にはさらに弾幕が薄くなる。マイナスの連鎖が重なるなか、いくつもの航跡が白く輪を描きはじめる。敵機から見れば、平和の象徴、オリンピックマークを大海原に描いているように見えたかもしれないが、それもすぐに嵐の海にかき消される。どちらの側に破滅がもたらされるかは、迎撃と回避のコンビネーションダンスにかかっていた。

 

「長門さん!空母部隊が発砲!回避運動を開始しています」

「なんだと!?」

 大和の呼びかけに長門は振り返った。砲撃音には気づいたが、不覚にも前方からのものと誤認していたのだ。無線は至近距離でなければ機能していない。黒い影が舞うのが雨の緞帳に透けて見える。海上に爆炎が吹き上がり、周囲を白く染め、艦娘のシルエットを浮かび上がらせる。ちょうど連続した雷鳴にかき消されたか、爆発音は聞こえなかった。

「空襲・・!?」

 かすれた声で長門は呻いた。一瞬後我に返り、怒鳴る。

「全艦-」

 空母を援護せよ、と発する前に、長門の周りに水柱が立った。長門だけではなく、POWにも大和にもだ。今まで後退を続け、回避に徹していた敵の戦艦部隊が急進して来ている。彼女らの護衛部隊は、彼女らの前進を援護するため神通達との間に割って入り、見ている間にも次々と沈んでいく。護衛だけではなく、彼女らの意図を察した二水戦の攻撃に行動不能になる戦艦もいるが、それでも戦艦部隊は長門達を狙い続けた。

「これでは対空支援は・・!」

 大和が悲鳴を上げた。このまま相手に背を向けて赤城達に向かえば、こちらが滅多打ちにされかねない。

「計られた!」

 POWが長門の気持ちを代弁ように吐き捨てる。

「拘束されているのは我が方だ!」

「全艦突撃せよ!目標敵戦艦隊!」

 長門は決断した。全速で戦艦に向かう。早く叩き潰さねば、空母達の援護すら出来ない。 

  それでも長門には理解できないことがあった。目に刺さるような雨にかまわず、波を突き破るように走りながら、自分を抑えきれず怒りといらだちを込めて怒鳴る。

 「ばかな!この嵐の中でなぜ!」

 長門は深海棲艦の戦艦をにらみつけた。彼女たちの護衛部隊は為す術もないまま掃討され、神通達が本体に襲いかかっている。そのような状況の中で彼女は、深海棲艦は狼狽える長門を見て勝ち誇った笑いを浮かべた。表情など判別できる距離ではない。しかし長門は確かに見たと思った。

 次の瞬間彼女の体に着弾が発生し、それた砲弾が周囲に水柱を生じさせ、よろめいた彼女の体を隠す。さらにその水柱を消し飛ばすように巨大な水柱が一つ生じた。魚雷が命中したのだろう、さらに一つ、また一つと水柱は数を増やし、最後の水柱が海面へと吸い込まれた後には深海棲艦の姿は消え去っていた。長門の胸に嘲笑だけを刻みつけて。

 

 

 

 敵の攻撃がピークを越えた。そう見て取った赤城は素早く周囲を確認する。蒼龍が艤装から煙を噴き上げているが、弓や甲板は無事なようだ。翔鶴は膝に手をついて、大波に揺さぶられるに任せている。発着艦が可能か微妙なところだ。さらに彼女に攻撃を加えようとする敵機に、赤城は横合いから対空射撃を加えた。敵襲が無くとも海面が荒れすぎていて戦闘機を発艦させられる状況ではない。妖精達の対空射撃が頼みの綱だ。だが、どうにか凌げたようだ。

 黒煙を上げて退避しようとする敵機を、赤城はどこへ行こうというのかと皮肉な気持ちで見やる。高度を上げることも出来ず、すぐに海に飲み込まれているだろう。奇襲もどうやら凌げたようだ。だが敵機は不意に機首を翔鶴に向けた。まるで迷いが消え去ったかのようにまっすぐに彼女に突っ込んでいく。

  赤城が叫ぶよりも早く翔鶴は敵機に気づいたが、目を見開いて体をかがめることしか出来なかった。彼女の肩をかすめるようにして、敵機は海に戻っていった。

「て、敵機が!」

 誰かの悲鳴に空を振り仰ぐと、損傷を受けた敵機が次々と艦娘に向かっていた。途中で力尽きて落ちる機体もある

 赤城にも猛烈な対空射撃にひるまずに、いや、もはやよけるそぶりすら見せずに敵機が突っ込んでくる。片翼をもぎ取られた敵機がスピンしながら赤城にぶつかってきた。咄嗟に背中の矢筒を引き抜いて叩き落す。矢筒から散らばった矢を空中で数本わしづかみにして弓につがえ、同時に襲い掛かってきた2機を至近で一度につらぬき爆発させる。飛び散った破片が道着を引き裂き、弓弦を切り、右腕と腹にめり込んだ。顔がゆがむのを抑えきれず、悪鬼のような形相でさらに飛び込んでくる敵機をにらみつけた。腕は力を入れてもひどく痛むだけで、上がらなかった。

 

  目の前の敵機が吹き飛び、一度海面で撥ねた後はじけ飛んだ。乱れた髪を透かして、仁王立ちしている艦娘の背中が見えた。エンタープライズだった。飛行甲板がひしゃげている。

「エンタープライズ!私なんかのために飛行甲板を・・・!」

「ハッ!!貴女が警告してなければ、今頃みんな海の底よ!」

「だからってそれじゃ任務遂行ができないじゃないですか!」

「お生憎様。見殺しなんてのはアタシの流儀じゃないのよ!」

 もう一機叩き落してから、エンタープライズはあたりを見回した。エンタープライズの航空甲板は、本当の蠅叩きぐらいにしか使えまい。

「敵機は……もういないわね。あらかたはたき落としたかしら」

「被害は……?」

 体を伸ばすことができず、顔だけあげながら赤城が訪ねた。

「見たところ全員生きてるわね。今の体当たりでかなりダメージが出たみたいだけど」

 エンタープライズの上では妖精が「アツマレ」と発光信号を繰り返している。彼女の肩を借りて赤城は体を起こした。顔がゆがむのを完全には抑えきれなかった。空母が皆彼女たちの周りに向かってきており、さらに遠くには戦艦部隊と水雷戦隊の姿も見えた。何隻か先行してこちらに向かっている。彼女らが到着するまでは、傷ついた空母達と五十鈴だけで警戒を行わなければならない。五十鈴の顔は、声をかけるのが躊躇われるほどゆがみ、強ばっていた。

 

「エンタープライズ!」

 接近してきたワシントンがラムアタックでもかけるかのような勢いで彼女を抱きしめられた。

「エンタープライズ!大丈夫だったか?すまない、私が付いていながら・・!」

「わかったから!わかったから、ちょっと離れなさい!」

 抱きついてきたワシントンの顔を掌で押しやるようにして、体を離す。

「ごめんなさい、エンタープライズ」

  反対側からサウスダコタが声をかける。しょげかえっている。

「気にしないで。私もアカギがいなかったら沈んてたわよ」

 米戦艦は改めて赤城に気づいたようだった。

「アカギ、申し訳ない。まったく援護が出来なかった」

「砲戦部隊と空戦部隊が引き離されましたから。仕方ありません」

 赤城はどうにか微笑みをつくって応じることが出来た。一人で立つことも出来ている。体をまっすぐ起こすことは出来なかったが。

「ナガトたちは?」

「水雷戦隊をまとめてからくるそうだ。先に行けと我々に言ってくれた」

「こちらも被害を集計しないとね」

 エンタープライズのつぶやきに赤城が応じた。

「飛龍さん、蒼龍さんは中破しています。翔鶴さんも中破ですが、航空機の発艦に支障はないでしょう」

「そしてアタシが中破で貴女(アカギ)が大破と。・・・・・・その怪我で、しかも短時間によく確認する余裕があったわね」

「これも仕事ですから」

「日本人ってのは、仕事を神聖な義務(ノーブレスオブリージュ)のように扱うのね。・・・・・・ナガトを待ちましょうか」

 

 

 長門と大和、神通を先頭にして砲戦部隊、水雷戦隊の面々がこちらに接近してきている。いずれの顔も険しいが、特に神通は青ざめてしまっている。

「申し訳ありません。私がみすみす囮に飛びかかって」

「命令したのは私だ。君はそれを実行しただけだ」

 神通の謝罪を横から遮り、長門はことさら冷たく応じた。取り繕いや慰めで言っているわけではないことをそれで伝えたつもりだった。  

「君たちは命令を完璧に遂行した。格上の敵艦隊を殲滅したではないか」

 神通は一礼して引き下がった。彼女も指揮官だった。

 赤城が空母部隊の状況を報告した。一見して分かっていたが、言葉にして確認すると状況が重くのしかかってくるようだった。 

「航空戦力は実質消滅したな」

 POWのつぶやきに赤城は声をしっかり保って返答した。

 「それでも囮ぐらいにはなりますが」

 長門は赤城を正面から睨みつけた。

「航空甲板に大穴を開けてか?馬鹿なことを言うな。囮のための囮などいらん」

「全隊で戻るという手も・・」

 蒼龍の提案は痛手の大きさを考えれば妥当なものであったが、大和が首を振った。

「敵艦隊が全滅したことから通信妨害が回復しました。すぐに布哇と連絡が取れたのですが、通信直前から深海棲艦の攻撃が本格化しはじめているという情報が入っています。現状、真珠湾の港湾施設が打撃を受けているようです」

 空母部隊からかすかにうめき声が漏れた。時間が無い。出直しという手は取れないということだ。

「なんてこと。最悪のタイミングね」

 エンタープライズが吐き捨てた

「狙ったのかも知れません」

「どういうこと?ショーカク」

「タイミングが良すぎます。我が艦隊を引き込むため、真珠湾に攻撃をかけている可能性があるのでは」

 深海棲艦としては、当然艦娘主力部隊の殲滅を狙うだろう。「全軍撤退」という選択肢は削っておかねばならない。艦娘の目的は布哇救援なのだから、攻撃を厚くして助けを求めさせれば、損害があっても布哇に向かわねばならない、というわけだ。

「全滅した敵艦隊が最後の最後に作戦成功を打電したという訳か」

「あるいは電波妨害が消えたことを合図としていたのかもしれませんが」

 

 

(水上砲戦部隊が誘導していたのか?)

  長門は心の中で呟いた。当初は水雷戦隊が触接を続けてこちらの妨害も兼ねた電波で航空部隊を誘導した。通信はできないが、発信位置だけなら大まかに見当が付くだろう。砲戦、水雷、航空の3部隊で同時に攻撃をしかける計画だったのかも知れない。しかし神通たちの神速の攻撃で完全には遂行出来なかった。だからこそ、水上砲戦部隊が後退して時間を稼ぎ、航空隊を誘導した。この天候で艦娘はみな油断していた。

 航空機はどこから来たのか。暴風圏ぎりぎりまで接近させて発艦させたのだろうか。帰還のことは考えているのか。もしかしたら戻ってくる気などなかったのかも。そのことに思い当たったとき、長門は背中に氷の柱を突っ込まれたように感じた。

 

 

 「しかし、深海棲艦(やつら)がカ・・・・・・、捨て身の攻撃を仕掛けてくるなど。そんな例はあるのか?」

 一瞬言い淀んだワシントンに、伏し目がちだった神通が一瞬視線だけを向ける。それを視界の隅に捉えながら、物思いから引き戻された長門は首を傾げた。

「少なくとも聞いたことはないな。・・・・・・ここまで周到に計画したにも関わらず、赤城の指揮にやられてしまった。おめおめと戻れないと思ったのかも知れないな」

「彼らにあるのかな?そんな人間的な感情が」

「人間的な感情とやらを、人間以外が持ってはいけないかね?」

 長門の反問にワシントンは絶句した。彼女の判断では、艦娘はどちらに入るのだろうか。彼女が言わんとした言葉にひっかかったせいか、長門はやや意地悪な好奇心を抱いた。

「それは今検討してもしょうのないことね。我々はどうすべきなのかしら」

 サウスダコタの発言にPOWが応じた。

「空母は撤退させる。我々が全力で突っ込めば深海棲艦も空母まで相手にする余裕はなかろう。ナガト、どうかな」

「そうだな。我々は敵主力の殲滅に全力を尽くす。布哇の救出を絶対条件とすれば、そもそも空母の護衛に戦力を割く余裕はない」

「よし決まった!ならば早く動いた方がいいわ。私たちは戻る。貴方たちは突っ込む。それでいいわね?」

 エンタープライズはてきぱきと指示を出した。まるで早く出発すればまた戦いに参加できるとでも思っているかのようだった。曳航しなければならないような損傷を受けている艦娘はいないものの、艦娘の速度では間に合うどころか母港に帰る前に戦いが終わっている可能性が高い。長門はエンタープライズが士気を下げないように胸を張っていると感じ、心の中で頭を下げた。

 

 空母部隊は全速で避退し、主力部隊は全速で突入する。別れ際にお互いに見事な敬礼を交わした。

「昔を思い出しますね・・・・・・。まるゆさんともこんなことをしました」

 一瞬だけ風が収まったせいか、懐かしそうな大和の呟きが長門の耳に入ってきた。

 

「でも覚えておいてね。やられっぱなしは気に入らないの。I shall return!」

 エンタープライズが去り際にそう告げたとき、日本艦の誰もが表現しがたい顔をした。実に嫌な台詞だったが、同時に福音のようにも感じられたからだった。

 

 

 


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