てか、いきなりお気に入り登録が増えてて草。
RSPK症候群。一般に言われるポルターガイスト現象を指す用語だが、学園都市内においては既に原理は解明されている。
その正体は、精神状態に不全をきたした能力者が自らの能力を無自覚に暴走させる現象、または状態のこと。
個々の現象は能力により様々で規模も統一性はないが、能力者本人のバイアスの掛かっていない暴走状態の能力は何よりも『自分だけの現実』を顕著に体現していると考えられるため、能力研究においてかなり注目されていた分野だった。
しかし、現在においては暴走能力の研究は頻繁には行われていない。
というのも能力の暴走は能力者自身に大きな負担をかけることになるからだ。
能力の暴走には能力者のアイデンティティ、『自分だけの現実』が崩壊する程の精神的ショックが必要になる。ともすれば、能力が永久的に失われる可能性も有りうるのだ。
摂取することで、手っ取り早く能力者を能動的に暴走状態にさせる『体晶』と呼ばれる物質も開発されているが、フィジカルへの致命的な後遺症を残す副作用が確認されているため、能力研究に用いられることはあまりに少ない。
つまり、どうやっても暴走能力は研究素体である能力者に大きな犠牲を強いることになる。だから、まともな研究者には能力の暴走を意図的に起こそうと考える者は少ない。
正気なら、だが。
*
「それじゃあね、美琴ちゃん。体には気を付けるのよ。それと、ご飯はしっかり食べること!イヤになったらいつでも帰ってきていいんだからね!」
一児の母というには少々若過ぎる見てくれの私の母さんは、それじゃあねと前置きしたにも関わらず、結局心配になったのか色んなことを捲し立てた後、最終的には私を抱いて泣き出してしまった。
他の子にそんな母の痴態を見られるのはちと恥ずかしかったが、まだ小学生程度の我が子を一人学園都市に置いていく彼女の心中を思えば仕方が無いと思うし、何よりもこんなに自分の事を気にかけてくれる人が居るということにが単純に嬉しかった。
大丈夫だよ母さん、と気丈に言葉をかけて母を宥める。ゴメンねと私を離して涙を拭ったその顔はやっぱりまだ不安気だった。
本当に、いい母親だと思う。こうしていると、時々無性にその母性に甘えたくなってしまう。
だが、彼女は俺の母ではない。娘を心の底から思いやる彼女は、娘の心の中に本当は見知らぬ他人がいると知ったら、どんな顔をするのだろう。
「でねでね、お母さんはね、まぁた同じこと言うんだよ!?分かってるって言ってるのに!あたし、もう小学生なのに」
そう心配性の自分の母親のことを愚痴る花ちゃんは、どこか嬉しそうだった。愚痴というよりは惚気に近い。
私も身に覚えがあったので、これに同意して私達はお互いの家族の話で盛り上がった。
ただ、その時の私は無償で甘えられる家族のいる花ちゃんが途轍もなく羨ましく思った。
あれ?なんでこんなこと思い出してるんだっけ。ああ、なんだ。これは、ただの夢だ。
*
ふと目を覚ますと、視界に広がる見知らぬ真っ暗な空間に寝ぼけ気味の頭は混乱した。私、いつの間に寝てたんだ?
前後の記憶が曖昧だ。確か、私はいつもの様にテレスティーナのいる研究所に能力開発を受けに行っていた筈だ。その日のノルマを終えた後、帰宅の準備をしようとしてテレスティーナに呼び止められた所まで記憶があるんだが。
『やっと目を覚ましたようね』
「 .........テレスティーナさん?」
光一つない暗闇の中で響くスピーカー越しの声は、確かにテレスティーナのものだった。実験中には彼女はこうして別の部屋から私に指示を飛ばしてくる。
じゃあ終わったというのは思い違いで、私は寝落ちしてたとか?
そう考えながら身動ぎしようとして、自分の有様を触覚で認識してギョッとした。
拘束されている。私の小さく細い脆弱な手足や胴などを、革状のベルトのようなもの(鉄製の手錠とかでないのは私の能力対策のためだろうか)で私の座る硬く冷たい椅子に痛いくらいキツく縛り付けていて、腰を少し浮かす事も儘ならない。
「あの、なんですかこれは。ハズしてくれませんか」
『これから行うのはあなたの能力を解明するのに必要な、とても重要な実験です。是非協力をお願いしますね』
私の切実な要望を無視して一方的にテレスティーナはそう告げてきた。
協力?強制の間違いじゃないのかこの状況は。というか私の能力は『電撃使い』じゃないのか。
糞。情報が整理できない上、何故か頭の中で靄がかかったように不明瞭でうまく集中できない。
「.........私になにをさせたいんですか」
『大丈夫、そう難しいことじゃあないわ』
テレスティーナがそう言い終わると同時に目の前で突然人工的な光が射した。
強烈な光は暗闇に慣れた目を容赦無く焼いて、眩しさに思わず目を瞑ってしまった。
目を瞑る瞬間、一瞬明るくなって見えた空間に、何かあるのが分かった。目を細め、光に目を慣らしながらソレを凝視する。
ボヤけた輪郭が徐々に形を取り戻していく。ソレは人だった、私と同じく椅子に縛り付けられた。体格は小さく華奢で私と同じくらいの歳だろうか。顔は、目隠しされ猿轡を噛まされているせいかよく分からない。
でも、私にはソレが誰なのか分かった、分かってしまった。柔らか気なショートボブの黒髪は珍しい髪型ではないが、そこに飾る様に括り付けられた花柄のヘアピンは彼女が入学祝いに母親から貰ったんだと自慢していたモノだった筈だ。
佐藤花子だった。彼女が、スポットライトに照らされて暗闇の中で浮かんでいた。
なんで、花ちゃんがここにいるんだよ。
思わず絶句した私に、テレスティーナは日常会話でもしているかのような軽やかさで言った。
『殺せ、と言って。あなたがそう望めば、言葉通りに佐藤花子を処理するから』
その時の私は、テレスティーナは実は別な言語を弄しているのだろうと、本気でそう思った。
*
「冗談ですよね?」
椅子に拘束された美琴はあどけなさを残しつつも、普段は年に合わないような玲瓏な表情を浮かべるその顔に、影を張り付かせながら縋るように訊ねた。
『私が今まで実験中に冗談を言ったことがあったかしら?』
そんな美琴に、テレスティーナは微笑すら浮かべる程の余裕でもって答えた。
実際には、実験中にテレスティーナが冗談を言ったことは幾度かあるかもしれない。美琴はそれがどっちなのか知らないし、分からないが、この場での解答においてそんなのはどうでもいいことなのだ。
つまるところ、テレスティーナは本気で、美琴に佐藤花子を実質的に殺せと言っている。
それを感じて、美琴の中で黒くてどろどろした、理不尽な衝動が渦巻いた。
「巫山戯てんなよアンタ、いいから、外せよコレ」
美琴は普段の丁寧な口調を忘れて、途切れ途切れにそう呟いた。
『あなたがやるべき事をやれば言われずとも解放するわ』
「なんで私がそんなことせにゃならないんだ」
『必要なことだからよ。あなたが考える必要は無いわ』
「何を........」
『ごちゃごちゃうっせえんだよガキが。モノも考えられねえような糞は大人の言うことを黙って聞いてりゃいいんだよ、ウダウダしてんじゃねえぞコラ』
難色を示し続ける美琴の言葉を遮って、テレスティーナも普段の言葉遣いを忘れたように汚い言葉で罵声を飛ばした。
普段のテレスティーナの振る舞いを知るものが見れば驚くような姿だが、美琴はそこまで驚くことは無かった。
テレスティーナの普段のフランクな振る舞い、それはテレスティーナ本人がどんな人間と相対していてもリラックスしているということに他ならない。言い換えれば、どんな人間を相手にしてもテレスティーナは相手を見下している。だから余裕がある。
そんな人間の本性は総じて傲慢で傍若無人。
美琴は経験からテレスティーナの本性はそんなとこだろうとアタリをつけていたが、まさかこんな所でソレを暴露するとは思っていなかった。想定外ではないが。
「馬鹿かアンタは。私が、自分から花ちゃんを殺せとか言うわけねえだろ」
殺せと言えば殺す、テレスティーナは佐藤花子処分の号令を美琴に一任している。逆に言えば、美琴が言わなければ佐藤花子は死なない。美琴が花子の死を望む気が無い以上、テレスティーナの目論見がアタることは無い。
NoをYesに変えるために美琴に拷問を行っても、美琴はやろうと思えば自身の脳の電気信号を弄って痛覚を遮断出来る。どんな拷問にも耐えられる自信が美琴にはある。加えて言えば、テレスティーナが美琴にやらせたいことがある以上、美琴を殺すようなこともないだろうというのも想像できる。
佐藤花子の生死はテレスティーナのさじ加減次第というのが懸念だが、テレスティーナがわざわざ美琴にそういう提案をしてきた以上、勝手に佐藤花子を殺すこともしないだろう。
テレスティーナの思惑は穴だらけだというのが美琴の私見だ。
「それにアンタのやっていることは犯罪だ。いつまで拘束するのかは知らんが、小学生が2人も失踪すれば学校も外の親御さんだって黙ってない。学園都市外部の警察組織の介入だってあるかもしれない。そうなれば、私との繋がりから足が付いて、アンタはお終いだぞ」
美琴は正論でもってテレスティーナの説得を行い始めた。ただ、それをプロのネゴシエーターが見ていれば危険過ぎて止めただろう。それほど美琴の交渉術は酷かった。
なぜなら、客観的に見て美琴はテレスティーナを煽っているようにしか見えない。テレスティーナのようなプライドの高い人間は自分より格下だと思っている者に諭されると、すぐに逆上してしまう。生命を握られた現状でそれを行えば、怒りに駆られたテレスティーナに殺される可能性が高いのだ。
一応、怒りを利用する交渉テクニックはあるが美琴はそれを使う素振りは見せない。明らかにテレスティーナの怒りを誘っている。
実際、そうなることが美琴の思惑だ。
手足を拘束されていても美琴には出来ることがある。能力者の拘束が困難だとされている所以、即ち能力を用いた拘束状態からの脱出。
テレスティーナもそれを警戒して『電撃使い』対策に鉄製でない頑丈なベルトを用意したのだろうが、美琴にはやりようがあった。
だから自分だけの脱出は容易だったが、花子の拘束も解除して逃げ出すには少々手間がいる。故に、テレスティーナを怒らせて正常な思考能力を奪って水面下でコトを運ぼうとした。
時間稼ぎのための、交渉の真似事。そのつもりだったが。
『何言ってんだ、んなのあるわけねえだろ』
意外にも冷静な、本気で何とも思っていないような声が返ってきた。想像もしてなかった反応に手を止めて呆然とする美琴。画面越しでそれを見たテレスティーナは何故美琴がそんな表情をしたのか少し悩んで、納得したように頷いた。
『ああ、てめえは暗部を知らねえのか。なら、ンな頭がお花畑なコトを思ってても不思議じゃねえな』
『学校の方には既に根回しは済んでる。その方面でとやかく言われることはねえんだ。あと、親か』
『「置き去り」って知ってるか?入学金払うだけ払って親がドロンして、学園都市に取り残された哀れなガキの総称だよ。こいつらはどんな扱いにしたって外からなんにも言われることはねえからな、人体実験とかで重宝すんだ』
『つまり、何が言いたいか分かるか?』
『おめでとう、晴れてお前らは「置き去り」だ。お前らを心配する親なんて、もうこの世には居ねえんだよ』
『ぜぇんぶ、お前のせいだよ。御坂美琴』
あと1話くらいでホンへ前の話は終わるかな。本当は今回で終わる予定だったんだけど、何故か長引いた。
あと誤字報告ありがとうございます!すっごいありがたいけど名前出した方がいいのかなこれ