「はぁーぁあん」
キーボードを叩く音だけが響く静謐な室内に少女の間延びした呻き声が浸透する。
(相変わらず間抜けな声を出すなぁ白井さんは)
そんな様子を見ながら隣で忙しなく何かをキーボードで打ち込んでいた少女の同僚は、長年の付き合いで最早聞き飽きたその珍妙な大息にそんな感想を抱いた。何か思い出したくないようなことを不意に思い出した時、彼女は毎度この声を出す。
横目で様子を窺ってみる。少女___白井黒子はパソコンを前に作業を放棄して机に突っ伏しながら、何やら頭を机にゴリゴリ擦り付けているようだった。
「どうしたんですか白井さん。また何かあったんですかー?」
パソコンから目を離さずに彼女___初春飾利は黒子に尋ねた。一応気にかける風を装わないと、彼女の繊細な同僚は臍を曲げるであろうことは分かっていた。拗ねられると後で困る。仕事はまだあるのだ。
黒子は初春の言葉に身動ぎすると、この世の終わりでも見てきたかのような青ざめた顔で口を開いた。
「.........最近、お姉様がわたくしに内緒で殿方と密会してるようですの.........」
「御坂さんがですかぁ?」
御坂美琴。黒子と同じ中学に通うルームメイト。初春も何度か会ったことがある人物だ。
なんとなく、彼女と恋愛事が結びつくイメージが初春には湧かなかったが。
「まあ御坂さんも女の子ですし、そういうこともあるんじゃないんですかねー」
自分でも思うくらい無難な意見を初春は述べた。余計なことを言って矛先が自分に向かうのを嫌がったというのもそうだが半分は本心だ。
普通、年頃の女の子であればそういうことに興味があってもおかしくはないだろう。寧ろ興味無い方がオカシイ。そのへんの話に疎い初春だって時々想像を巡らせることがあるのだから。
しかし黒子にとってはそうでもなかったようだ。
「fu〇k不純異性交遊ッ!黒子の目が黒い内はそんなこと絶対に一切、アブソリュート認めませんのォ!」
「意味被ってますよ白井さーん」
赤毛のツインテールを振り回しながら奇声をあげ始めた黒子を見ながら、また癇癪が始まったかと初春は呆れた。こと美琴のこととなると黒子はいつもこんな調子だ。何かのビョーキなんじゃないかと初春は疑っている。
「そんなことよりコレさっさと終わらせましょーよ。期限今日までなんですから」
彼女らは『風紀委員』という学園都市における治安維持組織の一つに所属している。今カタカタやっているのは先日に起きた『虚空爆発事件』と銘打たれたアクシデントの報告書を作成するためだ。
爆発物もないのに突然、物が大爆発を起こす。そんな現象が学園都市を騒がせていた。重軽傷者は数十名、警戒に当たっていた『風紀委員』も数名含まれている。
数度そんなことが起きると流石に原因も分かってくる。爆発源はアルミニウム。そして容疑者は『量子変速』の能力者だと推測された。
『量子変速』は物体に存在すると言われる机上の素粒子である重力子を加速させ、周囲へと放出する能力だ。単体では物体を炸裂させる程度で、それはそれで恐ろしい能力だが物体を爆弾に変えるという芸当はとても出来ない。ミソはその能力をアルミニウムに用いたというところだ。
アルミニウムを『量子変速』で粉々に炸裂・分解することで出来上がるモノ、アルミニウム粉末。アルミニウムは金属の中でも特に燃焼熱が高く、また粉末であり表面積も大きいため現実でも第2類危険物に指定される程の可燃物だ。
危険なのは『量子変速』でそれが周囲に拡散するだけでなく、高速でそれらが放出されることで起こる摩擦熱。結果、小規模な粉塵爆発が起きる。それが虚空爆発の正体だった。
タネが分かれば後は簡単だ。爆発が起きた物体が設置された場所周辺に近付いた人間を監視カメラで片っ端から洗えばいい。学園都市製の監視カメラは小型で画質もいいため、映った個人を特定することはそう難しい話ではない。加えて言えば『量子変速』がレアな能力だったのも幸いした。容疑者の絞り込みも容易になるからだ。
結果犯人は捕まえられた。中学生の冴えない少年だった。
「この資料を見ているだけであのデスマーチを思い出しますわ。うっ吐き気が」
監視カメラを精査する作業は地獄だった。何度も何度も同じシーンを繰り返し見ては人探し。めぼしい人間がいれば『書庫』にかけてチェック。駄目ならば次。ビンゴでも一応次。その上学校にも行かねばならない。黒子は1週間くらいでエナジードリンクを1カートン空にした。
そしてやっとこさ犯人を特定・逮捕し、辿り着いた休息。なのに数時間寝ただけでまた呼び出されて後始末をやっている。寧ろ黒子が若干壊れ気味なのは当然かもしれない。初春は少し同情して、ちょうどその頃風邪を引いて地獄から逃れられた自分の幸運を讃えた。
「でもおかしいですよねー」
初春がそう切り出した。なにが、とは聞かない。黒子も資料を読んでいて疑問に思うところがあったからだ。初春が何を指して言っているのかアタリはつく。
「この捕まった人、前回の『身体測定』ではレベル2くらいしかなかったんですよ。そのあと成長したにしろ『身体測定』が終わってまだ一週間も経ってないですよね?」
アルミニウムを粉々にするには『量子変速』ならレベル4くらいでないと出来ない。アルミニウムを破壊するくらいならレベル2程度でも出来るが、細かさが違う。精々レベル2なら破片にするくらいまでしか出来ない。粉末にする程の能力の精密さが違うのだ。
「最近増えていますわね、『書庫』のデータと実際のレベルが異なるケースの事件が」
この事件だけではなく、同様の事例が最近増えている。そのことを黒子は知っていた。
能力の急激なレベルアップ。有り得ない話という訳では無いが、それを成している人間がここまで多いのは異様だった。
「なんだか本当に『レベルアッパー』があるんじゃないかって思っちゃいますよね」
「レベルアッパー?なんですの、それ」
「知りませんか?使うだけで能力のレベルが上がるっていう都市伝説上のアイテムですよ」
友達から聞きました。と言う初春に黒子が顔を顰めた。
「眉唾ですわね。そんなんでレベルが上がるなら、誰も苦労しませんの」
「だから都市伝説って言ってるじゃないですか。でもやっぱそういうのが噂になるくらい、みんな憧れてるってことですよね高位能力者に」
「努力すれば誰にだってなれますの。そういうのにかまけてる暇があるなら、訓練している方がよっぽど有意義ですのに」
甘い考えだと言わんばかりに初春の言葉を切り捨てる黒子に、初春は苦笑いで返した。
黒子の言葉は、恐らく正しいと思う。出来ないだとかなんだとか言う前に努力しろ。それは恐らく正論なのだろう。ただし、それはあまりに乱暴な正論だ。
人間、みんながみんな努力できる訳では無い。誰もが黒子のように強い訳では無い。心の弱さを隠しきれない人間は山ほどいる。ああなったらいいな、と願望ばかりで努力しない人間は沢山いる。レベルアッパーはそんな人間達にとっては夢のような存在なのだろう。
そこまで考えて、そのことと元低位能力者の犯罪が増えていることを結びつけられないくらいには、初春はリアリストだった。
ミコっちゃんは出ない。前振りのような話。
皆さんご存知幻想御手編ですが 、ぶっちゃけ殆どオリジナルの話になる。オリキャラも出るし他のレベル5も出る。美琴?見せ場のバトルを見せる機会が遠のきまくってるのは確か
あと『量子変速』の説明は適当です。なんでアルミが爆弾になるのか説明見てもサッパリだったのでこじつけただけ