「悪魔じゃねえな、こりゃ」
大剣に滴る血を見やり、それから足元に転がる肉塊と化した生物に視線を落とす、銀髪の男。不自然に発生している周りの霧の中、淡い光が動いたのをアイスブルーの瞳は捉えた。
「……ハンッ、鬼さんこちらってか。いいぜ、捕まえてやる」
*
「本当になんでも引き受けてもらえるんですか?」
「気が乗ればな」
「…………。化け物の類は……?」
太陽が右に傾いて少し経った時間、出入り口の頭上に赤いネオンで『Devil may Cry』と主張するこの「なんでも屋」の銀髪店主ダンテは、怯えた表情の男性二人、女性一人の接客をしていた。
「ふうん?」
「――ジャックポット」
片方の男性が、ぼそりと言った。それに対してダンテは片眉を上げて、
「へぇー、知ってて来てるのか」
と、笑みを浮かべる。その笑みを見て、話しは聞いてもらえそうだと思ったのか、彼らは事情を話し出した。
最近、妙な声が聞こえ始めたと、うわさが立ち始めた郊外にある今は使われていない古い教会へ、肝試しをしに行こうと思い、昨晩実行したという。メンバーは五人。車で教会の敷地付近まで行き、残りは徒歩で向かった。しかし、月明かりも強く今まで視界良好だったのだが、突如として霧が立ち込めてしまったらしい。
「ふつうなら急に霧が出るなんて変だけど、気分がハイになってて、ムード出てていいねなんて盛り上がってたんです。それで、話していたらアンドレが、光が動いた、って……。ちょっと見てくるって……」
「そしたら、……っ、ひ、悲鳴が……アンドレの悲鳴が……! あたしのすぐ後ろでベルの悲鳴も!」
「振り向いたら、メイベルの肩にしがみついてたんですよ! おとぎ話の挿絵みたいな悪魔が! お願いです、二人を助けてください!」
「……わかった、引き受ける」
ダンテの言葉に、三人とも安堵の表情を浮かべるが、次の言葉で再び陰る。
「報酬はもらうが、生死問わずだ。こういった依頼で生きて帰ってきたやつは少ない」
「……」
「そいつらの写真あるか? あと場所を教えろ」
「お、送ります! というか、近くで待ちます!」
「悪魔に襲われて死んでもしらねぇぞ」
「それでも! 見捨てて行ったから……その……」
愛銃の『エボニー』と『アイボリー』をホルスターに収めながら、深い溜息を吐いた。
「邪魔ですよー。場所だけ教えろって。早くしねェと、まだ生きてるかもしれねェお友達が死ぬぞ」
「……っ! ば、番号教えます、すぐに連絡ください!」
「オーケイ、オーケイ」
「場所は――」
*
そうして太陽がまだ照り付ける午後、つまり今現在、ダンテは件(くだん)の教会に居るのである。仕留めた化け物は切り裂いても霧に紛れる確率が高く、先ほどはようやく肉を斬れた状態だ。
「そこだ! ――っち、幻術かなんかかあ? ……ん?」
その時ダンテは、自分以外の刃物のを音を拾う。
捜し人かと思い、音の方向へ足を向けたのだが、いくらも経たずに何かに吹き飛ばされてしまった。持ち前の反射神経で受け身を取り、前を見据えれば、目の前には例の化け物が、ダンテと同じように吹き飛ばされたのだろうか、地に伏せている。起き上がろうとしていたので、リベリオンで斬ろうと振り上げて、切っ先を下ろそうとした。
「!」
しかし、ダンテが息の根を止める前に、化け物の頭蓋骨は別の剣によって、割られていた。
「……」
「Jsso」
「…………」
霧で霞む中、化け物を貫いた剣を持っているのは、女性と判別できた。
「Lrm……Smsysnp Eroyvjrt?」
頭蓋骨から剣を抜きながら発せられるのは、異国の言葉が故、ダンテは何を言っているのか全く理解できない。ただひとつ分かるのは、依頼人らに貰った写真と見比べて、どう見積もっても捜し人のメイベルではないという事。
「Zpdozpdo?」
佇まい、発せられる雰囲気に魅了され、受け身で取った体勢のまま魅入っていれば、彼女がダンテの顔前でひらひらと手を振ったので、はたと現実に帰ってくる。
「あ、悪い、言ってることサッパリ」
「r,s……. Lpypns hd vjohsi?」
彼女も、言語が違うことに気付いたのか、困ったように首を傾げた。ダンテは立ち上がり砂を払うと、彼女に話しかけようとしたが気配を感じて、意識を周りへと移した。そして、小さな背中も、剣を再び構えている。神経を研ぎ澄ませていると、おもむろに彼女が指先を前へ伸ばし、肩越しにダンテを振り返った。
「?」
「Gphlry Js Lotonp yhploep Upliziyr」
相も変わらず言葉は解らないが、指し示す方向が動いており、それに従ってその先を見ていれば、姿は見えずとも何かが通ったように霧が動いている。
「おー。ハイレベルなかくれんぼだ」
「Mt」
わざとなのか、足音をさせて前進する彼女。霧の動きが、明らかに襲いかかってくる流れを見せたのを、タイミングよく勢いをつけて手を前に出せば、化け物が吹き飛んだ。
「(ああ、さっきのはあれか)」
何故か、今の衝撃破で実体を現した化け物。それを彼女は、剣で斬りつけてダメージを与えているのだが、素早い動きで回避している。ダンテは、愛銃の片方アイボリーを取り出して、頭を狙った。
絶命したことを確認した彼女は、ウエストポーチから布を取り出して、血濡れた剣を拭きながらダンテに笑いかける。
「Kuimp yswnqw dihpomr. Stohsypi」
「礼ならいらねぇぜ。俺はダンテ」
名乗りながら握手を求めれば、彼女は、ダンテの顔と差し出された手を見遣ったのち、笑顔のまま応じた。ダンテはもう一度、「ダンテ」と名前を言って左手で己を指し、次に、ダンスを申し込むときのような手つきで彼女を指す。きょとんとしていたものの、すぐに意味が分かったらしく、
「ユエ」
と、言った。
「ユエ、か」
「dp, ユエ」
「いい名前だ。……あ?」
霧に邪魔をされておぼろげだった彼女の輪郭がくっきりと見える今、霧が晴れたことを証明しているが、それよりも、彼女の眼に違和感を覚えたダンテ。握手で繋いでいる手を少し引き寄せて顔を近づける。
「msmp?」
「お前の眼、……まるで猫だな。人間じゃ、ないのか。悪魔? でもなさそうだな」
まだ日も高いというのに、夜に猫へライトを当てたように淡く光っている。瞳孔が縦に割れているその黄色の目に魅入られ、不思議な雰囲気に呑まれ、ダンテは無意識のうちにユエの唇へ口付けをしようとした。
「いって」
「Djohpyphs stildld. Kudmr」
平手をされた頬を摩りながら、離れていく彼女を慌てて追いかけた。
続きを請おうとしているだけではなく、ここにひとが居るのなら、行方不明者のことを聞いておきたかったからだ。内ポケットからメイベルとアンドレの、少々しわ折れになった写真を取り出して、ユエの前に出した。
「待ってくれ! こいつらを見なかったか? 捜してるんだ。その、捜してる。わかるか?」
身振り手振りでその旨を伝える。すると、メイベルの写真を指して首を横に振った。
「はん?」
「ysnim, Strjs Lpmplo. Ydioyrloyr」
何かを言ってどこかへ歩き出す。機嫌を損ねたままなのかとダンテは思ったが、今はそうではなく、ついてこない自分を待つように振り返っている。
もしかしたら居場所を知っているのかもしれない、と後ろをついていくのだった。