俺の名前は御坂美琴   作:はなぼくろ

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シュレディンガー・ボム

 常盤台中学。世界でも有数のお嬢様学校であると同時に、レベル3以上の能力者しか在学を許されない学園都市でも五指に入る名門校だ。そして学園都市の第6位、御坂美琴が在籍しているのもこの学校だ。

 

 その美琴は、そんな常盤台中学の誇る煉瓦造りの荘厳な校舎に隣接する巨大な競泳プールのスタート台で胡座をかいていた。

 何故彼女がここにいるのかと聞かれれば『身体測定』の為にここの利用を推奨されたからだが、既にその用は済んでおり、実際にはここに留まっている理由は別にあった。

 

「相変わらず派手な能力ねぇ。少し羨ましいわぁ」

 

 美琴の背後のプールサイドから少し間延びした声が掛けられた。首だけで振り返ると、そこには学校指定の体操服に身を包んだ菜の花色の長髪の女が腕を組みながら佇んで、美琴に視線を向けていた。

 

「派手だろうとなんだろうと実戦で役に立たなきゃ意味はないよ、結構こいつも手間かかるしね」

 

 言いながら暇つぶしでプールの水を沸騰させていた手を止めて、美琴は女に向き直る。

 

 マイクロ波。電磁波の一種。美琴はそれを操っていた。

 物質がマイクロ波を受けると電界が交互に変化し、構成している分子がそれに合わせて振動する。この分子振動によって発生する熱でプールを沸騰させていた。分かりやすく言えば電子レンジ。レンジでチン。

 無論人間に使えばそいつは死ぬ。ただし時間がかかり過ぎる。

 マイクロ波で振動出来るのはせいぜい水が限度だ。電界の変化について運動できるのが水くらいしかないから。人の体は半分以上水で満たされているので、高熱で内側から焼くことが出来るが、行動を不能にできる訳では無い。

 例えば、刃物を振り回す敵がいたとしよう。そいつがその瞬間に火傷かなにかしたところで、多少の不調や痛みでは興奮状態にある敵を止めることは不可能に近い。

 即効性がない。反撃の余地を与えるくらいなら他の手段を使った方が安全だ。実際、美琴には敵を即座に戦闘不能に追い込む手段ならいくらでもあった。

 加えて、なまじ威力が高いので生け捕りにも向かない。

 せいぜい冷めたコーヒーを再び温める位にしか使えない能力。

 

「そういう意味じゃ、ボタン一つで何でも出来るアンタの能力の方がよっぽど羨ましいよ」

「あのリモコンはあくまでポーズ 、キャラ造りのようなものよぉ。それに出来ることも一辺倒だしねぇ」

 

 「でもぉ」と肩にかかった髪を白く細い指先で流しながら、自信に満ちた顔つきで女は続けた。

 

「私の操作力にかかれば色んな人にお手伝いして貰えるし、何でも出来るっていうのは間違いじゃないんだゾ★」

 

 女の名前は食蜂操祈。心理操作系能力の頂点に君臨する『心理掌握』を有する常盤台中学に在籍するもう一人のレベル5。

 

「はいはい。すごいわーみさきちゃーん、あなたがなんばーわんよー」

「隠す気もない棒読み力ねぇ。まあ、真面目に褒められてもそれはそれで困るんだけど」

 

 表情も変えずマンセーコールする美琴に苦笑いする食蜂。気にした風でもない。というか割とはっちゃけたので真面目に反応された方が恥ずかしかった。

 

「それよりさ、アレ用意できたんでしょ?早くちょうだい」

「もぉ、せっかちさんねぇ。はいコレ」

 

 マンセーに飽きた美琴が本題に入る。物乞いのように手の平を食蜂に突き出した。

 その態度に呆れつつも、食蜂が体育着のハーフパンツに縫い付けられたポケットからUSBメモリを徐ろに取り出す。そしてひょいっと美琴に向かってそれを放り投げた。.........何故か明後日の方向に飛んでいった。

 

「うおおおおおおおおッ」

「あっはっは。凄いわぁ御坂さん。お猿さんみたいよぉ」

 

 アスリート並の跳躍力でUSBがプールに落ちる前に手を伸ばしてキャッチする美琴。猫並みの瞬発力。天性のバネ。

 尚、受け身が取れずプールサイドの床に叩きつられた。夏用体育着が露出多めなせいで粗いプールサイドの床に肌を擦って痛い。ヒリヒリする。

 それを見て食蜂が手を叩きながら声を上げて笑った。いつもすまし顔してる美琴の素が出てたのが愉快で仕方ないらしい。

 

 因みに食蜂に悪意があった訳では無い。単純な話、運動音痴なのだった。それで投擲の的がズレた。

 .........運動音痴ですましていいレベルかは分からないが。投擲技能ファンブったのかな?

 

「.........相も変わらず壊滅的な運動神経だな。日常生活に異常きたしてんじゃないのコレ」

 

 美琴は地面にうつ伏せになりながら、呻くように言った。言葉の端に怒りが滲んでいる。食蜂の失敗でこうなったのに自分が馬鹿にされて笑われている理不尽な現状に、思わず恨み節が零れたらしい。

 それに対して若干思うところがあったのか、コンプレックスを刺激されたのか、食蜂は顔を紅潮させて興奮気味に言った。

 

「ひっどい言い草ねぇ!御坂さんみたいに無駄に筋肉をつけていないだけよぉ。いざとなれば能力でなんとでもなるし、必要最低限で充分よ」

「必要最低限、ねぇ」

「何よぉ、言いたいことがあるんならはっきり言ったらどうかしら!?」

「いやぁ別に」

 

 美琴の言葉に含みがあると見てつっかかる食蜂。それを美琴は適当にあしらう。

 

 必要最低限。美琴はこの言葉に何かしら侮蔑的な意味を持たせて呟いた訳では無い。食蜂の能力に対する絶対的自信。それを感じ取った。

 「能力に頼りきりの能力者は弱い」。漫画とかでよく見る風潮。

 美琴はそれに半分程賛同している。実際、大半の能力者は能力を無効化する兵器だったり、自身の能力を対策した戦法に滅法弱い。

 暗部ではそういったものはザラだ。能力者とて、予備戦力として肉体を鍛えたり技術を研鑽しなければ死ぬ。しかし、食蜂はそれを必要ないと言った。

 傍から見ればその自信は慢心としか見えない。「能力に頼りきりの能力者」、その典型。

 だが美琴にはそうは思えなかった。その自信は客観的に見ても当然のものとしか思えない。

 肉体とか技術とか、数とか質とか能力とか。関係ない。勝負にならない。食蜂と相対した時点で、詰む。

 『心理掌握』とはそんな能力。

 

 やっぱこえー。敵に回したくないわ。タイマンじゃ負ける気はしないけど、状況次第じゃ死ねる。恩売っておいて正解だったな。

 美琴がそんなことを思っていると、ようやく落ち着いた食蜂が声をかけてきた。

 

「にしても、本当によかったのかしらぁ?言われた通り結構派手に動いて情報を仕入れたけど、今頃向こうも気付いてるわよぉ?」

 

 美琴が依頼したある情報の入手。テレスティーナの潜伏先。

 テレスティーナはあの出来事以来、暗部によって行方をくらましている。今回、美琴はその探りを入れるよう食蜂に頼んだ。

 その際、美琴は食蜂にその動きを相手にバレても構わないと言った。寧ろ美琴が手を引いていると露見することを推奨した。

 隠密に行動を進める必要がなかったのでかなり詳細な情報が取れたが、勘づかれた以上、向こうも対策してくる。もうこの情報は遅すぎて役に立たない可能性がある。そんなこと、美琴だって分かってるはずなのに。

 

「いいんだよ、それで。あくまで私がテレスティーナを狙ってるぞっていうポーズを相手側に見せる必要があっただけなんだから」

 

 今回、美琴がテレスティーナの情報を求めた理由がここにある。

 この間、暗部が接触してきたことを美琴は危惧していた。追い返しはしたが所詮は下っ端。あの小物に上の意見を変えるだけの力はないだろう。トカゲのしっぽ切りに遭うだけで、また別なヤツが送られてくるかもしれない。ちょっとした脅しでは通用しない。

 あそこではああは言ったが、美琴には積極的に身内を犠牲にする気はなかった。しかし、はいそうですかと従うつもりもない。

 じゃあどうする?別の暗部組織を利用しよう。

 テレスティーナを引き換えに表に戻る、あの日の協定。それを今回美琴は利用した。

 この間、暗部がちょっかいかけてきたんだけどさ、協定どうなってんの?破ってるよね?え?別の組織?あーなるほどね。そらしゃーないわ。ってなるわけねーだろ。お前らが動かないならテレスティーナ殺すぞボケ。

 美琴はそう言っている。そして、実際に美琴が動いていることを、動けるということをわざと知らせた。

 美琴と暗部との間での協定に対する認識の違いなどここまでくると関係ない。美琴に実力行使されたら困るのは暗部の方だからだ。美琴もそれ相応の対価を払うことにはなるが、損得勘定抜きで彼女は動いている。そしてそのことを暗部の人間は知っている。脅しは効かない。こうなるとテレスティーナを守るために、美琴と敵対しないためにテレスティーナを匿っている組織は動かざるをえない。

 

「.........動かなかったらどうするのかしらぁ?」

「テレスティーナを殺して、連中を死ぬまで追っかけ回す」

 

 これだよ。と食蜂は思った。美琴はこれが怖い。

 

 はっきり言って、美琴は組織にとってそこまで大した相手ではない。使える手勢もなく、情報収集力もなく、恐ろしい後ろ盾もいない。あくまで美琴は個人だからだ。レベル5という驚異的な暴力は持っていても組織という大きなチカラの前には塵くず同然。美琴もそれは自覚している。

 だが、触れば何をしでかすか分からない怖さがあった。チカラで屈服しない。屈服させようとすれば途端に暴れだして諸共破滅しようとする。

 後先考えない。捨て身の人間程怖いものはない。想像もつかないことを平気でしでかす。

 美琴が欲しくて手を出すのに、気づけば美琴は死んでいて、元々持っていた手札に壊滅的なダメージを負っている。それが怖くて手が出せない。

 普通そんなことしでかす人間はいない。美琴のソレはポーズで本当は本気じゃないかもしれない。

 .........でも本気だったら?

 美琴は爆弾だ。火薬があるのかないのか分からない爆弾。美琴が欲しければその爆弾を、地雷を踏んで確かめなければならない。

 当たればデカい。ハズレれば、どかーん。

 相互確証破壊。暗部は美琴に手が出せない。

 美琴は着々と自身が爆弾であることを証明していっている。この間の一幕でも、今回でも。

 

 敵に回したくないわー。奇しくも食蜂の思考が美琴と被っていた。

 

「まっ。なんでもいいわぁ。ともかく、貸一ね御坂さん」

「は?これでチャラでしょうが。さり気なく恩を売ろうとしないでよ」

 

 げ、覚えていやがったかこの野郎。露骨に嫌な顔をする食蜂。それを見て牽制を含めて美琴が言った。

 

「今度誤魔化そうとか、騙そうとしたらアンタの彼氏ボッコボコにしてやるからな」

「かかかか彼氏なんて、そそそそそんなんじゃ、ななないわよぉ」

 

 ?なんでキョドってるんだろ。あのツンツン頭の高校生と付き合ってんじゃなかったのかしらん。

 1年前、食蜂と一緒に面倒に巻き込まれていた男の顔を思い出しながら美琴は思ったが。顔を真っ赤にあわあわしている食蜂にすっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「もういいや、疲れたし。シャワー浴びて寝るわ」

「ちょちょちょ御坂さぁん。訂正、訂正があるから。待って。待ってよ御坂さぁん」

 

 相変わらず真っ赤な食蜂を無視してさっさとプールから出て行く美琴。それを追う食蜂。

 

 

 

 

 美琴を追いかける最中に一つ、食蜂は疑問を抱いた。

 美琴はテレスティーナ自体の居場所はどうでもいい。そんなふうに言った。情報自体に価値を求めていないと。

 ならば何故、美琴は必死にその情報の入ったUSBメモリを守ったのか。あの時、美琴は本気だった。自分の体が傷つくことを厭わずメモリを守ることに必死になっていた。

 矛盾している。どうでもいい情報に体を張った。

 ただの脊髄反射かもしれない。フリスビーを思わず取りに行く犬のような。或いは単に勿体ないと思ったのかもしれない。所詮は憶測だ。確証はない。考える意味は無い。

 ただ、そのことが妙に心に残った。

 

 




爆弾魔と思った?残念ミコっちゃんでした!

最近色々忙しくて書く暇がなく、投稿が遅れてしまいました。申し訳ない
ですろり面白いからね仕方ないね
それはそれとして、なかなか今月も忙しいのでちょいちょい投稿遅れるけど、一通編までは失踪しないから安心してくれよな!

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