001
母の日。
五月十四日はそんな日だった。母親がいようがいまいが日本に住む限りどんな人間でも享受する日。たとえ母親のことが好きではなくとも、全員に平等に訪れる日。
——だからだろうか。
母の日であり、戦場ヶ原ひたぎの一件から六日後の日曜日。五月十四日にあの迷子の少女——
蝸牛の迷子に出会ったのは——。
002
突然だが、俺には家族がいない。
元々親戚とも繋がりがなく家族と呼べる人は両親だけだったのだが、その両親も俺が幼い頃にいなくなった。
死んだ——のかはわからない。
ただ、いなくなった。蒸発した——と言った方がわかりやすいだろうか。
だがまだ幼かった俺に一人で生きていけるはずもなく。今まで一度も会ったことのない遠い親戚に世話になることとなった。
何でも知ってるお姉さんである彼女は——俺にそう名乗った。
それから今までに何度か世話になっているのだが、まあ。彼女は家族、と言うよりは世話を焼いてくれるお隣のお姉さん、って感じだ。
……俺が幼かった頃から見た目が変わっていないあの人を今でもお姉さんと呼ぶべきかは怪しいが。そこはあまり考えないでおこう。怪異より怖えよ。
それに、今ならわかる。
——彼女が俺の親戚でも何でもないことは。
自分の
まあ、ともかく。現在一人暮らしで天蓋孤独と言っても過言でない俺には母の日なんて普段となんら変わらない日である。
よって、俺は家でやることも特にないので自転車でテキトーに近所をうろつく。
やることねえなあ。暇だなあ。なんて思いながら風を感じていると前方に見覚えのある人物を発見した。
「よっ。羽川さん」
「あ、一宮くん。よっ」
なんて、俺に合わせて挨拶をしてくれた羽川さん。可愛い。
「どうしたの?こんなところで」
羽川さんが尋ねてくる。
「暇でやることがないんだ。サイクリングでもして時間を潰そうとね」
「あっはー。良いね。暇潰し。暇なのは良いことだよ。自由ってことだからね。うん、私も暇潰しってとこかな」
そんなふうに笑った後に羽川さんが言った。
「じゃあちょっと私とお散歩しない?」
「良いぜ。目的も特にないしな」
俺は自転車を降りて押しながら羽川さんの隣を歩く。相変わらず休日だというのに彼女は制服姿だ。学校と違うところと言えばその手に持ったハンドバックくらいのものである。二つに分けた三つ編みに眼鏡、校則を守ったキッチリとした制服の着方。どこからどう見ても委員長である。絶滅危惧種だ。
そんな彼女が母の日に外をふらついていることは触れないでおこう。ゴールデンウィークでひと段落ついたとは言えそれは猫の件だ。家族の件については何も解決などしていない。
……いや、それも一応解決策はあるし実行もしたのだが。彼女が覚えていないので保留にしておこう。何より俺が恥ずかしい。
そんなことを考えながら二人で歩いているとある公園を見つけた。
浪白公園。
ろうはく公園と読むのか、なみしろ公園と読むのかは知らないが、寂れた公園だ。
そんな公園から、とてつもなく聞き覚えのある声が響いている。
……ええ。この声絶対阿良々木じゃん。あいつ昼間っから公園で騒いでるのか……。やべえよ……。
何て思いながら見ると、別に一人で騒いでいた訳ではなく小学校高学年くらいの少女と二人で騒いでいた。
……いや、余計にヤバイ。
「おい。阿良々木。何してんだ」
「はっ!違うんだ、一宮!僕は決して女児と戯れていたわけではない!八九寺の体には指一本触れていないぞ!」
「一宮くんはそこまで聞いてなかったような……」
なんて話していると件の少女、八九寺ちゃん——と言うのか?彼女が警戒心マックスの目で俺たちを見てくる。そんな怪しいのかな……、俺。
「こんにちは、真宵ちゃん。私、このお兄ちゃんたちのお友達で、羽川翼って言うんだよー」
一瞬なぜ八九寺ちゃんの名前を知っているのか、と思ったがどうやらリュックサックについている名札を見たらしい。
「ん、ああ。俺は一宮咲万だ。よろしくな。八九寺ちゃん」
羽川さんに目線を向けられたので俺も自己紹介をする。
するとそれに対し八九寺ちゃんは、
「話しかけないでください。あなたのことが嫌いです」
と言った。
そんなストレートな言葉に俺が地味にショックを受けていると羽川さんは全く気にしていないのか
「あれー。嫌われるようなことしちゃったかなー。初対面の人にいきなりそういうこと言っちゃいけないよ、真宵ちゃん。うりうり」
なんて言いながら八九寺ちゃんの頭を撫でる。彼女は抵抗しようとするが無駄な抵抗だった。
「う、うううー」
「可愛いねー、真宵ちゃん。やーん、本当、食べちゃいたいくらい。ほっぺたなんかぷにぷにじゃない。きゃー」
なすがままである。そんな二人を尻目に俺は阿良々木に少し声を落として話しかける。
「……なあ。また、怪異がらみか?」
「——ああ。でも、どうしてわかったんだ?」
「まあ、なんだ。雰囲気というか——そんなもんでな」
そう。彼女——八九寺真宵から俺は、怪異の存在を感じていた。俺にまだ何も見えていない、ということは八九寺ちゃんそのものに取り憑いているのか。それとも実体がないのか。
それとも——。
「今戦場ヶ原が忍野のとこへ向かってるんだ。そろそろ連絡がくる頃だと思う」
……なるほど。
「なあ、羽川さん。実はさっきまで戦場ヶ原さんがここにいたらしくてな。二人の邪魔をするのもなんだしそろそろ帰らないか?」
「んん?戦場ヶ原さん、最近学校休んでたけれど——んん?あ、そういえばこの前、阿良々木くん、私に戦場ヶ原さんについてあれこれ訊いてきたよね——んん?」
羽川さんお得意の妄想が炸裂していく。
「ああ!そうか、そういうこと!」
「いや、違うと思う……」
阿良々木が否定するが彼女の耳には入っていないだろう。
「それなら邪魔するのもなんだし、私たちは帰るね」
「あー。それが羽川さん。俺は少し用事ができたんだ。悪いけど先に帰っといてもらえるか?」
「——ん。わかった。じゃあ、二人とも、また明日ね。真宵ちゃんも、ばいばい」
そう言って彼女が帰ると阿良々木が訝しむような目で見てくる。
「別に。深い意味はないさ。ただ、羽川さんをあまり怪異と関わらせたくないって気持ちはお前にもあるだろ?協力なら俺がするからさ」
「——そうか。わかったよ」
そんなことを話していると阿良々木の携帯が音を鳴らす。おそらく戦場ヶ原さんからの連絡だろう。
彼女の電話番号を手に入れニヤける阿良々木は最高に気持ち悪かった。
全然話進んでないですね。