インフィニット・ストラトス 迷い龍は空を目指す 作:ガクジン
翌日、もやもやしたものを抱えながらも朝のホームルームに出席した一夏は、いつもの席に鯉淵龍が座っていることに気が付いて、とりあえずホッとした。もっともクラスメイトの反応は怯えやおそればかりで、それに気が付いているのかいないのか、鯉淵龍はいらだったような顔で窓の外に広がる空を見ていた。
「よお」
とりあえずいつも通りにあいさつをすることにして一夏は龍のそばによる。すると、龍はいらだったような表情を見せながらも、いつも通りにあいさつを返した。
「………」
そのまま沈黙が続く。いつもなら取り留めもない馬鹿話を始めるところだが、さすがにそれはお互い不自然とわかっている。
「………なあ」
そして、一夏が沈黙を破った。
「なんで、あそこまでしたんだ?」
龍は一夏を見ようともせずに空を見ながら、わずかに言った。
「………あいつらは、殺す。そう誓っただけだ」
「………」
そこに込められた万感の感情。そして。
「……安心しろ。あんなことはこれからはない」
「それって」
一夏が訊くと、龍はつぶやいた。
「これ以上ラウラ・ボーデヴィッヒを付け狙ったら、極光から降ろすそうだ」
「………」
「情けない話だが、街一つの犠牲の仇より、俺は極光の方が大切だ」
あれは、俺の空を目指すに不可欠な代物だからな、と龍は言った。
「まあ、それに一両日中におそらくここからいなくなるからな」
「………退学ってことか」
「元からお前の護衛が第一目標として入ったんだ、退学も何もありゃしないがな」
それくらいは気づいてるさ、と一夏は返し、それでも、と続けた。
「残れないのか」
「さてな。まあ、うちの上司は奇特な奴だから、もしかすると位はある」
ここで得られる実戦データは貴重だ、と鯉淵龍はつぶやいた。もっとも山田真耶に轟雷を配備したり、試作型改造打鉄を配備したりしているから、そっちでも十分集められるだろうが、ともいう。
「まあ、沙汰待ちってところだな」
そう、長身の青年は言って空に目を向けた。その後ろ姿は孤独で、織斑一夏は何も言えずに自分の席に戻った。
意外なことにその日は一見通常通りに授業は進行し、その間鯉淵龍はまじめにノートをとるとき以外はずっと窓の外を見続けて、昼休みが来ると誰よりも早く教室からいなくなった。織斑一夏は食堂にいるだろうと思い向かったが、そこに姿はなく、探しに行く時間はないのでいらいらと考え事をしながら席に着いた。
「一夏、ずいぶんイラついてるね」
その隣に座ったのは昨日から寮で同室になったシャルル・デュノアで、美しい金髪を揺らして席に座ってスープを飲む姿はそれだけで絵になっている。
しかしそちらに目をやることもなく、一夏は言った。
「まあ、な。シャルルは前から龍のことを知ってたんだろ?どう感じた?」
「……まあ、極光の操縦者としての彼は知らないけどね。僕があったのはあくまで工業連の実験体としての彼だったし……でも、優しかったよ。少なくとも極光を下りてた時は」
「……それって、どういう意味だよ」
「そのまんま。極光と模擬戦をしたとき、何もできずに叩きのめされた、というのもあるんだけど、あまりにも暴力的な戦い方だった。速度と火力に任せた、洗練の欠片もない、力任せの戦い。実戦経験が少ないというのもあるんだろうけど、それだけじゃないと思うな」
「……洗練されてないのか」
「………これはただの推論なんだけどね。極光の制御は恐ろしく難易度が高い。僕等じゃどうあがいてもできっこない。工業連はAMSを使ってようやく制御しているらしいけど、それでも完全じゃないと思う。だから、戦闘中は制御に力を傾けてて、戦闘に気を回せないんじゃないかな……」
「……なるほど」
「…………ただ、ね。本人も焦ってるんだよ。すごく」
つぶやくように言われた言葉に、一夏は戸惑って言った。
「……焦ってる?龍が?」
一夏が言うと、シャルルは頷いた。
「うん。そんな感覚も受けたよ。すごく気がせいていて、余裕がない感じ。それでも無理に余裕を作り出そうとしてるから、精神状態がすごく不安定なんだと思う……まあ、ボーデヴィッヒさんとの因縁、あれだけ聞いただけでも生半可なことじゃないみたいだから、無理ないかもしれないけど」
それを聞いて、織斑一夏はため息を吐いた。
「シャルルはすごいよ。俺なんか、一か月一緒にいたのに、何にもわからなかった」
「……でも、一夏は僕が知らない龍を知ってるし、僕の方が分かったつもりなだけかもしれないよ」
「………そうだといいけどな」
織斑一夏は、そうつぶやいた。
午後は予定通りISの基本的な動作訓練と言うことになる。訓練機の都合上2組との合同実習と言うことになり、第6アリーナには生徒たちが詰めかけていた。
「そう、あの轟音、そんなことだったんだ」
ようやく退院できて、授業に復帰した凰鈴音は織斑一夏、セシリア・オルコット、篠ノ之箒、シャルル・デュノアの4人から話を聞いていた。彼女も極光と模擬戦を行ったことがあるため、それほど驚いてはいないようで、シャルルの説にも同意を示した。
「まあ、あんな機体を使ってるんだもの、それくらいは普通だと思うわよ」
そういう風に言う鈴音を見て、一夏は信じられないと、首を振る。
「そんなもんなのか……?」
「そんなものよ。モンド・グロッソ出場の規定には身体的な強化、薬物などの使用などは認めないとあるけれど、軍用ISの専任搭乗者の中には更なる戦闘力向上のために薬物を投与されている者もいる。中国では日常茶飯事よ」
薬物漬けになるか、体をいじりまわすか。対して違いはないじゃない?と鈴音は冷ややかに言った。
「まあ、競技者を育成しているIS学園に来ている私たちにはあまりそう言った話はないけどね。中条さん、あなたは知ってたんじゃないの?」
そういって見るのは、端末とにらめっこをしている中条榛名。話を振られた榛名は肩をすくめると、端末から目を離さぬまま肯定した。
「私も開発3課には縁が深いから、大抵の事情は知っている。鯉淵さんの強化のこともな。私だってAMS接続のために脊髄に機械を埋め込んでいるしな。その程度はむしろ普通だと思っていたが」
「あ、あんたも強化人間なの?!」
鈴音が驚いたように言うと、榛名は首を振った。
「私には鯉淵さんほどの絶対的な適性はない。せいぜい機体制御に利用する程度だ。極光を動かせるのはAMS適性でSランク、5億人に一人程度の確率でしか生まれない適正が必要なのだ。私の適正はせいぜいB程度だよ。その程度では体を強化するには至らない」
それでもIS適性にAMSで補正をかければSランクだがな、と榛名は言った。
「そう言えば、龍のIS適性はD-だったな……」
「もとよりISを動かせない男性がAMSを使ってISコアをハッキングすることにより無理やり起動させているのだ。それだけ動かせるだけでも鯉淵さんは規格外と言うことだ」
さらに言えば自然に動かせているお前の方が異常なのだ、と榛名は織斑一夏に言った。
「……ほんと、俺はなんで動かせるのか、自分でもよくわからないぜ」
「さてな……脳みそでも調べればわかるような気がするが」
「まあ、それは遠慮したいな……」
そうつぶやいたとき、織斑千冬が現れたので、一同は口を閉じた。
織斑千冬はラウラ・ボーデヴィッヒと鯉淵龍を連れて現れた。双方ともISスーツを着用しているため、どうやらISの展開許可は下りているらしい。見るからにやつれた銀髪の少女と、空恐ろしいほどの無表情の長身の青年。それを目にした1組の生徒の間に低いざわめきが起こった。
「では本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する。最初に戦闘を、ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒと工業連所属の鯉淵龍に行ってもらう。本職の搭乗者だ、皆参考にするように」
それを聞いて何も知らない2組からは威勢のいい返事が返ったが、1組の面々はぞっとするような気配がした。
「なお、弾種は実弾を使用する。鯉淵の専用IS、極光はリミッターがカットされている軍用ISであるため、アリーナ内は非常に危険だ。全員観客席に移動するように。なお専用機もちは集合せよ」
ざわざわと生徒たちが移動していく中、専用機もち、すなわち織斑一夏、凰鈴音、セシリア・オルコット、シャルル・デュノアは織斑千冬の前に集まる。皆が集まり、ラウラ・ボーデヴィッヒと鯉淵龍がアリーナの両端に移動したことを確認して、織斑千冬は真剣な表情で言った。
「鯉淵はもうボーデヴィッヒを狙わないと誓約したが、感情の暴走で何が起こるかはわからない。お前たちは専用機を展開、アリーナの各地点で警戒しろ。あくまでこれは戦闘の実演だ、大したことは起こらないはずだが、極光の攻撃力では間違いが起こりやすい。なお非常事態が発生した際には各自、最善と思われる行動をとれ。いいな」
織斑千冬の言葉に、セシリア・オルコットが言った。
「なぜ龍さんとボーデヴィッヒさんを戦わせるのですか?わたくしたちでもいいでしょうに」
それに、織斑千冬は首を振って苦々しく言った。
「……上層部の……命令だ。従わなければならん。うまくすれば、極光の実戦データを取れるとか、工業連に貸しを作れるとか旨いことを考えているのだ。それに、鯉淵も冷静になったようだ。お互い自制すれば、何も起こらないはず……」
「ですが……」
希望的な意見を言う織斑千冬にセシリアはなおも言いつのろうとするが、一夏がそれを止めた。
「大丈夫だ。龍は、少なくとも今は殺さないはずだ。そう言ってたから」
「……そう言う理由ではありません」
それに、セシリアは首を振って否定した。
「いくらなんでも、あの二人がかわいそうです。殺し合いは、殺す者にも殺されるものにも深い傷を残します。それを何度も対面させるなど。わたくしだったら耐えられませんわ」
そう言って、織斑千冬を睨み付けた。
「先生。わたくしも実戦に出たことがあります。だから言えますが、貴女がたは戦争を知らない。こんなやり方は誰にとっても哀しい結末しか生まない」
そう言って、背を向ける。
「始まってしまったから、わたくしは最善を尽くします。ですが、織斑先生。浮ついているのは貴女も同じです」
辛辣に言い捨てると、セシリア・オルコットはブルー・ティアーズを展開して飛び立ち、アリーナの端に飛んでそこで滞空する。
「………とにかく、お前たちも行け」
織斑千冬は何とも言えない顔でそれを見た後、それだけ言って自分はアリーナから去った。
「………」
残された一夏たちは、やはり何とも言えない表情でそれを見送ったのち、ISを展開して所定の場所へと向かった。
織斑千冬の声がアリーナに響き渡る。
『二人とも。あくまで模擬戦だ。あつくなるな』
それを合図に、ラウラ・ボーデヴィッヒと鯉淵龍がISを展開する。
まず、ラウラ・ボーデヴィッヒのシュバルツェア・レーゲン。背部搭載の大型レールカノンが特徴の、黒い第3世代型IS。極めて高い完成度を誇るとされる、ドイツの最新鋭試作機である。
しかし、生徒たちの目を引いたのはそれではなく。その反対側に出現した黒い第2世代型ISであった。
極光。工業連が製造した、漆黒の第2世代型ISは、競技用としては不要と判断された各種装備、及び装甲が戻り、今真の姿を現している。
機体は脚部及び腕部が大型化し、頭頂高は通常型ISの倍以上となる5m。背部に装備された大型ロケットエンジンも推力偏向装置が大型化され、さらに折り畳み式の大型砲が縦に搭載されている。
左腕部にはこれまた大型のガトリング砲。口径88ミリ、砲身長8.5m。IS用火器としては常軌を逸しているとしか言えない大型砲。
右腕部には、大型の射突型ブレードが装備されている。二連装となった大型の杭。そして射出機構のあきれた大きさから、威力は容易に察することができる。
さらに機体本体も、胸部が張り出し、脚部は太くなり、肩も張り出し。直線的でありながら全体的に見れば流線型の装甲。脚部にも装備された補助ブースターはただでさえ高い極光の機動力に、更なる変則性を持たせていることがわかる。
さらにカラーリングは黒一色。頭部のカメラアイのみ、炎のような暗い赤が揺らめく。兵器として特化したIS、極光。その威容は、生徒たちを絶句させるに値する物だった。
「あれが、極光か……」
織斑一夏はつぶやく。競技用の、ある意味華美な自分たちのISと違い、文字通りの戦闘用IS。破壊力を追及した大型兵器を装備した姿は、禍々しい雰囲気しか感じない。
そして、ラウラ・ボーデヴィッヒがシュバルツェア・レーゲンを上空に飛ばすと同時。極光の大型ロケットエンジンに火が入り、次の瞬間彗星のような炎の尾を引いて、黒い巨体が空を斬り裂いた。
ソニックブームで耳が一時的に遠くなる。それを耐えながら、篠ノ之箒は目の前の先頭を見つめる。
戦闘は、ラウラ・ボーデヴィッヒがレールカノンで極光に応戦し、極光が恐ろしい機動力でそれを回避するという展開で始まった。間違いなく自分たちがやれば体が二つに引き裂かれるような機動。それを行いながら極光がレールカノンを避けてシュバルツェア・レーゲンに接近する。一方シュバルツェア・レーゲンはレールカノンを撃ち放ちながら高い速度で間合いを取ろうと動くが、極光の前では止まっているようにしか見えない。しかしレールカノンの弾速は極光よりも早く、精度も高いため極光は攻めあぐねているようだった。
しかし。
『………遅い』
戦闘中だと言うのに、鯉淵龍はそうつぶやき。直後。
轟音と共に左腕部の大型ガトリング砲が火を噴いた。
いや、火を噴いたなどと言う生半可な光景ではない。篠ノ之箒はそう思う。
現実として聞こえ、見えたのは、大気を引き裂く砲弾の音、そして当たった端から砕け散るシュバルツェア・レーゲン。
一秒間に60発の砲弾が、秒速1200mの速度で叩き込まれる。音速の、実に3倍以上。
まして小口径弾ではなく88mm砲。その発揮する運動エネルギーは凄まじく、さらに貫いた先で爆発を起こす徹甲榴弾。競技用ISなどひとたまりもない。
だが、さすがと言うべきか爆炎の中からシュバルツェア・レーゲンが飛び出す。レールカノンを構え、発砲しながら瞬時加速。戦果確認のためにわずかに止まっていた極光の隙を突き、計16本のワイヤーブレードを網のように展開。極光が飛んだ瞬間にワイヤーブレードは極光をとらえ、引っ張られてシュバルツェア・レーゲンも一気に加速する。
しかし、その猛烈な加速Gにラウラ・ボーデヴィッヒが耐えられるはずもなく。血反吐を吐いた姿を篠ノ之箒の優れた動体視力は確認する。
「千冬さん、これ以上は!」
思わず叫ぶ。しかし、織斑千冬が何かを言う前に、事態は次の段階に推移した。
極限の急機動を行い、自らが放つ砲弾を次々に避ける敵機。その圧倒的な速度と、絶大な運動性はシュバルツェア・レーゲンをもってしてもとても追いきれるものではない。
だが、同時、シュバルツェア・レーゲンに装備された大型レールカノンの弾速は、極光の速度にすら十分有効な物。直撃さえさせれば、あとはどうにでもなる。
ラウラ・ボーデヴィッヒはそう思考。生きるための思考を放棄できない。
否。しない。なぜなら、それこそがあの町で自分が殺した者たちへの供養だとも思う。
彼女が敬愛する織斑千冬は素晴らしい人だが、この戦闘に関しては彼女が忌避することが起きるだろう。
鯉淵龍と言うらしい目の前のISに登場する男は、一見冷静になったらしいが、自分を見た瞬間、凄まじい殺意が放射されるのを感じた。
まあ、そうだろう。それだけのことをしたのは分かる。だが、織斑千冬や上層部は、その前に工業連から伝えられていた、鯉淵龍の誓約を信じたらしい。
確かに利害的な意味合いと言う理由は、普通は信頼性が高いし、大抵はそんな思考が歯止めを効かすだろう。
だが、この場合は別だ。感情を完全に制御できるなら、この世界はとっくに平和になっていて、自分はこんなところにいない。
いや、おそらく生まれてさえいないのではないか。そう、思う。
事実、戦闘の実演と言う話だったこれは、開幕3秒で崩れた。
実弾使用、極光もシュバルツェア・レーゲンも、完全な実戦装備。おまけに因縁があるパイロット二人。
殺し合い以外の何が起こるというのか。
今私は確かに鯉淵龍を殺そうとしている。そう、ラウラ・ボーデヴィッヒは思考した。
死にたくないから。だが、目の前の男には私を殺す正当な理由があり、その理由が正当なのは自分自身が一番よくわかっている。
だから、私は、私自身がそうさせたように死ぬことに恐怖し、みっともなくあがき、そして、震えながら一人で死んで逝くために生きてきたのだと理解する。
おそらく、そのためにこの4年間、生かされたのだろう。神様と言うやつは、とてつもなく平等で残酷だ。こんな罰を思いつく程度には。そして、人殺しの自分にこの罰を下す程度には。
生きる希望も見えた。一生をかけて償いをしようとも。読みたい小説も確かにあったし、もう少しいろいろなものを見たい。教官ともっと話したかった。
だが、ここまで生かされただけで。人形だった自分が人の感情を持って、様々なことを知っただけでも、十分なものをもらったとも思う。この私には望外のものだ。
だから、せいぜい私は今、必死にあがいて、無様に死んで逝くべきだ。限界まで生を渇望して、そして、泣きながら死んで逝くべきだ。
それが、私に下された、そして私自身が課した、罰なのだ。
あの日、私が大勢にそうしたように。
ラウラ・ボーデヴィッヒは気が付いている。どうあがこうとも自らが目の前の敵機に勝つことはできないと。
機体性能の、絶対的な違い。そして、相手を殺そうとする意志の差。
それが、致命的なほどの差。
だが。敵機が放った一言が深い悲しみをたたえていたことに気が付き、今の自分ではこの男に満足に仇も討たせられないことを知った時、砲弾の雨に打たれながら、ラウラ・ボーデヴィッヒはただ一つのことしか思っていなかった。
どうせ死ぬなら、自らをこの男に刻み付けてやる。この男が討つに値する敵であろう、と。
だから、AICを駆使して無理やり弾幕を貫け、リミッターを吹き飛ばしてPICを全開。ワイヤーブレードで極光をとらえる。
直後に襲ったGで内臓が破裂し、肋骨が肺に突き刺さるのを感じながらも、ラウラ・ボーデヴィッヒは壮絶な笑みを浮かべ、猛烈な加速Gの中AICとPICを極限まで稼働させて、砲口の先に敵機をとらえたのだ。
『オ、オオオオオオォォォッッッッ!!!!』
ラウラ・ボーデヴィッヒの咆哮が響き渡り、シュバルツェア・レーゲンのレールカノンが火を噴く。その砲弾は正確に極光のロケットエンジンに突き刺さり、大爆発を起こす。
『キ、サ、マァァァッッッ!!!!』
推力偏向板が砕け散り、大爆発を起こした背部から火を引いて墜落する極光から、ブチ切れた鯉淵龍の咆哮が上がる。そのまま二機はもつれ合って墜落し、土煙を上げて見えなくなる。
「ラウラ……!」
冷静さをかなぐり捨てて織斑千冬が叫ぶ。見れば白い装甲を纏った織斑一夏、そして青い装甲を纏うセシリア・オルコットが持ち場を離れて機体を動かしていた。
「鯉淵、ボーデヴィッヒ……」
白式とブルー・ティアーズが墜落現場へ急ぐ。土煙が晴れはじめ、そして。
「………ば、かな……」
織斑千冬が呻く。そこに在った光景は、巨大な二本の杭が、ラウラ・ボーデヴィッヒの体を貫く光景。そして同時、レールカノンの巨大な砲身が極光の胸部に突き入れられ、そこから赤い川が流れだしていた。
土煙の中、極光の胸にシュバルツェア・レーゲンのプラズマを纏った手刀が付きいれられる。それを感じながら、増設された装甲を頼りに、鯉淵龍は強引にそれを弾き飛ばした。
吹き飛ばされるラウラ・ボーデヴィッヒ。ブースターを全開にして、飛び上がろうとする。
こちらは推進力のほぼすべてを失っている。飛ばれたら、勝ち目はない。
だから、鯉淵龍は極光に巻きつき、今ほどけて回収されようとするシュバルツェア・レーゲンのワイヤーブレードを右腕でつかみ、引き寄せる。
体勢を崩し、シュバルツェア・レーゲンがこちらに墜ちようとして。何を思ったのか、瞬時加速を発動した。
「っ、ガァァッ!」
そして、シュバルツェア・レーゲンの巨大なレールカノンの砲身が、先ほどえぐられた胸部装甲の穴から、鯉淵龍の胸部に叩き込まれた。
こみあげる血。吹き上がる血潮。それをこらえ、AMSを通じて、目の前のシュバルツェア・レーゲン、目の前のラウラ・ボーデヴィッヒをにらむ。
これでも倒せない、と悟ったのか。万策尽きたようにラウラ・ボーデヴィッヒは隻眼を閉じた。
そう言えば、4年前は隻眼ではなかった。そう思いながら、自らから流れ出していく生命力を感じる。
死ぬのは二回目。次は、自分はいったいどんな化け物になるのか。あるいはこれで終わりか。
あの空は遠く、父の魂はいまだ見えず。
自分は、こんなところで年端もいかない少女を殺そうとして死にかけている。
とんでもなく滑稽で、こんなことをやるために18年も生きてきたのかとなんとなく思う。
目の前のラウラ・ボーデヴィッヒは許せないが、考えてみればこの女も哀れだ。
お互い、世界に振り回された同士、ここでみじめに死ぬのもお似合いか。
そう思って、つぶやく。
「けりは、つけるぞ」
そう言って、右腕の射突型ブレードに起動信号を送る。膨大な量の炸薬が起爆し、併せて超電導コイルが莫大な推進力を巨大な二本の杭に与え。放たれた鉄杭は、シュバルツェア・レーゲンが咄嗟に展開した停止結界、シールドバリア、そして絶対防御をも突き破り、ラウラ・ボーデヴィッヒの胴を貫いた。
織斑一夏は飛ぶ。目の前で、極光がラウラ・ボーデヴィッヒから鉄杭を引き抜き、次いで崩れ落ちる。一方ラウラ・ボーデヴィッヒは貫かれた胴体から血しぶきを上げながら倒れ、次いでシュバルツェア・レーゲンが消える。
「セシリアは龍を!俺はラウラだ!」
横で飛ぶセシリア・オルコットに叫ぶ。授業で習ったことが確かなら、ISには致命領域対応と言う機能があり、簡単に言えば即死でない限り、ISが搭乗者を生かし続けるという機能。これが発動しているうちは、どちらも死んでいない。
どちらも致命傷と言える傷を負ったが、そうだとしてもまだ息があれば助かるはず。そう考えて、一夏は飛ぶ。
致命領域対応は、しかしISのエネルギーが切れてしまえば当然止まる。その前に別のISにつないでエネルギーを補給するか。もしくはその間に病院に担ぎ込まなければいけない。
とにかく、一刻を争う事態だ。
速度で勝る白式が、地面に倒れたラウラ・ボーデヴィッヒを抱え上げる。わずかに遅れてブルー・ティアーズも極光のそばに到達するが、極光が解除されないため、持ち上げることもできない。
「どうすれば……」
セシリア・オルコットがうろたえる。その時、通信が入った。
『ひひ、やっぱり暴走したねぇ』
RMである。
「極光が解除されません!どうすれば……!」
セシリア・オルコットが叫ぶと、RMは首を振る。
『龍は最悪脳だけ保護すれば問題ないからねぇ。それに、極光は通常のISと違って、その形態で基本は格納されるのさぁ。量子変換して待機形態になるのは、いわば後付けの機能でねぇ。極光は致命領域対応を行うとき、機体の量子変換を行わずに、コアだけ独立稼働させる癖があるから、そのためだよ。まあ、龍より銀髪の娘を優先してあげたほうがいいということさぁ』
そう言って、にやりと笑う。
『医務室の用意はできたさぁ。ラウラ・ボーデヴィッヒに適応する生体パーツも一揃いある。即死以外なら直せるから、さっさとつれてくるんだねぇ。彼女が死ぬと工業連の面子も丸つぶれさぁ、死んでも生き返らせなきゃいけないんだよ』
セシリア・オルコットは今度こそRMをきつくにらんだ。
「……二人とも助かったら、今度こそとっちめて差し上げますわ。いったい何を考えているんです。貴方がたも、IS学園も。傷を負った人間をいじくるのがそんなに楽しいですか」
それを聞いてRMは笑った。
『さあてねぇ……僕らはともかくIS学園は平和ボケなだけだと思うけどねぇ?織斑千冬だって、もとは民間人、軍事教育受けているわけでも、戦場に出たことがあるわけでもないからねぇ。あんなものだと思うよ。ちなみに僕等についてはいろいろ長くなるから割愛させてもらうさぁ。君たちが聞いても、多分怒るか泣くだけだろうからねぇ』
それを聞いて、返事もせずにセシリアは通信を切ると、織斑一夏に医務室に運べと言い、駆けつけてきたほかの面子とともに、極光を持ち上げた。
「……どいつもこいつも、狂ってますわ」
極光を運びながら口汚く罵るが、それを咎める者は一人もいなかった。皆、同感だったからだ。
結論から言えば、二人とも一命は取り留めた。RMと言う青年は、確かに医術も超一流のようで、内臓破裂の上、AICやシールドバリア、絶対防御で威力が低下していたとはいえ仁王に貫かれたラウラ・ボーデヴィッヒを、傷も残さずに治療してしまった。
最も目を覚まさないのは、本人達の生きる気力がないからだねぇ、とはRMの弁である。
一方鯉淵龍は致命領域対応により脳のみ保護され、またしても身体パーツの全交換を行わざるを得なかった。こちらは予備の体は用意されていたため、ラウラ・ボーデヴィッヒの手術終了後にRMが行い、3時間ほどで完了した。
結果的に両名とも眠っており、なぜか極光、及びシュバルツェア・レーゲンのコアが活性状態のまま起動中。生命維持に支障はなくなったのになぜ起動しているのか整備班は首をひねったが、RMだけは理由を知っているのか、主人思いの子たちだねぇ、と一言言っただけで、データを取ろうともせずにそのまま立ち去った。
そして、静かに眠る両名の病室には、織斑一夏とセシリア・オルコット、織斑千冬のみが立ち尽くしていた。なぜかRMが同じ病室にすることを強硬に主張したため、四人部屋に二つのベッドがあり、今はラウラ・ボーデヴィッヒにつながれた医療機器が鈍い音と、心電図の規則的な電子音を漏らしている。
「…………私のせいだ」
薄暗い病室で、ラウラのそばに立って織斑千冬は小さく言った。それに、セシリア・オルコットが反応する。
「そうですわね、織斑先生。貴女のせいですわ」
辛辣に言うセシリアは、鯉淵龍のそばに立ったまま、黙って手を握っている。その手の感触は、真新しい。降ろしたての身体。まるで服を脱ぎかえるように、身体が変わっている。
自分が知る青年が、本当はどこにもいないのではないか。そう、セシリア・オルコットは感じて、小さく震えた。
「………誰も悪くないんだよ。なのに……なんでこんな……」
織斑一夏は、理解できないとつぶやく。
「人の感情は、それも負の感情は得てして強烈なものですわ。制御不能になることも、あります………わたくしだって、それで人を殺しています」
セシリア・オルコットは、自分を見た織斑一夏を見て、薄く微笑んだ。
「ええ。一度、試験施設を反体制派が襲撃したことがありまして。ISを起動して鎮圧するはずでしたが、わたくしは銃撃におびえて、ブルー・ティアーズが暴走しました。恐怖が、暴走したのです。気が付いたときには、襲撃者たちも、施設の防衛隊員も、皆血の海に沈んでいました」
入学したとき、あんなにエリート意識に凝り固まっていたのは、そういうショックを乗り越えるためだったと思います、とセシリア・オルコットはつぶやいた。
「…………私は、上層部を積極的には止めなかった。上層部は、工業連の極光に強い興味を持っていて、そのデータを少しでも収集するようにと、極光の稼働回数を増やせと命令してきていてな……私はそれを抑え込めなかった。それに、鯉淵なら、大丈夫だとも思ったのだ。このあいだのは、一度きりの暴走だと。ラウラがおびえながらも覚悟を決めていたのを見ても、まさか、こんなことになるなど考えもしなかった……」
まったく、世界最強が聞いてあきれる、と織斑千冬はつぶやいた。
「………全部、俺のせいなのか?俺がいなきゃ、龍は来なかったし、ラウラだって……」
「一夏さん一人に全て押し付けられれば、この世界はもっと住みやすくなっていますわ」
織斑一夏の自責の言葉を、セシリアは切って捨てる。
「先ほどおっしゃったではありませんか。誰も悪くない。そうなのですよ。ただ、皆最善の行動をとれなかった、その積み重ねがこうして現れるのです」
鯉淵龍の手をセシリア・オルコットは握る。それを見て、一夏は頭を掻いた。
「………なあ、龍も、ラウラも……目が覚めたら、また殺し合うのか……?」
「さあ?今、二人がどんな会話をしているか、それにかかっているのではありませんか?」
そう、セシリア・オルコットは言って、二人の間においてある、待機状態に戻った二つのISコアを指した。古めかしい腕時計と、黒いレッグバンド。
「……そう言うことか。RM、奴はすべて知っているのか……?」
織斑千冬は、いぶかしむように言う。
「極光のコアは、彼によって改造されているそうですわ。知り尽くしている、と言うことでしょうね」
多分、極光もシュバルツェア・レーゲンも、主人に死んでほしくはないのでしょう、とセシリア・オルコットは言った。
ラウラ・ボーデヴィッヒの前に、長い人の列がある。どこまでも続く列は、やがて一本の川で途切れ、その桟橋から船が出ている。
ああ、これが死に逝く人々の列か、と彼女は思い、自分が死んだのだと理解した。
そして、その長い列を見渡していくと、やがて見知った顔がいることに気付く。4年前に死んだ、彼女の同僚たち。彼女と同じ遺伝子強化素体として生み出された、生まれながらに人を殺すことしか教えられなかった、兵士。
「隊長!」
彼女は駆け寄る。しかし、うつろな顔をしたまま、隊長は。今のラウラとほぼ同じ年頃の少女は何も言わずに歩き続ける。
「隊長……」
そうしてあたりを見ると、似たような服装の集団が、列をなして歩いていく。それが、自らが殺した人の列だと気が付き、ああ、これは罰の続きなのだとラウラは思った。
「私は………」
謝ればいいのか。殺して済まないと。あなた方を無為に死なせたと。
「……違う」
いまさらそれが何になる?謝ろうが、何をしようが。ここではもはや何もなさない。
「ア……」
そして、気が付くと自らが殺した何人かが、ラウラの周りに立っていた。
「……死んだんだ」
「……死んだ」
「……死ねよ」
「……お前も死ね」
「……死のうよ」
そうして、死者たちはラウラを列に向かって押していく。そこで初めて、ラウラ・ボーデヴィッヒは本当の意味で、死を恐怖した。
「あ、ああ、いや、いやだ、死にたくない、死にたくない!」
必死に抵抗する。手を振りほどき、迫る手を蹴りつけ、逃げようとして、そのたびに新しい手が伸びて彼女を摑まえる。
「いやだ、いやだ、いやだ!」
がたがたと震え、恥も外聞もなく、泣きながら逃げようとする。だが、そのたびに死者たちは言う。
「なんで……?」
「お前が殺した……」
「お前が来なければ……」
「殺したのはお前……」
「お前も死ななきゃ……」
とうとう、ラウラはシュバルツェア・レーゲンを呼び出そうとする。だが、足に黒いバンドがないことに気が付き、それでもがむしゃらに逃げようとした。
「いやだ、死にたくない、まだ、私には、私は!」
何も知らない。何もなしていない。私が死んでも、覚えていてくれるものすらない。私が生きたという証は、どこにもない。
すべて失われる。それが無性に怖い。
死を覚悟したはずだった。がたがた震えて、あの日を何度も思い出して、懺悔して、後悔して。そうして覚悟した。
だが、そんなものは所詮生者の傲りだ。本当の死は、今ここに在って、彼女の全てを無為にしようと迫ってきている。
「いやだ、いやだ、いやだ!誰か、誰か……!」
そうして、追い求める先。助けを求めたとき。
「…………………………薙ぎ払え」
そんな。静かな声がした。
死者の国の入口で、鯉淵龍はゆっくりと周りを見ていた。
「………ここに来るのは、二度目だな」
一度目は、4年前。今度もまた、身体が死んだ。魂も、死にかかっている。
前回は、執念がそれをつなぎとめた。だが、なぜか今度は、このまま終わっていい、とそう感じる。
疲れたのだ。おそらく。あの時。ラウラ・ボーデヴィッヒを殺すとき。何をやっているのか、自分で意識して、恐ろしくむなしくなった。
何も変わらない。自分は。おそらく、10年前のあの日から。なくなったものを追い求めて、その先に何かがあると信じて。
「………答えは……まだ……」
出ていない。何も、出ていない。親父の、魂も。翼も。自分の心も。何も。何も。何も。
でも、それを追い求めるのに疲れた。自分がどれほどの業を背負っているか。これからどれほどの業を背負うのか。
その重さに押しつぶされそうだ。
「……翼が、重い」
流された血が、翼にしみこんでいく。赤を通り越して、黒く染まっていく、翼。自由を求める、あの空を目指すために広げた翼。
だが、その空は血まみれで。屍を踏み台にして飛ばなければいけない空で。
そんなところを、俺も親父も求めてなどいないはずで。
「…………ああ、どこで間違えた」
航法を。地図を。コンパスを。どれを間違えた。どこで間違えた。北はどっちだ。南は。西は。東は。
「進路は、どこだ……」
舵を、切れない。操縦桿が倒れない。スロットルは鉛のように重く。開かず。エンジンが回らない。燃料弁が開かない。
ああ、そうか。
「クランクシャフトが、錆びている……」
血で、錆びた。流した血で。斬り捨てた血で。錆びた。
プロペラが回らなければ、人が作った翼は浮かばない。
「そうか、俺は……」
最初から、飛んでなどいなかったのだ。
瞬かない星々を見上げる。死んだ星々が、動かないで止まっている。風はなく、大地は死んで、ただ永遠に死者たちだけが歩いていく。
おそらくもうすぐ俺もこの行列に並ぶのだろう。生きる気力がない以上、RMがどれだけ手を尽くしてくれても、おそらくもうすぐ脳が死ぬ。
そしたら、この行列の仲間入りだ。
そんなことを考えていると、遠くで列が乱れたのに気が付いた。なんとなくそちらを見ると、どこかで見た銀髪が、必死に逃げているのが見えた。
「いやだ、死にたくない、死にたくない!」
死者たちに掴まえられ、列に引きずり込まれようとしている。泣きながら抵抗する銀髪の少女。
「……そうか。お前は………」
あんなに、殺したいと願った仇。だが、いざ殺すと、案外違う気持ちがわいてくる。
後悔。結局、自分のせいで、一人の女を道連れにしてしまった。
本当に、死に意味はないようだ。むしろ、確かに生かす方がまだ意味がある。
「……RM、か」
ラウラ・ボーデヴィッヒは完全に死んではいない。おそらくRMが助けたのだろう。だが、その糸が切れかかっている。
そして。自分と違って、彼女は生きたいと思っている。
「………生きて苦しめ、か。死んでから、ようやく意味が分かるとは、な」
復讐を遂げてすっきりするのは生者だけ。自分も死んでみると、その無意味さに反吐が出る。
要は、相手だけが死ぬことが重要なのだ。生きているうちならそれも意味があっただろうが、今自分は死にかけている。
「……まあ、いいか」
つぶやき。なぜか、居ると感じた極光を呼び出す。瞬時に左腕に現れた巨大な腕。PICを使って左腕を持ち上げてから、まともなISのようにPICを使ったのはいつ振りだろうかと考える。
「なあ、最後に付き合ってくれ」
そう頼んで、左腕のガトリング砲の照準を定める。かなり離れたところに着弾するようにセット。爆風だけで、実体のない死者には十分だろう。
ふう、と息をつく。そして。
「…………薙ぎ払え」
そうつぶやいて、引き金を引いた。
凄まじい爆風が起こって、押さえつけていた腕が離れるのを感じ、ラウラ・ボーデヴィッヒはその隙を逃さず跳ね起きて走り出した。見れば、自らが下ってきた丘の上に、巨大な左腕を構えた青年が立っているのに気が付く。
「……鯉淵 龍」
近づいて、それが先ほど自分を殺した青年だと気が付き、なぜ、と言う問いを込めて名前を呼ぶ。
「…………生きて、何がしたい」
鯉淵龍はそう、静かに言った。
「……………わからない。だが、自分がいた証を。そして、私が殺した人々が生きた証を、立てたいと思っている」
ラウラ・ボーデヴィッヒは静かに言った。それを聞いて、鯉淵龍は静かにほほ笑む。
「……そうか。じゃあ、俺の分も頼むよ」
その言い方があまりにも透明だったから、ラウラ・ボーデヴィッヒは思わず言った。
「お前は、いいのか?」
それに、鯉淵龍は答える。
「俺は、もういい。疲れたんだ。飛ぼうとするのに」
それは、とても疲れ切った表情で。
「ずっと、求めてた。誰も追いつけない空。誰も上がれない空を。そのためならなんだって捨てると決意して、飛べないから体をいじくって、強化人間になって。人を殺して、夢を砕いて、それに耐えられないから狂って、狂いながらさらなる高みに上がるための屍を探して、屍を積み上げてここまで来た。だけどさ、その先に空がないことに気が付いて、俺は、折れた」
鯉淵龍は吐き捨てるように言う。
「ここまでが、俺の器だったんだ」
そう、自分が歩いてきた道全てが間違いだったと、青年はつぶやく。
「…………………………それは、違う」
そして、ラウラ・ボーデヴィッヒはそれを否定した。
「…………なんでだ?」
鯉淵龍は、静かに聞き返した。それに、ラウラ・ボーデヴィッヒは首をふって言う。
「……私でさえ。人形として作られた私でさえ、人としての感情を持てた。人としての人生を歩もうと思った。鯉淵龍。私はお前など比べられないほど殺している。だが、だからと言って、今までの道が間違いだったなんて言うつもりはない」
そう言ってしまえば、殺してきた全ての人が、無意味になるからだ、と言う。
「砕いた夢があるのだろう。潰した希望が。終わらせた人生が。なら、その分生きろ。私を殺した貴様が、こんなところで終わるなど、私は認めない」
貴様は、私の死を引き継いで、誰かに自分の人生を引き継ぐまで生きなければならない、とラウラ・ボーデヴィッヒは断言する。
「それが、生の連鎖と言うものだ。それが……」
一息入れて。言い切る。
「この四年間の人生で手に入れた、私の答えだ」
何度も後悔した。悩んだ。懺悔した。気が狂うような夜を何度も超えて、そうして、ようやく今答えを手に入れた。
そう、たった今。人生が終わったこの瞬間に、ようやく今手に入れた。
「私は……ようやく自分の人生を誇ることができる。この答えを手に入れられたから」
人形として作られ、操られるだけの人生ではなく。ラウラ・ボーデヴィッヒという人間が生きて手に入れた答え。
そして、それを聞いた鯉淵龍は、しばらく吟味するようにその言葉を聞いてから。ふう、と息をついた。
そして、透明な笑みではなく。いつもの、どこかわずかに狂気を内包する、求めるモノの笑みを浮かべて。
「は、はは、ははははははっ、まさか、お前に説教されるとは……これだから面白いな、人生ってやつは!」
そのまま実に楽しそうに笑ってから。
「そうだな………そうだ。俺だって自分の答えなどとっくに出ていたじゃないか……!」
そう、心底楽しそうに言う。
「どこまでも飛ぶ。邪魔する奴は叩き潰す。俺に、俺たちに追いつくやつは振り払う。俺たちの翼にかかる重石はすべて捨てる。はは、なんだよ、ただ忘れただけじゃねえか……!」
いつかの誓い。自らが、自らのために飛ぶと誓った、あの日の誓い。
極光とした、誓い。
ようやく思いだし。あの日の感情が戻る。
「はは、ははは、ははははははっ!」
笑って。そこでようやく目の前の少女と目が合う。それで、目の前の少女が勘違いを一つしていることに気が付き、にやりと笑って。
「残念だがな、ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前の答えはまだ、未完成だ」
そう、言い切った。
「………なんだと?」
思わず、ラウラ・ボーデヴィッヒは聞き返す。
「残念だがな、俺もお前もまだ死んでない。どこかの奇特な変態技術者が俺たちを生き返らしちまったみたいだ。ま、ここは本当の死者の国とやらで、どのみちいつかはここに来るんだろうがな……まだ、その時じゃないのさ。だから、お前の人生は終わってない。まだ、お前の答えは未完成だ」
そう言い切って。鯉淵龍は瞬かない星空を見上げる。
「さて。俺はちょっとこの空を超えてくるが。お前はどうする?」
いつの間にか、そばにはシュバルツェア・レーゲンがたたずんでいる。それを見て、ラウラ・ボーデヴィッヒは銀髪を揺らして、不敵な笑みを浮かべて言った。
「ふん。貴様に飛べる空が、私に飛べないわけがない」
「そいつは上等。だが、いつかは追いつけなくなるぜ?」
「貴様の人生が終わるまでにそんな日が来るといいが」
それを聞いて、鯉淵龍はまた高らかに笑うと、極光を纏う。背部の大型エンジンに火が入り、暗い国に光を熾す。重しとなる兵装をかなぐり捨て、身軽になって、空をにらむ。
ラウラ・ボーデヴィッヒもまた、シュバルツェア・レーゲンから武装を落として、身軽になり。
「行くぜ、アドヴァンズド。ついてこられるか?」
「抜かせ、プラス。貴様こそ遅れるなよ」
そう言い切って。その二人は思いきり大地を蹴った。
夕日が沈もうとした矢先だった。その日最後の太陽の陽が消えようとする、その瞬間。
「っ、千冬姉!」
織斑一夏が叫ぶ。織斑千冬はその声で異変を察知し、慌てて机から離れる。
そして次の瞬間、まばゆい光とともに、二機のISが実体化した。同時に、ベッドからそれぞれの主が消える。
そして、2機のISはそのまま病室の壁をぶち破って空に飛び立った。
「な、なんだ……?」
織斑千冬は困惑し。
「セシリア!」
「ええ!」
織斑一夏とセシリア・オルコットは瞬時にISを展開すると、後を追った。
「「クハハハハハハハッ!クハハハハハハハハハハハハハハハァッ!」」
上空では、ロケットエンジンから炎の尾を引きながら飛ぶ鯉淵龍と、シュバルツェア・レーゲンを纏ってそれに追いすがるラウラ・ボーデヴィッヒが大笑いしながら自由気ままに飛んでいた。
「おい、龍!なにいきなり馬鹿笑いしてるんだよ!」
「医務室の壁ぶち抜くのはこの際おいておきますが!エンジン吹かす前に警告してくださいな!髪が縮れてしまいます!」
織斑先生盾にしたから大丈夫でしたが、と後が怖いことを言いながら、セシリア・オルコットは鯉淵龍のそばに機体を寄せた。
「いや、悪いな!久しぶりにスカッとした気分だったんで、完全に暴走してたぜ!」
「まあ、こういうのも悪くはない。教官の仕置きが怖いが……逃げるか」
「いいや、迎え撃つね!」
「ふむ……それも一興だな」
やたらハイテンションな鯉淵龍と、ノリノリのラウラ・ボーデヴィッヒがククク、と笑う。
「おいおい、いったいどうしたんだよ、二人とも……さっきまで殺し合ってなかったか?」
織斑一夏は状況の変化に戸惑ったように言うと、鯉淵龍はにたりと笑った。
「なあに、初志を思い出しただけさ。あのころの、どうしようもない思いと感情をな!この頃どうもくすぶってたが、それも終わりだ。これからは遠慮せずに何もかも振り切って飛んでやるよ、俺はな!」
笑いながら言う。
「ああ、邪魔する奴は潰す。追いつけない奴は振り払う。俺の翼にかかる重石は、すべて振り切って飛んでやる。俺は世界最速で最高だ。誰も俺に追いつかせねぇ」
にたりと、壮絶な笑みをして。
「誰も俺を止められねえぞ。誰も俺に追いつかせねぇ。ああ、何をごちゃごちゃ考えてたんだよ俺は。あの王に笑われちまうよ。俺の翼にかかる重石なぞ、すべて振り切ればいいだけだ。それだけの単純明快を、なんで忘れた。はは、まともな人間のつもりかよ、いまさらなぁ!」
笑いきって。
「ああ、最高の気分だ。なあ、ラウラぁ?!」
そう、そばを飛ぶラウラ・ボーデヴィッヒに言う。
「そうだな……ああ、最高の気分だ。何をすればいいかが見える。何を成せばいいかも。そのためなら、何でもできる、そんな気分だよこれは!私は生きているんだからな!」
こちらも、あのラウラ・ボーデヴィッヒかと思うほど喜色満面の笑みを浮かべて笑う。
「俺より早くなんて飛べねえぜ?!アドヴァンズド!」
「貴様など私の足元にも及ばん!プラス!」
推進力が強まる。一気に加速を始める二機。まさに、無限の成層圏の名にふさわしい、凄まじい加速で一気に上昇していく。
「……はあ、おい、セシリア………さん?」
一夏は付き合いきれん、と言った形で傍らを飛ぶ青い装甲を見て。
「ラウラ、ラウラですって?あのアマ私ですら名字呼びだといますのに人差し置いてなに名前呼ばれてますの、ええわかりました敵です敵ですわククク……」
青筋を立てて怒りのオーラを立ち上らせるセシリア・オルコットをみて思わず丁寧語になる。
「叩き落としてやりますわ!なにしてるのです一夏さん!あのファ」
「そこまでだセシリア!それ以上はダメだ!」
「追いますわよ!行きなさい、ブルー・ティアーズ!」
セシリア・オルコットはビットをすべて本体に装備し、その推進力も併せて一気に加速を開始する。いつの間にか取り出したスターライトMk-Ⅲも構え、砲身を展開、バーストモードに移行させる。
「…………俺も、零落白夜準備した方がよさそうだな、こりゃ……」
織斑一夏はため息をつくと、自らも白式の推力を全開にする。少々燃費は悪いが、まあ。
「こういうのも、悪くない、か!」
純白の装甲は、白い尾を引いて空に伸びていく3つの光を追わんと、一気に加速して行った。
遅くなって申し訳ありません。非常に難産でした。没になった原稿が2万文字くらいあります……
今回の展開には賛否両論あるかと思いますが、一応、作者が意図したとおりに進むことができました。個人的にはここらで龍にはすっきりしてもらいたかったのです。
では、次回もおつきあいいただけることを願って。