俺の名前は御坂美琴   作:はなぼくろ

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3話

 動悸が激しい。頭の奥がズキズキする。自分ではどうにもならないそれらが堪らない程不快で、時折、頭の中に指を突っ込んで脳味噌を掻き回したい衝動に駆られる。

 

「殺しなさい」

 

 背後にいるスーツに身を包んだ妙年の女が肩越しに耳元で囁くように言った。垂れてきたウェーブのかかった赤毛の長髪が頬をくすぐる。

 

「殺せば楽になるわ。躊躇う必要なんてないのよ?」

 

 出来の悪い子供を諭すような、ちょっと困ったような女の声音が麻薬のように脳に浸透する。まるでそれが正しい事なのだと、根拠なく信じてしまいそうになる。

 

 なんでこんなことになったんだっけ。朦朧とする意識の中で、記憶を辿ることを試みた。

 自分を失いかねないこの状況で、自己の存在を確かめるように、意識の奥に潜り込んでゆく。

 

 

 

 

 学園都市は広大だ。耳にした話だと東京都の三分の一程の大きさだとか。東京ドーム換算でどんくらいだろうか。いっぱいかな。

 ともかくそんなデカさをほこる学園都市には土地を分割して作られた23個の学区が存在する。

 それぞれの学区にはそこの街並みを決定づけるような特色があるらしく、例えば第6学区には学生向けのアミューズメント施設があつまっているし、第3学区は兵器開発などを頻繁に行っている工業地帯だ。

 

 どちらにせよ、だ。私がいるこの第10学区に決められたテーマがなんであれ、そのテーマはきっと『世紀末』って意味に違いない。

 

 学園都市における犯罪発生率ナンバーワン。福岡県民も真っ青な武装蜂起集団の根城。少年院やら屠殺場とか社会のあらゆる負の部分を片っ端から詰め込んだ学園都市の掃き溜めだ。

 

 なんで私がそんなとこにいるかっていうと、ここに精密検査を行う予定の研究施設があるからだ。

 

 帰ろっかなマジで。普通こんなとこに小学生一人呼ぶか?責任者の顔が見てえわ。

 

 そんな感じで殺風景な駅前の広場で呆然としてると目の前に真っ赤なスポーツカーが止まった。車についてあんまり詳しくないが、えらく高げだ。

 

「君が御坂美琴ちゃん?」

 

 車窓越しに運転手の女が声を掛けてきた。黒のレディーススーツに身を包んだキャリアウーマンって感じのヒトだ。

 

「そうですけど、どちら様ですか」

 

 名前を知ってるからって油断してはいけない。ここは修羅の国、知らない人に着いていったら駄目なのです。

 

 若干腰が引き気味な私の姿を見たためか、その女は可愛らしいモノを見たかのように微笑んだ。

 

「賢い子ね。でもそんなに怖がらなくたってもいいのよ。私の名前はテレスティーナ。前もって連絡していた筈だけれど、どうかしら?」

 

 はい。連絡受けてます。ちょっとほっとした。

 テレスティーナさんは今回から私の能力開発の担当者になってくれる方だ。彼女の研究所が第10学区にあるらしく、今日この時間に駅前で落ち合う約束をしていた。

 カタカナネームだからハーフだと思ってたんだけど、そこまで顔の彫りは深くない。ハーフは白人とかだと血が強すぎて欧米風に近付いちゃうんだけど彼女はそうでもないようだ。美人には違いないんだけどね。理知的な顔つきに眼鏡がクールだ。

 

「はい聞いてます。今日から宜しくお願いします」

「うん、よろしくね。じゃあ早速行きましょうか」

 

 それを聞いて私は後部座席に乗り込もうとしたが、テレスティーナに止められてしまった。

 

「後ろに乗っちゃったらお喋りしにくいでしょ?」

 

 なるほど、一理ある。私自身聞いておきたいことが幾つもあるし誘いに乗ることにした。運転座席の隣に座るとテレスティーナは私に向かって微笑みかけてくれた。

 彼女のフランクな態度とこちらを気にかけてくれるような微笑は、初対面で緊張している私にとっては嬉しいものだ。少なくとも、堅く他人行儀な態度を取られるよりも遥かにいい。

 

「能力開発ってどんなことするんですか」

 

 道中、私はテレスティーナにかねてより聞いておきたかった質問をすることにした。

 ん?聞かなくてもどうせ後から分かるだろって?女の子には心の準備ってヤツが必要なんだよ。

 

「色々よ。『身体検査』の結果を読ませてもらったけど、美琴ちゃんは発電系の能力を持っているのよね」

「そうですけど、私はちょっとしか電気起こすことが出来なくて、少し不安なんです」

 

 と、手元で電気をビリビリさせる。色々と前もって訓練したかったが、集団生活を強いられる小学校の寮では監視の目が強くて出来なかった。能力使って遊んでた子供がいたが、しこたま怒られてた。いくつになっても怒られることに慣れない小心者の私には、ちょっと試すのは無理だったよ。

 

「あなたくらいの年の子ならそれでも充分よく出来ている方よ、自信を持っていいわ」

「そうですかね」

 

 やっぱ褒められると照れるな。いくつなってもこういうのは慣れないわ。慣れないことだらけか私は。精神年齢40くらいの癖に。

 

「取り敢えずは、そうねえ。『電撃使い』としての訓練をあなたの成長速度に合わせて一通り受けてもらうわ」

 

 『電撃使い』とは発電系能力者の総称のことである。こういうネーミングって誰が考えてんだろ。ご苦労なことである。

 

 それはそれとして『電撃使い』としての基礎訓練は望むところだ。何事においても基礎というものは侮ることは出来ない。武術家にしろ技術者にしろ、そのトップレベルの技能の根幹を支えるものは徹底した基礎訓練によって築きあげた強固な地盤だ。基礎をやらずして応用など以ての外。その点は能力者だって変わらない。

 能力を使って出来ることの幅も広がるし、年甲斐もなくワクワクするな。

 

「ただし、その前に一つ約束して欲しいことがあるの」

 

 浮かれた調子の私の内情を見抜いたのか、声色をちょっと緊張させてテレスティーナは警告した。

 

「私の言ったことはちゃんと聞くこと。今は分からないかもしれないけど、あなたの持つ能力はともすれば人を危険に晒す可能性もあるの。そんな不慮の事故が起こらないように、あなたの為にも他の人の為にも、私の命令には従うこと。いい?」

 

 尤もな事だ。当然のことながら、能力は使い方次第では凶器になりうる。彼女のような大人からすれば、私みたいなガキが能力を持つのは 、何をしでかすか分かったもんじゃない異常者が拳銃を振り回してるのと同じように感じるんだろうな。

 私はテレスティーナの言葉に神妙に頷いた。

 

 

 

 

 能力開発は順調に進んでいる。最近ではバトル漫画でよくやるような電撃の槍を飛ばすような芸当も出来るようになった。戦闘能力マシマシだ。

 テレスティーナの出す課題は有意義だが、それ以上に私の学習能力が高い。いや御坂美琴の、というべきだろうか。なんにせよ私の脳味噌はまるでスポンジのようにあらゆることを吸収していく。だってテレスティーナの出す課題をものの30分とかけずにクリアしていっちゃうんだもんな。自分の才能が恐ろしい。

 

 ただ、そっちの方は順調なんだが別なことで悩みがある。

 佐藤花子ちゃんのことだ。彼女はここ数週間、学校に来ていない。彼女の部屋を訪ねても返事もないし、教師に聞いても答えは不明瞭だった。彼女がこうなった理由は分からないが、思い当たる節ならある。

 花ちゃんは能力開発が上手くいかないことを悩んでいた。私はそのことに気付いていたが、彼女の問題だとして相談に乗らなかった。

 大人ぶって、適当な理由をつけて避けていたが結局のところ、私は怖かった。花ちゃんの心の傷に触れて嫌われることが怖かったんだ。

 花ちゃんは私がこの世界に生まれて、初めて出来た友達だ。

 

 言わなかったが、前世での記憶が無い俺は言いようもない孤独感に苛まれていた。

 だって、俺が俺であるための確固たるバックボーンがどこにもない。どうやって生きてきたのか、何を成したのか、どういう人達と触れ合ってきたのか、俺の親はどんな顔をしてたのか。何も知らない、何も無かった。

 俺にあるのは俺が御坂美琴だという事実と、それに付随するモノだ。それだって、俺のモノじゃない。俺のモノはこの世界のどこにもない。俺は一人で、裸のままこの世界に放り出された。

 そんな悩みを抱えていた俺に話しかけてきてくれたのが花ちゃんだった。この世界で、俺が俺であるための確かなモノは花ちゃんとの記憶に他ならない。俺にとって、佐藤花子という女の子は特別な存在なんだ。

 

 また会って、話がしたい。くだらない話でいい。嫌われてもいいから相談に乗ってあげたい。また彼女を一目見たい。

 たった数週間会わないだけで、ここまで自分という存在が震えるとは思わなかった。少し、自己憐憫に走りすぎたな。

 

 少し暴走したが、多分この問題は時間が解決してくれると思う。なら私に出来ることは彼女が戻ってきた時に、優しく彼女を迎え入れてやることだろう。

 

 

 

 

 混濁した意識が美琴の中に戻ってくる。

 相変わらず頭痛は収まらないが、霞んだ視界はいくらか明瞭になった。その瞳に確かな意志が宿る。

 

 意識がまだある彼女を見て、テレスティーナは舌打ちした。大声で他の連中に何かを指示を出したようだったが、思考が定まらない美琴にはそれがなんなのかは理解出来なかった。

 

 助ける。その執念だけが、長時間の拘束と監視によるストレスと薬物による意識の混濁、耳に挿されたイヤホンから耐えず流れるキャパシティダウンによる耐え難い苦痛、それらのせいで極限状態に陥った御坂美琴を、その中に宿った魂を繋ぎ止めている。

 

 彼女の視線の先には、美琴と同じく金属製の拘束イスに縛り付けられ憔悴した佐藤花子の姿があった。

 




誤字報告ありがとうございました!

主人公が感じたのは所謂、バブみ

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