多くいる盟友達との模擬訓練。事前に社築と動作確認をした時には問題なく動いていたソレが、今に限って動かない。
悔しい、その気持ちで胸がいっぱいだった。隣で社が落胆したように首を振るのが見える。時間も遅くなり、どうにもならないというのが社の見解。
時計を見やれば、二つの針が示す時間は午前二時を半ばまで過ぎた頃合い。作業を何時間も続けて疲労の蓄積も著しい。
「でも俺様は……!」
画面の向こう側に数多いる友との約束を破りたくない。その一心で手を動かし、頭をフル回転させてなんとかしようと思って。
なおも原因を探り復旧のためにと手を動かす勝の腕を、社の力強い手がガッシリと掴んだ。
抗議の目を向けた先にあったのは、深い深い闇の目。その呑み込まれそうな程混沌とした目に、言葉が喉から出なかった。
「やめよう、今日は」
「で、でも」
「一旦寝たほうが良い。起きてからだって充分時間はありますから」
「皆が、待ってるんだ……」
「無理して明日の本番に響いたらいけないから」
大人の社に腕を掴まれてはびくともしない。最早続けるのは不可能だった。理由もわからないままだからあれほど楽しみにしていた盟友に対する負い目ばかりが重なっていく。
何がいけなかったのか、それを目の前の画面は何も教えてくれない。ただ、チャットだけが延々と慰めの言葉を下から上へと、運んでいた。
「機関の差し金かな、社さん……」
「さあ、私にはわかりませんよ」
力ない声に返す社さんの声は酷くぶっきらぼうだ。怒っているのかと思えばそうでもない、顔を伺えばやけに疲れたような顔をしている。
そこで今日は社が仕事だったことを思い出す。その後からこうして手伝ってくれたのだから、頭が上がらない。勝にとって、社築という大人は尊敬出来る大人だった。
とにかく今日はおしまいだと言うならば、早く社を休ませることにする。彼がどれほど働いているかは、チームの会議にも中々顔を出せない事で察することが出来た。
「っと、そうだった! 社さん! 今日はありがとう! 俺様ももう寝るから」
「私で良ければいつでも頼ってください、勝くんは私にとってはまだ子供ですからね」
「もう! 子供扱いしないでくれよ!」
「そう思うなら早く寝る事です。寝る子は育つって言うじゃないですか」
「ぐぬぬ……」
軽い言葉のやりとりに沈んでいた心がちょっと浮いたのが勝自身にもわかる。
──明日こそはかならず。部屋から出ていく社の後ろ姿を見ながら、決意を固める勝の姿がそこにあった。
────
危なかった。社築が外に出て、冷たい風を浴びながら先ほどまでの時間を振り返る。
特に最後の数分は気が気でなかったのだ。ずっと堪えていたものが決壊して溢れ出てきてしまいそうになって。
そうなってしまえばもうSEEDsにはいられない。残るのは正気を失い、狂ってしまった大人が一つだけ。仲間に迷惑をかけるなど、社築は許容できなかった。
真っ暗な夜空にぽつぽつと見える星は綺麗で、夏に入ったばかりで温い風が肌を嘗めている。どちらかと言えば暑いのに、浮かんでいる汗は身の毛もよだつ怪奇現象によってもたらされたものだ。
──あなた、いつ帰ってくるの。
──おとーさん! あそぼー!
──次の休日は家族で遊園地にでもいきませんか。
──わーい! ねーねーおとーさんも休み取れるよね!
──そうよ、働き過ぎはよくないもの。
「やめろっ! 私には妻も娘も……いないんだ!」
片手で頭を抱え、もう片手で虚空を振り払う。
妻や娘を自称する声の幻聴が聞こえるのはこれが初めてではない。普通の会社員として働きだして数年後、ちょっとしたことで社会の闇を知り、それと戦いだしてからしばらく経ったある日に聞こえ始めたものだった。
目を強く瞑っているのは、開けたままだとぼんやりと輪郭が見えるからだ。存在しないはずの人間が、薄らと。そのまま見ていると本当にその場に現れそうな
これが何なのか、社もわからない。けれども、この現象は今まで止まることなく、不定期な周期で脳内に直接語りかけてくる。これを誰かに相談したこともない。約一名、気付いているような節はあるが何も言ってこないから好意に甘えることにした。
大人の小さい意地と言われればそれまで。けれども子供も多数抱えるチームに置いて、信じて頼れる大人でありたかった。
──そんな無理してはだめよ。
──父さんだって疲れてるのに、なんで休まないのさ
次に聞こえてきたのはさっきとはまた別の声。
恐ろしい事に、この幻聴は聞こえる度に人物が変わる。声も口調も、薄らと見える輪郭も。挙句の果てに年齢だって定まらない。社のことを、しわがれた声が父と呼び、舌足らずの幼い声が嫁を自称した時は本気で気が狂いそうだった。
いや、近い将来狂ってしまうのだろうと思う。社会の闇と戦っていく内に、自身もその闇に染まっていくことに社は気付いていた。倒す敵倒す敵が安堵したかのような表情で消えていくのが最初はわからなかったが、今はわかる。
「アレは、なれの果てだ。社会の闇と戦った私達の……」
嫌だと叫びたい。声高に、人目も憚らず助けてと手を伸ばしたい。それをしないのは簡単な理由。
自分と同じくらい大切な存在が、出来てしまったから。
だからギリギリまでは頼られて導く存在になろうと思う。最後は一人でひっそりと。仲間が悲しむのは考えずともわかるけれど、そこは大人の我儘ということで我慢してもらおうと。
その時が何時になるかは、まだわからない。
社さんが失踪した後に機関とブラックカンパニーが関係している情報を取得、最終ダンジョン中層にて再開する感じでどうですか