俺の名前は御坂美琴   作:はなぼくろ

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5話

 

 美琴が拘束を吹き飛ばしたのはほぼ反射に近い。思考がテレスティーナの言葉を解すより先に、体が動いていた。

 

 美琴の手足を縛っていたベルトが蒸発するようにして塵になって消えていく。そんな超常現象を目撃したテレスティーナは躊躇うことなく手元の機器で、ある操作を行った。

 

 同時に美琴のいる広大な室内に設置された巨大なオーディオから、尋常ではない音量のノイズが溢れ出す。

 一聞するとただの不協和音程度にしか聴こえないそのノイズだが、美琴はそれを耳にした途端、沸き起こった頭の中身を掻き回される強烈な不快感に絶叫して床に膝をついて蹲った。

 黒板を引っ掻いたような、扁桃体を震わせる、鋭く、背筋をぞわりと逆撫でする刺激。それが絶えず美琴の鼓膜をダイレクトに叩きつけられてくる。

 そんな中でも能力の行使を試みる美琴だったが、

 

「キャパシティダウンっつうアンチ能力者用の音響兵器だ。こいつが流れている間、お前に能力は使えねえよ」

 

 テレスティーナの言葉を聞いて僅かに躊躇した。

 その隙をついて、側で音も無く待機していた鎮圧要員が美琴の腕を取り押さえに掛かる。能力は兎も角、素の身体能力では大の大人に比べるべくもない、更にいえばキャパシティダウンの影響で平衡感覚にも異常をきたしていた美琴は赤子の手をひねるより簡単に、あっけなく捕縛される。

 そして流れるように首筋に刺し込まれたシリンジから中の麻酔が流注されると、美琴は力なく崩れ落ちた。

 

 美琴の無力化を確認して、テレスティーナはキャパシティダウンを停止させる。データ取りが不十分で多少不安があったが上手く機能したようでテレスティーナは少しホッとした。

 

 能力を発現するにあたって、最も重要になるのは能力者本人の演算能力だ。

 実は能力者は直接、電気や炎を発生させている訳では無い。

 能力の本質はミクロ世界の量子力学的な不確定な事象の改変にある。能力者は改変されたミクロ世界から、バタフライ効果の要領でマクロ世界に超常現象を起こしている。

 故に、能力は何よりも物理法則の制約を受けることになるのだ。

 能力者が望む現象を起こすためには物理に対する深い理解と、微に入り細を穿つような繊細で絶妙な能力操作技術が必要なのである。それ故の演算能力。

 

 キャパシティダウンはその演算を狂わせる特殊なノイズを発生させ、能力者の能力発動を阻害し抑制させる音響兵器だ。製作者はテレスティーナ本人。

 

 テレスティーナだって美琴の能力を警戒して入念な準備を怠っていなかった。キャパシティダウンはまだ試験段階の未調整品だったが、ある程度の効果を見込んで一応設置しておいた。それが今回、偶然幸をそうした。

 

(あぶねえええええッ。舐めてるつもりは無かったが、キャパダンなかったら普通に脱走されてたな。危なすぎるこいつ!)

 

 平気な顔をしていたが内心テレスティーナは驚愕していた。

 テレスティーナは美琴の『電撃使い』としての側面を警戒し、拘束具として絶縁体のベルトを用意していた。それだってジュール熱を利用するなりして焼き切られることを想定していたし、他にも美琴を収容している実験室には幾つもの『電撃使い』用の対策を施しておいた。

 驚嘆すべきはたった今見せた美琴の能力。ベルトを焼き切るでもなく、『分解』してみせた。ベルトを構成する物質の分子間の結合を電子を操作して解いたのだ。

 それを瞬時に察したテレスティーナは他に施した対策も無駄になると踏んで未調整のキャパシティダウンの使用を実行した。

 

 それはそれとして、美琴の能力を受けての一連の迅速な対応は、科学者としての観察力、そして一組織を纏める代表としての決断力が高水準で纏まったテレスティーナだからこそ出来た判断だったといえる。

 

(今のは分子をバラして拘束具を分解したのか。『電撃使い』の所業じゃねえな、やっぱ別系統の能力。つーか今のが自在に出来るなら、既に強度だけはレベル5相当だな)

 

 電子と電気。似たような字面だが実状は大きく異なる。

 電気は電荷の移動で生じる物理現象のことだ。発電系の能力者は能力で電気を発生させ様々な現象を起こすが、それはミクロ世界を弄って電荷の移動を起こしたという事実を創り出して電気を操作しているのであって、電荷を操作している訳では無い。更にいえば発電系能力者はミクロ世界で電荷移動以上の改変を行うことは出来ない。つまり、発電系能力者は負電荷である電子を操作出来ない。

 それにも関わらず美琴は電子操作を実行してみせた。その一点が他の『電撃使い』の常識を覆している。ぶっちゃけ完全上位互換だ。

 

(電子操作能力。現時点ではそうとしか思えねえが)

 

 だからこそ解せないとテレスティーナは考える。

 

 電子操作能力。それは強力なチカラだが、だからこそ不可解な事がある。

 先程も語ったが能力を使うにあたって重要なのは演算だ。そしてそれは高度な能力操作を行うほど複雑さが増し、難度が上がっていく。

 にも関わらず美琴はテレスティーナが課した今までの実験で、『電撃使い』としては高度な能力の応用を成功させている。

 電子操作で『電撃使い』の能力の再現を行うことは出来るが、別系統な分、『電撃使い』と比べて能力再現には多くのプロセスを踏む必要がある。その違いはマニュアルかオートくらいの差がある筈なのだ。

 

(まだカラクリがあるな。能力を暴走させれば一発でそいつが掴める)

 

 そもそものテレスティーナの目的は美琴の能力を暴走させることだ。佐藤花子もキャパシティダウンも全てそのための布石。

 白状すればテレスティーナは美琴の能力開発に行き詰まっていた。いけどもいけども『電撃使い』としての側面しか見せない美琴にテレスティーナは苛立っていた。数値上はもっと別なチカラを見せることが出来るはずなのに。

 もっと新しい切り口から切り込む必要があると考えた。それが暴走能力。そこにテレスティーナの八つ当たりが多分に含まれていないとは言えないが。

 

 ともあれ成果は既に目に見える形で出始めている。美琴の能力の全貌を明らかにするのにそう時間は掛からないだろう。

 

 部下の研究員の手により担架で運ばれていく気絶した美琴を画面越しに眺める。両親の死を聞かされた時の美琴の、呆然とした顔から激情に駆られた表情へ変遷していった様を思い出してテレスティーナの嗜虐心が首を擡げた。

 

 美琴の両親が死んだというのは半分ブラフだ。半分というのはまだ殺してはいないが、その内殺害する予定という意味で。『置き去り』にした方が何かと便利だし、優秀な能力者の親を殺害してマッチポンプのように『置き去り』にして能力者を囲う手法は割と学園都市では使い古されている。ともあれ今の所、美琴の両親は健在だ。

 しかし、実際に死んだかどうかというのは何の情報も入らない閉鎖空間に閉じ込められた美琴には分からない事だ。そもそも確かな情報が得られない人間の思考は大抵最悪なケースへと寄っていくものである。目が覚めた後も美琴は嘘か本当か、結論の出ない議論を永遠とくり返して次第に病んでいくだろう。それが能力の暴走に繋がるならテレスティーナの思惑通りでもある。全てに諦めがついても、それはそれでやりようがある。

 

 だがテレスティーナの中で、予定を早めて直ぐに美琴を手篭めにしてもいいのではという考えが膨らんでいく。

 他のレベル5と比較しても遜色ないほど特異な能力。テレスティーナの中の悪魔が囁く。早く実験したい。美琴の頭蓋を割って、中の柔らかなピンク色の脳漿を弄り回してみたい。

 

 そんな人道を冒涜するような考えを咎める者は生憎ここにはいない。

 

 テレスティーナ=木原=ライフラインは自分にとって愉快極まりない、赤と黒に塗れた妄想に暫く耽った。

 

 

 

 

「美琴ちゃんは昔から可愛げが無かったね」

 

 私が両親に甘えたことなど、覚えている限りでは一度も無い。単純に、私の根本的な部分が彼らを他人と認識していて、そんな彼らに対して我儘を言うのが憚られたからだ。彼らにしてみれば、私は相当可愛くない子供だっただろう。

 

「隣の子の方がもっと子供らしくて、可愛かった。きっと育てがいがあっただろうな」

 

 あなたと違って。と目の前の母が私を睥睨している。

 

「あなたがいる生活は退屈だった。想像してたのと違ったから、子育てが作業のようにしか思えなかった。だから、あなたを学園都市に置いていくことにしたの。顔も見たくないから」

 

 なのに。と目の前の母の顔が憤怒に染まっていく。こんな顔は見たことがない。

 

「あんたのせいで私は死んだ!旅掛さんも。私は幸せになりたかったのに、あんたのせいで全部台無し」

 

 母は裏切り者の私の首に手を当てた。彼女の華奢な細腕からは信じられないような握力で私は首を吊るされる。足が宙ぶらりんになって、空を虚しく藻掻いた。

 

「あんたなんて、産まなければよかった」

 

 

 

「私は幸せだったよ、ミコっちゃんと遭うまでは」

 

 佐藤花子が椅子に手足を縛られた姿で目の前にいた。彼女の白かった手首は、抵抗したのか皮が磨り減って赤くなっていた。

 

「ママは私の好きなものばかり作ってくれたし、パパはちょっと厳しかったけど誕生日とかには欲しいものも買ってくれた」

 

 お前のせいで死んじゃった。佐藤花子は目を剥いて口を荒らげた。

 

「いつもいつも、お前はあたしにとって目障りな存在だった!レベル0のあたしを見下して、影で嗤ってた!」

 

 私は佐藤花子を見ているとホントに安心出来た。私より出来損ないがいる、その事実が私に優越感を与えてくれるから。

 

「本ッ当、最低」

 

 

 

 

 その通りだ。

 

 花ちゃんの両親が死んだのも、花ちゃん本人がこんな目に遭ってるのも全部、私と関わりあったせいだ。私と出会ってしまったせいで、テレスティーナに目を付けられた。

 私の父さんや母さんにしたってそうだ。私を産まなければ死ななくてすんだ。

 私という存在が彼女らを不幸にした。恨まれても仕方が無い。

 

 私は最低だ。ただそれは、彼女らをこんなことに巻き込んでしまったからじゃない。

 

 テレスティーナから両親が死んだと聞かされた時、私は目の前が真っ白になった。その現実を受け入れたくなくて衝動的に体を動かした。

 そこから気絶して、目が覚めたとき、私は再び両親を偲んで涙した。

 

 人の死を前にする時、その人間の本性が表れる。

 

 私が涙したのは肉親を喪った事実を受け入れられなかったからじゃない。

 

 親を喪った可哀想な自分に酔って涙したのだ。

 

 

 

 

 最悪。最低。あなたのせいで花子ちゃんの人生は狂った。あなたの親もあなたなんて産んでしまったせいで、死んでしまった。あなたがいなければ、こんな不幸な目に遭わずに済んだかもしれないのにね。ぜぇんぶあなたが悪い。出来損ない。あなたの人生は全てが無意味だった。

 

 美琴は日がな、テレスティーナから人格否定の呪詛を聞き続けていた。そのことに反論は出来ない、口を猿轡で塞がれているからだ。

 

 テレスティーナが行っているのは典型的なマインドコントロールだ。対象を閉じ込めて、偏った情報を与え、対象の人格を否定する。

 人間、言葉を繰り返されると本当にそうでなくとも、実はそれが本当の事ではないのかと錯覚してしまうように出来ている。特にそれは自信のない人間に顕著で、自己の判断を他者に依存してしまうのだ。

 

 テレスティーナは様々な方法で美琴から自信と自尊心を削ることに執心していた。

 それだけ美琴の精神力が強かったということだ。ここ数週間、美琴はあらゆる屈辱的な責苦を受けても尚、佐藤花子の生命を諦めていないようだった。そんな殊勝さが逆にテレスティーナの嗜虐心に火をつけていた。

 

 はっきりいってこの頃にはテレスティーナにとって当初の目的は二の次になっていた。能力解析のこと自体は頭にあったが、それよりも御坂美琴という人間を掌握することに躍起だった。

 テレスティーナに限らず、『木原』という一族にはそういうサディスティックな一面がある。遺伝というよりは根本的な深層心理にそういうミームが埋め込まれた者が『木原』になりうるのだろう。

 

 次は何をしてやろう。そうだ、佐藤花子を辛うじて生きられる程度に滅茶苦茶にバラして殺して欲しいと美琴に嘆願させてみようか。てっとりばやく暴走してくれるかもしれないし、少なくとも彼女の中の『壁』は壊される。そこに取り入るのも面白いだろう。

 

 そうやって空想を楽しんでいると、机の上に置いてあったデフォルメされた可愛らしい蛙を模したピンク色の携帯が鳴った。因みにテレスティーナの物だ。見た目や内面に似つかわしくない少女趣味の一品である。

 

 ニヤついていたテレスティーナの表情が冷水を被せられたように冷めたが、着信した名前を見て再び喜色を取り戻した。

 それはテレスティーナが美琴の両親の殺害を委託した暗部組織、その連絡係の名前だった。

 朗報を期待して通話ボタンを押すテレスティーナだったが、その表情は直ぐに凍りつくこととなる。

 

『やあ、お久しぶりとでも言うべきかね木原』

「誰だてめえ」

 

 想像していた声とは違う、音声加工も施されていない、嗄れた老人のような声だった。

 

「いや、思い出したぞ。アレイスターの下で犬の引率やってるセンセイだったかなァ?」

『細かいことを言えばその内の一つのリーダーをやっている。まあ、今はそんなことはどうでもいい。重要なのは私がアレイスターのスポークスマンだということだ』

 

 テレスティーナの軽口を意に介さずにその老人は予め用意しておいた原稿でも諳んじるように起伏ない声音で続けた。

 

『端的に言えば君の要請は却下だ。御坂美鈴及び御坂旅掛の暗殺は学園都市に少なくない不利益を生む』

 

 なんで一学生の保護者の生死に学園都市上層部のそのまたトップがしゃしゃり出てくるのかとか、大袈裟過ぎる言い分だとか、物申したいことは沢山あったが全て飲み込んで、しかし苦虫を噛み潰したような顔付きでテレスティーナは反抗した。

 

「そうかい、だからなんだ。私に今更実験を止めろとでも?てめえ『木原』舐めてんのか」

 

 美琴の両親の存命は即ち美琴の解放、実験の中止に繋がる。

 学園都市は政府機関の制御に馴染まない独立都市だが、大規模な組織としての面子がある。問題が起きても外部からの調査を拒むことはできない。日本の官僚達は東京を我が物顔で圧迫する学園都市をよく思っていない、隙あらば政府主導の介入を企てている。それ故、荒波は起こしたくないというのが学園都市上層部の意思だ。

 だがテレスティーナにはそんな事どうでもいい。誰かの顔色を伺いながら生きる術を知らない訳では無いが、テレスティーナにも面子がある。ここで引く気はない。

 

『我々がどうこうするつもりはないよ。それに、君は既に致命的な失敗をしている』

 

 何の話だ。と尋ねようとして、

 

 ガチャリ。とテレスティーナの背後のドアノブが音をたてて回転した。

 今テレスティーナがいる部屋は彼女に宛てがわれた専用の個室だ。セキュリティは厳重で、網膜認識で解錠する仕組みになっている。故にマスターキーは存在しないし、彼女以外に彼女の許可なく敷居を跨ぐことはできない。

 テレスティーナは何の操作も行っていない。ついでにいえばドアはオートロックで、鍵をかけ忘れたなんてこともない。

 

 じゃあ一体誰が入ろうとしているのだ?

 

 テレスティーナは警戒心を急激に引き上げた。そこにいる無遠慮に侵入を図ろうとしているナニカは自分の敵に間違いない。

 机から護身用の拳銃を取り出す。ただ、それは厳重なセキュリティを無視するような存在に対するにはあまりにも頼りない。

 

 音を立ててゆっくりと焦らすように開かれる扉。

 現れたのは少女だった。汗ばんでボサついた樺色の髪を額に張り付かせた彼女は、その歳にそぐわない冷淡な表情でハイライトの消え失せた底冷えするような仄暗い瞳をテレスティーナに向けていた。

 御坂美琴が、そこにいた。

 

「なんで、てめえが、ここにいる。キャパシティダウンはどうしたァッ!」

 

 珍しく狼狽するテレスティーナ。よしんば、他の暗部の能力者であればまだ分かった。なぜ拘束していた彼女がここにいるのか。キャパシティダウンを使って能力を封じていたのに。

 それに対して幽鬼のようにフラリとゆっくり近づいていく美琴は事も無げに答えた。

 

「あれならもう馴れたよ」

「馴れたって、おまッ」

 

 演算を妨害しているのに馴れたも何も無い。キャパシティダウンは能力者に対して不可抗力に影響を及ぼす。いくら長時間キャパシティダウンの影響下にあったとはいえ、耐性なんてできっこない。風邪とかじゃないんだ。

 

 そこまで考えてテレスティーナの中である仮説に行き着いた。

 キャパシティダウンはあくまで能力者の演算を妨害することで実質的に能力を封印する。能力を直接押さえ込んでいる訳では無い。理論上は、キャパシティダウン影響下でも能力の使用自体は可能なのだ。操作は兎も角。

 

 もし、もしもだ。演算そのものが要らない能力があれば、キャパシティダウンはその能力者に対して一切の効果を発揮することはない。

 

(有り得るのか?演算を必要としない能力なんて。しかし、それ以外にこいつがここにいる理由が)

「それじゃ、もう御託はいいかな」

 

 美琴がテレスティーナに手を伸ばす、美琴の瞳の中で指先がテレスティーナの頬を撫でた。

 美琴は能力を行使する際、一拍間を置く癖がある。実験中何度も見た光景だ。それを今見せた意味は。

 

「糞がッ」

 

 躊躇なく発砲する。放たれた弾丸は暴徒鎮圧用の麻酔針だ。一発でも当たれば象だって眠るほど強力な薬。『電撃使い』対策に作られた金属を用いない特注品。

 しかしそれは美琴の皮膚に接触することなく、数cm届かず消滅した。分子分解能力だ。

 

 無力化に失敗した。美琴の指先で紫電が迸る。反応するよりも疾く、か細い電撃の槍がテレスティーナを貫いた。

 

 言葉を失うほどの激痛がテレスティーナの身体を駆け巡り、思わず膝から崩れ落ちる。しかし、それは苦痛に耐えかねて倒れたのではない。電流によって脳波がインターセプトされ、随意筋がコントロールを失ったのだ。

 

 力なく倒れたテレスティーナの表情が、ゆっくりと歩み寄ってくる美琴を視界に捉えて恐怖に青ざめていく。

 

「あんたからは沢山のことを学んだ。こうやって追い詰めることが出来たのも、私の能力を見つめ直すきっかけをあんたが作ってくれたからだ。そのことには感謝してるよ」

 

 床に倒れ伏すテレスティーナに目線を合わせるように美琴は屈んだ。そっと頬にかかったテレスティーナの髪を撫でつける。

 

「ただじゃ死なせない。刺して。炙って。吊して。轢いて。嬲って。殴って。犯して。剥いで。掻き回して。切り刻んで。刳り貫いて。この世の惨禍を全身に刻んで地獄に叩き墜してやる」

 

 身動き出来ないテレスティーナの眼球を美琴の瞳が覗く。

 眼が笑っていない。本気だ。直感的に理解した。こいつならやりかねない。

 

 美琴の細い指先がテレスティーナの眼窩にかかった。

 何をされるか、手に取るようにわかってしまう。制止しようとして声が出ない自分に絶望した。

 

『あー、盛り上がってるところ悪いんだが、テレスティーナを殺されるのは、なんだ。その、困る』

 

 思わぬ助け舟だった。美琴の意識が蛙のマスコットを型どった携帯に向く。

 

『そこにいる君は御坂美琴君で間違いないかね』

「だったらなんだ。横から勝手なことを言われるのは好きじゃない」

『そういきり立つな。これは忠告でもある』

 

 美琴が押し黙ったのを感じて、電話の向こうの男は相変わらず抑揚のない声で続けた。

 

『テレスティーナの背後には幾つかの暗部組織がついている。彼女を殺せば彼等が黙っていないだろう。なんの後ろ盾もない君がテレスティーナを殺傷するのは藪蛇だ』

「こいつを生かしておけばそれこそ禍根を残す。そいつらが出てくるなら返り討ちにしてやる」

『組織を甘く見るな、と言いたいところだがね。それに、君がよくても君の家族や友人は違うだろう?』

 

 それまでテレスティーナを凝視していた美琴だったが、家族という言葉を受けて初めて頭をあげた。

 

 

「生きているの?」

『今の所は、だがね。それも君の身の振る舞い次第さ。テレスティーナを見逃せば、今なら表に返してやってもいい。佐藤花子にも君の家族にも手を出させないと誓うよ』

「.........約束を守るという保証は?」

 

 はっきり言って、男が約束を守るという保証はない。お互いの条件では同時履行が望めないからだ。美琴がここでテレスティーナを見逃しても、男が約束を放棄すれば美琴の大損。それが怖い。

 大抵は不履行を行えば信用を損なうものだが、この場合、電話の男が裏切っても失うものは無い。そもそも顔も素性も分からない人間相手に交渉など行うべきではないのだ。

 

 それを男も分かっているのか、幾つかの譲歩案を提示してきた。

 それだってあまり信用できないが、言わなくともわざわざ譲歩を切り出してきたことから、向こうにもテレスティーナに死なれたら困る確かな事情があると美琴は判断した。わざわざ美琴を裏切って、ことを荒立てるような真似はしないだろう。

 それに、もし裏切られても保険はある。

 美琴は条件を呑むことにした。

 

「最後に一つ聞きたいことがある」

 

 美琴の返事に満足した男が電話を切ろうとした瞬間、彼女はそう切り出した。

 

「佐藤花子の両親も生きているのか」

『.........残念な出来事だった。とだけ言っておこう』

 

 強ばった声音で男は返してきた。情が湧いたというよりは、その事実で美琴が心変わりしないかということに注意しているようだった。

 

「そうかい、じゃあな」

 

 先んじて美琴が通話を切る。

 

 テレスティーナに再び視線を戻した美琴の表情は苦虫を噛み潰したように悲惨に歪んでいた。

 

「今は見逃してやる。だが、いずれ絶対にお前は殺す。逃げても、地の果てまで追いかけて殺す。その時を楽しみにしていろ」

 

 憤怒の形相で脅す美琴を前にして、しかしテレスティーナはそれを鼻で笑った。

 既に趨勢は決した。美琴のそれには先程とは違って、何の力もない。それを理解しているのだ。

 

 美琴は目一杯力を込めてテレスティーナの顔面に拳を振るった。頬に小さな握り拳がめり込む。

 これくらいは、許されるだろう。そう美琴は思った。

 

 夜は過ぎて朝が巡ってきた。しかし、嵐の傷は生々しく残ったままだ。

 

 





難産。さっさと書きたいとこ書きたいから細かい所を端折り過ぎた。構成も甘いし申し訳ない。その内修正するから許して。
今回に関して、言葉が足らない部分が多々あると思うので分からないとこがあったら質問してください。

あと、たくさんの評価、ブクマありがとうございます!
取り敢えず一通編まで頑張ります

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