「おおお……! これがパンケーキ……!」
「ほんっと勘弁してくれドーラ」
太陽が一日の仕事を終え、地平線へその身を埋めかけてる時間。路地裏にある閑散とした喫茶店にその姿はあった。
一人は黒のコートをハンガーにかけ、同行者が注文の品に舌鼓を打っている姿へ呆れた目をむけて見守っている。義務教育半ば程の幼さの彼は、本日に限り同行者の財布と化していた。
きっかけは些細な失言。同行者を指して腹ペコだからなとSNSで発言したら、思いっきり見つかって遠回しに強請られたのである。
「んむ、そもそも勝があんなこと言うからいけないのじゃ」
もう一人は燃え上がるような真っ赤なワンピースを着た、少年にドーラと呼ばれた女性。身体を巻くように打ち合わされ腰の部分に紐で止められたそれはカシュクールと呼ばれる類のもの。袖は肩先が隠れる程度しかなく、そこから伸びる腕は深紅色にオレンジの線が入ったナニかで覆われ、見える肌は黒で覆われた手の親指部分のみ。
それだけでも正体に疑問符が付くが、最も決定的なのはこめかみから生えているソレと腰の部分から伸びるアレだ。
まずは角。人間にはあり得ない器官がこめかみからおよそ20cm、天を突くように伸びている。真紅のそれは、彼女の腰まで届く髪とお揃いの色。
次に尻尾。尾てい骨の上辺りから真っすぐに伸びるもの。根元は深みのある紅だが、尾の先端は熱を持っていると言わんばかりの輝きを放っていた。
オマケ的な要素で言えば、十人いれば十人が振り返る美貌の持ち主であった。もっとも、彼女の美貌より先に角や尾に目が行くだろうが。
そんな彼女は現在、白い皿に二段積まれたパンケーキを美味しそうに頬張っていた。メープルシロップを適量かかっているので甘さにブーストがかかり、しかし口の中に残らない程度で喉にも引っかからない。
ナイフで切り分けフォークで口へ。実を言うと、二皿目であった。
「三皿目はないからな」
少年──鈴木勝の憮然とした声。中学生である彼には喫茶店にあるパンケーキ二個分の代金は決して少ないダメージ。今月は貯金をしようと出費を抑えていた結果がこれでは彼も報われない。
「まあ、これくらいで許してやろうかの」
「俺様のお金が……」
「なに、子供のお小遣いでファイアードレイクの機嫌が取れるなら安い物じゃろて」
「それはドーラの世界の話だろう。こっちの世界には、竜どころかゴブリンもスライムもいないんだからな」
「そうじゃったそうじゃった」
「というか、どうやってこちらの世界へやってきた? 声をかけられた時は心臓が飛び出るかと思った……」
「あれは傑作じゃったな、動画に収めてみなに見せたかった」
「いくら画面越しに顔を見ていたとは言え、異世界の存在が際どい姿で出てきたら誰だって驚く!」
何事もなく続く日常、学業に打ち込み自宅へ続く道を歩いて曲がり角を曲がった先、マズい場所だけ隠しましたみたいな恰好の存在がいたら腰を抜かしたって笑われないだろうと思う程には驚いていた。
彼にとって幸いだったのは人通りが少ない場所だったこと、遭遇地点が家の目の前だったこと、両親が買い物で不在だったこと。慌ててドーラを自宅へ連れ込み、とある金持ちに連絡を取って服だけ手配してもらった。
ファイアードレイクである彼女に合わせたような鮮烈な赤一色のワンピース。お披露目の時には勝ですら目を奪われた程。
「で、どうやってこちらへ来たか、じゃったな」
「そうだ、そこが気になる」
「別に何も関係はしていないぞ。勝、少なくともお主が考えている存在は無関係じゃ」
「……ならどうやって」
「何、神様から託されただけじゃよ」
いや、それ答えになってないと指摘する前に、一つの指輪がドーラの手から投げられる。
それは指の甲側が膨らんでいる銀色の指輪だった。中心部には円形の大きなオニキスらしき宝石が埋め込まれており、台座の四カ所に四角の形で意匠される四つの爪。左右には翼のデザイン。
「こ、これは……」
端的に言って、かっこよかった。
シルバーとブラックが合わさり最強に見える。
「宝物庫にあった一品じゃ」
「それは、いいのか……?」
思わず顔をあげる。ドーラが守っている財宝の一部ともなれば、いくら自分の好みドストライクで喉から手が出る程欲しくても気が引ける。
「何、ちょっとした加護がある程度じゃ」
「いやそこじゃなくて」
「ぬふふ、この程度は問題ない。その程度のものならごまんと転がっておるからな。ソレ、名前すらないしのう」
「……貰えるなら有難く頂戴するが」
「良い良い、名前もつけてやれ」
名前を授ける事の重大さは勝もよくわかっている。それが例え無機物としても、だ。更に言えば自分がこれから装着するものとなれば、尚更。
都合十数秒。ドーラがパンケーキを食べ終わってフォークの切っ先を空中に向けるようになってから少し。やっと決めたのか指輪を左手の人差し指にゆっくりと通す。手をかざし、すっと目を細めた。
「ダークネスドレイク、なんてどうだ」
「して、その由来は」
「ファイアードレイクに俺様の闇の力が加わったということで。闇の炎の力は更に強くしてくれるだろう」
「なるほどのう」
それと、と勝はドーラから顔を背ける。
「俺様の二つ名とドーラの種族から取ったからな、仲間の絆って一面もある」
どうにも気恥ずかしい本音。けれど、わざわざ世界を跨いでまで渡しにきてくれたのだから、それへの誠意として想いの丈を隠すべきではないと思ったのだ。
ちらりとドーラの方を盗み見れば、にんまりと良い笑顔を浮かべていて、跳びかかってくるのではないかと──否、思いっきり抱き寄せられた。
「う、うわああああ! な、なにして!」
「可愛い奴め! まったく、こちらへ来た甲斐があったものよ!」
「人の話をぉ……!」
何をと言わないが、柔らかい。そこへ顔面からダイブしているのだから思春期の少年にとっては最上の毒である。抱き寄せた本人は勝に対してそんなに気にしないため、どこ吹く風。
どんどんとカウンターを叩いても、それに合わせるように頭を撫でまわされる。正に天国と地獄。
「さて、どうやってこちらへ来たかじゃったな」
「……帰りたい」
「すまほのようなものが他にないか、信頼できる者を呼びこんで漁ってもらったんじゃが、そこに異界へ行き来出来る宝具があったんじゃ」
「それはまた、都合が良いな」
「ただし異世界の事を知っていて、その先に知り合いが存在することが条件らしく、常人にはただのガラクタだそうじゃ」
「本当に都合が良いな!?」
まさにドーラのためだけにあるようなもの。もしくは、過去にドーラの世界にも別世界から流れてきた者がいたのか。「遠い過去に作られたのはわかるが、何年前かわからん」とドーラの言。
とは言え、今の勝にとっては有難い。そうだ、いっそのことタイミングを逃したことも今言ってしまおうかと口を開く。
「どうした勝?」
口を開けど声を出さない姿にドーラが首を傾げる。
「あ、いやその、都合が良いけど嬉しいとな」
「ふむ?」
「だって、実際に会えるなんて思ってなかったから。だから、都合が良くても俺様は嬉しいんだ。ドーラ、来てくれてありがとう」
「ほう!」
言葉を受け取ったドーラの顔は喜色で染まっていて、そんな調子だから勝はまた目を逸らしてしまうのだ。そして当然──抱き寄せられるまでが焼き直しの展開であった。
「くうぅ~~! 勝のドラゴン誑しめ! まったくまったく、これほどの男はわしの世界にも居らんかった!」
「だああああ! 知ってた! こうなるって、知ってた!」