こういう時期だからこそだろう。人々は涼しさを求め、体感的な涼しさに飽いた人間達は精神的な涼しさを求める。一人では立ち向かえなくとも友人の力を借りれば、もしかしたら乗り切れるかもしれないと考えて手を伸ばす。
──例えばホラーゲームとはそういうものなのだが、その手を伸ばした先が同じくホラーが苦手な相手であった場合はどうなるか?
「ぎゃああああ!!!」
「うおああああああ!!!!」
悲鳴が悲鳴を呼ぶ。
「ヒィッ!」
「え!? なんじゃなんじゃ何が見えたんじゃ!?」
気付かなくても良かったことを、片方が気付いてしまって余計に恐怖を生んでしまう。もちろん、見つけた方はあまり語りたがらないから相方はわからない不気味な感覚だけが残る。
最初はあった二人の間が、ゲームを終える頃には肩が触れ合うか触れ合わないかぐらいまで縮まっていた。顔を見合わす二人、そこに甘酸っぱいものなど欠片もなく、あるのは恐怖の名残のみ。
────
ファイアードレイクである彼女──ドーラが、こちらの世界へ気軽に来れるようになってそう日も経たない内に、鈴木家では彼女の存在が快く受け入れられるようになっていた。
初日だけならともかく、SEEDsの仲間達との顔合わせや直に現代に触れるためにほいほいと来れば、現代通貨を持たない彼女に降りかかるのは宿の問題。その都度戻るのは合流のために連絡を取るのもめんどうになる。
毎度毎度親に隠して部屋に隠すのは容易ではないし不誠実だ、とのドーラの言を聞けば鈴木家長男にして義務教育途上の彼──鈴木勝もその通りだと思わざるを得ない。
「えぇ、ちょっとこの美人は誰!?」
「と、友達……角とか尻尾は、コスプレで……」
「う、うむ……勝とは良き関係を結ばせて頂いている」
「良き、関係……? ちょっと、どこで引っ掛けて」
「そ、そんなんじゃねーよ!!」
話を通した結果が、これだった。文字通り
つまるところ、とんとん拍子で話が進んだ。もちろん、勝のいないところで両親からキッチリ釘を刺されたことは、ドーラの中では秘密である。己の正体もその時にきちんと話していた。
「なんというか、勝の両親は凄いの……誰とも知らない、年の離れた存在が家に来ることを許すとは」
「自慢の家族だからな!」
ふんす、と胸を張る勝。この時期の子供にある反抗期とは無縁の両親自慢に、知らずドーラの口が緩む。夕飯を御馳走になってほくほく気分だったのもある。友人とその家族、卓を囲んで世間話を咲かせながら食べるご飯のなんと美味しいことか。本当に、人間の姿になれて良かったとまで思ったほどだ。
夕食も終わり今日はもうやることがなく、二人は勝の部屋で色々なことを話していた。SEEDsの皆のこと、二つの世界の諸々、これからどんなゲームをやるか、学校での生活……そうして沢山のことをお喋りして、どちらからでもなく「ホラゲをしよう」という話になった。
これから先避けては通れぬ道、通話でやるよりは横に誰かいる方が心細くないだろうという気持ちがあった。だから二人はノリノリで、PCからインストールしていたゲームを起動した……してしまったのだ。
────
「…………」
「…………」
冒頭に戻る。二人とも無言。流石に良い時間だったので一旦終わっただけでゲームの完走自体はしていない。ただそれでも大分進めたため、幾度とないギミックに冷たい汗をかくハメになった。
音や曲がり角の先で目が合う事数回、そうして警戒心を最大限に高め、BGMも相まって絶対出るだろうと覚悟を決めた道の先には何もなく、一息ついてドアを開けた。瞬間、画面の下から唐突に現れる血まみれの手。とても他人に訊かせられない可愛らしい叫びのデュエットが、部屋に響いた。
とにもかくにも二人の精神状態は最悪のソレに近い。時間も時間、幸いなのは丑三つ時と言われる心霊系によくある時間になっていない事か。
「誰じゃホラゲやろうなんて言い出したのは」
「ドーラだろうが……」
「いや勝じゃ。よしんばわしが言い出したとしても、こんな怖いゲームを入れた勝が悪い」
「ホラゲ無理なら言えよぉ! ドーラの悲鳴でこっちまで怖くなったんだ!」
「まるで自分だけなら怖くないみたいな言い草じゃな?」
「そーうーでーす!」
「ロッカー開けた先に血まみれの死体があった時の声は皆に聴かせたかった程じゃがのぅ?」
「その返し、前に聞いたことがある気がするぞ……」
正に不毛な争い、声量こそ抑えているが解決することのない責任の押し付け合い。二段ベッドの柵によりかかりながら反論する勝に対し、黒いパーカーに同じ色のスウェットパンツを着用したドーラが負けじと言葉を飛ばす。彼女の腕が動くたびに、パーカーに描かれたデフォルメされた赤い竜が歪む。
勝の方はと言えば、普段使いである半袖半ズボンの薄いパジャマのお供に、愛用の枕を抱えていた。ゲームを終えてなお続くうすら寒さに、もっと厚いものを着れば良かったと後悔していた。
こんな低レベルな言い争いをしているのも、沈黙が怖いからに他ならない。ホラゲをプレイした後特有の無音への恐怖。焦りを駆り立てるBGMが鳴るか彷徨う亡者の悲鳴が耳に飛び込むか。そんなありもしない妄想をしてしまって余計に怖くなる。そうでなくとも静まり返った室内に物音がすれば肩が跳ねる。
「そもそもドーラの世界は幽霊とか居そうだけど何で怖がるんだよ……」
「幽霊はな、焼けないんじゃ」
「そこなのか」
「今日の場合は焼けない事もない、そうなると幽霊は勝のぱそこんと共にこの世から消え去るじゃろうがな」
「俺様が間違っていたよ」
とは言え、勝にも言わんとすることはよくわかった。攻撃が通る相手ならば、最悪の場合自分の手でなんとかしてしまえばいい。塩が利くならご飯にかけるように振りかけてやればよし、十字架が利くのならば神にだって祈ってみせる。
「そういう勝こそ、特異な能力を持っておろう? かような存在等見慣れておるかと思ったんじゃが」
「慣れているからこそ、だ」
意外そうなドーラの表情に対し、勝の顔は険しい。なるほど確かに闇の世界にはそのような存在や、霊や死体を使役する能力を持っている者もいる。それらに対峙したことだって片手で数えられる程度だがある。
なればこそ、その恐ろしさを知っていて楽観視など出来るわけがない。
「いやこれゲームじゃが……」
「その通りだ。まだ敵対者なら俺様のスイッチも入ろうが、これはゲーム。純粋に驚かす為だけに存在するからタチが悪い」
実際に危害を加えないから、心の底から警戒が出来ない。勝がホラーゲームに対してあまり強くない理由がソレ。
現実とゲームは違うのだと一番教えてくれるのがホラーゲームだった。
「ところでドーラ、寝床は客間だったはずだが」
「何、勝が一人では寝れなくなるのではと思ってのぅ」
「俺様が? そ、そんなわけねーだろ!」
「声が震えておるぞ」
痛いところを突かれた。いや決して怖くて寝れないなどと言うことはないが、それでも真っ暗闇の中の静寂にうすら寒さを感じてしまうのはホラーゲームをやったあとには仕方ないこと。それに、と勝はドーラをよく観察する。
手の半ばまで伸びる袖を握りしめ、注意深く見れば尾の先が丸くなっている。きょろきょろと世話しなく目が動いていてまるで何かに怯えているよう。
「ドーラも、人の事は言えないみたいだけど」
「っ!」
「一人で寝れないならば、ここで寝てもいいが?」
数十秒前と逆転する立場、更に言えば、鈴木家の客間は勝の部屋を出て薄暗い廊下を歩いて目指さねばならない。果たして今のドーラにそれが出来るかどうか?
勝はそれができないだろうことを確信していた。ちなみに自分はどうかと聞かれれば、固く口を閉ざすであろう。
「……る」
「ん?」
「寝る! わしも! ここで! 寝る!!」
「お、おい! そこ俺様の場所!」
ファイアードレイク、ここに陥落。開き直ったドーラは立ち上がると、勝を押しのけてベッドに寝転ぶ。30倍近く年上である彼女だが、その威厳とは全く無縁の姿。
ドーラが寝返りをうち、全体が軋む。本来の持ち主である勝はほとほと困り果てた。いやこれはどうすれば良いのか、え、まさかこれ一緒の部屋で寝るのかいやそんな馬鹿な。
無意識に顔を覆う。しかしながら時間も時間、未だ幼き身に抗いがたい誘惑が急速にせりあがって来ていた。そう、その名は睡魔。漆黒の捕食者を称する彼にも魔の手は例外なく伸びてくる。
「いいや……俺様ももう寝る……」
普段の彼ならば戸惑い、気恥ずかしさから絶対に選ばない選択肢。しかし服を着ていること、眠気がとても大きな主張をしていること、ホラーゲームをやった後であること。様々な要因が重なった結果、数秒で思考が答えを導き出したのだ。
二段ベッドの上側が空いてはいるが、こうまで眠いと梯子を登るのすら億劫になる。ドーラを手で端へと追いやり、自身も下段へと身を埋める。お互い端に居ればいいだろうという楽観。
「お、おい勝」
「くあぁ……」
これに慌てたのがドーラである。確かに用意された客間ではなくここで寝る気満々だったのは否定しない。百歩譲って客間までの道のりは我慢できるとしよう、しかし、無音の深夜に一人で寝るのは嫌だ。何かよからぬ夢を見るような気がして。なので二段ベッドの上下どちらかを借りようと思ったのだが内心を言い当てられてしまって開き直った結果がこれだ。
別に人間の子供相手に思うところがあるわけではなく、これ起きた時とか勝の両親に見られた時どうすりゃいいんじゃとそちら方面の心配がある。
「ええんか? 勝、お主それで……」
「…………」
「もう寝ておる……」
規則正しい寝息。もうこうなればなるようになれだ。心配しなくとも勝が起きる前か両親が来る前、それまでに自分が起きて二段ベッドの上か客間まで移動してしまえばいい。
決めてしまえば余裕も多少は生まれる。恐怖の余韻を誤魔化す意味合いも兼ねてそっと頭を撫でる。起きている時は抵抗してくるが、寝ている今はされるがまま。ファイアードレイクの持つ温かさとは違った種類の温かさが、手の平から伝わってくる。
安らかな寝顔だった。何か良い夢でも見ているのか、口がにへらと現在進行形で緩んでいる。そんな顔を見ているからだろうか、眠れないと思っていたはずなのに意識が微睡んできた。
「おやすみ」
きっと、良い夢が見れそうだ。夢の世界へ旅立つ直前、そんなことを思った。
────
翌朝、起きる前に抜け出せばいいとのドーラの目論見は崩れ去ることとなる。精神的に疲労していたドーラは、自分が思っていたより深く眠ってしまったのだ。そしてそれは勝も例外ではなく。
朝食の場にて愉快そうに肩を震わせる勝の母親が、二人の寝顔を一枚に収めた写真を見せることで場は大いに荒れることとなる。──仲の良い姉と弟みたいね、とは母親の談。
この二人ほんと仲良しだと思う……思わない?